2010年8月24日火曜日
柄にもなく。ばかんす。
柄にもなく。家族旅行。こっち風にいうとバカンス?とにかく初めてずくしで行く前からどたばたし、緊張感もあった。そして、現在、宿泊場所の地下で温泉に入る訳でもなく、室内遊具で遊ぶ息子を見守っているのである。冷え冷えする地下で、長袖を着ながら、年長者を追い駆け回す息子。ガハガハ声だけが聞こえるのだが。。。遊具が三階まであって、まるで迷路。親は進入禁止とのルールがあるので周りで見守るしかないのだ。こっちは椅子に座っているだけで寒い。息子は汗まみれ。そして、これがバカンスという現実。そりゃ、三歳に長い間車に乗っていろというのも無理な話か。。
2010年8月21日土曜日
柄にも無く
2010年8月20日金曜日
2010年8月18日水曜日
2010年8月17日火曜日
下駄を鳴らして奴が来る
先週末、考えれば幼稚園からのずっと一緒である友達が家族でビクトリアに遊びに来た。ワタシがこちらに赴任する前に、米国オハイオ州に赴任した友達である。中学校の頃はその他悪友とともにいたずらをしては先生に叱られることしばしば。高校では同じ学校に進学し、毎日一緒に通学した。台風の時、道が冠水していても一緒に自転車で通学したものだ。大学は東と西で異なる進路となったものの、なぜか海外赴任という現在の状況はまた同じである。
今回はふらっと訪れてきて、散々、アホな会話をして、あっという間に帰ってしまった。来る時は道に迷って遅くなったのに、帰る時はスムーズだった。
ワタシに比べアクティブな彼は、最近灯台にこっているらしい。海にある灯台をくまなく見ているらしい。そんなわけで、こちらに来て、近くにある歴史ある灯台に何でも行きたいと主張した。6時半に待ち合わせして行って来た。そしたら、ゲートが閉まっていて灯台を直接は拝めず。海岸の縁を渡って、防護柵を乗り越えて行ったのだった。防護策の向こうは海軍の基地があるためか砲台があった。水は冷たいし、鳥のうんこまみれで、足にそれがへばりついて散々だったが、アホな会話を連発しながら見に行った。ワタシには灯台のすごさが何も解らなかったが、久しぶりの友人とのアホな会話に腹をかかえてわらった。
その中の一つ。「ここらへんってクーガー(ピューマ)が出るらしい」「あ、そう」「見たことある?」「ない」「あ、いた」「嘘だろ?どんなん?」「ふさふさしたしっぽが長細くて、すばしっこかった」「それってリスだろ」「でも、4本足で歩いていたもん」「アホか。リスだって4本足だ」「リスって二本足でしょ?」「アホ。それって餌食ってるリスの絵だろ。でも歩く時、走る時は4本足じゃないの?」「あ、そうか」「でも、あれはクーガーだったよ」「クーガーって知ってんの?」「知らん」
というような感じのどうしようもない会話。でも、疲れるどころか、大いに楽しんだ。そして、帰ってしまったら、なんだか寂しくなった。そんなんが友人というもんかと思った。
今回はふらっと訪れてきて、散々、アホな会話をして、あっという間に帰ってしまった。来る時は道に迷って遅くなったのに、帰る時はスムーズだった。
ワタシに比べアクティブな彼は、最近灯台にこっているらしい。海にある灯台をくまなく見ているらしい。そんなわけで、こちらに来て、近くにある歴史ある灯台に何でも行きたいと主張した。6時半に待ち合わせして行って来た。そしたら、ゲートが閉まっていて灯台を直接は拝めず。海岸の縁を渡って、防護柵を乗り越えて行ったのだった。防護策の向こうは海軍の基地があるためか砲台があった。水は冷たいし、鳥のうんこまみれで、足にそれがへばりついて散々だったが、アホな会話を連発しながら見に行った。ワタシには灯台のすごさが何も解らなかったが、久しぶりの友人とのアホな会話に腹をかかえてわらった。
その中の一つ。「ここらへんってクーガー(ピューマ)が出るらしい」「あ、そう」「見たことある?」「ない」「あ、いた」「嘘だろ?どんなん?」「ふさふさしたしっぽが長細くて、すばしっこかった」「それってリスだろ」「でも、4本足で歩いていたもん」「アホか。リスだって4本足だ」「リスって二本足でしょ?」「アホ。それって餌食ってるリスの絵だろ。でも歩く時、走る時は4本足じゃないの?」「あ、そうか」「でも、あれはクーガーだったよ」「クーガーって知ってんの?」「知らん」
というような感じのどうしようもない会話。でも、疲れるどころか、大いに楽しんだ。そして、帰ってしまったら、なんだか寂しくなった。そんなんが友人というもんかと思った。
2010年8月15日日曜日
まぼろしか?しんきろう
昨日から熱波です。30度越え。湿度が無くカラカラなんですが、直射日光の強度(照度)が日本に比べると強い気がします。地球と太陽の距離のせい? もしくは、熱い夏から遠離って耐性が弱まったから?など理由が考えられますが。とにかく暑い。
海水温が低く、熱波なもんだから、蜃気楼が家の前の海に出ていました。山の前の海に浮かぶなんか島のようなもの。
それが蜃気楼であれば生まれて初めて見たことになります。理科でこの現象を習って以来、その現象の写真の意味がわかっていませんでした。日本海でたまに見られる現象とか、屈折率の違いで生じる現象など、現場を知らないながらも、その知識だけはあったのですが。実際に見てみると感動でした。最初は、軍艦が浮かんでいるように思えました。
この写真、蜃気楼を確認後、嫁さんが家のカメラを持って撮ってくれたもの。帰って来た時には嫁さん顔真っ赤でした。そんだけ暑かったということです。私は、暑かったので写真を嫁さんに頼んで、パンツ一丁になって寝転んでいました。
大気と海水温の違いで生じる不思議。それを見れたことでこの日は幸せだったと思えました。パンツ一丁で。ぼんやりと。幻想?、妄想?
嫁さんは何時もだったら、文句をいうのに、のこのこ、へらへら、そして、喜んで写真を撮りにいっていました。これは幻想?、妄想?
そして、この景色が蜃気楼による虚像なのかは確認していません。が、蜃気楼だったと信じています。今日も暑かったし。。。
理屈臭いと良く言われるワタシですが、今回は信じて疑わない方が楽しい「おもひで」になるのでは? でもこれは蜃気楼なのです。今後、見ることできないかもしれません。あー良かった。
2010年8月8日日曜日
あそび
昨日は中華風、今日はタイ風料理を夕食にしている。それぞれ、我々まったくレシピの知識無し。どこかで食べてこれはこうかな?程度の考察でスーパーでそれらしきものを調達し、作ってみることしばしば。合理的、効率的と言うべきか、大雑把というべきか、その境界はわからないが、自分達の性格から言えば後者か。
昨日作ったエビチリはどこか辛みが足らないものの、逆にネギの甘みが引き立って大変美味しいものだった。そして、今日のタイ風グリーンカレー擬き+フォーは何処か店のそれとは違うけど、店で食べると何時も思う塩っぱすぎが無くそれなりに食べられた。この曖昧さこそ、家庭の味というべきなのでは。と思う。教科書どおりに作ると美味しいけど平均点というよりも大雑把な自分の感情入りの方が「あじ」があるような気がする。それに似たことを「夕食万歳」結城先生は言っていた。子供の頃、学校を休んだ時に見ていた昼前の番組で見た気がする。学校をさぼりながら見ていた気もする。
夕飯後、嫁さんがロールケーキもどきを作っている。デザート作りは分量と時間の「あそび」が無いと聞くが、標準的料理同様、随分あそびがある。「ありゃ」「まちがえた」とかいうプロセスを踏みながら現在進行形で作られているのだが、それによる「あじ」は出るのだろうか? 楽しみ。
息子が凄い頻度で「おなかがへった」という。大抵この後、しばらくすると、ぐん、と身長が伸びるのだ。ワタシも最近妙に「おなかがへる」。こちらは身長が伸びることは想像できず、横に広がることが予想される。注意すべし。
昨日作ったエビチリはどこか辛みが足らないものの、逆にネギの甘みが引き立って大変美味しいものだった。そして、今日のタイ風グリーンカレー擬き+フォーは何処か店のそれとは違うけど、店で食べると何時も思う塩っぱすぎが無くそれなりに食べられた。この曖昧さこそ、家庭の味というべきなのでは。と思う。教科書どおりに作ると美味しいけど平均点というよりも大雑把な自分の感情入りの方が「あじ」があるような気がする。それに似たことを「夕食万歳」結城先生は言っていた。子供の頃、学校を休んだ時に見ていた昼前の番組で見た気がする。学校をさぼりながら見ていた気もする。
夕飯後、嫁さんがロールケーキもどきを作っている。デザート作りは分量と時間の「あそび」が無いと聞くが、標準的料理同様、随分あそびがある。「ありゃ」「まちがえた」とかいうプロセスを踏みながら現在進行形で作られているのだが、それによる「あじ」は出るのだろうか? 楽しみ。
息子が凄い頻度で「おなかがへった」という。大抵この後、しばらくすると、ぐん、と身長が伸びるのだ。ワタシも最近妙に「おなかがへる」。こちらは身長が伸びることは想像できず、横に広がることが予想される。注意すべし。
2010年8月7日土曜日
口十
冒険家/登山家の栗木氏が出演しているポッドキャスト版「学問のすすめ」を通勤中聴く。どっかで既に聴いたことがあるような気もしたけれど、「できそうに無いことも、言い続けることでできる気になる」そして「たいていできてしまう」ということを言っていた。氏は無酸素で8000m級の山を登っている人で、体力も普通、お金も無い環境から、言い続けることで良い意味の「自己錯覚」を起こして、人の力を取り込みながら課題/夢を自分の身を使って叶えているのだそうだ。自分よりもずっと若い彼のその心意気とエネルギーに嫉妬した。何回くらい言い続けると良いかとのインタビュアーの質問に「十回」「ナゼ?」「口に十と書いて叶える」「十一回じゃダメ?」「ダメです。一が増えると吐くになるから」というやりとりは、既にネタの領域の舌の滑らかさでさらに嫉妬した。
全体的に思えたのは、人ができない、やらない、やれないようなことを(努力の過程を経て)した、してきたような人の言葉、話はお坊さんの高いレベルの説法に近いなぁということ。オリンピックでメダルをとった選手も驚く程響く言葉を競技終了後のインタビューでするが、あれもそうだ。オリンピックで感動したインタビューでは、柔道女子の阿武選手(アテネ)、400mリレー末次選手(北京)のは個人的趣味で2トップである。
「強い酒を口に十杯入れたところまでは覚えているが、十一杯目以降は記憶に無く、次の日二日酔いで吐き続けた」というような経験にありそうなつまらないことしかワタシには話せない。やっぱりとことん普通、または、それ以下の自分である。
全体的に思えたのは、人ができない、やらない、やれないようなことを(努力の過程を経て)した、してきたような人の言葉、話はお坊さんの高いレベルの説法に近いなぁということ。オリンピックでメダルをとった選手も驚く程響く言葉を競技終了後のインタビューでするが、あれもそうだ。オリンピックで感動したインタビューでは、柔道女子の阿武選手(アテネ)、400mリレー末次選手(北京)のは個人的趣味で2トップである。
「強い酒を口に十杯入れたところまでは覚えているが、十一杯目以降は記憶に無く、次の日二日酔いで吐き続けた」というような経験にありそうなつまらないことしかワタシには話せない。やっぱりとことん普通、または、それ以下の自分である。
2010年8月5日木曜日
輪廻
本屋で割引だった「スプラウト(貝割れ大根みたいな双葉とひょろっとした茎の生まれたての何か)」の植物を買って来て、嫁さんが育てている。生え揃ったら収穫して食べるつもりだ。ひょろひょろしているくせに、走光性が凄くて、太陽光が注ぐ窓辺に葉っぱをもっていこうと必死に茎を曲げる。それも生えて来た皆が総出で負ける者かとグイグイ曲がっていく姿は生きるエネルギーを感じる。こっちは面白がって、葉っぱを窓側から日陰方向に鉢の方向を変えて遊んでいるのだけど、せっせとまた太陽方向に向かって曲がりだして数時間も経つと窓側に顔を向けているのだった。太陽を浴びて光合成で有機物を生み出せない植物ならではである。が、日焼けサロンに通う人間にも似ている気もする。両者の違いは光が無いと死んでしまうかどうか、使っている光が可視光と紫外線の波長の違いか。
また、冷蔵庫に熟熟になりかけたトマトを春に鉢に植えてみた。そしたらメキメキと育ち、産毛も逞しく、花を咲かせた。トマトがなったら有り難く頂こうかと。また、今年はシソやハーブの類い(シソもハーブだけど)もあって狭いベランダも中々騒がしい。
植物の逞しさと食物連鎖を感じる夏である。通勤路の野いちごを摘む大人達も正しく食物連鎖。散歩中の犬のおしっことうんこ。うんこは人間にせっせと袋に回収されるけれど(一部、回収されず、そのまま残っているけれど)、おしっこは植物の栄養となって輪廻して。目線を変えれば科学やら思想やらを感じることができるのだなぁ。と思う今日この頃。こんなことを感じるのは、お盆に近いから?
2010年8月4日水曜日
夏を体感する通勤
ここのところ夏っぽい天気が続いている。が、最近めきめき日の出の時間が遅くなってきており、この夏も秋に向けて速度を加速しているのかなと思うと寂しい。と、いいながら、体の方は、日の出が遅くなれば、起きる時間も遅くなったりして、感情と裏腹に物理的に正直体は応答している。秋近し。
仕事をしている限り、通勤路が家族の面白話以外のネタ収集場所である。最近は、通勤路の横に繁る野いちごに関して面白い光景が多い。
今日は自転車通勤の女性が、野いちごを見つけた後、自転車から降り、ヘルメットをつけたまま、リュックサックからジップロックの箱を取り出した。そこには、ヨーグルトが既に仕込まれていて、野いちごをつんではそこに放り込んで、たまりにたまった後で、スプーンで食べていた。朝8時時半前の出来事。朝飯?
その後、毛糸の眺めのコート(長袖)を着ている女性が、刺を気にしながらも、枯れた茶色の葉っぱまみれ(毛糸に付着している)を気にせず、野いちごをとっては食べていた。黒いコートに茶色い葉っぱが付着しているのだけど、そんなことを気にせず食べ続ける姿は興味深かった。
そういえば、小学校の通学路で、同じように野いちご狩りをしたし、魚をとったり、時に亀をとったり、氷の上に乗って遊んだりもしたことを思い出した。それを思うと、この野いちごに用意周到に戯れる大人をおもしろがって見ているだけでなく、自分も見るだけでなく体験した方が楽すべし と思うのであった。
その通勤路、黒スカートで自転車をぶっとばし、そのスカートが空気で膨らんでいるエリマケトカゲお姉さんが前回の反対方向からつっぱしってきた。その方向はワタシから向かって前方からであり、こぐ足と膨らんだスカートは正しくエリマキトカゲ。目線に気づかれないように観察した所、スパッツを履いていた。襟巻きスカート(黒)の中、黒のスパッツ。どちらかというと計算し尽くされているような気もした。前回は、背後からだったので、このような観察はできなかったので、これで納得できた。
通勤路。色んな人がいて楽しい。そして、思うのは、日本に比べて眠そうな顔をしている人が少ない、というかいない点である。眠くちゃ、野いちごもとってられないし、自転車もぶっとばしてこいでいられないだろうけど。そんな中、自分は眠いのだ。いかん、いかん。
仕事をしている限り、通勤路が家族の面白話以外のネタ収集場所である。最近は、通勤路の横に繁る野いちごに関して面白い光景が多い。
今日は自転車通勤の女性が、野いちごを見つけた後、自転車から降り、ヘルメットをつけたまま、リュックサックからジップロックの箱を取り出した。そこには、ヨーグルトが既に仕込まれていて、野いちごをつんではそこに放り込んで、たまりにたまった後で、スプーンで食べていた。朝8時時半前の出来事。朝飯?
その後、毛糸の眺めのコート(長袖)を着ている女性が、刺を気にしながらも、枯れた茶色の葉っぱまみれ(毛糸に付着している)を気にせず、野いちごをとっては食べていた。黒いコートに茶色い葉っぱが付着しているのだけど、そんなことを気にせず食べ続ける姿は興味深かった。
そういえば、小学校の通学路で、同じように野いちご狩りをしたし、魚をとったり、時に亀をとったり、氷の上に乗って遊んだりもしたことを思い出した。それを思うと、この野いちごに用意周到に戯れる大人をおもしろがって見ているだけでなく、自分も見るだけでなく体験した方が楽すべし と思うのであった。
その通勤路、黒スカートで自転車をぶっとばし、そのスカートが空気で膨らんでいるエリマケトカゲお姉さんが前回の反対方向からつっぱしってきた。その方向はワタシから向かって前方からであり、こぐ足と膨らんだスカートは正しくエリマキトカゲ。目線に気づかれないように観察した所、スパッツを履いていた。襟巻きスカート(黒)の中、黒のスパッツ。どちらかというと計算し尽くされているような気もした。前回は、背後からだったので、このような観察はできなかったので、これで納得できた。
通勤路。色んな人がいて楽しい。そして、思うのは、日本に比べて眠そうな顔をしている人が少ない、というかいない点である。眠くちゃ、野いちごもとってられないし、自転車もぶっとばしてこいでいられないだろうけど。そんな中、自分は眠いのだ。いかん、いかん。
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