2011年11月27日日曜日

ぐーたら

怠い。なにもしない。大阪の選挙結果を見て増々怠さがました。なにもしたくないし、考えたくも、想像したくもない。

ぐでぐで。ぐーたら。しかし、ぐーたら は毎日だった。

窓越しから浮かんでいる雲をぼーっと眺める程度で、外にもでない。雲は止まっているようで、じわじわ動いている。

ぐーたらしてても、じわじわ動いている。ぐーたら は非効率で経済性が悪い。こんな人間は、効率性の観点から独裁を肯定する指導者からは真っ先に切り捨てられるのだろう。

民主主義もよく考えたら効率の悪い仕組みだ。だが、その効率の悪さは、暴走や暴挙を起こさせない滑り止めとして働いているのだと思う。が、効率が善という社会では民主主義は悪なのか。

あの人は、自分の考えに反する人は斬る。らしい。生物多様性の原則は知らないのだろうか。裸の王様を読んだことはないのだろうか。

そんな世の中になりつつあるとしても、ぐーたら な自分を僕は否定しない。誤解を恐れずに言えば、明日出来ることは今日しない。人生なりゆき。という時間に対する感覚と、心持ちを捨てたくない。人間の持っている本来の速度を持って、身体を動かしてこそ、最大のパフォーマンスを出せると思う。そして、時々、身の丈を知り、時々諦めながら右往左往してゆっくりゆっくり前進して行くのが成熟なのではないか。

などと、考えてみたり。何もしたくないが、考えちゃったりもする。考えが深くないのは、考えたくないからだと思われ。

夕焼けが奇麗だ。

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