薄暗い厚い雲の元、柊の赤い実が眩しい。雨で少ししっとりした葉を落としたこんもりとした木の中で雀に似た小さい鳥が優しくも甲高く嬉しそうに鳴いていた。そんな通勤路。
カモメに糞攻撃をされた一昨日。それ以来、上空を飛ぶカモメに異常に敏感だ。詰まらぬ考え事で下向き加減の目線で歩いていてもカモメの気を感じてしまう。そんな時、カモメが飛びながら糞をするって凄いもんだと思うのだった。飛びながら。人間で言ったら歩いていながらウンコをすることだ。腹痛でどうしようもなくてもう冷や汗まみれで漏らすということは稀にあるだかもしれない。ここにはトイレに行きたいが間に合わない、痛みと恥ずかしさで冷や汗まみれという状況が存在する(はずだ)。カモメは飛びながら涼しい顔で恥ずかしさなんて微塵もない。当然と言えばそれまでだ。が、しかしだ。
人間は社会の中で生きており、社会の常識 (所謂、人様の目)から外れてしまうことへの躊躇があり、恐怖、恥など負の感情を得る。社会が無ければそれを感じられない。群で飛ぶ鳥はいるがあれは社会とは言わないのではないか。社会の無いカモメは涼しくウンコを垂れる。人の社会は束縛を与え、時に鬱陶しいが、それがあるからこそ一個人に「無茶」なことをさせないという側面もある。だから、大人は最善の注意を払ってウンコを漏らさない。社会があるから人は安心を得ている。あぁ人に生まれて良かった。社会からつま弾きにされた個人は孤独であり絶望を感じ暴挙に走ってしまう。だからこそ社会は硬直しておらず、多様な人により構成されて寛容で懐が深くなくてはならない。だから、最善の注意を払った'のに'漏らしてしまった人を全否定してはならない。そうすれば、その過ちから人は学び社会に還元される。そんな社会を作るための個人を育てるために社会は学校を作り、子供を学ばせる。学校で勉強する、させられる意味は立身出世のためではない。より良い社会を作るためにあるのだ。カモメがカモメでしかないのは社会が無いからである。と、カモメに教えられた。って思ったのは、その時ヘッドホンで宮台真司が出演している「学問のススメ」をポッドキャストで聞いていたからだ。
それにしてもカモメ。飛んでいる時にウンコする場合、人と同じで腹筋に力を入れるとかするだろうか。歩いている時、一時的に腹筋に力を入れると歩みが阻害される。カモメに腹筋があるのかは知らないが、飛行に支障を生じないのだろうか。カモメに聞いてみたい。
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