2010年7月30日金曜日

黒マグロ三枚おろし

「6匹」

とやせてて、肌が浅黒い おっさん に告げると、早速、網で囲まれた養殖場のような所に連れて行かれた。そして、ボート二隻で網を広げて、養殖場内の角へ魚をおいやっていく。そして、最後にばっと網を一気にあげるとそこには丸丸太った黒マグロ3匹とキングサーモン3匹が入っていた。網は平面で、どちらかというと金魚すくいの網のように、それらの魚はすくいあげられたのだった。そして、浅黒い おっさんが 「はい注文通り6匹ね」といって乱暴にその黒マグロとキングサーモンを手渡した。なぜか、手渡す程軽くあるはずがないのに、おっさんは、刺身パックを手渡すように軽い感じでその大魚6匹をくれた。いささか、もらっても困るなと思ったけど、うちのキレの無い包丁を、簡易砥石というかナイフシャープナーで研いでから、3枚おろしに挑戦。今まで3枚おろしなどしたことないのに、なぜか上手くいく。ビギナーズラック。骨に沿ってすっと包丁がすべるように。何故か今日の包丁は切れ味鋭いが、魚の大きさに比べるとその包丁は菜切包丁程度の大きさで小さ過ぎる。が、思った通りに捌けるので驚く。なぜ今日だけこんなに切れ味鋭いのかわからない。切っている途中で魚が熱で痛んでしまっては困るので、大量の氷が欲しいなぁ、どこだどこだ。。。


と思っていたら、夢であることに気づいた。結局、その魚おろしも途中だし、食べることも無くその夢は終わったのだった。これはどういう心理状態かフロイト先生に聞いてみたい。マグロの刺身食べたいという心理状態だろうか? しかし、マグロの刺身はあまり食べたくない。一方でキングサーモンは食べたことは無いが、脂がギトギトしていそうでごん遠慮したい。ナンナンダ? は続いている。

2010年7月29日木曜日

なんだったっんだ?

朝3時過ぎから家の前でドリリングが始まって飛び起きた。なんで、夜明け前からアスファルトを掘るなんて騒音けたたましい作業をするのか。耳をつんざかれておきた。起きてからも騒音は鳴り止まず、怒るものの、何も出来ず、開けていた小窓を閉めることしかできず。弱虫なもんで。周りも相当腹立てたはずだろうに、朝日が出る直前まで鳴り響いたのだった。ガス漏れでも起きたのだろうか?そうでなければ、あんなキンキンした騒音をけたたます工事をするはずはないと信じる。なんだったんだ、あの工事。。。

出勤の途中、自転者に乗った女の人がスカートをエリマキトカゲのように膨らませながら、私の背後から猛スピードで通り去った。なんだったんだ。想像するに、逆側から見たら、パンツまる見え?逆側から見る必要があった。あの現象を観察、考察するには。。。

なんだったんだ?が朝から多い日だったな。

2010年7月28日水曜日

脱力とユーモア

会社まで歩く間、作家の万城目学さんが出演していたトーク番組を聴く。どんな作品を書いているか知らなかったけど、とても力が抜けた感じで、ユーモアがあってとても面白かった。本を買って読みたくなった。自分も力が抜けて、人からは何を考えているのかわからないような人でありたいとは常々思っているのだけれど、さて。

その通勤路に血痕のような赤いインクのようなポタポタが発見してから500mほど等間隔であった。だれか鼻血をこの間だし続けていたのだろうか。それが無くなったのを確認して、何だかホッとなった。あれは鼻血だという前提で想像してしまった。そういや何年も鼻血をポタポタと出していない。一方で、ぼーっと鼻をほじっていたら爪で引っ掻いて微妙に出血させてしまったことは何度も。

力が抜けている という点では合格しているかもしれない。

2010年7月27日火曜日

ブラックベリーと夏の終わり

ずっと青空が続いている。湿気も少なくとても快適。だけど、人間の勝手な判断に反して、地面は乾燥して植物は少し茶色に変色していたりもする。日本と雨量は反対なので、それに沿った乾燥に強い植物が今を生きている。だから、日本の感覚での心配は御無用なのだろう。

最近、ブラックベリーが実っているのに気づいていたけど、袋を持った夫婦がトゲを気にしながら採集していた。今年初めてそんな景色を見た。もう直ぐ夏が終わるんだとも思える風景だった。

夏を遊び尽くさなければ、秋と冬に心身持たないような気がする。昨年の経験で。遊ばねば。

2010年7月26日月曜日

あそびほうけた顛末

十数年ぶりにプールに入った週末。「けのび」してみたら上半身は浮くのに、下半身が沈んだ。やせていた大学時代ですらこういう現象が無かったように思う。が、上半身は肺があるし、内臓脂肪が腹回りは生きていく限りは不可欠であり存在する。が、下半身は肺も無ければ、脂肪も少ない。のでこういう結果になることは自然とも言える。十数年ぶりだったので、水の中でも自分の応答を忘れていたのだろうきっと。

息子はプールが気に入ったようだ。最後の方では、一人で背伸びして90cm水深のプールを歩いていた。自分一人でやると聞かないのだ。が、プール中央が少しばかりすり鉢上になっていて、背伸びも足りず溺れかけた。この際も、手の届く範囲にいたので大丈夫であったことはいうまでもない。助けたら、ガハガハ言っていた。

プールに人もいないので、泳いでみたり、全力で走ってみたりした。そしたら、プールを出た後から膝がくがく。朝一番に一人ランニングをしたからかと思ったが、そんなことは毎日のようにしているし、この日は距離もさして長く無い。故に、プールの中で走ったことに起因すると考えられる。全長15m程度のプールを全力で5往復位しただけなのに。しかし、プールがこんなに楽しいことだったとは忘れていた。息子も楽しかったようだし、近くのプールに行っても良いかも。

その後、公園でめい一杯遊んで、たまに懸垂したりして体力作りに励む。自分同様に懸垂しているお父さんがいた。その回数を真剣に数えて、負けるもんかと懸垂することを繰り返して遊んでいたのだが、今日になって背中上部が張っている。情けない。がこれが現実である。あの、お父さんも張っているに違いない。

そして、直後からおかしい膝は良くなったものの、今朝になったら腿の後ろハムストリングが軋んでいた。

怠さが残る月曜だったけど、こんな遊び疲れる月曜日もたまにはあっていいのでは。と思うのであった。体は怠いが、頭がクリアーって感じは久しぶりで中々良かった。

2010年7月24日土曜日

思いつき初旅行

朝、思いつきで一泊旅行に行くことにした。先週は仕事で不具合が出てバタバタしまくり、且つ、日本帰国後から自律神経がおかしいのか寝ても寝足りない感じがするなど、公私共に不具合に翻弄されていたのだ。

場所はビクトリアの北150kmに位置するパークスビル。干満の激しい遠浅の砂浜がある、砂の造形大会の催しが行われていること、あとは車で行くには手頃な距離であることが決め手であった。今まで全く家族で宿泊を含む旅行に行ったこともなく、息子も聞き分けも良くなってきたこと、息子と嫁さんに家の周り以外の空気や自然に触れさせてあげたいという気持ちもあるし、自分の不具合を調整するために非日常を味わいたいということもあり、思いついたら即実行とばかりこの旅を決行したのだ。

150kmと言えば、前住んでいた大阪と実家の距離の半分。こんな距離なら楽勝と考えていたのだけど、最近家の近くしか車で走っていなかったのでかなり長く感じた。が、ばりっと晴れ晴れした青空と、車の中の遠足のような雰囲気でどうにか目的地まで到着。といいたいところだけど、息子も嫁さんも途中で後部座席で眠っているじゃーありませんか。

まずは、ホテルでチェックインをすませ、海へ。明日が大潮という時期、且つ、丁度潮がひいた時間で広い砂浜が眼下に広がる様は素晴らしい。そして、海の向こうに見える山には残雪があって おー海外 って気分にひたれた。息子にとってはそんな景色は関係無く、でっかい砂場で大いに遊ぶのだった。以外にも、水場であまりばちゃばちゃ遊ばないかった。以前であれば、カニや魚採りに夢中(というか、我々に捕まえさせる)のだったけど。興味の対象も刻一刻と変わって行くのかもしれない。そうこうしていたら、引いた潮がみるみる上がってきて、我々の砂場があっという間に浸食されてしまった。その様は息子にも大いに驚きだったようだ。自然の不思議を大いに体感したのではないか。将来、そんな不思議をナゼナゼと聞かれた時には、この海洋学を修了し、その後そういう関係の仕事に就いているお父さんが数式を含めてその理論を教えてあげよう。と一瞬思ったけど、所々記憶に乏しいところがあって心許ない。参考書を見ながら恐る恐る教えてあげよう。多分ね。許せ息子よ。父ちゃんなんてそんなもんだ。

ホテルに帰ってバカンス気分でというより、家にいる時と同様に寝っ転がってダラダラとした後、夕飯。これは我々の旅最大の難関である。息子は米、麺を愛し、イモを愛し、それ以外にほとんど興味がない。それも純粋な米、麺、イモ。混ざりものは御法度という最近の状況で、実は我々は頭を悩ませているのである。そんな中、何処で食べるかは大いに頭を悩ませるのである。米、麺が食べられそうな中華を今回は選択。ブッフェスタイルのお手頃価格のお店。食べて見たらマズイ。というか、味がない。あと、油が良くないみたいで口に中が不快。これには参った。20分弱で店を後にした。頭を悩ませて選択したのにこの敗北。やるせなし。

その後海ベリを歩いて行ったら公園につきあたり、息子興奮。水遊びできるところがあって、そこで水に濡れた息子。誰に似たのかそういうことに神経質で、公衆の面前で ぬぐぬぐぬぐ と主張。そして、遊具のてっぺんで、自ら短パン、パンツを脱ごうとする。半ケツになったところで嫁さんが止めに入る。周りにいた女の子は オーノー って顔をしていたらしい。パンツに金魚の絵が入ったランニング姿になった息子はなんだか昭和の日本代表の体操選手って感じで笑えた。しかし、公衆の面前でパンツを堂々と脱ぐのはやめたまえ。息子よ。

どうにか公園を退避し、ホテル内のプールに挑戦。息子生まれて初。最初ビビりまくって尻込み。どうにか入れて、慣れさせてみると大興奮。一人でやる!と主張しだして、手の届くところで挑戦させてみたら沈んだ。直ぐに助けてあげると、咳込んだが、直ぐに再度興奮状態に。相当プールが気にいったらしい。親としては嬉しくも、目を離したら簡単に溺れるなということを実体験として学んだ。

このように思い付きの旅でも普通に充実するのだな。周りの景色が外国ではなく、実家の風景のように感じる今日この頃だったけど、こくいう外に刺激は中々良いなと思うのだった。思い付きバンザイである。

2010年7月21日水曜日

只ならぬ気配

朝出勤してみたら、会社前の家に多数の黒い服を来た警察官が一杯いた。作業着っぽかった。何か只ならぬ気配を感じたけど、それを立って見ているわけにもいかず、さっさと机に向かうべく出社。

しばらくして、ガシャガシャとガラスが割れる音やら、hold onとかいう声やら聞こえる。それが一定時間毎にして、しまいに普通の出来事になってしまった。ドンパチと乾いた危ない音はしないし、窓から見える隣の建物の天井では、おじいちゃんが普通にペンキを塗っているし、のどかなのだ。会社では、同僚が階段を駆け上がり「hold on!」とか言って遊んでいるし本当にのどか。外の喧騒は昼過ぎまで続いたのだけど、同僚に「あれなんなの」と聞くのも面倒というか、たまたま忙しかったので、なんであんなことになっていたのか聞かず。あの光景が起きた理由は今もってわからず。

帰り道、その家を見たら、道路にそった電線から家に張られた線は切られ、窓ガラスは破られ、代わりに合板の板で割れた窓が塞がれていた。只ならぬことだったのだろうけど、社内も外も普通だったし、何が何だかわからぬまま帰宅。

そう言えば、朝エレベータで一緒だったおにいちゃんと同じ靴を履いていて気まずかった。相手も私の靴を見、こちらも相手の靴を見で、目線がクロスしているのをお互い感じてしまったあの空気感が気まずかったのだ。靴が一緒だったのは仕方ないにしても、靴の色の落ち具合も似ており、とてもとても相手の靴を意識せざるを得なかった。昨日聞いたpodcastの「考えない」境地にはほど遠い、相手を意識し ああもない、こうでもない と考えてしまうのだった。無我。。。なんて無理だ。凡人のワタシは。


2010年7月20日火曜日

考えない 一休み

朝起きれない。一人だけ。だらだら寝て起きて仕事。頭が重くて、布団から頭を上げるのがシンドイったらありゃしない。朝の空は曇り空で、寝坊するには最高の環境であり、大いに甘えて寝過ごした。

「考えない練習」を書いた僧侶である小池龍之介さんのpodcastを聞く。考えないこと。それは一つ一つに集中することのようにしか思えず、考えないことは言葉以上に難しいらしい。ぼーっとするということは煩悩を呼び起こすというのは、なんとなくわかる。が、一つ一つに集中するのを満遍なくするというのは余りにも難しい。その一つ一つを本当に集中すべきものかを選択する必要があると思うのだけど、その時点で考えてしまっているのだ。考えないって難しいなぁ。その練習ってどんなんろう。練習しようと思った時には考えてしまっていると思うのだけど、これは煩悩か。podcastの小池さんの声を聞いたら、とても年下と思えず目を瞑って年上だと考えることをやめた。「考えない練習」ってこういうこと。。。ではないだろうなぁ。。。

2010年7月19日月曜日

エレベーターの角かよ

夕食はカレー。カレー粉が無かったので皆揃ってスーパーへ。その帰路のエレベーターで息子が嫁さんに向かって、エレベーターの天井に面する角を凝視しながら「おとうしゃんだねぇ」と呟いたらしい。嫁さんは余りに恐ろし過ぎて、エレベーターを出ると猛ダッシュで部屋に駆け込んだらしい。私の存在なんてエレベーターの角程度というのもうなづけるので大いに笑った。その現場を私は押さえていないのは、二人を先に帰らせて酒屋でビールを買っていたからである。そんなんだから角程度の存在なんだけろうけど、なぜ角が私に見えるのか?ここんところ痩せて顔が角ばっているがエレベーター程ではない。エラがはっているから?嫁さん情報によれば、見知らぬ黒人の人を見ながら「おとうしゃん来たねぇ」と言っていることもあるそうで、私の存在や姿は彼の脳にその程度に投影されているのだろう。。。いや、そんなこたぁないと否定したいところだけれど、現実は厳しいと改めて強く認識するのでありました。

ロシアが猛暑に見舞われ、酒飲んで水浴びして1200人以上水死している大新聞社の記事をみて、スポーツ新聞を見ているかのような錯覚を覚えた。昨日ポアンカレ予想を解いてフィールズ賞をとったペレルマン博士のドキュメント(本では読んでいたけれど)を見た後だったので、なんと阿呆から天才までの振幅の大きい国なんだと益々興味が湧いた。ペレルマン博士もフィールズ賞を結局辞退しているし、人嫌いになってキノコ採りをしているらしい(とは言っても今も何か興味の対象を見つけて解を見つけるために邁進しているのだろうけど)。阿呆と天才は紙一重とはいうけれど。ペレルマン博士は酒飲んで水浴びをしていないか心配だ。

昨晩、そんなドキュメントを見て数学したくなってipadの数学公式集のアプリケーションを無料でダウンロード。よく出来ているアプリケーションで感動しているのだけど、今後これを使って何かする予定は全くない。が、なんて良い時代だ。ただで面白い教材が溢れている。試験さえなければ、皆、学ぶ行為自体とっても楽しいことであると僕は思う。息子が学校に通うころにはゆとり教育でなくていいが、点取りテストが軽減されていたらいいなぁーなどとぼんやり考えるのだった。

2010年7月18日日曜日

ゆったり週末

快晴。どこに行きたい、何をしたいという訳でもないので、この素晴らしい快晴を朝から無視した。それでも勿体無いという気持ちは心の奥底に引っかかるので、ベランダに出てヨガ。ここんところ真剣に時間を割いてすることが減ったのに、前まで苦手にしていたポーズが結構するりと出来たりして驚く。何でも熱くなり過ぎている時は駄目で、力が抜けてしまって無欲の時ほどうまく行くというのは自分の法則通りである。しかし、ポーズが出来たからといって目に見えた良いことなど無く、ただ自己満足なのだけど、朝から心満たされてしまった。その後、息子がベランダで水遊びを開始し、水をかけられる。息子自身も自爆してずぶ濡れ。気温もそこそこ高いし服を脱がせて遊ばせる。自分も昨日同様パンツ一丁で、親子下着姿でベランダ遊びに興じる。周りから見れば、あそこのベランダはシャボン玉が大量に放出されるは、親子で下着姿で水遊びをしているはで、羨ましがられているに違いない。

昼飯は近くの日本食屋で外食。私はカツ丼を注文。肉が何となくレバーっぽい。精肉前の血抜き工程が下手なのだろうか。また、カツ丼自身、自分で作った方が美味いと思う少し残念な味。嫁さんは寿司を頼んだが、やっぱりこっちの寿司は寿司ではなくsushiである。日本のそれとは違う。日本のような握りを求めるのは無理な話で、こっち独自の巻物を注文すべしと意見が一致する。息子は、うどんとアイスクリームを完食。味に不満はあるがそれは仕方ないことで、外食の雰囲気を味わえたことで良しとすべきだ。子供が小さいと中々思い切って外食というのはできないけれど、この日本食屋は我々が安心してそれができる場所であり有難い場所なのである。

帰り最近出来たショッピングセンターに立ち寄る。買い物カート専用ベルトコンベアみたいなものがエスカレーターに併設されていた。ショッピングセンターは普通だったけど、これは見て得した気分。うちはこれをするためだけにカートを引いた。ここで流れるカートは商品を満載している中、うちのカートは登りも下りも空っぽのままだった。

そんな遊びをした後、息子は車の中で寝てしまった。家に戻って車から降ろすと機嫌を損ねることは目に見えていたので少しだけドライブして時間を潰す。途中、海の方向を見たら霧にまみれていた。空は快晴。眼下の海は霧まみれという中々面白い光景を目の当たりにして海へ向かう。海に近づくほど霧が濃くなり、海についたら海なのか何なのかわからない位の霧。海と大気の相互作用を目の当たりにして家族で感動を覚えたのだった。というのは嘘で、息子はチャイルドシートで爆睡し、嫁さんは外に出て一目した後、「さむっ」といって車に舞い戻っていたのだった。確かに肌寒かったけれど。

そんなこんなで家に帰ってみたら夕方だった。日本から帰ってきてから気力体力ともに落ち込んでいたけれど、ここ一週間ペースを落としてみたらそれらが戻ってきた感じである。日本では学生時代に慣れ親しんだ研究室に行って試験実験を行ったのだけど、学生時代には屁とも思わなかった長時間の実験に集中力が続かなかった。学食でご飯を食べた時も当時当たり前に食べていた揚げ物系のメニューが腹にこたえた。そして、何といっても周りにいる学生とひと回り以上違う現実に愕然とした。知らぬ間に、というか重ねる年月に目をつぶってやり過ごしている間に随分歳をとってしまっているこの事実。ワールドカップを見ても選手は皆歳下。今話題の相撲だって皆歳下。である現実。そりゃ毎日突っ走ろうとしても無理がでるか。。。チェンジオブペース。大事な年齢に入ってきたっちゅうことか。

2010年7月17日土曜日

大人の時間

朝5時。息子起床。低血圧気味と勝手に解釈して寝起きの悪い私を頻りに起きろと言わんばかりに話しかけられる。そんな息子が可愛くて、笑顔でニッコリ笑いながらオハヨウと囁きながら体を起こす。なんてことができる懐の広さは私に無い。体をグルグル回しながら息子の攻めをかわし続けるも、その執拗な攻めに根負け。機嫌が悪いままベッドを出た。

天気が良く、日差しが強い。東の窓から太陽がギラギラと照りつける。雲一つ無い快晴。でも体がだるくて外に出る気力にかける。忍び寄る加齢。負けるものかと力を振り絞るも気力みなぎらず。しかたないのでパンツ姿になってベッドに横たわりながら日光浴。チリチリと体が焼ける感触を楽しみながら二度寝。これこそ元気で突っ走る子供にはできない大人の時間の使い方である。が、歳とっただけなのだなこれは。

午後になっても気力みなぎらず。こんな天気なのでいたる所でバーベキューが行われているが、体力温存のため部屋でハンバーグを焼いて盛り上がる。肉。うまかったけど、後半、胃がばてた。これこそつい最近まで知らなかった胃のもたれ、胸焼けというものか。胃薬を飲んでベッドに横たわったら眠くなっていつの間にか寝ていた。起きたら昼は終わって夜だった。

マンマ ミーア。

マンマ ミーア

昨日息子に自転車を買った。ペダルが無い自転車。これに乗らせると、本当の自転車への移行が円滑に進むらしい。息子も3歳半を過ぎたし、玩具屋に行くと自転車に夢中になっていたので丁度良い頃合いかと。ガハガハ言いながら乗りまくるのだけど、ヘルメットを嫌がる。車のチャイルドシートと一緒で我慢強く慣れさせていくしかないのだろうが。

どこから仕入れたか知らないけれど、しきりに「マンマ ミーア」と言うようになった。これを外ででかい声で連発されることがあり恥ずかしい。これに加えて「オーノー」も連発する。益々恥ずかしい。滑り台から凄い勢いで滑り降りながら「マンマ ミーア」「オーノー」を叫ぶのは止めて頂きたい。が、こうやってネタにはなるので良しとするか。

「マンマ ミーア」(イタリア語)。直訳すると「かーちゃーん」。意訳すると「なんてこった」。「マンマ ミーア」を叫ぶ息子を見てこっちが「なんてこった」と思っているのだけどなぁ。

2010年7月14日水曜日

しゃぼんだま

時代は変わったのか、所変わればなのかわからないけれど、電動式シャボン玉発生機(しゃぼんをつけるプラスチックの輪っかの後ろに扇風機の小さいおもちゃがついている、手のひらサイズのおもちゃ)がある。それが、息子にオオウケ。飽きずにずっとシャボン玉を精製し続け、その写真を撮るよう命令される。こっちも飽きずに写真を撮り続ける。口で吹いてやるシャボン玉とは桁外れに精製効率が良く、無数のシャボン玉がベランダから外に放出され続けた。他人様から見れば、シャボン玉を無数に吐き続ける家はどんな風に見えたのだろうか?ベランダの背丈は息子より高く、人が見えないのに、シャボン玉が無数に発生される家、メルヘンというより気味が悪かったかもしれない。途中、息子からそのオモチャを奪ってやってみたら中々気持ち良かった。緩衝材のプチプチを雑巾のように絞って潰している時に似た感覚。。。ってメルヘンもへったくれもない例えが思い浮かぶのだけど。息子はプチプチを知らぬので、さてどういう感覚で楽しんでいたのだろう???

2010年7月13日火曜日

寝ても寝ても寝ても

寝た。にも関わらず、眠い。

昨晩は息子と風呂に入りながら眠気と格闘した。格闘するものの、レフリーストップどころか完全にKOで途中意識を失った。起きていようという努力は頭の奥底で少しばかり燻っているので、目を開け続けて寝る。というより、嫁さんの目撃情報によれば白目で寝ていた。嫁さんの例えで言えば、「風呂で失神している」ような状態。意識と体が乖離しながらも必死に起き続けようとする様がそれだったのかもしれない。

そして、今日の夕方も眠かった。ベランダで息子を見ながらも夢を見ている感じ。見えているものと頭の中の映像が異なる感じ。でもその時、腕組みしながら息子を監視している「ふり」をしており、脳がするべき行動に全く追いつかないのだった。

そんな自分を認めたく無いので、脳にどこか深刻な病を抱えているのでは? と思ってみたけれど、ただの時差ボケ臭い。いや、多分、深刻な時差ボケなのだと思う。

それなのに、パソコンの前でこれを書いている私の首に息子が乗っかっている。肩車。親の心、子知らず。。。

力入らず

ワールドカップ、参議院選挙も何時の間にか終わってしまった。日本に行っている間に見る気力が失せ、ビクトリアへの帰路の間に結果がついていた。参議院選挙の結果にはあまり興味はないけれど、ニュースでやっていた党首の街頭演説で皆ボディーランゲージが激しく面白かったなぁと今更ながら思う。板についていない感じが良かった。結果に関しては、捻れて、参議院の意義が少し増すのかな。

朝起きて、息子が風呂に入りたいという。起きてすぐなのに元気一杯というか、テンションが高く、時差ぼけ気味の私には辛い。が、これを10日以上も一人で受けてたっていた嫁さんを思うと辛いとは言えない。おしゃべりも達者であるが、有り余る力でぶつかられると朝イチのボーッとした体では3歳のチビスケでも相当に応えるのだ。風呂から出たら、オーノー、オーノーと繰り返し連呼していた。一人で布団の上をグルグル回りながら。全く何を考えているかわからない。元気であることは間違いない。

まだ二つの旅行カバンがほっぽり出したままだ。長旅の後、嫌いなことは時差ボケと荷物を片付けることである。荷物に関しては自動で片付けてくれるロボットが欲しいくらいだ。

2010年7月12日月曜日

これは夢か現実か

気分の問題かもしれないけれど、時差ボケがひどい。眠っても眠い。眠りが浅いのだと思う。夢ばかり見る。その夢も突飛な物ではなく、現実に限りなく近く、夢を見ているのか、見ていないかの境目が微妙過ぎて困る。昨晩は買ったばかりのipadごと海に落ちて、「拭いてくれ」と叫んだらしい。叫んだこともうっすら覚えている。のだが。朝、嫁さんに「水没したら拭いたところでどうにもならないでしょ」と言われその通りだと頷いたのだった。

息子は朝からしきりに声をかけ、体当たりでこちらに訴え掛けてくるものの、全く答えられず。不甲斐ない父親である。帰ってきても、帰ってこなくても同じだ という神の声が聞こえた気がした。が、これは夢では無かったような気がする。

こんな父親にもかかわらず「おとうしゃん」と言ってくれる息子。これは夢か現実か。。。

帰ったぞ

昨日無事にカナダに帰って来た。成田の出国手続では野球解説者の金村義明さんが僕の後ろにいた。テレビで見るよりスリムででかかった。得した気分。バンクーバーでは曇り空だったけど、ビクトリアに着いたらバリっと晴れて眩し過ぎた。

滞在期間中、忙しいながらいろんな人に会えて、色々とお世話になって、気を使ってもらった。何かと自分のことばかり考えてばかりの自分だけど、皆に支えられていることを忘れちゃあいかん と身にしみた。本当にお世話になりました。

2010年7月2日金曜日

パンツ一丁

一昨晩。時差ぼけ。時差ぼけの時は必ずといってよい程、眠りが浅く、目を覚まし、寝ぼける。今回は寝ぼけて、なぜか鍵を持たずドアを開けて廊下に出ていた。当然、オートロック。部屋に入れず。格好はパンツ一丁。少し冷静さを取り戻して、フロントに行くべきか悩む。恥ずかしさも時間とともに増し、どうすべきかますます悩む。エレベータのところにフロント直通の電話があるのを発見。電話。フロント員の人にマスターキーを持ってきてもらって部屋へ。フロント員の人は、「閉じ込めですね」と一言。私の格好を笑うわけでも無く、冷静な一言であった。プロだ。

寝ぼけていたので、何がどうなって外に飛び出したのかの理由が全くわからない。夢でも見たか? それとも何かの超常現象だったのだろうか。全く理由がわからん。

結局その後寝れず。ランニング。大学時代住んでいたアパートが健在であることを確認し、その近くにヤマダ電機ができていることに驚き、大学そばのスーパーにはファミレスと牛どん屋ができていて、港沿いには海外に輸出するであろう大量の中古車が整然と駐車されていた。変わったなと思いながらランニング。湿気と暑さで汗が噴出す。結構朝から歩いている人が多く、その多くの人がすれ違い際に「おはようございます」と声をかけてくれた。街並みは変わったものの、人の気質は変わっていないということか。通勤に使っているバスの中でも、かっこがまぶしすぎる若い女の子らが運転手さんに「ありがとうございました」と言っているのも見た。人くくりに「駄目」と烙印をいろんなことに押しがちだけど、そんなことはないじゃんと思う光景だった。

大学の先生方に挨拶するも、痩せた姿で「私」であることを判断できない人続出。仕事中に卒業生の後輩がふらっと現れてしゃべる。「おまえ暇だな」とかいいながらしゃべっていたら、その後輩から「相変わらず失礼な先輩だ」と笑いながら言われる。「失礼な先輩」はいいが、「相変わらず」とは何事ぞ。

2010年7月1日木曜日

帰ったぜ 一人だけ

試験の補助のため日本に出張。残念ながら一人で。

飛行機満席。学生っぽい子が多かった。

目的地直前まで、ほぼ予定通りの時間で到着。が、人身事故で2時間、最後の乗り継ぎで、まちぼうけ。立ち続けた。でも、読みたい本もあったし、心に余裕をもって動き出すまで待つことができた。

ホテルの前は七夕祭り。人も飾りも一杯で、くらくらした。やんきーっぽい子も一杯いて、鞄があたって文句を言われそうで気を使った。横に並んで歩くのだもの。当たっちゃいそうで、当たっちゃいそうで。。。

新幹線の窓から見た入道雲は夏のそれであった。今見ているニュースに菅さんが出ているけれど、それのインタビューをしている古舘さんがイライラをつのって、相手あら(不適切/新聞、ニュースに面白そうな発言)を引き出そうとしているのが見えて、面白くもなんともなかった。政治に目に見える変化を求めるのはわかるけれど、マスコミ側も変化が必要ではないのか? 

明日は朝早くから作業なのに、眠気が鈍い。ビールを買って飲んだのに。鈍い。時差ぼけ? それとも、ビールをもっと飲む理由付けのためやせ我慢?