2009年12月31日木曜日

大晦日

大きい晦日(三十日)。

年日本で過ごす大晦日と言えば、夕方からビールをハイペースで呑み続け、紅白を見ているもののその記憶が残るのは最初ばかり、中盤あたりに友達がやってきてさらに呑み、紅白の終わりを記憶切れ切れの中、「やっぱそうだよね。紅組いまいちだったもん」と適当に総括して、ゆく年来る年を少し見た後、新年をテンション高く迎える。そして、近くの神社に友達と初詣するものの大抵既に記憶無し。初詣もあったもんでなく、その時に新年新たに期すものを祈るなんて到底できず、神様からの罰かたまに帰り道田んぼに落ちるとか、神社の便所前の溝にハマるとかする。最大の罰は次の日の二日酔い。思い出すだけで忌まわしいけれど、それを毎回繰り返すのはナゼ?

今年は3人だけで過ごす初の大晦日。さてどんな大晦日になるのであろうか? 楽しみのような、先が見えているような。

まだ、大晦日の夜が明けていないのだけど記憶をなくす前に今年を振り返ると、
  • 家族健康で楽しく過ごせた良い年だった。
ということだろうか。在り来たりで何の捻りも無いのですが。異国で病気になったというのは最悪なので、それが無く、平和に楽しく暮らせたので言うことないでしょう。

大晦日、新年心新たにスタートダッシュするには、分析的にあれこれ今年を振り返り、改善点を見いだして、それに対する行動を立案してっちゅうような作業が必要なのだろうけど、それはこの際脇に置いといて。。。とやっているので毎年成長しないのか。そして、勝間和代のようなデキル人にはなれないのだろうと思う。デキナイ人。ワタシ。

皆様、良い大晦日をお過ごし下さい。そして、良い新年をお迎え下さい。くれぐれも呑み過ぎ、食べ過ぎ、騒ぎ過ぎにお気をつけ下さい。これは自戒を込めて。

ちなみに、新年元旦から満月です。


2009年12月30日水曜日

おりむぴっく

朝から何故かYoutubeでオリンピックの映像を見ている。アテネ、北京。忘れている記憶の断片を継ぎ接ぎして、「あぁ そうだった そうだった」と振り返る。

それ程でもと冷静を装っていようとしたが、熱いものがこみ上げる。昨晩の酒でゲロがこみ上げてきたわけでなく、感動。個人的には北京の400mリレーと末次選手のインタビュー、アテネ水泳の柴田選手の金メダル後のインタビューとその涙にぐっと来た。実況の修辞句は時々うさん臭さが漂うが、選手の言葉にはそういうものが無い。

横で見ていた嫁さんは感極まり滝のように涙を流して嗚咽している。

残念ながら、そこまで感情移入することはできない。

息子はアテネ体操団体での実況「感動の架け橋」という場面の大回転を見ながら「ぐるんぐるん」とかけ声をかけていた。そして、着地した瞬間に泣いていた。






というのは嘘です。

2009年12月29日火曜日

くま

外は肌寒い曇り。昼、なんとなく眠くなる。

冬眠 という言葉が脳裏によぎる。髭面で体が大きかったので一時は熊と呼ばれていた。熊=冬眠。熊は冬眠に備えて秋に食い溜めて、それを消費しながら寝過ごすという。が、食って、動かず年末年始では先が見える。熊化。もうご免だ。

そこで、久しぶりにランニング。6キロ弱を40分程度のスローペースで。心肺系は問題無かったが、最後の5分位に脚にガタが来た。筋力というより、久しぶりで神経系が眠っているのかもしれない。これを期にランニングを再開しようかなぁ。

4月にはビクトリアの10kマラソンに出てみよっかなぁ。

年の暮れ

再びCostcoで冷凍魚介類を買いに行く。正月を盛り上げようとエビを買うことが目的。慎ましやかに小エビの冷凍。身の丈に合っている。それ以外に、豚肉の塊などを購入。これは大きい塊なのだけど、値段の安さに引かれた。角煮を作ったりすれば正月のごちそうの一品になるだろう。それ以外は切り出して冷凍すれば数週間は豚肉を購入する必要も無くなるだろう。

年末と言えば大掃除。ということで、窓ふきセットを買って寒風ふきすさぶ中、窓掃除。モップとワイパーを交互に使って掃除した。それを家の中で見ていた息子が挑戦したいと防寒着を来て参戦。ワタシが磨いた所を、濡れたモップで拭いてくれたりしてお手伝いして貰っているのか、荒らされているのか解らない状態。それでも何だか嬉しかった。

拭き残しは残るものの、少しは奇麗になった窓から眺める景色は何時もより美しく見えたわけでは無いが、大掃除をした気になれたのは良かった。窓掃除一つしただけなのだけど。

昼、息子の相手をしていて、桂米平「犬の目」という絵本を読んだのだが話がぶっ飛んでいて良かった。目が痛いと病院に訪れた患者。その目を取り出して消毒液に浸けるという医者。そして、処置に失敗したあげく患者の目を紛失して、最後に。。。というお話である。興味のある方は読まれることをおすすめする。最後のオチは患者の一言「最近電信柱を見るとオシッコしたくなりまんねん」。大人として面白いが、子供にこの非現実さと面白みは伝わるのだろうか。難解すぎるような気もしないでもない。

先週からうちのテレビが無料更新でデジタル放送が受信可能になった。そして、懸案だったJapan TV(NHKが主の日本番組放送)が見れるようになった。NHKスペシャルをしていたので見たのだが、貧困格差と教育がテーマ。学費が払えない学生に教師が苦渋の選択でアルバイトを進めていたり、家にいても両親が (家計のため) 仕事でいない、病院にも連れ行ってもらえないので登校しそのまま保健室でぐったりする子供が冒頭から出てきたりして言葉を失う。本でしか知らないが敗戦後のようでないか。色々考えさせられたがまだそれに対する理解や回答が見つからない。

その後、ミュージックステーションをしていたのでちらっと見た。そこにはそんな暗い影も無く予定調和な感じでのほほんとことが進んでいた。何年も あーてぃすと と呼ばれる仕事をしているにも関わらず歌唱力が全然向上しない人達がいるのは何故か? という疑問を嫁さんがぶつけてきた。Good Question!

2009年12月28日月曜日

(昨日分)正月準備

年末といってこれといってすることも無い。本を読んだり、勉強したり、ヨガしたりして過ごしている。勉強もヨガも魂を詰めてしているわけではないが。

正月準備という程でもないけど、雑煮が食べたい、正月料理が食べたい、日本酒が少しは呑みたいなどの希望はあるので少しずつ買い物。

煮物用の根菜類は近くの中華系スーパーのFairway Marketで手に入りそうなことを 確認。ミニチュア鏡餅、角餅、蒲鉾等はFujiyaで早々に入手した。いつもワタシか嫁さんの実家のお節、正月料理を振る舞ってもらっているばかりなのだが、今年は少しでも正月気分を出すべく自分達で腕を振るってみようと思っているが、さてどうなることか。

2009年12月26日土曜日

初 Boxing day

WikipediaによるとBoxing dayとは、


「クリスマスの翌日で、元々は、教会が貧しい人たちのために寄付を募ったクリスマスプレゼントの箱(box)を開ける日であったことから"Boxing Day"と呼ばれる。」


そうである。人の話、広告などなどからバーゲンが各店で開催されると聞いていた。ので、冷やかし半分、食材探し半分で行ってみた。


まず、Costco。食材探しが主。人出は疎ら。周辺の電気屋とかは駐車場が満車状態なのに。バーゲンしているわけでもないのでこんなもんなのかもしれない。クリスマス前は凄い人出で、商品をかご一杯に買っている人ばかりだったので、皆、ここで買うものはもう無いのかもしれない。品揃えも寂しくなっていたような気もしないでもなかった。


その後、息子のクリスマスプレゼントを買っていなかったのでトイザラスへ。それがあるショッピングセンターは駐車場が満車。そして、中々停められないことにいきり立つ車の多いこと。我が家も駐車できるまで30分位かかった。玩具屋内はそれ程の人出ではないのだけど、ショッピングセンター内は溢れんばかり。ぶらっとしてみたら、気持ち悪くなった。人酔い。我が夫婦は人が多い所が嫌いです。


息子に飛行機の玩具と積み木を買ってあげた。本当は別に欲しいものがあったのだけど、売り切れ。大抵欲しいものは売り切れているし、やはりここの品揃えもクリスマス前に比べてしょぼくなっていた。


来年のBoxing dayに外出しないと心に決めた夫婦なのであった。人多すぎ。

飲んで 呑まれて 年末年始

クリスマス。どこも店は閉店しており、街に人が居ない。それでも開いている店は探せばあるだろうと、車に乗って家族で必死に探すも無かった。冷蔵庫にあるもので済まそうということで決定。しかし、酒屋が開いている所は見つけたので、ビールだけは購入。食い物は無くとも、酒は必要 と考える方々は多いということか。

公園で息子と久しぶりに遊ぶ。ブランコに乗り始めたら30分位は乗り続けると嫁さんから聞いていたが、大げさだと思っていた。しかし、現実はその通りで、しかも大きく揺すり続けなければ満足しない。ずっと、背中を押し続ける作業をする私と嫁さん。そして、ガハガハ笑いながら鉛直方向を挟んで前後45度程揺れ続ける息子。ブランコ酔いというものは無いのか? それとも酔っているから興奮しているのか? 

夜。日本から持参のゼンマイを戻して嫁さんが煮てくれた。これが本当に美味くて、ビールが進んでしまうのだった。

年末、毎年反省も無く飲んだくれる。今年は少しは反省して。。。とは考えている。過去には、


  •  新幹線に乗り遅れる。そして、乗った新幹線が大雪でトンネル内で停止。暖房も停止した。乗り換えて散々になりながら嫁さんの実家に到着。
  •  ネゲロで迎える正月。
  •  飛行機に乗っている時、シートベルト着用命令中に吐き気をもよおし、備え付けのゴミ袋で吐く。
  •  初詣で、神社便所の前の溝に落ちる。
  •  初詣の帰りに友達と田んぼに転げ落ちる。


という惨事を繰り返している。今年は過去に学び、家族に迷惑を掛けない年末年始にする所存である。しかし、私の心は日本の政治以上に移ろい易く、容易に目標や理念がすり替えられる。ので、「今年中に達成できるかは申し上げかねます。が、長期的に見れば2000年度比50%の削減は達成できると見込みであります。が、あくまでこれは試算でありまして。。。」という国会答弁程度に決意を止めておきます。

2009年12月25日金曜日

(昨日)クリスマスイブ

昨日仕事納め。そしてクリスマスイブ。そして、前日訳あって家で飲み過ぎで二日酔い。

クリスマス行事に慣れていないので、それ程感慨も湧かない。しかし、仕事で協力関係にある人からクリスマスカードが届いたり、周りの家のライトアップを見たり、勢いで買ったうちのクリスマスツリーを見たりしていると、クリスマスが特別な日として微かに感じられる。

昨日の昼飯は同僚皆で近くのレストランでクリスマスランチ。イタリアンレストランなのでパスタとビールを注文するも、二日酔いのお腹には重かった。二日酔い特有の症状で、お腹に物が入ると、症状がぶり返し、盛り上がる話を聞く余裕が無かった。皆、ワインを飲む中、アルコール度数の低いビールにしたものの、それでもアルコールはキツかった。レストランのお客の入りは少なく、同僚曰く、まだ景気悪いのかなぁ とのこと。数字的には表向き上向きな世界経済なのかもしれないけど、一般市民に実際その数字が反映されているのだろうか? とふと思った。

早めに仕事を切り上げて家に帰宅。二日酔いだし、うちは明日ごちそうを食べようということにした。嫁さんの作ってくれたニンニクの効いたパスタが美味かった。その後、3人で車に乗ってクリスマス電飾飾りを見物にぶらぶら車を走らせた。家々が派手過ぎない電飾で彩られているのを見て楽しんだ。ダウンタウンを通りかかった際、教会の横を通った。その教会から聖歌が漏れ聞こえてきたのだけど、それがとても厳かで重みがあって素晴らしかった。クリスマスの意味を少しだけ実感した気がした。

家に帰ろうとした所、息子が帰宅を納得せず。息子は議事堂のライトアップを見たいと主張。最近の彼の語彙力と文章力の向上は著しく、立派に言葉で主張するようになってきた。そこで、デルタホテルまで行って車を止めて、インナーハーバーを挟んで議事堂の電飾を眺めた。息子はその景色に満足していたが、それ以上に真上に輝く半月を見て感動しているようだった。「おつきさま、きらきら」と何度も呟くのであった。

私は二日酔い、嫁さんは車酔いで気持ちが悪かったので、そんな息子の成長や情緒溢れる言動へ感動に浸ることも無く、息子を説き伏せて家に帰ったのであった。

その後、息子は便秘で悶絶し、お腹が痛い、お尻が痛いと泣き叫び、夜中も何度も起きて腹痛を訴えたクリスマスイブ。今朝、自力で出し切り、軽快なクリスマスを迎えたのであった。出し切ったものを見て、さぞかし痛かろうことだったと理解した。

そして、今、クリスマスにほぼ全ての店が休業するとは知らず、夕食をどうするか悩んでいる我が家族なのであった。今日はごちそうにありつけそうにはない。

2009年12月22日火曜日

慌ただしくない年末、冬至

今朝は久しぶりに晴れて、放射冷却か霜。通勤路にある木の橋は霜がびっしり。こっちに来たての頃は、霜が降りた日はツルツルと滑って仕方なかったのだけど、最近のワタシは重心が落ち着いたせいか安心して渡ることができる。よく考えてみたら、あの頃は底がすり切れかけた運動靴だったのでその為かもしれない。貧乏というわけでなく、どこで買っていいのかがわからなかったし、店で買うのも面倒だったということを付け加えておく。念のため。

年末になると周りの忙しなさに影響されて、さして忙しくないのに、自分も忙しなっていた去年までの生活だった。が、今年は年末である自覚がない。景色にクリスマスツリーや飾りがあって、ああ12月だなぁ と認識するけど、その認識も希薄。あと10日もすれば年が明けることも理解できていない。よく考えれば、年末の慌ただしさは、マスコミ、報道、テレビ番組等々に踊らされていた気もする。全部が全部、年末とか正月の括りで似たようなものばかりになるし、総括も反省もさしてしていないのに、今年の十大ニュースとかばかりになるし。

そんなことをあれこれ思うけど、除夜の鐘が聞ける「ゆく年来る年」は見たい。ワタシは煩悩にまみれた人間なので。

あ、今日は冬至か。これから、日が長くなって春に向かうのか。

2009年12月21日月曜日

瞬間最大風速的英語熱

英語をもう少し勉強しようと決意。といっても、この決意は瞬間最大風速で、台風一過で数日もたった後にすっ飛んでしまうほど脆弱かもしれない。しかし、一過性のものであってもいいのでやろう。もう少し上手くなったら、生活、仕事にプラスが出るという面もあるが、何より楽しさが増すだろうと思うし。今何が足りないかも把握できているので、そこを入念に取り組めば向上することも推測できる。語学は取り組んだ時間だけ向上するので、飽きずに継続していけばいいのだけど。

何もかもがクリスマスにまっしぐらといった感じ。うちのイミテーションツリーも少しずつ飾り付けてそれらしくなった。あとは、サンタからのプレゼントを待つのみである。煙突が無く、セキュリティが厳しいこのマンションにサンタはやってくるのか? 

追記: 上の錦鯉の池をクリックすると餌をあげることができます。お試しあれ。

2009年12月20日日曜日

まったり休日

外は雨。これといって目的の無い休日。といっても、家に籠っているのも寂しいので、車で外に出た。といっても目的は無い。

とりあえず、店が集まっているLangfordへ。電気屋に入って、適当に見ていて、適当に店員に話しかけたら、マックの外付け部品を「教育価格」にできるから買ってもらえないかと。その時、ネタかもしれないけれど、店員は「一応」周りを見る振りをしていた。この時期が売り上げの最大の山場と聞くので、店員も必死なのだろう。

雨は慣れたが、雲が厚くて、昼でも薄暗い。

帰りに、BC州最大らしいワイン屋さんでワインを買った。嫁さんは梅酒を見つけて買った。月桂冠が梅酒を出していた。ジャパニーズ プラム ワイン というらしい。それ以外に、赤と白を買った。最大というらしく一杯あったけど、私らにはワインの善し悪しがわからない。決めては値段となってしまう。

高いワインの置き場所を嫁さんが何故か物色しており、そこで日本酒を見つけた。その日本酒は135ドルだった。それも750cc。大吟醸らしいけど、そんなに高くして売れるものなのだろうか? 少なくとも、我々はへーっと思ったけど、買う気にはなれなかったけど。

家に帰って、手間のかからないツマミを作って、安いワインを飲んだ。安上がりな言葉ながら、美味かった。ツマミも。そして、梅酒は、紹興酒のような味がした。

目的の無い一日だったけど、最終的に良い晩を迎えられて良かった。と思えたとような、思えないような。。。

2009年12月19日土曜日

異文化交流

ペリカンに噛まれる夢を見て起きた。ペリカンは動物園や図鑑でしか見たことないと思ったが、サンディエゴ周辺で自然に生息する実物を見た記憶もある。が、現実に噛まれたことも無いし、あまりにリアルに映像として出てきたので驚いた。これは何を示唆するのだろうか? 

基本的に何もすることも無く、ぼーっとしていた一日。昨晩の総括をしつつ、やっぱもう少し英語勉強しよう という気になる。というのも、皆が興奮し始めて、ジョークを連発しはじめると、ついていけないのだ。そういう時に、意味もわからず薄ら笑いでなく、真に笑ってみたいし、突っ込みを入れてみたい。が、ここまで行くにはかなりのステップ、英語だけでなく、こっちのジョークを面白いと思える文化的な側面を理解せねばならぬのか。

息子が「おならぷぅ、ぷぅ」とかいいながら放屁する特技を身に付けつつある。教えた記憶は無いが。こっちであれば、周りが日本語を知らないのでいいのだけど、日本に戻ってされたら結構こっちが恥ずかしいだろうなぁ。

ワタシも知らぬ顔して、積極策に打って出て、びろうな話でもしたらウケるのだろうか? 

久しぶりにカレーを食べたら、懐かしさからか美味かった。グルメでも何でもないワタシは、Coco壱番屋の激辛カレーが食いたくなった。

昨日、先月一緒に東京に同行したうちの同僚は、連れてった吉野家の牛丼にハマり、念願の本場寿司(ワタシは同行していない)を感動したが、ウニを食べるのは信じられないと言っていた。ワタシもどちらかと言えば、ウニを美味いと思わないけど、大抵日本人は美味いという。

異文化。それを感じる今日この頃。

緊張感あるクリスマスパーティー

Aの家で行われた会社のクリスマスパーティーに参加。振り返れば、子供会のクリスマス会程度の経験はあるが、家で大々的にするものは初めてだったような気がする。まず、どういうものかが理解できていなかった。バスで行ったので時間がコントロールできず、7時開始の処、15分前に到着し一番乗り。いきなりビールを2杯ジョッキで飲むも、緊張からか酔えず。何するかわからないからだ。

プレゼント交換のプレゼントを何処に置くかすらわからない程、私は無知であったのだ。

勝手知ったるAの家なので、緊張する必要もないのだけど、ソファーに座って飲んでも落ち着かない。だんだん人が集まってきて、ケイタリングの食事を摘みながら景気付けに白ワインを飲んでもなんだか落ち着かず。会社のメンバーは来る人、来る人、ギター、バグバイプ、ホルン、オーストラリアの民族楽器(アボリジニの笛)を持ってきている。聞いてはいたが各自、音楽、詩、スタンドアップジョークなどを披露するためである。ヤバい。何も用意していない。ますます焦る。

飲んでも酔えず、そして、初ゲームがジェスチャーゲームで完全に我が心ここにあらず。自分の番になった時には「サーミスター(温度センサ)」という単語をジェスチャーしろという無理難題。1ワードであることをジェスチャーし、腕組みして悩んでいたら、私のテレパシーを同僚の一人が受信したらしく、5秒後には正解してくれた。奇跡。

皆、腕組みが「サーミスター」。という冗談を言い合って盛り上がってくれたが、一人盛り上がれない私。完全に気持ちが飛んで、英語の会話を聞くことに消極的になってしまった。

そして、催し物をする番になって、仕方が無いので「上を向いて歩こう」を独唱。1番しか知らないし、1番の歌詞も覚えていない。もういいや という気持ちで、解らない所は、「にゃにゃにゃ〜」で誤摩化し、1番だけでは短いので、2番の代わりに再度1番を歌ってすました。どうせ日本語わかんないし。

これで終わったと、完全に気が抜けて、Aに勧められるままシングルモルトのスコッチを飲む。四、五杯飲んだか。

結局、最後まで一人盛り上がれず。やっぱりこういうことは慣れと、十分な準備が必要だ。家に着いたのは1時半の午前様であったが、興奮で直ぐ眠れず。

来年は、盆踊りでも踊るか。歌の代わりに。。。クリスマスに盆踊り、キリスト教のイベントに仏教色の盆踊りというのも、なかなかウイットが聞いていていいのではないか。わかるわけないだろうけど。

2009年12月16日水曜日

虹とカマキリの卵 -科学ゴロゴロ-

車で珍しく出勤。先週の展示会荷物が車に乗りっぱなしで、それを会社に戻すため。外は大粒の雨混じりの天気かと思ったら、青空が垣間見える朝。フロントガラスから前方を眺めるとそこには、虹。それも、左右の地平線を跨いで完全に半円を描く完璧な虹。驚くことに、その虹を跨ぐ虹が。つまり、二つの虹が前方に掛かっているのだ。雨粒と太陽が織りなすこの自然現象。プリズムによる分光と同様などと理科で習うが、二つの虹ができるそのメカニズムを知りたい。回折で説明が付くような、付かないような。そんな科学的な思考よりも、情緒的に、目の前に現れた今までに見たことの無い「二つ」の虹に声も出せず、見とれていたのであった。といっても、信号待ちの時だけで、車運転中は見とれることはできなかったけど。

こっちに来てから、虹を多く見ている。現実、そして未来は虹色。というのは思い過ごしか?

厳寒の先週から、少し温度が上がったビクトリア。一方で、日本は寒波が訪れ、嫁さんの実家近辺では1m弱のどか雪が降ったらしい。嫁さんの話では、実家のぶどう畑にあった「カマキリの卵」が例年に無く高い位置に産みつけられていたそうだ。これは、こちらに戻った11月下旬に聞いていた。今年は雪が多いかもしれないね なんて、その時に言っていたのだ。そしたらこれである。カマキリの卵と積雪量、ミツバチの行動と天気とかの因果関係は子供の頃から聞いたことがある。そのあたりの科学的に客観的に検証されているかは知らないが、自然の中で逞しく生きなければならない生物には、未来を予測できる能力が本能的に備わっていても可笑しくは無い。

情緒で楽しんだ虹。そして、カマキリの卵の位置と積雪量。ちまたには科学がゴロゴロしている。前者はスーパーコンピューターが無くても、鉛筆なめなめで計算できそうだし、後者は観察/計測とやはり鉛筆なめなめで統計的に客観解析ができそう。スーパーコンピューターがなければ科学できないわけでもない。それが無い時代に素晴らしい理論(例えば、アインシュタインの業績)も生まれたわけである。日本でも戦前戦後に朝永さんや湯川さんらの理論も生まれている。コンピューターが無ければ無いで、みんなもっと頭を使って科学は後退しない? なんて無責任に言うと怒られるか。。。

などと、虹とカマキリの卵から考えるのであった。

2009年12月13日日曜日

ツリーが家にやってきた

クリスマス色に染まる街を背に、うちもその色を出すべく、割引セールで販売されているツリーを買ってきた。色とりどりのLED304個付き。箱には180センチと書いてあるが、開けて設営してみたら最近1.6センチ身長が伸び165センチ強になった嫁さんの身長より小さい。Made in China製のツリー。

嫁さんは、もっとどでかくて、葉っぱがもこもこした物を欲しかったようだけど、それを金額的、物理的に断念した後で、20センチにも満たないツリーを持ってこれにしようと言っていた。なんと、極端な性格なのでしょう。

ツリーなんてどうでもいいと思っていたのだけど、飾ってみると心躍る。ような気になる。というのも、蛍光灯に慣れた人間が、こっちの間接照明だと暗くて、ツリーの電飾のピカピカが部屋を少しでも明るくしてくれているようで嬉しいのだ。

息子もツリーをピカピカと呼んで喜んでいるようで、買った甲斐もあるというものである。

窓から覗き見える階下のツリーは立派で、電飾に落ち着きがあり、ろうそくが窓辺に灯されていて素敵である。うちにろうそくをたてて飾っても、息子に吹き消されるのがオチか。

最近息子に「邪魔」「探そうぜ」「いこうぜ」など、命令口調で指示される。嫁は「こっちこい」と言われてもいる。が、考察してみると、これは嫁さんの実家である「庄内」弁なのかもしれない。しかし、「邪魔」は庄内弁では無い。。。

2009年12月12日土曜日

遺伝

被爆しているようで、抜け毛が半端で無い。見た目、生えている数との収支がマイナスであるように見える。文献によると相当数の髪の毛は毎日抜けているそうであるが (具体的な文献なんて知らない)、これはその範囲内なのであろうか。今、風呂に入って髪の毛を洗ったら「あらら」という数の毛が抜けている。試しに、一緒に入った息子の頭を濡らして、もしゃもしゃしてみたが、抜けない。やはり。。。被爆量の違い、という現実逃避とも言える冗談は置いといて、毛根の力の差か。

なるようにしかならないので、いいのだけど。禿げ方にはこだわりがある。カッパは望む所ではない。剃り込み風の両サイドから行くのが好ましい方向性である。が、頭頂から来ているように思える。といっても、実際減っているのかは確認しようがないし、数ヶ月前もこんな髪の毛の具合だったようにも思う。が、この文章を書いている横で、息子が「およげたいやきくん」を聞いている。悲観的にならざるを得ない。

息子よ。油断するなよ。遺伝の呪縛から抜けることはできない。。。のだよ。

すでに、ワタシの頑固さが遺伝している気がするのは思い過ごしか?

水族館にて

シドニーにある水族館に行ってきた。今夏の開業当時に比べると人出が著しく少なく、見る者にとっては落ち着いて見れて良い。魚好きの息子にとっては、この上無い場所であり、「ワー」とか言って水槽を凝視しながら見てくれるので嬉しい。ワタシは魚は見るものでは無くて、食べるもので、「あのイワシ、アイナメ、カサゴ美味いだろうなぁ」とか呟きながら見ていた。魚よりも、水槽の中の動物プランクトン、特にカイアシ類が奇麗で、赤に輝いていたり、触角が鮮明に見えるので感動して見ていた。魚やクラゲの餌として培養し、それを水槽に添加しているそうだ。植物プランクトンの培養には精通していると思うが、動物は経験無い。担当者に聞いたら、脂肪酸(オメガ類)やプロテインを動物の栄養として与えているそうだ。植物と異なり、有機物が重要というのは当たり前だけど、新鮮な驚きだった。

といいながら、つくづく、魚の煮付けが食べたくなった。こっちで、それらを売っているのを見たことが無い。皆、食わないのだろうか。サーモンやタラに負けず劣らず美味いと思うのだが。

詰まるな

料理が嫌いだと言う割に、美味い料理を作る嫁さん。昨日はタラのフライに手作りのタルタルソースを添えて出してくれた。これにビールがピッタリで、お寒い身も心も暖まったのであった。

程々に飲んだ後、息子とトミカの宣伝DVDを見た。色んなキャラクターがあって、子供に買わせる仕掛けが、そこら中に地雷のように隠されている。危ない危ない。大人のこっちも、買いたくさせられた。そうか、そうかと膝を叩きながら間接的に仕事のヒントを得た気がした。

その後、息子の言いなり通り、ナウシカを見る。大学時代に見ながら小学校以来初めて泣いたナウシカ。何度見てもいい。20年以上前の映画なのに古さを全く感じないのは凄い。DVDの裏が傷ついていて、何度か止まってしまうのだけど、それでも感動する。ああいう破滅的な世界は将来来る気もしないでもない。そんな将来が来るも、来ないも、決めるのは今生きている大人なのである。

と、しんみりしていたら、台所のパイプが詰まった。ディスポーザーを過信した。どうにもなんないので、寝ている間に水が退くことを祈りながら寝る。起きてみたら、あら不思議。水位変化無し。精密なダムだ。嫁さんと力を合わせて、修復作業。近くのホームセンターで名前を知らぬ器機 (フレキシブルなケーブルで、ハンドルを使ってグイグイとそのケーブルをパイプに沿って押し入れて詰まりを除去するもの)を購入。入れたらあっという間に直った。ディスポーザーで粉々になっているものの、繊維質の野菜が詰まったのであった。治って良かった。

なんでも詰まるといのは肉体的、精神的に良ろしく無い。糞詰まり、パイプ詰まり、思い詰めるなどなど。

ニュースキャスターが布製のトナカイの角を付けている。この位弾けたい。が、公共の前でやる勇気は無い。

2009年12月11日金曜日

リセット

展示会最終日。今回、初めて一人で展示会に参加した。展示会参加の発注から、展示会準備を経て、この会期中の対応まで一人。決して、成功とは言わないけれど、勉強できた。仕事という意味では、結果がものを言うのでこれは褒められた総括ではない。反省点は幾つかあるが、会話の積極性とかに不十分さを感じる。この部分は、文化の違いに相変わらず戸惑って、引き気味に話しているということに起因しているように思う。がつがつさ、もう少し必要かも。肉を食って、体温を上げて、がつがつを手に入れたい。

知っている人に昼飯を誘われて行ったら、英国女王のエリザベスに会った。王冠をして、ドレスを召していた。その場所は、エンプレスホテル。かの有名な。30センチ以内でお会いすることができた。が、取り巻きも、護衛も居るように思えず、ホテル関係者と思われる女性に引き連れられていたので、そっくりさんだった模様。ニュースや新聞を確認しても、女王陛下が来ているという報道は無い。そっくりさんだろう。格式あると言われるエンプレスホテルでもこういうことはするのかな。それとも、お忍び? お忍びであんな格好で出歩くことも無いか。

毎日、良いこと続きなんてないので、こういう反省ばかりの一週間というのも仕方ない。できれば無ければいいが、無ければ成長も無い気がする。目先のことを見れば、どうしようもないが、数ヶ月先以上の長い目で見れば、この一週間は意味があると思う。あくまでも、反省を糧にすれば。

反省はしたので、食べて、酒飲んで、アホになって、リセットして次に繋げたい。

2009年12月10日木曜日

解析不能

今週の仕事は辛い。袋小路。抜け道を探すも、明日が最終日。

まいなす8ど

(昨日分)
-8℃の朝。インナーハーバーの岸よりは氷が張っていた。手袋をしていても、手が中々暖まらない。手袋は、手が暑くなりすぎて嫌いだけど、この気温では手袋をしているのにしていない感じ。しかし、歩きながら思ったのは小学校頃の登校の記憶。この位の寒さや、氷がバリバリと張っていたことはあった気がする。堀に張る氷に石を投げて割ったり、氷の下の魚を眺めたり、道路の氷をスケートといいながら滑ったり、それは楽しかった記憶。日陰の場所は下校時にも薄氷が張り続けていた記憶。

展示会は期待していたが、期待はまるっきり外れ。椅子に座っているのが切ない。この寒さで参加者はてっきり冬眠しているのだと思ったら、コーヒーブレークでガヤガヤ談笑している。冬眠していないようだった。昨日の反省で、積極策を打ち出し、飴を置いてみたのだが、飴作戦にも乗ってこない。やっぱり、トナカイの衣装でも来て、目立つしかないのだろうか。注目してもらうには。。。

帰り道。身も心も寒く、ついつい酒屋でビールを買ってしまった。地ビール。鍋を食べながら、身と心を暖めた。鍋美味かったのだが、嫁さんと春菊食べたいね と言っていたら、猛烈に春菊が食べたくなった。

留年、大学受験の夢に続いて、高校受験の夢を見た。その場で志望校を書くという、模試と受験を足して二で割った感じ。何故か、スラスラ解きまくり、簡単簡単と言っていた。数学で解の公式を使って二次方程式を解いている時には快感を覚えた。そういや、中学までは割とまじめに勉強しており、今回の試験の夢シリーズは、私の歴史そのものとも言える。毎日ヘラヘラ暮らしているが、深層心理には受験が深く、切なく刻まれているのか。この夢シリーズ、さてどこまで行くのだろうか。

2009年12月9日水曜日

何もかもお寒い

また、試験に落ちる夢を見る。ハッとして目覚める。

近所でやっている展示会に参加しているのだけど、今日は全くもって出足が悪い。寒さのため人間まで冬眠してしまっているようだ。夜のレセプションまで居たが、目の前でしゃべられているだけで、展示には興味ないらしい。展示者同士の内輪の会話に終止している現状を見て、諦め家路へ。今日は、学生が主体の会で、明日から(水曜)からが本番。学生は外に出てのフィールドワークがお嫌いなのだろうか。

帰ろうと思ったら、なんと、駐車場のチケットを無くしていた。焦ったが、正直に守衛のおっちゃんに話して解放。終日料金を払う。7時間以上駐車したので、計算上、終日料金になるらしい。無意識な行動は、簡単に記憶の彼方に飛んでしまう。これも忍び寄る加齢臭そのものでないか。ボケ?

加齢臭を吹き飛ばそうと、息子にパワーをもらおうとしたら、足の裏をマッサージして欲しいといわれる。なんと。一度、冗談でやってあげたら、気持ちよくなってか、ころっとねたことがあたのだが。これじゃ、りっぱなオッサンではないか。2歳10ヶ月弱にして。。。

寒い寒いと暖房を付けると、目一杯部屋が乾燥する。私も、嫁さんも喉をやられた。風邪の前兆である。何か良い対策を見つけねば。

2009年12月7日月曜日

潜みよる加齢臭

風邪だか、何だか怠く、頭痛、少し寒気がしたので、家で仕事。明日から、展示会に参加するため、そこで風邪を拗らせて参加したくないため。外に買い物に出かけた嫁さん曰く、昨日より増して寒かったとのこと。平年より寒い日和であることは、天気予報などで散々言っているので、一時的な冬将軍が到来ということだということであろう。

昨日、息子にWii fitのボクシングゲームをせがまれた。それも朝起きて直ぐ。息子が威勢良くパンチを繰り出すよう言われるがまま、やったら、右肩が捥げそうな痛み。重いものを持ったり、ふとした時の瞬時の動作に機敏に反応できない。加齢臭溢れる肉体的な問題。あと3ヶ月ちょっとで35。四捨五入で40。四十路。不吉な。

かつ、風呂場で髪の毛を洗うと、坊主にしたての短髪が大量に抜け落ちている。知らぬ間に放射線を大量に浴びているようだ。と、冗談を言っている場合では無い。遺伝という言葉が現実味を増す。主観的見解で隔世遺伝を信じるならば、禿げることは無いのだが。将来は予測不能である。そうなったら、なったで剃れば良いのだ。出家。最近、座禅組めるようになったし。ショーン・コネリー(は一時期隠していたけど)的な渋みある大人になるという選択肢もあるが、なれるという保証はゼロに近い。

最近、良く大学受験に失敗したとか、単位不足で留年する夢に苛まれる。悪夢。汗かいたり、声を出して起きたりする。嫌だなと思っていたら、宮田珠己のスットコランド日記にも同様の夢の話が書かれていた。自分の成長の無さや不勉強を深層心理で嘆いているのだと思っており、その考えの方向性は彼と一致していた。今思う、もっと勉強しておきゃ良かった。そんな後悔をするよりも、今からでも勉強してやろうという気力が欲しい。この後悔も加齢臭ぷんぷんであり、気をつけねばならない。

忍び寄る加齢臭。これを捨て去るには、息子の自由奔放さを吸い取っていくしかないか。オフの時にアホになりきるエネルギー。これこそが、加齢臭を滅却することに繋がるような気がする。

トナカイの角の頭飾りをつけて、ピカピカ点灯させながら、「サンタが街にやってきた」を歌いながら堂々悠々と歩く位のアホさが今こそ必要に思える。

2009年12月6日日曜日

師走

食材と日用品を買いにCostcoに午前中行ってきた。いつも以上に賑わい。日本も師走という位忙しい12月。こっちも、皆忙しいというより、購買意欲に燃えている。既に世界不況とかいう言葉を忘れつつ有る今日この頃、こちらの経済は復活したのだろうか? 皆、かご一杯に買っている。

私は、痩せたお陰でブカブカのジーパンやパンツからオサラバすべく買わせて頂いた。痩せると、経済的に不効率的なのか? これで、無精な格好からもオサラバである。が、体格が合わなくなって捨てた過去の衣服が有れば。。。こんな、購買もしなくて良かった訳である。

帰りの道で、生木のもみの木(根から上で切り落としてある)を車の天井に付けている人を幾つか見た。クリスマスのために、もみの木を買って、それを家に運ぶためである。生木に拘る気持ちは良くわからないし、天井に傷も恐れず、生木を「どん」と乗せている気持ちも益々わからない。クリスマスは生木のもみの木無くしてありえないのだろうか? カナダの森林伐採を心配してしまう。が、七夕とかに竹を刈り取るようなものなのだろうか? クリスマス後、使い終わったもみの木は大量に廃棄されるのだろうか?気になる。

息子が一人でズボンを履けたことに感動したのだけど、興奮して、ソファーから一回転してスローモーション的に床に落ちたり。なんだか、成長を喜んで良いのやら、心配しなくちゃならないのか。。。成長と行動力は比例しているのだが、それとともに気を使うことも増えていることは事実である。が、見ていて微笑ましい。

外は、風がとんでもなく強いし、気温が片手の半分に満たない。冬だ。つくづくコタツが恋しいのである。

インドア派とコタツ

昨晩はクリスマス仕様にライトアップしたトラック(デコトラ)のパレードや、インナーハーバーで同様にデコヨットの催しがあった。直前まで行く気があったものの、寒いし、風も強いのでやめた。寒さと天秤にかけたら、ネガティブな気持ちがどんどん湧いて止めたのだ。風邪ひきたくないしとか。。。所詮、私らはインドア派なのだ。

その模様を新聞の写真で見て満足した今朝。

風は益々強く、日中も2度位までしか上がらないらしい。平年は7度ということなので、寒波が来ていると言えそう。

コタツが恋しい。

玩具屋に冷やかしに行ってきたけど、品切れになっているものが一杯有った。皆、山のように買っているのだけど、どうするのだろう。カートに山盛りという光景が目立つ。我々は、息子に展示されているトーマスのおもちゃでさんざん遊ばせ、満足させて出て行くだけ。息子にクリスマスプレゼントの予定は無い訳ではないが、派手に買う計画は更々ない。

夕飯に作ってもらったスペアリブの煮込みが美味かった。Swanで醸造されているビールを買って飲んだけど、ベリーが加えられているようで、デザートビールだったので私にはイマイチだった。

2009年12月5日土曜日

大学っていいなぁ

ビクトリア大学で「大先輩」のセミナーが開かれたので、聴講しに行ってきた。狭い部屋だったけど、有名どころが一杯いた。生態系モデルのKen, MicrostructureのChrisとか。内容は自分も少し関わったものでもあって、興味深いものだったし、皆、緊張感ある質疑があって面白かった。Chrisには最後に挨拶してきた。優しいおじちゃんといった感じ。名前は知らないおじいちゃんが、ピコプランクトンと色素の話を持ち出して、質疑してきており、自分がやっていたことと被って「そうだそうだ」と懐かしくなった。


昼飯に大学内のカフェでスコーンを食べたのだけど、オートミール入りで食物繊維たっぷりな感じで一個でお腹一杯になった。が、甘く無くて美味かった。そこで、パワーランチというべきか、Aさんと国内予算の話や研究の話をした。僕の意見を好き勝手に話をしてしまった。


大学。勉強している雰囲気と、カフェで雑談している学生らの対照的な感じが、大学だなぁ、いいなぁと思った。たまに大学に行くと良い刺激が得られていいものだ。若いエナジーを貰えて、一時的に意欲が湧く感じがした。


夕方、真っ暗な中、一人の自転車乗りのおじさんが、トナカイの角にみたてたLED電飾付きのヘルメットをしていた。12月になり、街はどんどんクリスマスっぽくなってきた。

2009年12月3日木曜日

ちゃっぷい

今朝は冷えた。霜なのか、霰なのか、道路一面が白く色づき、ツルツル滑った。が、風も無くて、とっても穏やかな水面であった。





夕方、空を眺めれば満月(この写真は先週末のもの)。




暖房を入れないと、部屋も寒く感じるようになった。シンシンと冷えるのだ。今週末はもっと寒いらしい。

昨晩は、日本からのお客様に食事に誘われた。この方は実は我が大学の大先輩。今はとある大学の先生をしている。仕事で知り合って以来、大変良くして貰っていて有り難い。食事の後、うちの近くの橋を渡って直ぐにあるSwanでビールを飲んだ。普通のAleと、アルコール度数の強い(8%)スコッチエールをピッチャーで3杯。比較的ゆっくり飲んだので、私は大丈夫だったものの、先生は飛行機疲れもあって酔っぱらっていた。最初は、事業仕分けで研究費が削減、中止になったものが出てきたとか固い話をしたり、母校の学科が無くなるとか、研究の話とか固かったけど、ビールの酔いで最後はかなり緩い会話になっていた。話が面白い酒の席は本当に楽しい。

息子の時差ぼけも緩和してきて、今週末には完全に戻るかもしれない。問題は米であって、ふりかけで誤摩化すも食べない。少し黄身だっていたり、ぬか臭さがあることは認めるが。。。美味い、美味く無いで正直に判断して、妥協を許さぬ頑固さ。先が恐ろしい。

うんこ見てと、息子が走ってきた。風呂できれいに洗わねば。

2009年11月30日月曜日

帰国後

帰国後、初仕事。パソコンを開けて、メイルを開くとあらびっくり。一週間の内に大量のメイルが未処理となっていた。それを、初めに受信されたものから順を追って対応する。記憶が繋がって行く感じで、2週間の空白を埋める良い頭の準備体操となった気がする。

2週間の間に、同僚二人は上唇の上に立派な髭を蓄えており(こちらのガンキャンペーンの一環で、彼らはそれに乗っかって髭を生やした)、その内一人は坊主頭になっていた。東洋人のワタシの姿とは違い、なんかホンワカ、子供っぽい感じで羨ましい。

5時にもなると、外は真っ暗。通勤路に街灯は殆ど無く真っ暗。そこを、LEDのフラッシュランプを瞬いて自転車が突っ走る。自分を明示する何がしかの明かりを持って歩かないと、轢かれるのではないか。対策が必要である。

帰国後の変化と言えば、帰宅しても人が居ることである。これだけで、随分救われる。一人だとご飯を作るのも、食べるのも億劫になって生活が乱れるし、楽しく無い。玄関を開ければ、息子が一目散に走りよって来て、それはそれは嬉しい。

ご飯を食べた後、息子が一人遊びをしていたのだけど、嫁さんのスカートを履いて「お母しゃん」と言いながら嫁さんに見せているかと思ったら、スカートを頭に被って「お化けだじょ」と言っていた。お化けの姿を教えた覚えはないけど、本やテレビなどから勝手に学んでいるようだ。急激な知識の蓄積や言語能力の成長に日々関心している。反面、馬鹿なことを息子に見せたら直ぐ真似されるので恐ろしい。

2009年11月29日日曜日

鮭 サーモン

鮭(サーモン)の遡上を見にGold Stream Riverに行ってきました。多分、最盛期に比べれば少ないだろう鮭が川を登っているのでした。その姿は、傷だらけになった体とともに、自分に訴えるに十分な姿でした。そして、多くの屍骸の鮭が川岸に横たわっているのでした。それを啄む野鳥がいて、食物連鎖を強く体感しました。川岸で眺める際、とっても臭い匂いが漂っていたのですが、それ自身、嫌みを感じるのではなく、自然の流れなのだと感じるのでした。これが、冷蔵庫の中で腐った匂いであったらどうでしょう?この景色や、匂いを、2歳の子供に見せられ、嗅がせられたことは大変良いことでなかったのではと思うのであります。












ジャパンツアー総括

日本にいた間に、所属している学会から奨励賞を頂きました。有り難いのだけど、自分は叱られたことは多くとも、褒められたことは少ないので困りました。。。その受賞講演をK大学でしたけど、声が小さかったようでした。しかしながら、すらすらとしゃべることができました。まるで、詐欺師のように。。。講演のスライドは成田に足止めされた際にフィニッシュを作り始めたものだけど、それなりに時間をかけたのかなあ。が、なぜリハーサルも無くしゃべれたか?今になって思えば、日本語をしゃべりたい衝動に合わせてつらつらとやっちゃった、できちゃったということなのかな?学会の間、いろんな人に会うことができたのも大変うれしかったです。学会の間よりも、お酒が少し入った懇親会は隔てなく話すことができてとっても楽しかったなあ。

実家にいることは殆どできなかったけど、そんな中でも楽しい仲間と合って飲むことができた。ああだこうだとお酒を飲みながら、うだうだ話す時間はとっても楽しい時間だった。いとこ、おじさん、おばさん、そして、弟、妹といいたい位の「みんな」。お腹が痛くて来れなかったおじさんも、来て直ぐの時に芋汁を頂きました。森町のあの空気を知るには、我々のかけがえの無い人達に合わねばならないのです。みんな忙しかったり、体調も悪かったのでしょうに、有り難うございました。

そして、研究室同窓会。後輩のMが一所懸命やってくれて、嫁共々感動しました。少なくとも、私にはあんな芸当はできません。Mのニコニコが全てを象徴するように、会は大変楽しくできました。残念ながら、私はほろ酔い加減の「適当」な司会で場を濁してしまいましたけど。。。申し訳無い。また、先生の「赤いちゃんちゃんこ」の時には力貸して下さい。そして、Mだけで無く、同期、先輩、後輩。お願いします。

今回のジャパンツアーは、何だか時間に追われて終わったのですが、最終的に、人と人の繋がりを切に感じる時間だった気がします。良い時間でした。

それでは、次回のジャパンツアーでもよろしくお願いします。

2009年11月28日土曜日

ところで

時差ぼけ。。。

嫁さん。

夜中、時差ぼけで起きるのです。

そして、お腹が減るのです。

そして、

昨日は、納豆ふりかけご飯を食べるのです。

今。。。横でコーラフロートを食べている。



時差ぼけが、空腹を呼ぶそうです。

隣で微笑みながら食べています。ハー。
眠れない日々は続いている。といっても、こちらの時間に馴染めないだけなのだけど。大人は、自分を制御できるのだけど、息子は難しい。単純に言葉にするのであれば、可哀想。深夜に目覚めてしまうのである。その時間は、日本の昼夜の時間に正しく合った時間なのだ。すべて、私の都合で連れて行ったり、帰ったりと、虫が良すぎる感じ。太平洋を挟んで行ったり来たり、本当に申し訳ないないのである。

こちらに帰ってきた日、雨がザーザー降っていた。その後、少し晴れたのだけど、時差ぼけでどこかに行こうとは思えなかった。それでも、嫁さんが時差ぼけを直すために外に出た方が良いと言いはじめ、外に出た。そしたら、外も良いもので、約2週間ぶりのビクトリアの町を体感することができた。

町。。。暗い。雨。。。しとしと。だけど、クリスマスの夜景。。。地味だけど多い。赤と緑の光が多くなっていた。そして、家から見える夜景に色と場所が変わっていた。

ところで、今までブログを書けなかった。何故? パソコンの電源故障が深刻で、とうとう充電ができなくなってしまってパソコンが使えなくなったのだ。パソコンは連絡手段としての生命線。嫁の暇つぶし、否、必要不可欠な道具。私にとっても、家で仕事するにはかかせないもの。お金を稼ぐ道具でもある。そこで、買った。買ってしまった。買ったのだ。iMac。PCでは無い、Mac。とうとう買い替えました。使ってみたら、難なく使えています。でも、懐は冷えました。。。それでも、これがなければ、生活できないのあります。クリスマスプレゼント?買ったところの店のお兄ちゃんに聞いたら、この時期の売り上げは、一年の四割だそうです。それに乗っかってしまいました。。。

嫁さんも、息子もとっても元気です。私も元気です。が、嫁さんに、私が痩せすぎているとどんびきされています。修行僧みたいで、「きもい」そうです。自覚はないのですが。。。ヨガポーズがある程度自由自在になってきている所を見たら、確かに「きもい」のかもしれません。座禅組ながら逆立ちしてたら。。。

今日は、息子が夜の定時に寝ました。さて、彼はそれが、昼寝として寝たのかどうか、今判断することはできません。いずれにせよ、彼が一番の被害者であり、早く、時差ぼけが直るといいのであります。

2009年11月26日木曜日

ジャパンツアー終了

昨日、カナダへ戻った。懸案の長時間の移動に対する息子の負荷に関しても、彼の頑張りで乗り越えた。知らぬ間に心の成長が進んだようで、本当に良い子になっちゃっていた。(父)親無くとも子は育つのであった。

今回のジャパンツアーは仕事が詰まりに詰まって、超多忙。結局、日本でのあれこれをここに書く間も無かった。もう少し時間を貰ってあれこれ書きたいとは思っている。

一先ず、無事カナダに戻り、案の定、激しい時差ぼけに苛まれていることを報告する。そして、持参した荷物の整理が全然できていないことも。

2009年11月16日月曜日

ジャパンツアー2日目

今回、初日の成田泊時に寝れず、次の日の夜まで頑張って起き続けたためか、時差ぼけを修正できたようだ。早めに眠くはなるけれど、日本時間にほぼ適合した生活ができている。

朝一、健康診断へ森町病院に行く。近くに公立病院のある有難さ。昨日のニュースでも公立病院は赤字で統合閉鎖があるらしい。そんな中、孤軍奮闘。頑張れ森町病院。森町病院に自分が懸かって行くのは、10年以上ぶりかもしれない。そして、新しい建物になる前だったし。

腹が減っているのに、朝飯が食べられず、且つ、そこに味噌汁の匂いが鼻に届くのは拷問に近かった。この検査が終われば開放される。一番の懸念材料は「胃カメラ」。会社からの情報では「胃カメラ」しか選択肢が無いといわれていた。生まれてはじめての胃の検査というのに、「レントゲン」でなく「胃カメラ」というのはハードルが高すぎると気持ち的に落ちていたのだ。しかし、その情報は外れ、レントゲンであった。初めてのバリウム。そして、まな板の鯉状態のワタシ。技師さんに言われる通りにグルグル体の方向を変える。そして、バリウムを飲む。たまに言われる方向を「はて」と考えながら回る。年寄りには大変だなぁ胃「レントゲン」というのが感想。

難関の胃の検査も終わり、最後に内診。出来立てのレントゲン写真が並んでいる。速い。それをお医者様が「うーん」と言いながら診ているので緊張が走るが、最後に「見た限り大丈夫ですね」だそうな。終わった。

昼に渡された下剤を飲むも、出るものが出ず。一回夕方前にトイレで用を足すものの、黄色いので、バリウムうんこでは無さそう。苦行。水をカパカパ飲んで、夕飯もしっかりとって、ビールをそこそこ飲んで、水を飲んで、ご飯をしっかり食べて、も出てこない。なんくるなるさ。明日までに。

カブのスープがメイン。美味かった。季節の野菜は美味い。そして、丹精を込めた野菜は、やはり違う。昼、検診から帰って来る際、スーパーで焼き魚を買う。鮭も魅力的だったけど、サーモンは飽きるほど向こうで食べられるので止める。ホッケと鰆を買ってみる。それをグリルで焼いて食べた。ホッケも鰆も美味いなぁ。鰆は春の魚なのだろうけど、今の季節でも十分美味かった。満足満足。

本当かどうか知らないけど、新月は体の毒素とかが最も排出される日らしい。これが正しいならば明日までにどっとバリウムうんこも出ちゃうはず。頑張れ自分。そして、新月パワーに期待。

2009年11月15日日曜日

ジャパンツアー2日目

(昨日分)
日本に来たらのお楽しみ。本。Amazonで大量に買ったのだけど、本屋に行きたくなって連れて行ってもらう。BC免許に更新した際、日本の免許は破棄されてしまったので、車に乗れないのだ。高野秀行の本を探すが、無い。文庫本が昨日出たばかりのはずなのだけど。東京あたりでは、静かな高野ブームが起こっているらしいのだけど。静岡西部地区には伝染していないようである。

それにしても目立つのは、ビジネス関連書での「勝間和代」。新聞などで、その言動や思想はすこしばかり齧っているが、せっかくなんで一冊買ってみた。売れっ子頼みの本屋業界なのだろう。売れっ子にすがる思いでの状況なのではないか。「本の雑誌」のインターネット版を見ると、本当に本が売れていないらしい。都立大の宮台氏のインタビューを聞いた限り、現代の10台は漫画も読まない傾向にあるという。これじゃ本屋は大変だろう。短期的にも長期的にも。ワタシは子供の時、一切本を読まなかった。それが今、本無くては駄目。なぜか? 暇な時間を持て余すから。というのが大きい気がする。世の中忙しいのだろうか。それとも自分が暇なのか。

夕飯のメインは鍋。しかし、副菜の焼いただけのカブが美味かった。両親の知り合いが丹精込めたカブ。そんじょそこらのカブとは違うのだ。透き通るように白くて、優しく甘いのだ。こういうものは、素材重視の調理法に限る。

明日健康診断のため、ビール控え目。風呂に入って寝る。寝不足気味で布団に入ってすぐ意識を失い熟睡。

2009年11月14日土曜日

ジャパンツアー一日目

(昨日分)

ホテル泊。1時間寝て、目が覚める。寝るな という神の声だと判断して、スライド作り。頭の中が冷静で無い、ハイな感じで思うように進まず。

一番早い成田エキスプレスに乗って、新幹線乗り換えで実家へ。成田エキスプレスとは名前ばかりで、品川まで1時間強かかる。速度ものんびりしている感じがする。が、その分、目に映る景色は良く頭に入る。改めて東京って街はひしめき合い具合、ビル、広告、凄いもんだ。たまに行くのはいいけど、住む街ではないなぁ というのがワタシの感想。

昼、小国神社の紅葉を見る。神社は七五三でにぎわっていた。おめかしした子供が可愛らしく見えた。紅葉も最盛期とはいかないけど、綺麗。紅葉という文字通り、紅のある秋は美しい。ビクトリアでは黄色の紅葉なので、余計、感動を覚える。

夜、Aおじさんと、B君が態々もって来てくれた「芋汁」。おいしゅうございました。昨年のお祭り以来。濃い目で、コクがあって。ズルズルと胃の中へ。いやぁ、実家周辺の秋を頂いた。その後、従兄弟のC、Dが来て、あれこれ他愛も無く喋って、呑んで。

飛行機遅延で到着が一晩遅れた分を取り戻すべく、イキナリ全力で駆け抜け始めている感じ。いい滑り出しだ。

2009年11月13日金曜日

寝れない

寝れないで せっせとスライド 作ってる

スライド作りのためにあるかのような、このホテルでの滞在。寝不足気味で作っているので、良い物かどうかは。。。

自分のやったことを忘れているという現実。長い講演、持つだろうか。と思うけど、こういう時こそ、どっしり開き直るしかないかなぁ。

今、時間を有効に使っている。というか、時差ぼけで昼から使い物にならないかもしれないので、有効かどうかも微妙。そして、集中力が切れてブログを書いている。。。

成田泊まり

飛行機機器故障で3時間半遅れ。夜9時に空港着いても、実家まで帰ることできないっちゅーの。

結局、Air Canada持ちで空港近くのホテルが手配され、宿泊。

外は雨。あてがわれたホテルの部屋は、隅っこ。自販機もこの階には無し。寝ろってことでしょう。素直に寝ます。

2009年11月12日木曜日

いざ日本

日本へ出発の朝。外は虹が出て、これからの旅路と日本一時滞在の前途を暗示するわけでもなく、どんより重い雲がかかっている。が、雨が降っていないだけいい。

今、外を眺めながらこの文章を書いているのだけど、2週間もしたら、落葉樹の木々の葉っぱは無くなっているような気がする。と思うと、この一瞬の景色もいとおしくなる。ので不思議だ。

などと感傷にふけっているように見えて、日本に帰ったら秋刀魚を食べたいとか考えているわけでいいかげんなものである。

講演のプレゼンスライドはまだ一枚も手を付けておらず。こんなんでいいのか。一応ストーリーは頭の中にあるので、それに沿って作ればいいのだけど。自分を過信し過ぎている気もしないでもない。

それでは日本の皆様、ごきげんよう。

2009年11月11日水曜日

ジャパンツアー再び

一通りの準備はできた。どうせ,かって知ったる日本にというか,実家にまずは滞在するので,パスポートと財布さえ忘れなければどうにかなる。ので気は凄く楽。

想定していたよりも,期間中大変慌しいことになってしまって残念なのである。しかも,途中,健康診断なんか入れてしまって,前の夜のディナーが食べられない。これは痛い。

忘れ物も無く,無事に日本に着いた暁には,忙しいながらも,美味いもんを食べてこようと思う。

ということで明日から日本に行きます。25日にカナダに戻ります。

まだ,講演のスライドを一枚も作っておらず,土日はせっせとそれを作らねば。講演30分。。。長い。

文化の秋っちゅうか冬

朝一、Aが階段を駆け上がり、ワタシを呼ぶ。またまた、Googleマップで写真を見ながら北品川周辺の鮨屋を探す。ワタシは静岡の鮨屋も知らないのに、東京のことまではわからん。それでも、これだけ熱が上がっているのを見ると、友人、知人の力を借りて、いいガイドぶりを発揮せねばいかん という気もしてきた。

通勤路の紅葉した葉っぱも枯れ落ち、シトシト降る雨でその落ち葉もシメシメグチャグチャとなっている。昼が短いのは慣れないけれど、こういうちょっと陰気な雰囲気は嫌いでない。

夜、podcastで、みうらじゅん の対談を聞く。久しぶりに笑った。自分探しが流行っているけど、自分なんて最後までわかりゃしない。煩悩で今の自分よりいい自分を探そうとするので苦悩が続くんじゃないか。陽水さんも唄ってる 「探し物はなんですか、見つけにくいものですか、それよりワタシと踊りませんか」。っちゅうとこは特に。

夜長。本読んだり、クラシック聞いたりして文化的な生活をしているような、しないような。

2009年11月9日月曜日

あっ 11月が

昨日は書いている途中で何が何だかわからなくなって、読み返してみても意味がわからん。と先程思ったのだが、自戒を込めてそのままにしておく。

森の祭りが終わったということは、経験上、11月は「あっ」という間に過ぎて、12月なんて「はっ」て思ったら終わって、新年を迎えるということになるのだなぁ とぼんやり考えていた。

そんな中、ワタシは12日から25日まで日本に一時帰国する。ありがたいことに、春に不相応にも賞を頂き、その記念講演を19日にするというのが主たる目的だ。基本的にのんびり、日本の秋を満喫しようなどと考えていたら、そうは問屋が卸すはずも無く、会社に行ったり、東京に出張が入ったり、なんだかとっても慌しく、それどころでは無くなった。

会社に行ったら、22日から日本に来るAとBが東京の地図を持って、品川周辺のこと、鮨屋、ワインの旨いとこがどこかを盛んに聞いてくる。ワタシはグルメでないのでそんなことはわからん。AはGoogle Mapの衛星写真も駆使して、品川駅周辺や出張先の周辺をああだ、こうだと調べるのだけど、その写真を拡大しても、一切人が写っていないのに驚いた。近未来の人が絶滅した東京という感じに思えた。人の写りこみを排除するための加工処理をしているのだと思われるが、どのようにしているのだろうか? 彼らは3日間の日本滞在を、仕事と食事に全力で向き合おうとしているらしい。それにワタシは付き合うのだが、せいぜい日本語がわかって、公共交通機関を使える程度のワタシでその彼らを満足させることができる自信は無い。

17時に会社を出たら、当然のように日は沈み、外は暗かった。この日の短さはなれんなぁ。そして、冬至までどんどん短くなる日の出時間を考えると心まで暗くなりそうである。この日の短さは、日本での11月、12月の時の流れの体感速度よりも、速く感じさせるかもしれない。

2009年11月8日日曜日

何をしているのか、何もしていないのか。

これといって何をしているわけでもない。週末になっても、寝て、起きて、あても無し。そして、夜になって寝る。

という感じ。こう書くと「無」のように感じるがそうでもない。暇な時間ほど、内面を鑑みる傾向にある。内面を見ても考えているだけなのであって、それが正なのか負なのかは、その時点ではわからない。だから、その時点では中性。ということで、無では無く、わからずも見えないベクトルは育つので、無ではないのだ。

今日はクラシックを聞きながら、本を読んで、文化的っぽい時間を過ごしているような気持ちになって喜んでいた。わかってもいないのだけど。

曇り空の天気。部屋も冷たくて、ベッドの上で布団にくるまっているのがなんと気持ちのいいことか。

日本だったら、コタツの季節かな。

2009年11月5日木曜日

自分の気持ちなんて

雨。暗い。そんな一日と思いきや、今日、約束があったIOS訪問へ車で向かう途中、虹を見た。それだけで、なんだか幸せになって、今も、未来もばら色のように思えるのは何故か。

所詮、自分の中の気持ちの具合など、天候に左右されるのだと思う。おてんと様次第、の気がする。おてんと様がなければ、この地は真っ暗。やってられない。というどころか、それがなければ、光合成で生きながらえている植物は絶滅し、高次生産者である我々は生きていけないのである。おてんと様がなければ虹も見えないわけで、ありがたさひとしおである。

現時点で、森のお祭り は始まっているのではないのだろうか。出店でなにか買って、それを食べる楽しみ。そして、何といっても屋台とその音色、そして、全体の雰囲気、色気がとっても気分を高揚させてくれる。ここにいる限り、その雰囲気に触れることはできないけど、せめて、天気が良くて、知り合いの、あの人、この人らが大いに楽しんでくれて、その自慢話を聞ければいいかなぁ。

無性に林檎飴が食べたい。そういや、ダウンタウンで売っていたなぁ。。。

2009年11月4日水曜日

太陽、お日様、お天道様

朝起きて、思うのは、夏時間が終わって、少しだけ起きた時の暗さが和らいだかなという点。しかし、今後も冬至まで日の出、日の入りは変化し、太陽の昇っている時間は減少していくのだけど。

夏であれば、朝、部屋の電気をつけることもなかったのだけど、現状ではつけないと、暗く、駄目。そこで、電気をつけて、自分の気持ちを少し盛り上げる。

こういうことができなかった古代ってどうだったんだろうか? 時間は太陽によって決まっていたのではないのだろうか。そうすると、夏は仕事を一杯して、冬はその時間が減少して。。とか。

そんなことは、露知らずだけど、日の光がとってもありがたく感じる季節になってきたことは確かである。

太陽、お日様、お天道様。。。色々言い方はあるけど、日の光はとってもありがたい。お天道様を裏切らない時間を過ごしたいとは思う。

2009年11月3日火曜日

学問

パソコンは相変わらずの調子で、机の上に固定し、電源供給できている位置から微動たりとも動かさないようにした。ノートパソコンの意味を成さず。ではあるが、動くか、動かないかの選択肢の中では、これ以上の使い方は無いのではないか。

日曜から、サマータイム(とは言わないのだけど)が終わった。これにより、朝起きた時の「暗さ」は低減したけど、夕方の時間の「暗さ」は、同時間あたり増加した。

夕飯、「学問のすすめ」、山田詠美を聞く。彼女の頭の回転の速さに憧れを覚えた。そして、彼女が6年間、磐田に住んでいたことを知り、驚いた。へー。

朝、起きたとき、森村誠一、宮台真司の対談も聞いた。対談の内容とともに、日本語に餓えているのかもしれない。

教養もなければ、地頭のよさもない。ということは、今後必要なのは、謙虚に学習し続けることか。

2009年11月2日月曜日

自宅のパソコンの調子がすこぶる悪い。その原因は、電源であり、接触不良なのか、それとも、アダプタが故障しているかどちらかであろう。

首、特に左側に硬さ、痛さがある。

自分も含めて調子が悪い。。。

2009年11月1日日曜日

きょうよー

一日、あれこれしていた。そのBGMとして、ラジオ版の「学問のすすめ」をダウンロードして聞いていた。辻井喬の1時間強の話はとても面白い。きょーよー。教養。この単語ってなんだかわからないのは私だけかもしれないけど、きょうよー は、何かを判断する時の指針になるような気がする。そういう意味ではあるほうが良いのだろうなとぼんやり思った。そして、首を垂れる稲穂かな という言葉を感じる対談であった。人生、ずっと好奇心を持ち、謙虚に学び、謙虚に生きる というような指針を改めて認識したような、しないような。

そのラジオを聴きながら、気分転換に自転車漕ぎをした。その時、東の小高い丘の向こうに見える雲が、あたかも雪景色の山脈に見えた。その山脈は偽であったけど、ワタシの中では山脈であり続けた。見えるものだけでなく、想像して楽しむっていうのも良いものだ。山脈は、日が沈むまで白々と冬山然としてワタシの目に写り続けたのであった。

Biloxi行にて

Biloxiの街やビーチに関して色々書いたけど、近くて遠いアメリカに関して思ったことや、気づいたことを忘れる前に記しておく。

飛行機でアメリカ内を移動する際、やたら目に留まるのは、砂漠色の迷彩服を着た軍隊の若者であった。女性も多かった。既に自分の中では「テレビごと」であり、現実感が全く欠如し、麻痺しているのだが、ここアメリカは戦争をしている国である。タリバンやアルカイーダの掃討作戦という名の戦争をしているのだ。砂漠色の迷彩服を着た若者は、思考を現実に引き戻してくれるには十分であった。ダラスからシアトルに向かう飛行機では、兵士に対して賛辞をこめたアナウンスが流れ、乗客から拍手が巻き起こる中、一団が列を形成して搭乗していった。ワタシは拍手する気になれなかった、同僚のAも拍手はしていなかった。アメリカ人でないからなのか、ワタシにはその拍手の意味を理解できなかった。ドラマや映画でしか見たことはないけれど、大戦時の日本の人が、万歳を叫びながら、若者を戦場に送り出すのと似ているのかなぁ とぼんやり思った。カナダもアフガンに兵士を送り出していて、ニュースでは兵士が殉職した(というとぼやけた感じになる。爆死した。戦死した。という方が正しい)を良く見る。最初、そのニュースを見たとき敏感に感じ取ったものだった。そして、麻痺した。今回、自分の目で華奢な10台と思われる兵士を見た時、何かを感じた。しかし、それを表す上手い言葉を今見つけることができない。

ダラスからの飛行機で、カンザス州を上空を通っていた時のこと、窓から見えたのは円形農場であった。地下水、農場(円)中心で汲み上げ、水撒き用のパイプを中心を軸として回しながら水を撒くためこのような円形農場が生まれたらしい。スプリンクラーと違って、大気に水を撒くことをしないため、蒸発量が少なく、地下水を効率的に利用できる。地下水資源を守る意味もあるらしい。その円形農場は、一時期、話題となったミステリーサークルのようであり、とても美しく、見ていて飽きなかった。既に、収穫が終わって、地肌が見えているところが多かったが、たまに見える緑は目に鮮やか。収穫時期の黄金色や、夏場の緑など、その景色を想像するだけで楽しくなった。その後、コロラド州あたりまで来ると、景色は真っ白。雪景色。その対照的な色の変化に長い飛行時間も飽きずにすんだ。



ハロウィンの日に我思ふ

書き物をすることに抵抗はそれほどない。が、今回書くべき原稿は筆が進まない。というか、タイプが進まない。叱られることの方が多い人間が、光栄にもXX奨励賞を受賞して、現実感が無く、そのことを咀嚼できていないのである。ありがたいことなのだけど、困ったものだ。そんな悠長なことを言っている場合でなく、締め切りは過ぎており、早く提出せねばならぬのだ。

朝からパソコンを開いて、ソファーに腰掛け原稿書き。パソコンを股間の上に乗せタイピング。パソコンの底板の熱気は、夏ならこの上なく不快であるが、今の時期は結構暖かくて気持ちいい。26日にNASAに行った時、受付で待たされている間、そこにあったテレビニュースを見ていたのだけど、携帯の電磁波と発がん性の関連を示唆する結果が得られたとか。良くある話であるが、ワタシは、無線LANに繋いだパソコンを股間において長時間作業をしているわけで、股間付近が心配である。

と、雑念ばかりで、タイプは進まない。たった、A4三枚程度の原稿なのだが。こういう文章はイントロが全て。イントロさえ書ければ、後はパッパと進むのだが。

夕方までに何とか形にしてみたものの、何だかありきたりの内容で面白みにかける。が、締め切りは過ぎているのでしかたない。か。曲りなりにも、この文章は本として残るのを考えると、提出するのを躊躇する。が、これ以上、時間をかけても、向上は見られないと判断し、メイルに添付し、送信。あっというまに、原稿はワタシの手元を離れて、日本の事務局のパソコンに行ってしまった。あぁぁ。。。

冷蔵庫に何も無いので、陽も沈んだ暗闇の中、スーパーへ。仮装した子供がぞろぞろいて、なんだと思ったら、ハロウィンであった。ハロウィンって文化は詳しく知らないが、子供の仮装は素直に可愛かった。

スーパーのレジ係の20代小太りお兄さんも、いつもの制服ではなく、黒地にピンクが入ったピチピチ仮装衣装に、魔女風のとんがり帽子を被っていたのだけど、その姿で疲れた目をしてレジを打たれるのはどうも可笑しいだけで、こちらは苦笑いするしかなかった。

週末だし、というか出張中からビールをちょびちょび飲んでいるのだけど、酒屋へ。酒屋の入り口でベビーカーを押している、全身オレンジ色の若いお母さんに遭遇。そして、酒屋のレジのお姉ちゃんらもみんな仮装していた。そんな中、ワタシは、ジャージにフリース、無精ひげという出で立ちで何とも不相応であった。レジのお姉ちゃんはスーパーのお兄ちゃんとちがって、可愛らしくて、快活で、「やらされてる感」が無く、少し露出が多くて十分目の保養になった。こういうことは、是非、飽きられない程度、1ヶ月に1回程度はするべきだと思う。

そして、ビールを飲みながら、あのコスチュームは支給されるのか気になった。自前だとすると、あのスーパーレジのお兄ちゃんは。。。やるなぁ。

同僚Aはポートランドの展示会へ日曜から出発。ワタシも本来行く予定だったけど、行くのをやめた。Biloxiからの帰路、「ポートランドはいい街だ」としきりにAは言うので、損した気分であるが仕方ない。ワタシはオフィスから後方支援。パンフレットなどを少し手直しして、メイルで送ったり何かと週末にも関わらずやることがある。なんだか、びじねすまん って感じだ。

2009年10月31日土曜日

びくとりあ なう

ビクトリアに昨日到着。これでゆっくり、と思ったら、日本で19日に講演する際の、書き物を至急提出して欲しい との連絡。忘れていた。今日、明日はそれに専念せねばならぬのだ。

Biloxi行 8日目(10/30)

朝5時起床。ビクトリア時間であれば、朝3時に相当。きつかった。同僚のAと空港へ。レンタカーの返却作業に手間取って、チェックインしたのは6時半頃。時間的にはギリギリであった。

ダラスでシアトル行きの便が遅れたものの、ビクトリアに予定通り到着。

Aの奥さんが空港でピックアップしてくれた。Biloxiの街は、正直ワタシには面白みにかけた。前面に広がるビーチはキメの細かい白砂の美しいビーチで、遠浅の海は美しい。ただ、街が平坦で山がない。ワタシは山が無い景色は馴染めなかった。ビクトリアに戻ると、山があり、海があり、木々は紅葉し、既に多くは落葉している。そんな風景をぼんやり、車から眺めている時、やっぱり、山が無ければ とつくづく思ったのであった。

帰ってテレビをつけたら、今日はトーチリレーの日だったらしい。せっかくなら生で見たかった。残念。

Biloxi行 7日目(10/29)

展示会最終日。人手ぱらぱら。15時半で展示会も無事終了した。

最終日は、お客対応よりも、ブース内のテーブルでパソコン使って別の仕事をしていることがほとんどであった。

出張中、仕事以外の楽しみは、散歩で待ちをぶらぶらするか、食事位。初日に万年草履で散歩したのが間違いで、この期間ずっと、靴ズレが痛み、かさぶたができては、剥がれての繰り返しで、最後は思うように散歩できなかった。食事も南部アメリカ。。。少なくともワタシの口には合わないものが多い。

夜、ホテルと展示会場の中間にある、海に面した地元シーフードレストランへ。海老を塩と唐辛子入りのお湯でボイルしただけの「茹で海老」を注文。これは、あっさり、辛味が聞いていて、美味かった。この出張期間中で一番だったと思う。これに、冷えたビールは絶品であった。

明日は5時起床で、6時には空港に到着していなければいけない。7時の便で、ダラスを経由し、ビクトリアに戻るのだ。早めにホテルに戻って、寝た。

Biloxi行 6日目(10/28)

脂っこい食べ物が多いので、注意深く選択しながらご飯をしている。それでも、なんだかお腹が重い。胃はすでに若くないのだなぁ。とシミジミ思う。

朝はなるべく早く起きて、30分程度の散歩と柔軟体操はしている。それでも、胃の重さから開放されない。

展示会自身は、いつものように日々、人手が減って行き、展示業者がブースに訪れる数が増えていた。

夕飯は、ホテル前のレストランへ。レモンフィッシュのソテーを食べたが、美味かった。肉より魚がいいのは、やはり歳相応の反応なのだろうか。このレストランは、ハリケーン「カトリーナ」に襲われた際、6フィート(約1.8m)水が入り込み、沈んだらしい。

Biloxiの海岸沿いは、がらんとしており、「さら地」が多いのが気になっていた。なんだかゴーストタウンのような雰囲気なのだ。その理由は、全てカトリーナらしい。暴風で建物をふっ飛ばし、高潮で海岸沿いには水が押し寄せたそうだ。そんな中、輝くネオンは異質、異様であるが、カジノの収入が無ければ、この街の経済は正しく沈むのかもしれない。朝の散歩でも、行政の手による街の整備、整理中であることを示す看板が目立つが、思うように進んでいないように感じる。カジノを見回すと、老人が興じていることに興ざめするのだが、カジノ以外、この街のドル箱産業は無いように思え、仕方ないのだろうか。

Biloxi行 5日目(10/27)

昨晩の牡蠣が原因と思われる腹痛、下痢が、注文したAさんを除いて発生。Aさんは、しきりに大丈夫だというが、我々若手(といえないが}には免疫が無いのだ。

展示1日目というのに、3人トイレを往復。Bさんは最も症状が重く、トイレに行き、水を飲むを繰り返していた。

展示会の活況は、想像通り。可も無く、不可も無く。それほど客の数が多くは無いが、6月の展示会に比べればマシだ。

夕飯は展示会で行われたレセプションで済ます。豚の塊を焼いて、それを黒人の大きな料理人がナイフで削ぎ切りにして、振舞っていた。ワタシの前で、削ぎ切りしている途中に、その塊がテーブルを転がって、「ドスン」 といって落とした。「あちゃー」といった表情を浮かべながら、よっこいしょとテーブルに戻して、再度、削ぎ切りを振舞っていた。その他にも、ウィトレスがコケて料理を床に落としたり、なんだか騒々しい。

地元料理が多いのだけど、肉は脂っこかった。個人的にはズッキーニのソテーと海老団子の焼いたものが美味かった気がする。同僚のCは「ナマズ」のフライを食べたが、不味い不味いと言っていた。ワタシ以外はグルメなので味に煩い。

ホテルに戻り、Cとバーで一杯。ウェイトレスが可愛いとCは喜んでいたけど、ワタシは好みでは無かった。周りには同業他社やそれを使っている研究者などがぞろぞろいた。みんな大声で盛り上がっていて、煩くてしかたなかった。

Biloxi行 4日目(10/26)

日本からの出張組と朝合流。毎週テレビ会議で顔をあわせているが、痩せたことに驚いているようで、しきりに体の方は大丈夫かと聞かれる。体調自身はすこぶる調子が良いので問題ないのだが。逆に、日本組が5k位太ったようで、腹回りがキツイのだとしきりに言っていた。

南ミシシッピ大学の海洋学専攻の大学院へ出張。うちの製品のデモ機を貸与して実験してもらっているため。その経過と情報交換のため訪問。場所は、NASA の John C. Stennis Space Center (SSC)内にあって、セキュリティが厳しい。事前に、書類を提出して審査を受けるなど、この日までにも作業があった。

だだっぴろい敷地の中に、アメリカ大気海洋局(NOAA)のブイセンターや海軍海洋研究所などが点在していて、NASAの敷地といいながら、それぞれが横に繋がって共存共栄している感じである。

デモ機の方は順調に動作しているようで安心した。昼飯は、NASAのスナックショップへ。ワタシはこっちの名物の海老の乗ったシーザーサラダ。凄いボリューム。大学のスタッフと同僚はハンバーガーを頼んでいたが、アメリカ流のボリュームで、サラダで良かったと内心思った。周りを見回すと明らかにオーバーウェイトの人が多い。大抵、大きなハンバーガーを食べている。。。

このスナックショップの前には、ロケットのエンジンや、ブースターが芝生の上にゴロンと展示してあった。一つのエンジンがとんでもなくでかい。でかさは想像以上であり、こんなものを見るチャンスもそうそうないので感動する。エンジンの噴出口は、ワタシが立ってそのまま余裕で歩ける直径であった。入りたい気持ちにかられたけど、入り口に「進入禁止」と書いてあってやめた。

夕飯は総勢4人で地元のレストランで食事。Aさんが生牡蠣を食べたいと注文。嫌な予感がするが、しきりに食べろと進めるので食べるのだけど、見た目からして小ぶりで、しょぼい。味気も無い。全員、不味い、不味いといって食べる。メインはそれぞれ、注文しが、ワタシ以外は、豚チョップのフライのようなものを注文。ワタシはMississippi流の辛口味付けのバーガー。3人は脂っこいといって、牡蠣同様に、不味い不味いと言っていた。ワタシのは、辛いのでごまかされていて味はそこそこ。店を出るときには、皆、もうMississippi料理は食べるのはやめようと呟いていた。

Biloxi行 3日目(10/25)

朝飯はこっちのカロリーメイト的なものと、野菜ジュース。その後、1時間程、散歩。近くの小さな港では採ってきたばかりの海老を売っていた。車海老っぽく、美味そうだった。地元の人がバケツを持って買いに来ていた。

展示会場には徒歩で。昨日、万年草履で足の甲に靴ズレを作ってしまって痛い。片道1時間半。荷物の到着に不安があったが、無事到着していた。垂れ幕だけを掲げて、会場セットアップは終了。持参した垂れ幕をかけるためのS字のフックが小さくて使い物にならず。仕様が無いので会場係りにお願いして唯で貰った。対応してくれた黒人のおっさんが冗談を飛ばしてくれるのだけど、モゴモゴ話されて理解できず。残念。展示業者の中では一番乗りのようで、スタートだけはいい。本番も成果が出るといいのだが、さて如何に。

夜になると後発隊が到着。同僚も夜の9時半に無事ホテルへ。そしてカジノに隣接するバーに同僚と行く。彼は相当疲れている様子で、一杯のマティーニを飲んで部屋に戻った。私は売店でビールを購入し、サッカーを見ながら飲んで寝た。

Biloxi行 2日目(10/24)

無事に着いたといえばその通り。「安全のために」我々は降ろされた。しかし、一瞬「整備不良ではないか」と心の中で呟いていた。しかし、しかし、このパイロットの判断は正しいのである。何かあっては遅いのである。ワタシみたいな乗客の余裕の無さが、遠因となってJRの事故が起ったとワタシは思っているのにである。情けない。隣の席の女性が、明るい顔で「安全が一番なんだからラッキーね」と笑顔でワタシに話しかけてきて、その通りだと思った。

代わりの便をあてがわれて、搭乗口が変更され、長い距離を歩かないといけなかったのだけど、その女性は、二人の子連れのお母さんの子供の相手をし、その荷物を持ってお母さんを手伝ったりしていて、素敵であった。ワタシはスタスタ歩いて、そんなことには全然頭が回らなかった。あぁいうことが、自然にさらっとできる人になりたいと思うのだが。。。

Biloxi着陸後、アテンダントのアナウンスが洒落ていて「Local time is “late”」。洒落で切り替えし、その洒落に乗客が拍手で応える。なんとも洒落ているではないか。中には苛立っている人もいたけど、数人であって、それ以外は明るく怒りもないようだった。

Victoriaとは2時間の時差。今朝は何時もの起床時間6時にあたる、8時に自然に目が覚めた。一先ず、展示会場まで行ってみようということで歩く。片道1時間半であった。予想通り。

ビーチに沿った歩道をただひたすら歩く。ビーチは白砂に覆われ、その粒子は非常に微小。見た目より締まっていて、歩いても足が沈むことは無かった。こんなに綺麗なのに、ほとんど人気が無いのは信じられない。

そして、広がるメキシコ湾には、石油掘削の櫓が点在していて、オイルマネーを感じる。が、ここBiloxiの街は、どうも寂れている。石油の産出量も低下し、経済的に潤いが無くなったからではないのだろうか(推測)。そこを、カジノを取り入れて観光で盛り上げようとしているのだろう。東京の殿様知事が喜びそうなモデル。寂れた熱海の雰囲気を感じる街だ。

カジノは到着した深夜に盛り上がりを感じたが、それを見学する余裕はなかった。朝の散歩出発の10時頃、ふらっと見回ったが、爺さん、婆さんが興じていたのが目立った。平均年齢は高め。隣のHard Rockはどうなのか気になる。雰囲気は、想像とは逆に「見た目、落ち着いた感じのパチンコ屋」といった感じ。ほとんどがスロット。少しだけ「親」の居るカードゲーム。体格の良い人が目立つこと、目がどろっとしているところは、そこらじゅうに掲げられている「明るい顔した広告写真」とは異なる。見学も余り面白くなかった。近くにATMもあって、日本のパチンコ屋+サラ金という構図と同じである。これでも街に金が落ちればいいということか。なんだか切ないモデルであるなぁ。誰が幸福になって、誰が不幸になっているか。考えれば容易に想像できるのだけど。

ここのホテルは無線LANが無いという。そして有線が有料で、しかもケーブルを10ドルで買えという始末。昨晩フロントで散々粘ったが埒が空かなかった。そこで、近くでカフェ、もしくは、マックを探そうと思っていた。そこらには無料のアクセスステーションがあるのが定番なので。そしたらホテル内に無線LANの使えるカフェがあった。昼、そこでコーヒー一杯で1時間半程、メイルやらニュースを確認。満足。カフェのそばに行けば、買わずしてネットに繋げるということもわかった。フロントは、一切この中に無線LANのポイントは無いの一点張りであった。ふざけてはいけない。あるじゃん。

その後、暇なので街を散策。朝と逆方向に。途中とっても気になる美術館があったが、改装中なのか、新装中なのか、工事中であった。その建物が突飛で面白そうだったのだけど、残念。

途中、ビーチで手作り結婚式を挙げていた。白砂のビーチに椅子を並べて、手作りのお飾りで、みんなビール片手に祝っていた。とても素敵であった。こういう祝福もいいなぁ。と思った。

どうせ一人なので、適当にご飯になりそうなものと、ビールを買って夕飯。わびしいけど、外で一人で食うよりはマシ。
明日は展示会場の準備。無事、荷物が届いていることを祈る。

Biloxi行 1日目(10/23)

10/23
Memphisで飛行機トラブル。搭乗するも飛行取りやめ。飛んでたら落ちていたかもしれないわけで、ラッキーだったと考えるべきだろう。

副操縦士の黒人女性が、痩せているのと「特徴的」な化粧のせいでチンパンジーのようだった。飛行予定時刻より3時間経っても故障箇所が治らず。その間、我々はアテンダントから飛行機で出す予定だったピーナッツやジュース、水が振舞われたが、一番喜んでいるのは黒人の搭乗口フロントの女性陣であって、バリバリ食べて、陽気だった。

Memphisの飛行場まできたら本当に黒人の割合が多く、南部に来たな と感じる。

結局、代わりの便でBiloxiに到着。12時だった。Shuttleが捕まらずタクシーでホテルへ。拾ったタクシーのフロントガラスが割れていて、運ちゃんもぶっきらぼうな感じで、「嵌った」と思ったけど、色々あれこれ話すうちに緊張も解け、運ちゃんもBiloxiのことを色々教えてくれた。

ホテルは要塞のようにでかい。中に入ると深夜でもあるのに人手が多い。ギラギラしている。そうなのだCasinoなのだ。イアフォンをした図体のでかい警備員もいて中々興味深い。が、12時半を回っていて、移動に疲れ散策する気は無い。ドレッシーな女性もいて、気にはなったけど。

売店でビールとサラミを買って、一杯やって寝た。

2009年10月22日木曜日

ドライ

明日からBiloxi, MS州, 米国へ出張である。気負いもなければ、何も無い。久しぶりの外出で楽しみだな程度。

松茸が問題であったのだけど、日本から買ってきた日本酒もあることだし、同僚と家で食べることにした。「5個位残っているから」といっていたのだけど、4個しかなくて、2個しか残っていなかった。
あらら。2個腐っていたのだ。

2個を、一つずつ、ホイル焼きにして食べた。最初の感動は無かった。というより4日経って水気が落ちていた感じがする。あと香りも落ちていた。それでも、二人でおいしゅう食べました。腐らせた2個に関してはごめんなさい。

日本酒は、地元のやつと、新潟のものを試したのだけど、新潟が辛口で飲みやすいといっていた。香りと、甘さは地元の「開運」が勝っていたし、一杯目は旨いのだけど、二人とも酒好きなので、辛口「Dry」の方が酒が進むようである。

いつも日本酒好きの同僚は、3000円以上の日本酒を買い一喜一憂しているようであるが、ワタシが買っていったのはその半分以下。そっちの方が旨いといって、ぼったくり感に打ちひしがれていた。

また日本にいったら買ってきてあげよう。ドライを。

2009年10月21日水曜日

外ごはん

マッタケ狩り仲間というか、誘ってくれたAさんと外食。私が最近疲れているということで、景気付けに外食に誘ってもらったのだ。

ベトナム料理屋に連れて行ってもらって生春巻きと、ご飯の上に豚肉のクリスピーのようなもの、レタス、エビの揚げ春巻きなどがのった「丼」風の一品を注文。両方おいしゅうございました。そして、後者は大変なボリュームでした。

その後、パブでビールを一杯だけ飲んでいろんなことを話した。

Aさんは最近知り合いになったのだけど、ワタシの薄っぺらで受身な人生の対極にある方で、人の気持ちの浮き沈みに機微な人である。

ワタシもああいう人間になりたい(宮沢賢治風)。

ということで松茸また食べられず。明日までしか時間はない。さてどうすんべかな。

2009年10月20日火曜日

濃霧

霧の午前。真っ白。濃霧。

一日、仕事して、帰ってきても一仕事。

何かと忙しく、今夕飯を食っている。それも、隣のスーパーで買った惣菜を。

マッタケは、食べてない。

中々、計画通りにはいかない。が、金曜にはアメリカへいかにゃならんのだった。

2009年10月19日月曜日

まったけさま

まったけ。昨日は松茸ご飯にするといったが、肝心の米が無く、できなかった。

そこで、助言を得て、オーブンでホイル焼きにした。ここは、うまいかどうかの判断をするため、スーパーで買ってきた何時も食べているマッシュルームを参照として食べた。

まったけ。めちゃくちゃうまい。香り、そして歯ごたえ、見た目のあの白さ、縦に割れる繊維。。。全て総合的にウマイ。

何時もうまいと思っていたスーパー(の)マッシュルーム。ダメ。。。なにこれ。

って、松茸さえ知らなけりゃ、こんな感想は出てこなかった。といっても、松茸は年中食える代物で無いので、スーパーのマッシュルームはこれからも大事するけれど。

まったけ。うまいじゃん。「香り松茸、味。。。」とはいうが、香りも味も上等であった。ワタシは、あの生えていた森の深い香りを感じ、歯ごたえ、と美食では無いので言い表せない味を堪能したのであった。ホイルに残った汁も啜った程なので、旨さはここから想像できるであろう。

まったけぱわー で明日は。。。何時もと同じ平日だろう。

2009年10月18日日曜日

松茸ガリガリ

Aさんの誘いで、Bさんと3人でPort Alberniへ松茸狩りに。

朝7時半に家を出発。Aさんちのそばのマックで朝飯を購入し、戦 前の腹ごしらえ。コーヒーのカフェインで目を覚まし、いざ Port Alberniへ。

最近ずっと雨が降っていたけれど、今日は朝から天気が良かった。Port Alberni付近まで来たら虹が見えた。Victoria付近とは異なり少し雲が多くなったものの、虹とは幸先が良い。

11時半にガイドのSandyと合流。ガイド付の松茸狩りなのである。ガイド料は120ドル/グループ。Aさんは2年前にキノコ狩りでSandyのガイドを頼んでいたことから、今回のツアーに繋がった。

前回は松茸狙いだったものの、chanterelle mushroom (http://en.wikipedia.org/wiki/Chanterelle) ばかりが取れたのだそうだ。というわけで、今回も松茸狙いであるが、chanterelle しかという懸念もあった。だって、Aさんの前評判では、Sandyは松茸の出る山を知らないとのことであったので。。。

「駄目かも」という懸念はあるけれど、Sandyは大変な森、山、野鳥をはじめとした自然に対する知識が豊富で、陽気で、大変面白いおじさん(57歳)であった。そして、今回は事前に山の調査をしており、別のガイド仕事で数本松茸を見つけているという。心強い。

合羽、長靴というずぶ濡れでも大丈夫な装備で山に入る。手には各自バケツをもって、いざ 「山」 へ。事前に滑らない靴、Caulkというスパイク付の靴を推薦していたのだけど、それが必要といわんばかりの40度位の斜度のある山の斜面を注意深く登る。ワタシは日本でずっと前にかったスノーシューズを履いていったのだけど、これは大変役にたった。長靴よりはグリップも良く、この傾斜の山歩きには都合が良かった。

山に入ると10分で松茸発見。日本のものよりも白い感じ。しかし、独特の香りが強く「松茸」を強烈に主張する。我々、この時点で大興奮。写真をぱしゃぱしゃとったりして、それはそれは盛り上がった。その後、見つける、停滞、見つけるを繰り返し。。。気がつけば3時間半程度の山歩きで30本近く見つけることができた。そして、chanterelle mushroom も。

途中、Sandyが休憩で、鳥の鳴き声を真似て、どんどんと鳥を集める「技」を見せてくれたのだけど、どんどん集まって凄かった。

この後、もしも見つかられなかった用の極秘バックアップとしてAさんが事前確保しておいた松茸を買いにPort Alberniの松茸販売店へ。店の前では何人かでchanterelle mushroom を選別したり、洗ったりしていた。

この店は松茸の購入価格表が置いてあって、「傘」の広がり具合で決まるグレードが示されていた。森の中でこれはSandyに聞いていた。Gradeは6にわけられていて、我々のは主にGrade4以下のものが多いようだった。Grade1などの最高級品(傘の開いていない例のやつ)は我々はほとんど見つけられなかったと言える。あんなのは土から少ししか顔をだしていないものだろうから、やはりプロがやらないと取れないのだなぁ と納得した。

この後、Sandyにビーバーが居るという沼へ。木々に囲まれた大変静かな沼で、紅葉の彩りもあって美しかった。沼には多くの水鳥もいて、SandyとBさんはその道のプロ。話は尽きない。ビーバーダムが2箇所あった。ビーバーの家が、池の中央付近にあるのだけど、静かに近づいたけど見ることはできなかった。残念ではあるけど、ビーバーダムも家も図鑑で知っている通りのものが、生で見れるのは感動であった。ビーバーダムの付近には、ビーバーが歯で噛み切った木々が落ちていて、その切り口は正しくナイフで削った鉛筆のような感じ。いやぁ、来て良かった。

誘ってくれたAさん、車の運転、そして、鳥の話や森の話を聞かせてくれたBさん、そして、豊富な知識と陽気で明るい空気を作ってくれたSandy。ありがとう。

最近、ちょっとお疲れ気味だったけど、この非日常は回復と切り替えをもたらすに十分であった。

そして無事、家に到着。家は松茸の香りに包まれている。これすらはじめての経験である。明日は松茸ご飯で頂きます。

2009年10月17日土曜日

ひきこもり 読書

結構な雨。昼の天気予報では警報が出ていたくらい、といっても日本で言えば「ちょっと雨足強いかな」 というような状況。昼過ぎ、スーパーに行ったら雨漏りしていた。これって雨に対する対策のレベルが日本的に言えば低いからではないかと思う。

雨なので、外に出ることもなく、ひきこもり。

ヴィスカス・スワラップ 「ぼくと1ルピーの神様」 (ランダムハウス講談社)
本田宗一郎 「夢を力に」 (日経ビジネス文庫)

読了。

上者は、まずテレビなどの報道では出てこないインドの現在する社会問題がよーくわかると思う。アカデミー賞を獲った「スラムドッグ・ミリオネア」の原作ではあるが、映画の方を見ていない。こっちの小説は、映画で描き辛いところがあるとおもうのだけど、小説を忠実に描いていたのだろうか? 気になる。混沌、恐るべしインド社会って感じで、興味のある方はどうぞ。

「夢を力に」 は、最初だけが、日経新聞の著者が書いた「私の履歴書」であり、あとの殆どは、本人、本田宗一郎が書いた文章ではない。でもおもしろい。こんな人が山はさんで隣の所で生まれていたんだというだけで、仕事していくうえで、なんだか勇気が出る気がする。

「技術と個性」 という文章で、 「模倣から出発し、その模倣から抜け出て個性の高さに到達する」 という箇所がずしっときた。枝雀さんの試行錯誤と同じ。当たり前のように思いながら、身に詰まった。

6時ごろ、雨はやみ、ガラス越しに景色を見ると、一面霧につつまれていた。その霧も30分もすれば流れさり、青空が見え隠れした。それもあっというまに日が沈むと共に闇夜に変わってしまうのであった。

2009年10月16日金曜日

交渉、肉、北極

雨。

昨晩寝れなかったので、エド・ブラドー 「交渉のブートキャンプ」 (幻冬社) を読んで寝不足。自分の中で交渉術というのは下手で、コンプレックスがあってこっちに来る前に買った本。再読。これで今後の交渉能力は向上して、仕事でバリバリ。。。なはずは無く、実践と失敗と反省と実践の繰り返しだろう。

北極航海を終え、ビクトリアを訪問したAさんを交え、B夫妻と共に4人で夕飯。仕事の話を挨拶程度に少々した後、何故か豚と牛と肉食に関して話が盛り上がった。何故? 全てワタシが最近読んだ、「世界屠畜紀行」 のせいでした。ワタシ主導で話を振ったら以外にも盛り上がった。

Aさんは明日日本に帰るという慌しさ。40日の観測で疲れているのだろうに、帰国後、子供の運動会が控え、休む間もなく会議が続くのだという。お体お大事にAさん。

そういえば、この北極航海、誘われてたんだっけ。乗ればよかったかなぁ。最近のモヤモヤも少し晴れていたかも。そして、北極海なんて行ける機会はそうそうないし。

ぐずぐず

11月15日分

なんかぐずぐずした天気だった。

仕事の方もぐずぐずだった。というより、いつもより気乗りの悪い感じで性質が悪かった。気分で仕事するというのは問題だけど、元来の駄目さで、気分が仕事に現れるのは遺憾だと思いながら直せない。というよりも、遺憾イカンと思っても更々直す気がないのであるのが遺憾であって、これは根っからの駄目人間であると結論付けられる。

相変わらず夜は時間があるので、Youtubeで桂米朝のドキュメントを見る。桂枝雀が「師匠(米朝)のように噺そうと思い苦悩し、急ぎすぎ、心を病んだ」「同じことをしようとしては同じ穴に落ち込むだろうと考えた」「そこから逆のことをしなければとして私の落語が形作られた」 というインタビューが出てきて身につまされた。「師匠のようにできないから、落語を漫画にしてしまう。。。」という孔雀の嘆きは、言葉を失った。

師弟関係。私にもあり、とにかく「まね」をし続けたけど、まねているだけで中身が伴わない。それに苦悩する記憶は同じくワタシにはある。が、それは枝雀のそれとは大きさとは全然違ったのだろうけど。

なんだか見てたらズシンときてしまい、寝るに寝れずビールを飲んでしまった。

最後までぐずぐず。朝と違って、夜は「ぐす ぐす」に近かった。

2009年10月14日水曜日

UるSAい

悪夢は二日続かず、朝の目覚めは良かった。

曇天続きで朝は風が強かった。雨も少し混じっていたのでウインドブレーカーを着て通勤。隣の隣のインド人は通勤路をスタスタとワタシを抜いていったのだけど、手袋していた。今日は風強いけど、それ程寒くないのになぁ。

会社にはボストンからお客が来ており、これがまた典型的な早口、大声、自己主張全開のアメリカ人(偏見です)。これがまた興奮してくるとねぇ。正直心の中で「うるさい」と何度か言った。もう一人の同僚は逆に静かな感じだったのが対照的。昼飯のためにピザを頼んだのだけど、大声の方は太鼓腹で、とっても大きなピザが似合っていた。「いっつもここの昼はピザパーティーか わっはっは」 という様なジョークもきつくて、一緒の空間に居るのが疲れそうでピザは食べに行かなかった。

一日中、大きい方は高いテンションを維持し続けるので、凄いと思った。あぁ こういエネルギーとガツガツさがワタシにあれば何だか違う方向に人生を進めていけたような気もするものの、それ程うらやましくはない。

スラムドッグ・ミリオネアの原作、「ぼくと1ルピーの神様」 を読み始める。読みやすいけど、インドの深層を少しばかり見てしまうのでちょっと疲れる。

2009年10月13日火曜日

夢ならいいってことはない

1月まで働いていた会社の仕事場の一室で、社員全員がサッカー日本代表のユニフォームを着て,正しくすし詰め状態で仕出し弁当を食べている。無言で。それが突然,ワタシに向かって無言でユニフォームを強調するように,胸を突き上げワタシを囲むのである。無言で。顔はのっぺらぼう。無表情。

戦慄が走って飛び起きた。朝の5時。オイオイ連休明けの朝にあるまじき夢。これは悪夢といわずして何ぞや。なんなんだこれは。

かのフロイトの言葉を借りると,「予知夢,もしくは,心の叫びから逃避する精神的行動である」(ウソ)

朝からもうなんだか心身共に疲れた。ただでさえ気の重い連休明けなのに。それでも仕事をせねばサラリーマンにあらず ということで気が重いまま仕事。仕事にかかれば、目覚しい仕事ぶりを発揮するわけでもなく、一般的な連休ぼけの仕事ぶりといったところか。面白いことも無く淡々と一日が流れたのであった。

夕飯で久しぶりにゆで卵を食べたが美味かった。なぜか、食べたいと体が言っていたようなので食べたのだけど。体は卵を欲していたのだろう。ゆで卵食べながら、こっちに来て一度も生卵ぶっかけごはんを食べていないなぁ とふと思った。美味い炊きたてご飯がないと成立しないので、こっちでそれをやる気がしないのだ。美味いダシ巻き卵を食べたいとおも思った。こちらは作るのが面倒である。

それにしても、今日の夢はなんだったろうか。夢なんだから意味はないのだろうが、深層心理でやはり仕事に対して心身が過労している。。。ってことは断じて無い。

今日はあんな恐ろしい夢を見ませんように、南無阿弥陀仏。

2009年10月12日月曜日

秋から冬。。。

朝起きてみたら太陽はどんより枕元の東を照らしていた。祝日の明け方のせいか、8時の風景は止まっているようにみえた。

何するかな。天秤にかけたら、どうしても内澤旬子 「世界屠畜紀行」を読みきりたいと思い、アパートの共同ジムへ。

本を読むだけでなく、体を動かしたかったのである。元来そうなのだけど、最近考える(といっても、それ程考えていない) だけで、動かず、結局面倒臭くなることが益々多く、これじゃぁいかん、ということで積極的に有酸素運動をしている。体を動かせば、何だかその呪縛から逃れられて、前に進める気がするのだ。ただ、その前進はナメクジのようにヌメッと重い。ナメクジならば、その粘液で経路にしっかり跡を残すのだけど、ジムでのワタシは足跡が無い。ただ、デジタル表示の画面に無機質に数字として表れるだけで、なんとも面白みにかける。

それじゃぁ、外に出て走ればいい、のだけど、今日は出る気力が無い。こんな日もある。無理強いして出ることもないであろう。そういうわけで、ジムで体を動かしながら、読書することにしたのだ。

相変わらずの自転車漕ぎで読書。昨日などは、誰もここにはこなかったけど、今日は何人か訪れて少しばかり気を使った。それでも、お互いなにを声掛けるわけでもない。隣のおじさんは音楽を聴きながら、時折、唄を口ずさんだ。そして、反対隣のおばさんは雑誌を読みながら無言で漕いでいた。

屠畜紀行は上下二段にびしっりかかれた本であるけど、書き方が淡々と客観的であって、自然にずんずん読めるノンフィクションルポであった。文体、筋立てが、自分の思考、嗜好に合致するのか、ページを進めるドライブがぐんぐんかかる本であった。ケツは途中で痛くなったけど、どんどん読んでで4時間強漕ぎ続けていたようだ。でも、その時間を読んでいる間気づいていなかった。呪縛から逃れたかは判らなかったが、さすがに、もういいや と思った。その時、周りに人はおらず一人であった。

家に戻った後、風呂。風呂でも「世界屠畜紀行」を読み、汗を洗い流すつもりが、また一汗かく。そんな、こんなで、読了。掛け値無しで面白い本だった。スーパーにトマトを、酒屋にワインを買いに。休みだし、感謝祭の祝日だし。食って、飲もうという魂胆である。というのはウソで、飲みたいだけ。

飲んで食ったら夕日も沈み夜だった。飲みながら、夕方から外を眺めていたのだけど、どんより亜鉛色の曇り空。その曇天に見覚えがあった。こっちにきた当初の冬の空だ。秋から冬に急速に季節は移り変わっているのだろう。有無も言わせず、季節は移り変わり、時は過ぎるということである。

晩秋。家から見える風景は、黄色とも茶色ともいえる木々が目立つ。落ち葉のカサカサした音、それを踏み潰した時の音はもはや普通だ。人々の着衣も厚手に変わってきた。秋は瞬く間に冬に向かって雨の多い日々になるのだろうか。憂鬱だ。憂鬱なのは雨の記憶からではなく、時の流れの速さに比べ、自分が遅々として進んでいないからかもしれない。

などと、辛気臭い薄っぺらな文章を書いて、盛り上がってる自分に嫌になっちゃうわぁ。

追記: 宮里藍さん、すごいな~ と尊敬するのです。が、どうも武蔵丸に見えてしまうのはワタシだけでしょうかねぇ。

井上陽水奥田民生

(10月11日分)

ヨン様の笑顔で朝3時に目覚めたのには参った。日記を書き終えたら、また眠くなって二度寝。二度寝の起床は8時前だった。どんどん日の出が遅くなって、今では7時30分頃。おまけに朝の気温が片手位になってきたので布団から出るのが辛い。

何はともあれ有酸素運動。ということで自転車漕ぎしながら、内澤旬子 「世界屠畜紀行」 を読む。日本がおおっぴらに肉食開始してから140年強か。昨日面白いと紹介しながら、最初しか読んでいなかったのである。しっかりした文献調査と現場ルポの2本柱の筋の通った本で大変面白い。

冒頭の韓国での話で、焼肉文化の定着は80年代に入ってからとのことらしい。70年代に豚肉の入ったキムチ鍋が一般化し、プルコギがご馳走として登場し、その後に焼肉文化が現れたのだという。そのため、30代後半、から40代の世代では、「(旨いし、好きだけど) 沢山の肉を食べられない」 人も多いらしい。へぇー。そうはいいながらも、韓国の食肉文化は4世紀頃からあったようで、その文化は北方騎馬民族の侵攻と関係があるようだ。もし、日本に神風が吹かず元寇に侵略されていたら、日本の肉文化は変わっていたのかなぁ。そう言えば、「スットコランド」の中に、著者の奥さんが子供の頃、福岡の海には「カブトガニ」がゴロゴロしていたそうだ。元寇がどっと押し寄せた時に、カブトガニがゴロゴロしていたのか? というようなことが書いてあったなぁ。神風が吹いた時に、カブトガニが飛んでいた ことはないか。

話がどこかに飛んでしまった。元に戻すと、この本の中には、世界の屠畜に関しての考え方、タブー視、差別とかにも触れていて、それが世界によって様々で、あったり、なかったり。興味深い。

肉とワタシの関係を簡単に振り返ると、ワタシは、豚、牛、鳥、羊などスーパーで買う時、生き物の形を忘れて、頭の中では 「豚」 「牛」 とかの漢字が記号程度に浮かぶ程度で、有り難味もあったものでは無い。「肉」としか思っていないんだなぁ。これが。「感謝」 せねばならん! 息子とご飯を食べる時には 「いただきます」 をしていたけど、これって大事なことだなぁ と今更ながら思うのでありまして、反省、反省。

ここから思考は飛躍して、やっぱ、田んぼや畑があって、豚や牛がいて、川が流れて、魚も虫もがつがつ採れて遊べて、ちょっといけば海がある環境で息子は成長するべきだなぁ と思ってみたり。日本にいる今、田んぼや畑を走り周って大暴れしているようだし。生身のものに触れてなけりゃ、「感謝」 しようもないもんなぁ。

そんな、こんなしてたら、2時間半自転車漕いでいた。ケツが痛いったらありゃしない。

既に時間は11時。昨日同様、ブランチ。どこいこっかな。遠出するのも面倒だし、義務的に外出しているようで嫌だなぁ なんて思ったのだけど、外を見たらバリッと晴れている。薄雲から秋を感じる。こっちの季節とその時間毎の風景は限られた時間の中で最大限留めておきたいと思っているので、気持ちを切り替えて、Thetis lake へ散歩。

あんまり期待していなかったのだけど、よく整備されたトレイルがあって、湖の景色もとても良い。森の中にポツンと小さな湖があって、周りを岩が囲んでいる。薄目にすれば、フィヨルドに見えなくも無い。おー自分は今Norwayに居ると錯覚できて良かった。Thetis lakeは、二つの湖が隣通しに並んでいて、その二つをゆっくり1周して1時間強位の距離。軽めの散歩には丁度良いかな。ただアップダウンがキツメの所もあって、幼児を連れまわすのは難しいかもしれない。たぶん、うちの息子なら、ガハガハ言いながら走り周って坂道で滑って転ぶなぁ という印象。

そうだ。今日 (厳密には月曜らしい) は「感謝祭」 ではないか。その意味を詳しく知らないけど、感謝せねば。残り物の野菜があったので、昨日同様、トマトと豚肉をつっ込んで1時間煮た。そして、イメージ先行で 赤ワインを買ってきた。酒屋もスーパーも感謝祭仕様で早めの店じまいらしく、慌てて買い物してきた。そして、「いただきます」。感謝祭成立である。ウマイ、ウマイと感謝してゆっくりと夜は更けた。

実家のお祭りって感謝祭と日程的には重なっているんだなぁ。五穀豊穣を感謝する。昔から欧米っぽいニオイがするなぁ と感じていたもん (ウソ)。

「みんな~みんな~ありがと~ぉ~ぉ~ いぇ~い」 「あ~りがとう、あ~りがとう、かんしゃして~」

2009年10月11日日曜日

フルスロットル 秋の休日

朝3時。ヨン様が夢の中で微笑んで、気持ち悪くなって起きた。そして日記を書いている。

「無視の知らせ」 ではなくて、「虫の知らせ」ということを信じているので、何か天変地異が起きたのではと思ってネットニュースを見たけど何もないようだ。ワタシの「虫の知らせ」 はアテにならないようだ。そのかわり、大好きあーてぃすと 「くるり」 がワタシを呼んでいて、アルバムが出ているのでは? となんだか気になって iTuneで検索。やっぱり。あった。深夜に大人買い。えぇなぁ。くるり。

朝8時前起床。休みだし。だらっとした目覚め。外は曇天。秋。したいことは一杯ある。本読みたい、体動かしたい。鮭みたい。これらを日中してしまうことをコンピュータのような高速演算で計画。仕事では高速演算が中々できないのは不思議だ。

まず、読書と体を動かす。これをする。うちのアパートには共同の簡単なジムがある。高級アパートなので。。。うえの階の部屋煩いし、欠陥住宅だし、エレベータがすぐ止まるし、ですけど。そのジムの自転車漕ぎをしながら、本を読めば一石二鳥。

選択した本は 宮田珠己 「スットコランド日記」 (本の雑誌社)。9月のジャパンツアーで購入してから4回も読み返している。半ば暗記している部分もある。が、大変面白いのでおすすめである。どれだけ面白いかって? 本の雑誌Web (http://www.webdoku.jp/) で各々確認して下さい。少なくともB型のワタシは共感するところが多分にあるので面白いのである。本の方はこの連載当初から今年の3月までをまとめたもの。Webではその後が綴られている。

自転車漕ぎながら、ニヤケテイル姿は大変怪しいけど、誰もいないので良い。本が面白いのであっという間に時間が過ぎていく。そして体の体脂肪が燃えていく。昨日のビールとツマミの余剰カロリーが消えていく。となっていたらうれしい。楽しく、運動。

そしたらもう10時半。朝飯兼昼飯。これはブランチっていうやつでは? おしゃれな響き。その内容は、フレークに豆乳をぶっかけただけ。あとサラダ山盛り。やっぱり、おしゃれである。

鮭を見る。これをなすべく車で30分。自己責任の山の麓を流れるGold stream riverへ。鮭。。。居なかった。まだ早いみたい。その代わり、お土産や兼案内所内で、「自然芸術展」をやっていて、それを見る。数的にしょぼいけど、幾つか個人的に「お」ってのがあって買いたい衝動に駆られたけど、飾る場所も金も無い。素晴しい自分の頭脳を信じて記憶に留めた。芸術の秋を満喫した。

3ドル払って駐車場に車留めているし、これで帰るわけにはいかない。あの自己責任の山に登る。相変わらずここの山は凶暴で、最初からとんでもない傾斜が続く。そして、途端に岩登りになる。今日はなんだか人が多かったが、皆、相当この山に難儀しているようで、立ち止まっって休憩してゼーゼー言っている。私は時間に追われる日本人。それをどんどん抜いて1時間強で山頂へ。ここからの景色は、山登りに難儀するわりにはしょぼい。そのしょぼさの元凶は眼下に見えるゴルフ場である。あれさえなければ。。。それでも遠くに海、山、あめりか が見えるので、岩に座りながら、20分程周りを眺める。

道中、キノコがボコボコなっていた。毒キノコかもしれないし採りはしないけど、こっちの人はキノコ狩りしないのかなぁ。嫁さんの実家でのキノコ狩りを思い出した。

帰路。かなりの傾斜の岩肌を滑りながら下る。本当に滑って危ないったらありゃしない。手も使って降りていくのだけど、前回同様、途中ルートを間違えて遭難しかける。もう本当に崖ってとこを、全運動能力を使って這うようにして降りて、森に迷い込み、ルートに戻る。この間10分。遭難とは言わないか。苦労した分、ワタシより5分前に下山を開始した人を抜いていた。

鮭は見れなかったけど、芸術も山も堪能し満足満足。森は急速に秋めいていて、広葉樹は黄色く、そして、茶色に色づき、そして落葉していた。こんだけ森が広がると紅葉を期待するのだけど、黄色が多い割りに紅がない。ちょっと残念。その後、車を北に走らせ、高速脇にあるお気に入りの見晴台にてSaanich Inlet および ビクトリア、シドニー周辺、および、あめりか、海を見る。この景色を見ると、こっちに来た「甲斐」を感じる。仕事できているのに、この景色を体感するために来たような錯覚のような、本心のような気分。最高である。

その後、車でスーパーによって野菜と屑豚肉を買う。野菜はトマト、ズッキーニ、セロリ、たまねぎ、キノコとか。これらを乱切りして、オリーブオイルで簡単に炒めて、その後、鍋で煮る。塩、コショウで簡単に味付けするけど、ダシも水も入れずに煮る。出来上がったものは極上の味。我ながら料理の才能を絶賛する。というのはウソで、お気に入りの作家の一人、「豚を3匹飼って、それを(食肉公社で) 肉にして、食べた」(と書くと煙たがられそうだけど、我々は飼わずして、それほど有り難味も感じず、美味い美味いと食べているじゃぁないか) 内澤旬子さんのブログ(http://kemonomici.exblog.jp/) を見て試してみたくなっただけ。彼女はこれをルポとして一冊の本に纏めるようで、楽しみである。手元に、彼女の「世界屠畜紀行」があるがこの本も面白い。

これを直ぐ食べるか。食べない。読書+自転車漕ぎを1時間する。これをすれば、美味い食事とビールを食べてもエネルギー収支的には0、もしくはマイナスになるだろうし、なんといっても読書をしたい。読書の秋なのだ。本は朝のスットコランド日記の続き。

一汗かいた後、サラダを山盛り食べた後、ビール。サラダを最初に食べると、ツマミを食べ過ぎないし、なにより次の日の便通がすこぶる良いのだ。ビール。渇いた喉の細胞に染み渡る。昔のCMで言えば 「うまいんだなぁ これが」。正しくそれ。ビールを飲んで、例のトマト煮を食べる。本当に美味い。屑肉は骨ばかりだけど、ホロホロに柔らかくうまい。そして野菜が美味い。野菜なくしてこの味無しである。横でパソコンつけて、立川談志の落語を再聴。やっぱり昨日の感想は正しく、素晴しい。

読書、運動、鮭(居なかったけど)、山、食事、飲酒。秋の休日をフルスロットルで遊んだ気がする。そして今日は何しようかなぁ。。。

2009年10月10日土曜日

おまつり?

(昨日分の日記)

オバマがノーベル平和賞。アフガニスタンには派兵継続しているし、NATOは派兵増員をしたいとかも言っているしなんだか、平和ってなんだんでしょうねぇ。いつも政治のニオイがぷんぷんするこの平和賞にはあんまり興味がないのです。実は。

そんな中、アメリカ NASA は月の南極目掛けて無人探査機を衝突させているではないか。その衝突で発生する破片を解析することで月に水があるかどうかを解析する。なんとも凄いプロジェクト。というか、そんなことしていいのか? 水があれば、生物(バクテリアレベル)がいるかもしれない。人が住めるかもしれない。だから、水があるかを調査する。好奇心を満たすには十分、科学的検証をする意味の上でも十分な研究材料だとは思うが。人間のあくなき欲望というか、なんというか。アメリカは月面基地を作る計画があって、その計画にこの調査は必須だという。資源もありそうだし、やる意味はあるということだろうか。グリーンディールとかいって、ちゃっかり資源確保まで視野に入れている、したたかさが見え隠れ。世界だけでなく、月まで手中に入れようとしているアメリカ。そこまでするかぁ。

仕事で広報用の「新聞 (News lettert)」を作ったのだけど、我ながらデザイン含めて良くできたと感心。顔に似合わず、プレゼンテーション資料、ポスター、広報用新聞 は好きであり、得意である。

この新聞、オーストラリアに居るFになんだか偉く喜ばれ、褒められた。「よくも、自発的に、こんな素晴しいもんを作ってくれた」 と褒めメイルの中に書かれていたのだけど、気になる点は、自発的にの部分。そんなにやる気ない仕事ぶりに見えていただろうか。見えただろうなぁ。でもやる時はやるオトコ。それもコソコソ。見えない所でしているのである。たぶん。

褒められると「少し」伸びるタイプなので、どんどん褒めて頂きたい。その新聞に自己紹介を含めて、ワタシの写真を貼ってくれ と言われたのだけど、全く持って手元に自然な笑顔をした写真が無い。今から写せばいいけど、たいていそんな写真は 自然な笑顔にならず、ひきつるので使いたくない。思い当たると言えば、妹の結婚式で酒飲みながら、我を忘れて食ったり、話したりしながらの所の写真。それはもう自然な笑顔、且つ、スーツにネクタイの素晴しい写真であるのではないか? このブログの読者で誰かそれを持っていたら提供願いたい。宜しくお願いします。

たぶん、実家はお祭りであったろう。そして、昨晩は人が集まってワイワイやっていたのではないだろうか? なんだか悔しいので1時間半、走って、歩いて、自転車漕いで我を忘れた上で、サラダを山盛り食べた上で、ビールを飲んだ。悔しいことに、このビール、ラベルのデザインが面白くて買ったのだけど、なんだかションベン臭くって、不味かった。英国のビールであった。逆に、こっちのラガービールは美味かった。ビール飲みながら、Youtubeで立川談志の「まんじゅう怖い」 「芝浜」 を見たが、素晴しい。志ん生のしか聞いたことなかった。談志のテレビ番組は結構好きで見るけど、落語を見たのは初めてであった。早く体調が戻って復帰してもらいたいものである。

そして、アルコールと素晴しい落語で気分が良くなって、眠くなって、さっさと寝た。

2009年10月8日木曜日

台風さって また一難

台風は本州を縦断するようになったようだけど、嫁さんの実家周辺は被害が出なかった模様。昨日の解釈は間違っていて、日本海に抜けると被害出やすいそうである。念が通じたような、通じてないような感じだけど、いい方向の結果であるので良かった、良かった。

それにしても、あれだけの大きさの台風が通過しても、被害が少ない日本というのは凄いことではないだろうか。裏を返すと、水防等に資する備えのダム等はほぼ完備しており、もうこれ以上は必要ないということではないのかなぁ と思ってしまう。どうなのだろうか。

朝、お腹の中身が全て出るかと思うぐらいの便が出て、またしても便器詰まる。量の問題もあるけど、トイレの構造に欠陥があるはずだ。だって排水口が日本より狭い。これが普通の構造であれば、体の大きなこっちの人は良くトイレを詰まらせているに違いない。

上の階が昨日から妙に騒がしい。いまも、床をどんどこ叩いている音や奇声がする。これは、管理人さんに注意をお願いするしかないかなぁ。あぁ 本当に煩いぜよ。これは。

それにしても上の階煩いぞぉ。いらいら。

2009年10月7日水曜日

愛ある念力は台風をそらす

台風。神がかり的に実家周辺を直撃ということはなかったようだ。これは多分、ここからの念力であると推測されるが、その推測は客観性が無い。

といいながら、今度は嫁さんの実家周辺に直撃しそうではないか。。。なんとも。こちらの念力はほぼ枯渇状態にあり、皆さんの力添えを借りて初めて。。。是非とも私を国政に。。。ではなくて、念力で台風を日本海側に追いやって下さい。お願いします。

そうすれば、台風のおかげで、表層海水の混合が起こって、栄養塩(素)が太陽光が届く表層に行き届く。そして、栄養不足の植物プランクトンに栄養が行き届き、台風後、光を帯びて、どばっと光合成をして、二酸化炭素を有機物に変えて水の中に固定してくれる。わずかながら、将来の温暖化防止に。。。(といっても、それが表層でバクテリアに有機物が分解されると、二酸化炭素に戻って大気に出ちゃうのであんまり意味が無い)。

この台風も地球の自然の営みの一つ なんて考ええるととっても清らかなもののように思えるのですが、人間生活、そして、身近な所にその影響が及ぶことは、なんとも許しがたいものになるのですよね。この対比って、温暖化とか、その温暖化の削減策とかの議論に似ているような、似ていないような。

まぁ 難しいことは抜きに、日本海へ台風が奇跡的に抜けて消滅することを念じています。

2009年10月6日火曜日

朝と夕のサプライズ

朝通勤の時,家の前の壁にある人工の滝の前に雪が積もっていて驚いた。よく見たら,それは大量の泡で,黙々な状態。でも先っちょが氷が解けたような輝きを持った角があって,正しく解けかけの残雪のようで驚いた。掃除のためなのかもしれないが,中々見事な擬似雪っぷり。こんなサプライズは中々良い。

仕事の方は,昨日に続き,入力作業をほぼ一日していた。こういう作業はゴールが見えて,時間と集中力に依存して,そのゴール着実に進んでいることが実感できて中々よろしい。毎日はきついけど,たまにはいいもんである。

今月末,米国のミシシッピ州Biloxiに出張に行く。展示会に参加するので,展示物品を棺おけみたいなアルミの箱に詰めて,配送してもらう。隣ではあるけど,国を跨いで配送するので,通関やらなにやらとても面倒。全て配送業者にお任せではあるけど,書類が結構あって大変である。その書類が特殊なもので,私の英語能力では結構シンドイ。それでも,わからないことは周りにせっせと協力を仰ぐというと,都合よすぎる話で,周りに任せられるところは任せてしまうので,どうにかなった。

配送業者が荷物を取りにきたのだけど,うちの棺おけ一つのために,トレーラーで来た。荷台の後ろに油圧の上下するスライド(荷物を荷台にもちあげるやつ)があるのに,使わない。ナゼ。故障しているのかもしれないけど,うんちゃん一人でこの棺おけを上げられないので手伝う。日本の配送業者のサービスって凄いもんだと,改めて感心する。配送業者のシステムもこっちは劣っていて,時々荷物がどっかにいってしまって,行方不明になったりするので,送った後も安心できないのだなぁ これが。

今週末,同僚に誘われたマラソン大会があるためか,通勤路をランニングする姿が目立つ。その中で中国系のおっさんが,横をすれ違う時に 「ぶっ,ぶっ ぶぶぶ」 と一歩一歩を噛み締めるように放屁しながら走っていた。歩きながらよく似たようなことをするので,文句は言えない。でも,私は後ろ,前を一応確認するぞ。恥ずかしさを微塵も感じさせない自然さで,驚いた。というか,少しあの度胸をもらいたいくらいである。何かの時に役立つかもしれない。

どでかい台風がうちの実家方面を直撃しそうで心配である。いつもナゼか台風が近づいても逸れて行くことが続いているので,今回も。。。直撃しそう,しそう,必ずすると思わせて,しない。このサプライズを神様お願いします。

2009年10月5日月曜日

息子の定期健診結果に安堵して

息子の定期健診結果は「健康そのもの」ということだった。その報告メイルを朝一番に確認した後、ビールで一人乾杯したくなったが月曜の朝であり控えることにした。

朝の通勤の時、まだ月は没しておらず、西の地平線から20度程度の所にぶら下がっていた。青空に浮かぶ月。水色に近い青だった。「月がとっても蒼いから。。。」は、秋の満月過ぎた日の朝帰りなのか。。。益々混乱をきたした。

仕事でデータベース作りをしたのだけど、これがもう100%入力仕事で退屈というわけでもなく、こういう人が嫌がりそうな、頭を使わないルーチン仕事は結構好きである。

帰り道は、何時ものトレイルでは無く、ダウンタウンに続く大きな道を通ってみた。車が渋滞してたり、その騒音で、なんだか心落ち着かないし、景色が楽しくないことが判明。やっぱいつもの通勤路が素晴しいと再認識。

そういや仕事中、トイレに行ったらチャック開いていた。はなっから「チャック閉める強化週間」が崩れる展開。朝ズボン履いた時、閉めた気がするのだが。息子の定期健診に安堵して、気が抜けたということにしよう。若年性痴呆の始まりのようにも思える。

2009年10月4日日曜日

ドライブ スケベ心と蒼い月

天変地異。昨日書いた日記の内容で訂正がある。昨日の鳥の大群は時期を異なるが、インドネシアの地震だとか、フィリピンの台風だとかがあった。これこそ天変地異の何者でもない。犠牲者もかなり出ているようだ。これこそ天変地異であり、自分はのほほんと散歩したり、月見したり。かといって、何ができると言うことも無いのであるけれど。できることは募金ぐらいであろうか。

そんなことを思いつつも、日が短くなって、もうじき雨の多い冬に突入すると思うと、晴れた日にじっと家にいることは拷問に近いなんて思って、ノー天気に外出してしたい。昨日飲んだ酒のせいで、少し頭に違和感が、歩きたくはない。そこで、大人の遊びということでドライブ。行く宛ても無く、1号線をどんどん北に進む。

途中以前来たことのある1号線沿いの見晴台に立ち寄る。眼下にはSaanich Inlet。その向こうには島々と海。そして海の向こうにはロッキー山脈。おぉ なんという絶景。山脈には雪が。この眺めを見てほぼ満足。散歩ではどうしても見慣れた風景の範囲から出ることはできないが、たまにはこういう大人のドライブも捨てがたい。満足したので帰る、わけにはいかず、ずんずん車で北に向かった。

北に進めると、山、農場、馬、羊、牛、湖の風景があって心安らぐ。チョッキみたいな胴巻きを着た馬が多数いる牧場があったけど、あれは寒さ対策なのだろうか。こっちで初めてホルスタインの白黒牛を見て感動した。
Nanaimoを通ってそれより北に50k位進んだ所でUターン。家に帰る間に3人乗りしているハーレーに遭遇。といっても、一人は犬。トイプードルっぽかった。しかし、人並みにヘルメットとサングラスをしていてもう人そのものの格好。特注なのだろうか。金持ち、なのか、犬好きなのか、そういう人のやることはわからん。

帰りに一週間分の食材をスーパーで買う。レジのお姉ちゃんがとっても可愛くて、且つ、こっちに声を掛けてくれる。これが学生時代であれば、間違いなく 「気があるな」 と100%の勘違いをしている所であるが、今は大人の私。これが仕事のためにしていることはお見通し、と言いたい所であるけど、なんだか嬉しく自惚れるんだなぁ これが。後続のお客に声を掛けるかどうかを、聞き耳たてたら、やっぱり声を掛けていたので、「あぁ」 と心で叫びながらも、優しさのトーンは自分の方が上回っていたと前向きに受け止めた。とことんバカだ。

が、本当にとことんバカだった。なんと、家に帰ってきたら、ズボンのチャック全開であった。最近、チャックの存在を忘れているようだ。閉めるという動作を忘れている。あのお姉ちゃんは、このチャック全開の姿を気づいていたのだろうか。気になる。でも聞けない。チャックを閉めろ これは来週からの重点目標である。

今日も月はまん丸。6時半が月出時間。その月の出てくるのを眺めていたのだけど、「月はとっても蒼いから~」 が解釈できた気がする。今日の満月の月出時間は夕日が沈んだほぼ同時間、直後。月が出る水平線は薄っすら蒼味かかっている。そこに月。正しく 「月はとっても蒼いから~」 な状況。その時間は夕方、夜の初め。「遠回りしてか~えろ」って気にもなれる。この解釈は間違っているだろうか? この解釈が正しいとすると、その蒼い月が見られるのはこの季節、および、春になるのかなぁ? 

モツ。これを聞いて以降、この呪縛から逃れられない。今日も豪勢に (格安) 牛肉を買ってきて焼いて食った。ナイフとフォークで食べるというのが、モツと全く異なるのだけど。食べてみたら、その肉の硬さが凄くて、筋が噛み切れずに喉に詰まって死ぬかと思った。今も喉がなんだかおかしい。つばを飲み込む時に違和感があって気持ち悪い。結局、モツとは中々噛み切れないと言う点だけしか似ていないばかりか、その肉はなんだか血の味が凄くてレバーを食っているようであった。もう今後一ヶ月は肉を食べる衝動には駆られないように思われる。でもモツは食べたいです。来月のジャパンツアーで。

そして、小沢昭一的こころ で小沢昭一が言っていた 「うな重」 も食べたい。山椒かけて。ガツガツ食べたい。が、こればっかりは、代わりにできるものが無い。うなぎのタレは作れるかもしれないか。あれだけでも丼ごはんは食べられそうだけど、米がなぁ。。。

今日は息子のK病の1年後(厳密にはそれより少し長いけど)検診だ。テレビ電話などの様子で元気であることは重々承知しているのだけど、なんだか検査結果を聞くまで平穏でない。あれから1年強か。月日の流れは速い。息子が成長して、親の存在が煙たくなるのも アッ っちゅうまに来るのだと思うと、時間が惜しい。この短い時間遊びまくるしかない。といいながら、一人だがや。

ところでヨン様。あの笑顔の裏側を想像することに興味はあるけど、彼自身は好きでない。が、ついつい記事が出ると読んでしまう。敗血病で入院してたと思ったら、即退院して日本に来たという。そして、低血糖、血圧低下で体調悪化って、彼はナゼにそこまで仕事したいのか。「家族(ファン)のために」 って言いそうで怖い。風邪でひいただけでも自分の体が惜しい (というか休みたがる) 自分には理解できん。この記事読みながら、ジャスコのゲーセンで「冬のソナタ」のパチンコに鰯の死んだ目をした婆さんが、その台を凝視して、千円、そして、また千円と注ぎ込み、興じていた姿を思い出してしまった。ヨン様。家族を思うなら、パチンコ台になっちゃぁ だめでないかい。

森、月、豚、テレジン

午前中、なんにもせずどんどん時間が過ぎてしまい、せっかくの週末なのにもったいないことをした。昼、ジャージに着替え、発汗素材の上着を着て、時計も持たず宛ても無くジョギング。といっても、超スローペース且つ疲れたら歩けばいいやぁのスタンス。

こっちで恵まれているのは、トレイルといわれている所であれば、一定間隔で水飲み場が設置されていること。これは長距離歩いたり、走ったり、自転車乗ったりする身にとっては相当ありがたい。これにより財布を持たず身軽である。

半分雲、半分晴れの中、ずんずん走る。時計が無いのでわからない。多分10k弱走って、その後は走って、歩いての繰り返し。走り続けることに意味も無いし、出ました「走らされている感」。途中で農場を突っ切るトレイルへ突入。これは初めての方向だったが、スッバらしい。こっちにしてはそれ程大きくない農場であるけれど、直売場と繋がっているためか畑からオルガンかなんかの音楽が流れとってものどか。これだけで、もう来た甲斐があったと思えた。

その後も、ずんずん走り、歩き、いつの間にか森に入り込み、Mount Douglasに登っていた。山頂といっても200m強だけど、そこからの眺めは 「キター」 (織田裕二) であって、海、森、畑、ちょびっと街、そして、海には島々 の景色が360度に広がる。天気はいつの間にか晴れていた。おー求めていたものはこれだった と何も求めていなかったのに、そう思った。全面に海がある風景ではダメなのだ。確かに綺麗で、テンションが上がるのだけど、何かが足りない、そして落ち着かない。風景に森が無いとダメなのだ。これは自分の生まれ故郷および日本の景色の刷り込みであると思う。だって生まれ故郷は「森町」ですから。

ずっと夜までここにいて、15夜お月様を と切に思ったけど、なんだか風が強く、薄着で来ているので寒さで死ぬな という冷静沈着な判断に基づき下山。ただし200m強。森を抜けると、素敵な住宅が広がっていた。その中の一軒は白い豪邸で、何個車庫があるんだという感じであり、庭広いなぁ なんて思っていたら、馬が数頭そこで遊んでいた。家の庭に馬。後ろにはどーんと自然が広がってのんびり。金持ちはこれでなくてはいけない。六本木ヒルズのマンションになんて面白みもなんとも無い。IT族だかなんだか知らないけど、IT族ならばインターネットで仕事すりゃいいのである。でも日本であると東京に情報も人脈も一極集中なので、東京を離れられないってことも想像できるが、金持ちなら どーん と割り切って、こういう家にすむべきである と切に思う。あくまでも個人的思考であるが、自分が金持ちになったらする。でもしかし、金持ちになれる予定は無い。

馬の居る家は、じいさんが酔っ払った時に裏の畑にポニーを飼いたいと呟いた記憶がフラッシュバックした。子供ながらそれはいい案であるとその時は思った。しかし、今、飼ってもきっと最初のうちはかまってあげるけど、数日もしたら飽きて面倒見なくなる。しかも、馬のウンコはでかい。相当面倒だということで、馬は無理だとの結論に至った。

少なくとも、関西に出て、ここに来てまで住まいで足りないのは庭である。広い庭。それさえあれば、わざわざ、遠出する必要も無い。庭でゴロゴロしたり、本読んだり、「モツ」焼いたり (友人がモツの網焼きでビールしたと自慢したので、次回ジャパンツアーでよろしゅうおねげぇしますだ)、変わり者との囁きを無視すれば、そこにテント張ってキャンプ気分も堪能できる。子供も大喜び。これだ。今求めるものは庭。決定。だが、今は無理なんだなぁ これが。

途中Swan lakeに立ち寄って一周ぐるり。ここは草原のような景色と、森、ちっちゃいけど湖、そしてそこにいる鳥のコンビネーションが素晴しく、近くに寄ったら外せない。今日もバードウォッチングをしている人が居た。たまたま出くわした爺さんはポケットから小麦を取り出して、鳥が食べるように、せっせと橋の端にそっと置いていた。その動きはスローモーションのようで、且つ、爺さんのズボンずり落ちて、半ケツ状態で中々おかしいのだけど、それは個性というもので、ボケではないとの判断で、そっとしておいた。その後、女の人二人組みに写真を撮ってくれと言われて、一眼レフのでかいカメラを渡されて写真を撮った。モニターが写らないのでファインダーを使ってくれ と言われたのだけど、ファインダーの使い方を忘れていた。デジカメマジック。将来、ファインダーを使えない人がゴロゴロ出るのだと思われ、カメラからファインダーは無くなるのではないか。勝手な想像。しっかり写っていたのだろうか? 不安だ。それにしても、最近 「写真とって」 と言われることが多い。そんなに顔に 「暇」 って書いてあるように見えるのだろうか?

Swan lake一周を終え、街に出たら頭上をカモメ、カラス、ハトが、それぞれ500羽(推定)が頭上を黒く焦がしている。真っ青な青空に鳥の集団。これはなにか天変地異が現れる前兆ではないのか? 今のところ起きていない。が夜、中川昭一 氏が亡くなっていた。きっとそれを知らせていたのだと思う。中川さん、父ちゃんと同じではないか。酔っ払い会見は不味かったけど、これからだろう。。。死因は知らないが、何にしても無念だろう。

今日は月見酒と決めていた。ビールと珍しく白ワインなんて買いこむ。そして、豪勢に豚肉まで購入。モツ焼きの呪縛から逃れられず、モツがダメなら豚肉だ ということで、豚肉を塩コショウで焼いて食べた。そういえば、ここ1ヶ月豚肉食っていなかった。調理が面倒ということで、豆、豆腐などで蛋白源を得ていた。

日頃の行いの良さか、快晴。部屋の窓から満月がどーんと輝く。すばらしい。月見酒アンド豚肉。えぇねぇ といいながら、ビールを飲んで、豚肉食って、白ワインなんてかっこつけて飲んだりしてたら、あっという間に月は窓から消えていた。地球も月も動いていることを実感し、おー っといいながらガツガツ飲んで、食って。

テレビも面白くないので、小沢昭一を聞き直していたら、突然、テレフォン人生相談を聞きたくなって、インターネットで視聴できるか検索。ア あった。あるではないか。著作権が気になるが、そんなことは当事者同士で解決してもらうということで、ポチッとな。おー正しくテレフォン人生相談。お酒飲みながら、カナダでテレフォン人生相談を聞いている。 すごい。この番組が好きなのは、もうとんでもなく困っているという相談者が、実は困っていなさそう、答えはもう決まっている というような感じで、相談員に質問をぶつけ、その相談員が上から目線で、ちょっと喧嘩腰で回答するところ。まるでコントか落語を聞いているように思えてしまうのだ。人の悩みを笑って聞いているというのは、大変申し訳ないけど、公共のラジオを使って相談しているのだから、私のような聞き方をしている人間がいることもお許し願いたい。このWebサイトのベストセレクションが視聴できる。凄い。凄すぎる。

朝は遅めの出だしであったが、素晴しい一日だった。。。

2009年10月3日土曜日

黄色い手とブルドーザ

仕事場所のドアを開けると,手は肌色を失い白くなっていた。

「なんじゃこらー」(ジーパン刑事 松田優作 風)。

塗りたてのペンキ。ドアの裏には「匠」が筆を持ってペンキ塗っていた。申し訳なさそうな顔して,ウエス(ぼろ布)を差し出して,「これで手を拭いてくれ,あと3分で塗り終わる」 とワタシしに訴えた。その顔を見たら許せた。どうせ元々汚い手だし。最近カレー粉を右手の指使ってダイレクトに摘まんで調理してたら,親指から中指までターメリック(ウコン)の黄色に染まってるし。黄色と白で何だかおめでたいし。

白はペンキってわかるんだけど,黄色がねぇ。椎名誠は「白い手」という小説を書いているように,なんかゲージュツ性を感じるけど 「黄色い手」ってなんだかねぇ。その黄色。中々強情であって,洗っても取れない。そして,無意識に料理するときにカレー粉摘まんで重ね塗りしているし,でどんどん黄色くなる。っていうか,今見返したら,右手の5本の指が黄色い。見た感じ,ウンコが手についてその色が残っているようである。ウンコでは無く,ウコンなんだけど。インド周辺は不浄の手である左手の指をヒュンヒュンとうまく使って用を足した後,手で拭く,という文化がある(残っている)と聞く。私の黄色い手は右手であって,断じてウンコでは無いのであるけど,スーパーなどのレジで手を出すとき,レディの気持ちになって恥ずかしくなってしまう。これは早く黄色い手を脱出せねばと思う日々なのに,直ぐ忘れて重ね塗り。遺憾である。

一方で,インド人はカレーを右手を器用に使って食べた後どうしているのだろうか? 秘策はあるはずだ。2軒隣にインド人が住んでいるのだけど,なんだかツンケンしてて聞きづらい。まして,手でカレーを食っているってことが無さそうな身なりであるし,突然この疑問をぶつけるのは問題である。所属していた元研究室には2人のインド人が居たが,彼らに聞けばわかりそうだけど,態々メイルして聞くのも面倒。誰か知っていたら教えて下さい。ウンコ色,では無くて,ウコン色から脱却する秘策を。

帰り道,家の近くの工事現場に 「小豆澤工務店」 と書かれたブルドーザが。住所を見ると島根。松江,宍道湖辺りの工務店らしい(ネットで確認すると現在も存続しているようだ)。公共事業が減って,あの業界も大変だろう。まして,その工務店周辺は 「中海干拓事業」 の中止で仕事が激減なんてことは容易に推測できる。そうか,ビクトリアまできて出稼ぎか。今の時代,「土木屋さんも国際的に仕事しているなぁ」 と思ったら,こっちの人が運転していた。

干拓中止→仕事無い→お金。。。→ブルを売る→小豆澤,微々たるお金を得る→中古屋ブル販売→ビクトリアの業者買う→ビクトリアで大活躍

想像するにこのようなループがあるように思える。凄い。ブル一台に歴史ありである。もしこのループが想像だけの話であっても,日本のブルは中古であってもこっちでは問題なく大活躍できるということであって凄いことだ。

ところで,公共事業削減の昨今,政権も変わって益々あの業界は大変だと思う。日本の誇るべき「中小」の土木業の技術を海外に輸出することはできないだろうか。見る限り,こっちの職人に比べて技術と熱意は日本のそれの方が上回っていると思う。例の一つとして,うちのアパートの天井は薄っすらヒビが何箇所かに入っているし,床は少し斜めだし。おーこれはワイドショーとかでよく見た光景,欠陥住宅そのもの って感じなのである。地震さえこなければ崩れないと思っているので,気にしていないのだけど。世の中あんなに瞬間最大風速的に騒いだ「ヒューザー」等の問題は別にして,日本の土木技術は高いと思う。絶対にその技術は海外でも通用するのではないか。その技術や人を海外へ。何か良い方策はないのでしょうか?

最近こっちのトヨタのCMで 「世界最高のトヨタの車技術」 と言っているのを聞くのだけど,大々的に北米でリコールしていますね。奢れるもの久しからず。ちょっとあのCMのナレーションは空しい。でも部品の大部分は中小が作っているのであるから 「世界最高の中小の車技術」 が本当の所に思えて,土木であれ,工業であれ中小の技術を継続していく方策を考えにゃぁいかんのではないか? と在り来たりの結論に至るわけであります。亀井さんのモラトリアムとかなんとか,それもそうなんだろうけど,中長期的な視点で,この技術そのものを残していく,向上させていく何か方針を立てるべきではないのかなぁ。中小を潰してはいけない ということも大事だけど,中小の技術を未来に残していかねばならないというのが本質だと思うのであります。役所的な紙の上では,そんな視点は載っているのだろうけど,実際の現場の人には訴えていないのではないか。なんて思う。口だけ番長なので。

と,ブル一台から日本のことを考えてしまうのである。相当に暇だ。

夜,「小沢昭一の小沢昭一的こころ」(http://www.tbs.co.jp/954/ozawa/) をインターネットで聞く。良い時代だ。小学校時代から好きなラジオ番組。ヒネクレタ性格はこの頃からである。この番組のお囃子が流れると反射的に一日が終わるのだと思える。今週のネタは 「育ちの良さを考える」。今の政治を斜めに揶揄していて面白いです。鳩山さんの,育ちのいい視点で,皆が身も,心も豊かで,殺伐とした世の中が4年後,10年後には終わっている ってことを期待しております。

一日遅れで明日15夜お月様です。夜だけでも晴れるといいなぁ(昨日のことなので今日です)。

2009年10月1日木曜日

風邪ではなさそう

今のところインフルエンザの発症は無し。平熱。風邪でもない。昨晩は厚着して入念の早寝をしたのだけど、結果的に熱くて布団を蹴っ飛ばして寝ていた。でも厚着してたので、寝冷えも無くぐっすりと眠れたのであった。フリース、発汗素材のシャツとかのいい所は、湿気を内側に溜め込まないこと。個人的には、風邪をひきそうになる時、これらを利用して厚着にして早寝すると大抵風邪の魔の手から逃れることができる。

今日もリフォームの匠はペンキ塗り。窓全開で。そのためペンキのニオイ漂う環境は続いていた。そして、寒さも。今日は昨日より厚着、且つ、パッチ(一応スポーツ用のスパッツですけど)を履いていったので寒さも幾分か和らいだ。同僚が部屋の改装具合を確認しに来た時、「寒いなぁ」 と言っていたので、自分の寒気は風邪云々では無く、自然な体の反応であるようだ。来週Fはオーストラリアに出張で旅立つので、彼の部屋を使ったらいいと気遣ってくれたけど、下の階は風邪っぴきが多いので遠慮したい。改装中でも一人で孤立した環境は、仕事する面では集中できて良いし。

帰り道、通勤路にて。林檎の木がちらほらあることを青林檎が落ちていることで最近気づいていた。その落ちてる青林檎を通勤路の側壁に投げつけている おっさん がいた。なんだか凄い形相で投げているんだけど、形相の割には投げるのが下手クソ過ぎて、その投げつけスピードが大した事無し。しかし、形相は凄まじく顔も赤らめている。眺めていたいけど、関わりたくも無いという状況。仕様が無いので歩くスピードを緩め、状況を眺めながら近づいていった。目は合わさぬよう注意して。何度も、何度も投げるのだけど、林檎が割れないことに苛立っているようであった。最後に割れて、割れた後、立ち去って行った。立ち去る際もなんだか怒っていた。犠牲になった林檎のためにも、割れたら怒りを勇めて貰いたいところだったけど。

季節は急激に秋にアクセルを踏み込んでいる感じで、周りを見れば黄色い葉っぱの木々から落葉が目立ってきた。秋。食いたい、飲みたい、歩きたい。そして、川を上りにくるらしい鮭を見に行きたい。本も一杯読みたい。やりたいこと満載の秋である。秋も忙しそうだ。ワタシは怒る暇があるなら、やりたいことして笑っていたい。仕事も。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。したい(想像にお任せします)。

さぶい。。。インフル?

夕方,フリースの上に薄手の上着を着て仕事するほど寒かった。なんだこの仕事場は。横では,「リフォームの匠」(といっても普通のおっさんの職人)が鼻歌歌いながら,半袖でペンキを塗ったり,マスキングをはがしたりしていた。な,なんだんだこの環境と温度に対する適応の違い。おっさんは,体張った仕事だけど,それほど大きな動きの無い仕事なので,寒いと思うのだけど。

もしかして,風邪,インフルエンザ?

同僚のFは欧州出張後,インフルエンザにかかりながら,今日は仕事復帰。その彼,今朝は顔色蒼かった。そんな彼と朝30分以上,50cmの距離で話をしてしまった。ついつい。マスク無しで。

飛まつ感染? それにしても速すぎるだろ,発症までに。朝感染そして,夕方早速発症なんてことは。。。

あるかもしれないので,今日の夕飯は大目。うちは職場と違って暖かいけど,パーカとフリースを着こんで,夕食後早々布団にもぐった。ちょっと熱いかも。

2009年9月29日火曜日

さぶっ

震える一日だった。小寒い昨日から、とても寒い一日の今日へ。

夕飯後、散歩してたらデルタホテルの前に救急車。ホームレスがベンチに座っているのだけど、気を失っており腰がだらりんと居り曲がった状態で意識が無いようだった。今朝からの寒さはホームレスには相当応えるだろう。それが原因なのだろうか。詳しいことは判らないが、毛布に包まれ搬送されていた。

取り立てて何も無い平穏な一日であったが、仕事部屋は昨日以上に寒く、それを見越して長袖の服とフリースを着込んで行ったのは正解であった。何時もは靴を脱いで仕事しているけど、今日は寒くて脱いだ靴を履きなおした。ポカポカした部屋よりはキリッと頭も動くような、動かないような。

社内では風邪が流行っているようで、寒くても一階には行かないようにしているのだけど、寒さで自分が風邪をひいたら本末転倒である。気をつけねば。

2009年9月28日月曜日

喜 怒哀哀哀。。。

初めて車で出勤。同僚の娘さんが使っていたシーソー(揺れる)の木馬を貸してくれるというため。その娘さんは現在18歳。高校を卒業したばかり。その娘さんが使わなくなった後,同僚の友達の子供達に何代も貸し続けているもの。木馬の裏には,その娘さん以降,これを使用した面々の名前が刻まれている。そして,うちも借り受けることに。とっても素敵な輪の中に入れてもらった気がして大変喜ばしいことである。息子がこっちに戻ってきたら,名前を刻んで遊ばせようと思う。

先週まで同僚の部屋を間借りしていたのだけど,欧州出張から帰国し,今日から出社するため2階の新部屋へ。まだペンキ塗りたて,机も家具も整備していない。ペンキの臭い消しのために,窓開けっ放しなのだけど,臭いがまだキツイ。そして,どこか埃っぽい。今日は小寒い雨模様で,夕方になると窓を開けている部屋は寒くてしかたなかった。フリースを着て仕事していたけど,それでも少し肌寒い感じ。臭いのキツサもあいまってしんどかった。

6月末に液晶が破損したノートパソコン。日本に帰った時,会社に送り返した。その後,会社から修理に出す予定であった。まだ購入から1年経っておらずメーカー保証期間であるが,液晶破損は保証に関する「何条の何項」の記載に従って保証外で7万円の修理費が必要だとのこと。ふざけてはいけない。この金額ではパソコン一台購入できるではないか。広告にあった75cm落下テスト合格とかいううたい文句は何なんだ? この修理費のおかげで修理手続きに待ったがかかったではないか。もう薄いパソコンもメーカーの広告も信じない。そして,もう東芝Dynabookは買わない。。。いや違う,買えない。修理できない。うぅ,どうしたもんか。泣くに泣き切れないとはこのことである。

2009年9月27日日曜日

馬鹿も休み休みに

昨日の24時間100k問題に関する推測を確かめるべく,歩く。うそ。暇だから歩く。歩くのはタダだし,呼吸,放屁,ゲップぐらいしか空気汚さないエコだし。アウトドアするぞって肩肘はらずにすむし。昨日同様,行き先は無し。ただ,ビーチは眩し過ぎるので家の前を走るトレイルをとにかく北に。片道3時間の往復で6時間。往路の到着点はCordova Bay のゴルフ場から少し行ったところ。帰宅後,Googleで距離計算。片道約20k。往復40k。昨日より歩行時間は短いのに,距離稼いでるではないか。この距離は確かであるかは不明。

ただ,問題である24時間100kは「歩く」のであれば余裕ではないか。昨日今日で80k弱を歩いたけど,歩行時間は13時間。それ以外は,食っている,大半は寝ているのである。テレビ的な絵面の不味さは否定しないが,100kならば24時間あれば歩けばいける。断言できる。だって,夕飯食った後も1時間半散歩できるぐらいの余裕はあったし。態々走って,膝やら,脹脛やら,ハムストリングを故障するんだったら,歩いたらそんなこともないだろうし。と,うだうだと歩きながら考えた。

歩いている途中に,「ぶーぶー」と豚のように鳴くカラスを見つけて,所変われば鳴く声変わるということを知った。あと道端にどでかい「うんこ」が転がっていて,「もしや熊?」 と思ったら馬だった。途中,ステンドグラスの芸術を一杯道端に飾って,なぜかテレビの音声だけをラジカセから道側に流している風変わりな家があった。きっと住んでいる人間は 「変わってるんだろうなぁ」 と想像され,怖いもの見たさながら会ってみたい衝動にかられた。

往路のゴールは時間の関係でCordova Bayからちょっといったとこにしたのだけど,突如,思いがけず海が見えたときは感動してしまった。まさしく 「さぷらいず」。厄介ごとの さぷらいず は御免だけど,こういう明るい出来事は素直に感動する。 

歩きながら,昨日も思ったのだけど,行き先も無くダラダラ歩いていると,体が疲れてではなくて,「やらされている感」,「無理して歩いている感」が沸々と湧き出て,これ以上歩くことに萎えてしまうようだ。ビールを買ってくると,「買ってきた分を呑みきらねば」 と義務的に思い,必ずといって呑みきるのだけど,この時には 「のまされている感」,「無理して呑んでいる感」が沸くなんてことが微塵も無い。不思議だ。

帰宅後,昼飯兼夕飯を食いながら。宮田珠己 「スットコランド日記」 (本の雑誌社) を再読。散髪屋の主人が,「白髪は右側に多い。これは散髪の経験から統計的に言える」 と断言している所があるのだけど,深く頷く。私の顎鬚にも白髪は圧倒的に右側に多く,頭髪にも2本の白髪が右側から生えている。ナゼ右側なのか。以前から不思議に思っていたのである。

夕飯後,散歩で博物館横のトーテムポールを眺めた。逆さの子供とその足を持つお母さん(推測)が掘り込まれているトーテムポールが何個かあるのだけれど,これは何の意味を指すのであろうか。現在,そんなことしたら 「虐待」 と訴えられてしまうと心配するのであるけど,あれは子供のシツケ? それとも,「人生表だけでない,裏もある。逆さに物を見ることも大事なりよ」 という教訓を示しているのだろうか。知りたい。あと,昨日のTreasures展であった,エジプト,インドなどの神様の擬人化(動物の頭・顔+二足歩行)はここでも同様に見られる。所は変わっても考え方は普遍なのだろうか。日本においては? 白蛇が神様とかよくある話であるが,白蛇そのものであり,白蛇の頭・顔を持つ・・・擬人化は聞いたことも,見たこともない。この辺,自分の知識不足に起因するのかも知れない。どうなんだろうか。

白髪が目立つ30台半ば。馬鹿も休み休みに,し続けたい。一人散歩,自由,そして奥深し。

人に愚行と言われても

昨日のこと。

昨日の愚行の火種は一昨日にあったのではないか。

一昨日、何かと重宝するSkypeで家族と会話。本当に便利な世の中である。時差の問題を除けば、簡単に顔を見ながら話ができるのである。ネット社会万歳である。しかーし、顔を見ながらというのは、包み隠さず相手の様子を知るということであって、電話であれば、鼻くそ掘りながら、適当に話をする なんてことを相手に感づかれることなくすることもできるが、「テレビ電話」というものはそれができない。それだけに、悲しい現実を知らされることもあるのである。相手の表情、様子を知る権利はあっても、そういうことを知らない権利というものはたまには必要なのである。

なぜか? 息子様。つい一週間前までは 「おとうしゃん」 なんて可愛いことを言って、 「おう可愛い息子よ。ずいぶん言葉もしゃべって、うんうん、成長、成長」 なんてこっちを喜ばせていた。のにである。一昨日。ほぼ画面上のワタシは空気以下。全然興味を示さない。いわゆる 無視。空気は無いとしんじゃうけど、画面上のワタシは有っても、無くてもし死にはしないから空気以下。

一方的に前向きに考えれば、これは 「自立心旺盛」。一歩譲って 「親(父)は無くとも子は育つ」、否定的に捉えれば 「父、そんな存在知りましぇん (息子談)」 ではないか。少々ササクレだっちゃったが、順調無事に身も心も成長していることは垣間見れて、それはそれで納得安心したのも事実であり良しとしよう と前のめりに考えることとした。

そういうわけで、少しササクレだった心を落ち着かせるために、BC Royal Museum (http://www.royalbcmuseum.bc.ca/) のTreasures展へ(www.royalbcmuseum.bc.ca/Treasures/)。 今月までの展示であり、前から行きたいと思っていたのだ。入ってすぐは、アフリカで発見された石器のナイフというか武器というか(事実は作った人しか知らない)。その横は Rosetta Stone。かの大英博物館の協力の基行われているので、この展示は実現したのであろう 5年前に大英博物館に連れられるまま行った時、「まぁよくもまぁありとあらゆるものを集めて(搾取して?) るもんだ。大英、帝国主義って凄いもんだ」 と思ったなぁ。Rosetta Stone と5年ぶりの対面ということになる。

個人的には
  • エジプトの蛇とか、猫とかの顔をした二足歩行(下半身は人間)の神様達。
  • ミイラの大きさは130cm程度しかないが、当時の人間はそれが標準なのか(水気が無くなって縮んでも、骨格は変わらないだろうから)。
  • 1600年頃のアフリカの人形が鉄砲(火縄銃)を持っていたこと。アフリカ=原始的生活はイメージ専行もいいとこだという事実。少なくとも 「鉄砲」 の歴史は、日本とそれほど変わらないんだねぇ。
  • インドの神様の横でポーズをとっている女性像があまりにもムチムチして官能的。神様困らないだろうか。
  • パキスタンで見つかった仏陀の像がとっても素敵。
  • インドの神様の顔。説明文では「サル」と書いてあるのに、犬にしか見えないが可愛い。
  • 綺麗なもの(色とか形とか)を綺麗と思う感覚は、2000年以上の歴史の中で殆ど変化していない。今も綺麗と思えるのだから。
  • 紀元前に絵を描いたり、3次元的に造形したり、エジプト、メソポタミア、中国、ローマ。その頃日本人は。。。「ウホウホ」 原始的な生活だったんだろうなぁ。
っちゅうようなことを感じさせる展示でした。ローマ、ヨーロッパの造形や宝物は、社会史やテレビで良く見るようなものでそれ程惹かれなかった。エジプト、オセアニア、インド周辺、中東は面白かった。南米も面白いのだろうけど、あっち特有の金ぴかものが少なく迫力にかけていた気がする。エルドラドを感じたかったなぁ。特別展示で、ちっぽけだけど、とってもまとまっている素敵な見世物なので、素直に行って良かった。

その後、ささくれ立っているので後先考えず歩く。7時間。博物館を出て、海沿いにとにかく歩く。安定した重たい腰を持つオトコであるが、持ち上げてしまうとどっと進んでしまうのである。行き先はないけど、時間はあるのである。海は綺麗だし、天気もいいし。

気が付いたらUpland Parkまで来ていた。ここに着いたのが15時半。日没は19時前なので、ここでUターン。意外と冷静。同じ道っていうのが気に食わないけど、景色はいいので妥協。Upland横のビーチでは20度程度の気温とこっち特有の冷たい水温であるにも関わらず泳いでいる子がいた。ビキニで焼いている娘もいたりして、目に優しい。とても。ゴルフ場ではやる気があるのか、ないのか軽い感じで、楽しそうにゴルフしている人を横目で見た。あんなんだったら、ゴルフも楽しいのかもしれない。Ogden point に着いたのが17時半。時間はあるので、長い防波堤を歩いて渡ったら、風がびゅーびゅー冷たい。そんな中渡っている「好き者」は結構いた。ちょうど、隣に停泊していた客船が出航する瞬間に立会った。夕日の中出て行く船は中々良いもの。しかし、不景気とかいいながら、あんな船に乗る人間はいるわけで、世の中何がなんだかわからない。

その後、博物館の年間チケットを購入していた自分は、復習のため再度Treasure展へ。午前よりも人出は少なく良かった。昨晩10時までやっていたのだ。公共施設であるのにこのサービス。日本でもこんなことしてくれたら、博物館とか美術展は身近になるのではないか。

夕日を見ながらとことこ歩いて家へ。結果7時間の歩き。大体頭の中で思っていた距離(40k弱)がGoogleで計算されて納得。足の大きな筋肉疲労は無いけど、股関節周りの内側が張る感じ。朝起きて筋肉痛出るかなと思ったけど、それも無し。明日以降出る可能性も懸念されるが。

周りで 「負けないで」 を合唱してもらったら24時間で100kは歩けそう(走るのでは無いことに注意)。今回、休憩無しで歩き続けたわけで、あながちこの想像は外れていないと思う。「24時間」走らなきゃ、100k程度ならば、武道館まで故障無く到着できるのでは。

というわけで、一昨日のテレビ電話が火をつけたのかどうかはわからないけど、歩いた歩いた7時間。気持ちのササクレ。無くなって。。。無い。

2009年9月26日土曜日

40k弱かなぁ?

Royal BC Museum のTreasures展に行ってきた。9月一杯で終わる展示である。駆け込みで行ってきた。もっと前に来ていれば良かった。が第一印象。

その後、意味無く歩く。行き先、無し。海沿いをただただ歩く。

Royal Museumを出てから7時間歩き続けた。Googleで距離を見ると片道が20k弱。だから往復で40k弱か。時間のわりに歩いてないな。というのが率直な感想。

疲れた。明日Treasurs込みで詳細を書く予定。

2009年9月25日金曜日

今の自分は黄金時代?

今朝,まだ気分爽快となっておらず,なんだかどんよりした朝。豆腐のせいなのか,なんだかわからない。でも,お腹は減っている。がっつり食べたい。が,お腹はそれを拒むような感じ。熱も無いし,風邪でなさそう。

平日であるので,普通に仕事。気分は晴れないけど,時々,ため息つきながら仕事。ため息の息が臭い気もしないではないが,したくてしているわけでなく,肉体的に出てしまう。が,仕事仕事。

昨日,椎名誠 「黄金時代」 (文春文庫) 読了。これは学生時代に単行本で読んでいたもの。再読した。やはりいい。文句無くいいのだ。決して,「黄金」でない物語。青春時代。そんな形容をされるあの頃の,能天気,且つ鬱屈したあの時代(季節)を思い出す。決して,自分は,物語のそれとは異質の平凡な日々だった気がするが,「どんより」とした「時」を過ごしたことは共通である。そして,今。自分は,この物語の主人公が過ごした「せいしゅん」とよばれる時代の自分の内面を覗こうとはしない。気恥ずかしいのではない。覗く勇気が無いからだ。「せいしゅん」時代,『楽しかったよね』 と表現されがちであるけど,あの時代は決して「全て」 黄金でない。辛い部分,振り返りたくない恥部も多々あった。。。気がする。そんなことを思い出させる 「せいしゅんぶんがく」 か。

今となっては隣町になるのかなぁ。その出身である,本田宗一郎 「夢を力に」(日経ビジネス人文庫)。第一部,「私の履歴書」。日経新聞の中で,個人的には一番面白いと思う 「私の履歴書」 を纏めた第一部。氏の情熱とエネルギー。破天荒な部分が全体に漂うが,一つ一つの転換期にはかなり冷静且つ緻密な判断を繰り返している人である。「自分と同じ考えででない人」と仕事する,仕事できなければならないと説く。多様性が必要で,その多様性の中から「新しい」 もの,システム,会社が生まれ,構築されると。酔っ払い運転で天竜川に車でおっこった,戦後アルコールを買って合成酒を作って売ったとか(奥さんに指示して杉の葉などを使ってウイスキー風にしたてた) などのエピソードはイメージ通り。

千松信也 「ぼくは猟師になった」 (リトルモア) 読了。京大卒の著者。紆余曲折を経て猟師に。半分は運送会社でアルバイト。半分猟師。彼は鉄砲を用いるわけでなく,お手製のワナで狩猟をする。猟期には出社前にワナの見回り。ワナに獲物が掛かっていれば,それを回収,血なまぐさくならないように,すぐさま血抜き,解体。帯にある 「獲って,さばいて,食べる」 生活。著者曰く,猟師になる際,猟のHow to 本が無かったと言うだけに,この本には猟をするための超基礎的な知識が書かれている。また,ナゼ,猟師になったのかの過程も。肉を食べる。家畜肉を食べる我々。飼育,とさつ の過程を経ているのに,その過程を知らずに普通に口にしている肉。この本を読むと,その肉の価格というのは破格の安さであることに気づく。そして,生き物を食べていることを改めて意識する。「命を頂いている」なんて陳腐な言葉はこの本には出てこない。全体に「淡々」と書かれていて,生態系の中の一つとして猟が組み込まれている姿が根底に流れている。しかし,何の押し付けがましいところは無く,前書きの,『エコっぽい人たちからは「スローライフ究極ですね!」 などと羨望の眼差しを向けられることがあります。でも,こういう人たちは僕が我が家でお笑い番組を見ながら大型液晶テレビでお笑い番組を見ながら,イノシシ肉をぶちこんだインスタントラーメンをガツガツたべていると幻滅してしまうようです。。。狩猟は,「自分で食べる肉は自分で責任を持って調達する」という生活の一部。。。』 が著者の考えを現している。

と,相変わらず何でこんな組み合わせで本を読んでいるのだろうかと我ながら思うが,意味は無い。面白そうだからAmazonでポチッとななのである。

2009年9月24日木曜日

疑うわけではないけれど

昨日スーパーで買った豆腐 「パックに記載には中華豆乾と記載されている」 というやつを弁当に入れていった。包丁で切ってみた時の印象は,水気の無い豆腐のようなもの。

昼飯で食べた。豆腐のような豆の味がしない。無味無臭。口に入れた瞬間に嫌な予感はした。それでも腹も減ってるし,栄養もありそうだし,「まずい」 と思いながらも食いきった。

10分後,何だか生唾が止め処も無く口にひろがる。口の中が風邪を引いて食欲が無くなった時のような何ともいえない不味さが広がる。

15分後,なんだか悪寒がしだす。そして吐き気。ヤバイ。トイレで吐くかどうか迷う微妙な吐き気。

20分後,以前,食中毒を起こした時の症状に似ているし危険と判断。そして,早退。

帰路,なんども吐き気をもよおすが,どうにかこらえて家まで到着。トイレ直行。一通り終えて,常備薬の「熊の胆」を飲んでベッドへ。そして,今,随分良くなった。

この一連の症状の原因は何だろう。豆腐だろうか。それとも,他の弁当の食材のせいだろうか。わからない。疑うわけではないけれど。豆腐。「腐」。。。? すっぱくもなかったし,臭いもなかったし,原因不明である。あと3切れ残っている。あの味は醤油なんかで煮れば,高野豆腐の煮物のように美味くなるのかもしれない。原因追求のためチャレンジ/検証。。。しない。廃棄です。

2009年9月23日水曜日

かれーなる日々

日曜に作ったカレー。ようやく半分以下まで漕ぎつけた。飽きずに食べている。会社での手持ち弁当はカレーでないので、昼を除き食べている。

野菜を大量に入れたおかげか、便通もすこぶる良い。

いくぶんカレー臭い家になりつつあり、それがちょっと難点ではあるが、そこそこ栄養的に満足いく食事ではないかと思っている。

さすがに週末にはこの食生活から開放されるよう食べ続けようと決意を新たにしている。そう、かれーなる日々なのである。

今日の夕日。中々良し。空気が澄んでいるのか、月も綺麗。暇になって夕日と月を一人でゆっくり眺めることしばしばな毎日。こんなことをする人間だったとは、これっぽっちも思っていなかった。暇になると何をしだすかわからない。でも、とっても気分は落ち着き、寝つきが良く、ぐっすり眠れている気がする。食って、寝て、仕事して。平日はこれだけ。仕事でヘトヘトになったりすることもあるけど、外の風景を眺める程度の余裕は持っていたいなぁ。などと、ありきたりな言葉がツラツラ出てくる。言葉にしちゃうと陳腐極まりないけど、夕日見、月見、それと朝日見。いいもんです。

2009年9月22日火曜日

しるばーうぃーく

今日で 「しるばーうぃーく」 が終わりか。

会社の同僚が、このうぃーく に関して質問があったけど、経験していないので説明の仕様が無い。そもそもなんでこの連休が成立しているのかをわかっていない、というよりわかろうとしていない。

宗教の多様性はあるし、厳密には間違っているけど、「おひがんうぃーく」 でいいのではないか と個人的には思う。しるばーうぃーく よりは。先祖のことを思う週、ってなんか良いじゃないですか?

夕飯後、ぶらっとダウンタウンを意味無く歩いたけど、なんだか人手も少なくがらがら。しるばーうぃーく も終わるためか、日本人観光客と思われる人もおらず。

日本は彼岸花が咲いているのだろうか? 今日の夕焼けはイマイチ。それでも、月はシャープに地平線に程近いところに鋭く輝いていた。

2009年9月21日月曜日

おっさんびーち

今日もバリッと晴れている。自分の気分の3割から5割は、朝起き立ての天気に依存いているかもしれない。特に仕事のある平日、且つ、金曜日は、起きて直ぐ雨を目にするとどうも通勤というか、仕事に行くことに対して憂鬱になる。一方で、晴れが続きすぎると、心身ともに疲れてきたりして、どうにもわがままな心と体である。しかし、今朝の日の出は素晴しく、清清しいものであった。 

午後からお客さんの所に緊急配達。車で会社から30分のIOS (http://www.pac.dfo-mpo.gc.ca/science/facilities-installations/ios-ism/index-eng.htm) へ。ビクトリア空港側の海に面した所にある海洋研究所。数ヶ月前、天皇皇后両陛下がビクトリアに滞在された時、訪問された場所でもある。天皇陛下はハゼの分類研究家でもいらっしゃるのである。配達仕事がてら、お客さんと雑談して、勝手に研究所に展示されているものをプラプラみたりして帰る。国の研究機関であるが、セキュリティが過剰で無くとっても心地よい。研究所の前に広がる、Saanich Inlet の景色も素晴しい場所である。

会社にまっすぐ帰ろうと思ったら、あまりに天気もいいしと、「少し」ドライブ。初めて研究所の北を走ってみたのだけど、馬、羊、牛、ブドウ畑、牧場、畑、家畜とその糞と豊かな土のにおい、潮風、森の香り。。。まぁ、のどかで、ゆったり素晴しいのだ。「こんなとこに住みたいな」 と現実性の乏しい憧れを抱く。

そして、一番北の端までいって南下。ここまで来たしと、Island View Beach (www.crd.bc.ca/parks/islandview/index.htm ) へ海を「ちょっと」みに。

Beachに行く途中、茶色の畑に大量の橙色が広がるではないか。よくみたら、「カボチャ」 であった。カボチャの収穫期。ハロウィンで良く見る橙色の種類である。あのカボチャはペポ種に分類されるらしい。だだっぴろい畑に広がる橙色は、日本では見た経験が無く、且つ美しく心踊る。収穫しているところを見ると、ターバンを巻いたインド系移民が携わっているようであった。ここの農業の現実はこういうことで、安価な労働力の上に成り立っているのであろうか。プランテーションという言葉を久しぶりに思い出す。このインド系移民の人達はこの現実を知りながら、それでも幸せということで、母国で移民することを決断したのだろうか。少し、複雑である。カリフォルニアでのインド系移民に関しては関口真理氏の(http://homepage3.nifty.com/~mariamma/mar-nri9.htm) に記載があるが、きっと同様なのであろう。あのターバンは「シク(シーク)教徒」なのだそうだ。ターバンをしているインド系の人は、目立つこともあってか、良くみかける気がする。

話は戻って、Beach思ったよりもポツポツ人がいた。その中で、200m位離れた所に、一昔前のハルク・ホーガン、スタン・ハンセンににた偉く体格の宜しいといっても、脂肪ででっぷりしているおっさん (60過ぎだろう) 二人が海で泳いでいるのが見えた。「おー、それほど気温も高くないし(20度位)、水温低いのによーやるなー。さすが、後先考えない白人(偏見か?)だなぁ、おー薄肌色のパンツ、タイツみたいじゃん。コントみたいだぜ」 というのが最初の感想。それが、、、「おいおい、待てよ。おっさん。パンツはいてねーじゃん。足三本あるし、おー、やっぱあいつら後先考えてない」 そうである。おっさん二人素っ裸。はしゃいでいるし。。。見たい、見たくない、見たい。やっぱり、見てしまう。ここIsland View Bearch は遠浅で有名で、それが返って、おっさんの股間を周りに全開で披露する結果に。海から上がったと思ったら、タオルで股間隠してた。そんで、あったまったら、また海の繰り返し。ちょっと辱めは感じているのかぁ。ふむふむ。と納得してしまいそうになった。いかん、いかん。「隠すなら両方隠せよ」 である。人生初の 「ぬーでぃすとびーち」 は、ここIsland View Bearchであった。が、おっさんかよ。「ぬーでぃすとびーち」 ってこうなんか華やかで、軽やかで、エッチでではないのか。60過ぎのおっさんふたり。ハルク・ホーガン、スタン・ハンセンのみ。残念であった。

この後、逃げるように、仕事に戻るも、清清しい朝の気分は戻らなかったことは言うまでも無いのである。

2009年9月20日日曜日

オトコだらけの飲み会と教養

昨晩はオトコ5人で飲み会。みんな海を調べることに携わる方々。場所は近くのSpinnakers (http://www.spinnakers.com/)。5人でそこにあるビール8種をテイスティング(200ccグラス8杯) し,一つを決定。そしたら,それは店の名前の付いたSpinnakers Aleであった。

仕事の話は一切せず,日本のこと,政治,経済から,ビクトリアで買うナスは不味い,どこどこで日本野菜が買える,この趣味を始めたい,酒の席での失態 等々,テーマは幅広く,深くざっくばらんに議論した。さすが,みんな教養が高く,自分は聞き役に回るばかり。しかし,趣味や,酒の席での失態に関しては主導権を握った。。。あと,ナスが不味い話も。みんな口々に 「楽しいねぇこんな酒の会」 という位で,再度このメンバーで集まろうと決意をし店を出た。

その後,うちで2次会。居酒屋での議論の続き。盛り上がる。こっちに来て,日本人とか日本のこと,「日本」を意識するのはみんな共通のようで,日本に関してが根底に流れる話。硬かったり,柔らかかったり。話は尽きず,結局朝の3時まで呑んだ。一人でしんみり飲む酒,みんなで馬鹿話に花を咲かせる酒,同様に,こんな議論の酒も楽しいなぁ。うーん,酔い良い飲み会であった。

しかーし,私もきょーよーをみにつけたい。そして,それをさりげなくひけらかしたい(悪い意味でなく)。なんか,かっこいいし。と眠る前に思うが,そんな姿を想像するだけで満足してしまった。いかん,いかん。

そして,今日は 「祭りの後のさみしさ」 で,静かな一日。朝は9時に起き,うちに泊まっていったDさんと前のカフェで朝飯。二日酔いも無く,清清しく朝飯。天気もばりっと晴れて気持ちが良かった。

Dさん帰宅後,スーパーで買出し。来週はカレーウィークとして一週間食べ続けると決める。種類,量ともに大目の野菜,そこに冷凍庫に霜がついた状態になってしまった牛ひき肉や残り物肉を入れ,ショウガ,ニンニクを利かせて,ガラムマサラとターメリックで味付け。それだけだと,どうも味気ないので,ココナッツミルクを入れれば,立派なタイカレー風になった。大なべ一杯作ったので,一週間は確実に持つ。そして,夕飯に食ってみたら素直に美味かった。ルーを使ったカレーもうまいけど,こっちは腹にもたれる重さが無い。二日酔いではなくとも,昨晩深酒をしたお腹にも素直に染み入るカレーである。上出来,上出来。

昨日から「蛙逆立ち」 から,「三角倒立」 を足を着くことなく,流れるように,しなやかさ全開でできるようになった。逆立ちして部屋を眺めると景色が変わって面白い。あまりに楽しいので,逆立ち方向や逆立ちする場所を変えてしまくっている。もし,これを盗撮されていたら,かなり寂しい図柄だ。家の中で一人,逆立ちをし続ける大人。。。しかし,誰かに自慢することもできないので,ブログ上でささやかに自慢する。逆立ち,やってみると目線が変わって面白いっすよ。立ってる時には感じない,重力も 「手に取ってわかる」 し。 馬鹿にせず,やってみることをおすすめする。

次回の飲み会ではきょーよーを出したいものだが,このままでは 「蛙逆立ち」「三角倒立」の自慢になりそうだ。ま,それも,ありか。笑ってもらえそうだし。納得。。。してはいかん,いかんのだ。きょーよーあるオトナの階段を。。。踏み外しているのではないか。待てよ,「教養」 って意味はなんだ?きょーよーあるオトナになるために,「教養」を辞書で調べることが先決だ。

(1)おしえそだてること。
(2)社会人として必要な広い文化的な知識。また、それによって養われた品位。
(3)単なる知識ではなく,人間がその素質を精神的・全人的に開化・発展させるために学び養われる学問や芸術など。
(「大辞林 第二版」,「デイリー新語辞典+α」より)

なんと,きょーよーがないと,おしえそだてることもできないし,社会人失格の烙印がおされてしまう。品。。。ないはずだ。きょーよーがないもの。「精神的・全人的に開化・発展させるために」 すでにこの文言を理解することが困難である。きょーよーある人間になるには道は険しそうである。

ところで,ところで,日本は 「シルバーウィーク」。 なんと安易な名前。 名前付ければいいってもんじゃないでしょ。でも,素直に連休はうらやましい。

2009年9月18日金曜日

魔が差した

Change。オバマ。そして、激動しているらしい日本の政治のように、変化を求め夕飯前に用も無くダウンタウンへ散歩。人の数は減っていたけど、それなりの人手。こっちは何の用も無く、ブラブラ。時に歩きながら放屁。魔が差した。ここはダウンタウン。いつの間にか背後を取られており、焦った。音は街の音がかき消してくれるが、ニオイは。。。知らぬ存ぜぬ。歩き続けた。胸張って。

「おいさん」では無く州議事堂の前のアイス屋のおっさん。「そんなのかんけいね~」というロゴTシャツ。今となっては過去の感はあるが、あのギャグはカナダにおいても席巻していたとは知らなかった。日本でお土産で買ってきたのだろうか、貰ったのだろうか、意味はわかっているのだろうか。客からクレームが来た時にあのシャツきて対応してたりなんかしたら面白いのに。店のゴミくずをこっそり、パンくずをテーブルから払うように、サッサと手で振り払っていた。「い~けないな」。「そんなのかんけいね~」か。

とにかく何の用もないので歩くしかない。歩き続ける。ダウンタウンの端まで来て、そして暗くなってきたのでUターン。そして、またその中心まで来たら若者が多い。日本人の若い子も結構いた。みんなディナーでも食べるのか小奇麗。信号待ちしてたら、どれっしーな女の子4人に囲まれる。ちょっとラッキー。そんな中一人、ジャージ。両サイドには3本線が入ったアディダスのジャージ。中学生の指定ジャージみたいな。出る時、何にも格好を気にしていなかった。あぁ魔が差した。

会社でSに10月のハーフマラソンに参加しようよ と誘われる。なぜ? 今まで参加したことがあるロードレースは中学の時の5k。高校の時は10k強の持久走が強制的にあったが。なんで誘われたのか。そうだ、以前、膝を故障する前、やみくもに走っていた。「毎日5k走ってる」 と軽口を叩いていたのだ。いかん、相手はそれを継続していると勘違いしている。膝の故障以来、走ることは止めている。「ハーフ無理、無理。アイ アム、ビギナー デアリマス」 と言ったら、「10k」 を進められ、それも断ると 「8k」 を誘われる。なんというバリエーション。そのバリエーションはランナーにとっては選択肢が広くていいが、今の私にとっちゃいい迷惑である。しかし、私は 「Noと言える日本人」 なのである。自分の意思はしっかり伝えられる人間なのである。全て丁重に断った。顔を引きつらせながら。しかーし、自分の意思とは関係なく、まるで腹話術の人形のように 「4月のTimes colonist 10k 出るよ」。正しく、魔が差したとはこのこと。相手は「いいねぇ。4月ね」「ハーフは来年10月必ず出よう。約束よ」。「おふこーす。おーけー」 やっちまった。これでは、最終的に 「Noと言えない日本人」ではないか。先の話であるが、心配だ。約束はChangeできないだろうなぁ。

私はこう見えてとっても安定した重い腰を持つ。上げる。。。わけない。慎重、いや、まだいいだろ。時間はある。B型だから?

2009年9月17日木曜日

朝もやからBrazilおやじ現る

通勤時、いつも黄色い服にBrazilというロゴが入っているシャツを着ているおじさんがとても気になる。冬は長袖、今は半袖。何着、Brazilシャツを持っているのだろうか? 聞いてみたいが、いっつも 「びゅん」 って走り去ってしまう。顔も濃いし、たぶんあの人はブラジル人なのだろう。いっつも苦虫を噛み潰したような顔である。そんな人もサンバが踊れて、サッカーが上手いのだろうか。そんな時はとっても笑顔なのだろうか。ますます気になる。

通勤したての時、西側にあった朝霧が、壁のようにこっちに向かってきた。そして、周りは朝霧に包まれた。それはそれは、幻想的な朝で良かった。

昨晩、宮田珠己 「スットコランド日記」(本の雑誌社) 読み終わる。なんか心身共に疲れちゃっている時に読むと、力みが抜けていいのではないか。著者はB型。私もB型。血液型占いは信じないが、思考的に似ているとこが見られて面白かった。

そして、つげ義春 「貧困旅行記」(新潮文庫)を読み始める。平行して、開高健のエッセイ選集を読んでいるが、やはり彼の文章は凄い。言葉で上手く表現できない。あんな文章を書けるようになりたい。。。なんてはなっから無理な話であるが、憧れる。またまた、平行して、色川武大 「うらおもて人生録」(新潮文庫) を再読。なんで、この組み合わせかわからないが読んでいる。本ばっかり読んでいる。が、とっても快適。

2009年9月16日水曜日

カブは葉っぱがうまい

朝起きても物理的幸運はなかった。

またしても寝坊。まだ,そんな明るくないし,それじゃ,もう一度寝るか。とやってみたいけど,できない。私は普通の会社員。暁を覚えないのは春だけじゃないのか?

寝坊したらシリアル。というより,寝坊が続き,ご飯炊く時間が無く,シリアルで済ますことが普通になりつつある。栄養価は高そうだけど,目から入ってくる幸せ感が微塵もない。そこで,息子の言う 「どんぐり」,ナッツを投入するも劇的な見た目の変化も無く,機械のように食べる。これに,サラダ,オレンジジュース,豆乳,トマトジュースを飲んで,チーズを一欠片が朝飯。液体の比重が多い気がするが,これはいつも普通。それぞれ,100ccずつ位なので総量としては一般的なものでは。

家を出ると,カラス5羽 対 カモメ1羽 の道路に捨てられた残飯争いに遭遇。体が大きく,目つきも三角で強面のカモメ,5羽の共同戦線に太刀打ちできず。争いに勝利するまでは共同戦線を張っていたカラスも,カモメ退散後は内輪もめしていた。鳥の世界も,歴史は繰り返されるのか。国共合作とか,某国の政治とかが頭をよぎる。

今日もなぜかやる気がみなぎる。経験上,この気力は1週間から10日間続くか,続かないかなので,続く内に色んなことを片付けようと決心。ノートに 「やること(べき)リスト」 を作るが,1週間もかかりそうにない内容。いいのか会社人。

自分の仕事部屋が他者に貸し出されることになって,今はFの部屋を間借りしている。今まで一人二階でやっていたけど,みんなと一緒というのも悪くない。今後,私の部屋になるところは,今日壁のペンキ塗りが行われており,会社のみんなで壁の色についてもりあがっている。が,私は白でも黄色でもいいので,それほど心は盛り上がっていないのだけど,ここは団体行動ということで,意識的に盛り上げる努力をする。

社長のR氏は,朝からとっても盛り上がっている。そうだ,今日から3週間,ムース (ヘラ鹿) 狩りに旅立つのであった。さすが,うちのヘミングウェイ。やりおる。体もでかけりゃ,やることもデカイ。社長も副社長 (F) も不在なのに,なんの手痛い(停滞)もなく,普通に運営できる会社も中々である。この行事は,彼にとってはこの時期恒例のイベントだそうだ。どうりで,うちの小さな会社にゃ,ヘラジカの角が一杯飾ってあるはずだ。あれこれハンティングの話してたら,脇から 「tomoも連れて行ってやれよ」 との一言。いけるもんなら,行ってみたいわい。ムース狩り。日本でできないし。下働きでいいから。と強く願う。がそんなこともいかんので,みんなとRを送り出す。送り出す際,さっそく肉とステーキの話が出ていた。がんがん狩って,おすそ分け,あわよくば,料理したものをもらいたい。食の授受でさらに関係を深める主従関係。素晴らしい。が,釣りと違って,坊主の時は,魚屋で買ってごまかすこともできず大変だなぁ。主従関係の維持は。

自画自賛の仕事内容で終業。といっても自画自賛のレベルは低いことは言うまでもない。外は雨に濡れていた。乾ききった草木や道も,しっとりしていて目に優しい。自分が外にいない時以外は,雨降ってくれるのは大歓迎。それを観ているのも好きだし。おお,いい景色 と思っていたら,街路樹の葉っぱの黄色が益々目立ち,緑と黄色が美しい。

家の前に,こぎれいでおしゃれな老夫婦。そして私の後ろから普通の格好をしたフランスパンを持ったおじさん。横断歩道を挟んで,大きな声で老夫婦を呼び止める。「しるぶぷれ」 とは言っていなかったけど,フランス語でなんか言っている。フランスパンを持ったフランス人。そして,こぎれいな老夫婦。あぁ,これまた美しい。感動していたら,アパートの玄関前の歩道に犬のうんこが落ちていた。雨に濡れて,「ぬめぇー」っとしていた。台無し。雨だから流れるだろうという魂胆だと推測するが,雨の日こそ拾って欲しい。乾いたうんこより,濡れて「半ダレ」状態のうんこほど醜いものはないぞ。

夕飯に,ラディッシュの葉っぱを刻んで,豆腐を潰していれて,甘辛く醤油炒め(ゴマ,ゴマ油使用)を作ってみた。個人的嗜好はあるにせよ,ホームラン。ラディッシュ自身美味いとは思わないけど,その葉っぱを食べたくて二束も買って来ていたのだ。昔から大根,カブの葉っぱは好きなのだ。無機質な朝飯だったけど,この夕飯で心も満たされた。長期的にも,ムース肉が。。。楽しみである。

2009年9月15日火曜日

幸せごろごろ

朝起きたら「猿」になっていた。あぁ。ってなことは無いけど,ヒゲだけはきっちり伸びていた。「生きているのだ,時間は流れているのだなぁ」 としみじみ感じるわけでもなく,「ヒゲを剃り整えるのが面倒だなぁ」 とぼーっと思ふのであった。

家族と離れ生活し,プチ引きこもり状態。明らかに寝る時間,起きる時間が遅くなった。以前と設定している目覚まし時計の時間は変わらないが,目を覚まして外を見ると真っ暗。そこで,どうせ一人だしと二度寝。きっちり目覚ましを再設定するのだが,そこで起きて,まだ暗い。それじゃ三度寝とやっているうちに寝坊した。

慌しく食事,通勤。通勤路で立て続けに7人の黄色いジャージもしくは,ウィンドブレーカを来たちゃりんかー(自転車通勤者)に会う。これは風水的に幸運が降ってくるのではと期待させる。「すーばーらしい あーさがきた きーぼーのあーさーだ」。その後,立て続けに5人の黒衣服のちゃりんかーが通る。「あぁ きぼう がぁ」 それでも差し引き2。黄色が多い。そもそも,同じ色を着た人間がある間隔で連続して通るということは何かを感じさせる。今日は何かある。そして,「幸運が。。。」。

無かった。メイルを開けたら,これして,あれして という指示が日本から来ていた。すべて 「お願いできますか?」 的なニュアンスだけど,小心者なんで拒否はしない。これも何かの縁。でも,多い。それも手間のかかることばっか。でも小心者なんで指示通りこなすのである。

こんな素直で従順な仕事ぶりで,こんどこそ何かあると思ったが仕事中は無し。っちゅうか,そんなもの待ち受けている余裕があらず。最後の方は,燃え尽き症候群にかかり,集中力皆無,心拍数があがり,嘔吐が。。。ナイナイ。でも,今日の仕事ぶりはナイスであったと自画自賛。

自画自賛できるってことが幸福だったとの見方もあるが,できるなら物理的な何かが欲しい。帰路,それを笑顔で待ち受けるもあらず。家の手前で,ちゃりんかーの一人が 「ipodを落とし,それを後続車が踏みつけ,見事にそのipodが破壊される」 というとっても切ない現場に遭遇してしまった。人の 「不幸」 が落ちていた。ipod所有者は,落としたipodを拾いに戻り,びゅんびゅん通り去る後続車に邪魔とばかりにベルを鳴らされているのが益々 「不幸度」 を上げてしまっていた。その所有者は 小声で 「ふぁっく」 を連発しているのを,見ぬフリ,聞かぬフリをしようとするものの,しっかり見て,聞いてしまった。自分の過ち,しかし,瞬間的に処理できない。怒りを言葉で。。。あるある。自分も。

結局,なんとも後味の悪い結末である。そして,夜。今のところ「物理的」な幸福は落ちてきていない。風水ってそんなものなのかい? でも,信じるものは救われる。明日起きた時には 「美男子に」。ナイナイ,ヒゲぼーぼーになることはあっても。。。自分で,帰宅後,いれたコーヒーが美味かったし,夕飯に作った目玉焼きが半熟で完璧,且つ,絶品であったし,いずれも 「しあわせぇ」 な気分で高揚した。したがって,物理的にこだわりさえせねば,「「しあわせぇ」 は 手に届く範囲に一杯転がっている」 と一人思ふのであった。そう考えるだけで,毎日楽しくなるしねぇ。

2009年9月14日月曜日

プチひきこもり生活

昨日は,引きこもっていた。本,食料,パソコン,水などをベッドの周りに配置。絶対ベッドから動かないと決めて,部屋のドア,カーテンを閉めて横になって,本を読んだり,読んだり,読んだり,パソコンをちょろっと開けて,水飲んで,時々食事。こういうことは,学生時代も時々やっていた。とっても快適であるが,やはり精神が内向きになる。冬,穴蔵に冬眠する熊なんかも,眠るまでは引きこもり的感覚があるのだろうか。どんどん,内向きになって,考え込んじゃって,「もうくまった,くまった,あぁぁ」 とやっているうちに,「ねむいなぁ そんな こと考えても仕方ないし はぁぁ」 パタッなんて冬眠に。なんてことないのかなぁ。などと,昨日ふと思った。

決意は固いものの,もよおすものはあるわけで,トイレのためベッドを度々あとにす。無念。息子の「おまる」を利用すれば,決意を100%実行できるが,そんなアホなことはさすがにできず。

ずっとベッドに寝っころがって,部屋も暗いので時間間隔が無い。いつの間にか寝て,大の気配で起きる。トイレ行くも,気体のみ。失意とともに,こんなことで起きた自分に腹が立つ。時間は夜の8時。伊沢正名 「くう・ねる・のぐそ」 (山と渓谷社) を読んだが,その呪いか。最初は面白かったけど,途中からは中だるみ。最後は惰性で読んだ本だった。著者の「のぐそ」に関する異常なまでの熱意はなんだろう。ポリシーはわかるが,ちょっと所々ムリがあって,著者の熱意が空回りしていると感じられた。あくまでも個人的な感想。

そんな日曜も終わり,月曜。仕事。平々凡々な内容。特筆すべきこともないし,仕事のことは書いても面白くないので書かない。それよりも,通勤入れて1日のうち10時間以上が仕事関係で費やされる。自分の睡眠は平均7時間。残り7時間弱かと思うと,平日のこの時間は充実させたものにせねばなならぬ。と改めて決意。

居間は一人じゃ広すぎるので,夕飯後,すぐさま寝室へ。先週から居間で食事以外の行動は徹底的に排除されている。ほとんど居間のものに触れていない。昨日だけでなく,毎日,引きこもり的な動き。好きなだけ読書して,柔軟もどきにはげんで,小さな寝室での時間は,一人の心と体を満たすのであった。学生時代の六畳一間が懐かしい。

歯を磨いている時,あごを引いて口をすぼめている自分が鏡に映る。あごひげ生やしているその顔は,正しく 「猿の惑星」 の猿にしか見えず歯磨きをやめ肩を落とす。これは超常現象だと現実逃避するが,やはり,猿だった。現実を受け止めるため,顔を洗い,水を一杯のんで,ベッドに横になって深呼吸。「猿でもいっか」 あっさり,現実を受け止めた。

宮田珠己 「スットコランド日記」 (本の雑誌) 内に Jamais Jamais 「B型 自分の説明書」 (文芸社) の内容に関して記載されていて,
□ 欠点を指摘されて一応悩んでみるけど,直す気はさらさらナイ
とある。ふむふむその通り。それはまさしく私だ。と納得してしまう。やっぱ人より猿に近いかもなどと,やはりノー天気に思ふ B型の私であった。血液型占いとか信じてないんだけどなぁ。

2009年9月12日土曜日

人生初の単独初登頂

休日。困ったことに平日より忙しい。長いこと散歩したいし、本も読みたい。始めたらすこぶる体にキレをもたらしつつある柔軟もどきにだって時間を割きたい。だのに起きた時間は8時半。足りない時間をみすみす無駄にした。

外はばりっと晴れている。ベランダから見えるその天気は素晴らしい。が,隣の猫が不法侵入しているではないか。初めて見たけど,毛の長い茶色のデカイ猫で。ずいぶん目つきが鋭い。こっちにずっとガンを飛ばして固まっている。相手してても仕方ないし,こっちに実害もないので,追い払うわけでもなく、こちらからカーテンを下ろして対峙するのをやめる。

朝飯。冷蔵庫に入れっぱなしの,歯も折れそうな位にガッチガチのフランスパンを血を流しながら食べる。口の中切ったらしい。風味もないが、美味い,美味いと納得させて食べきる。鉄っぽい味がするが、それは自分のヘモグロビンの味だろう。

さて,今日はどうするか。忙しいという割には予定は入っておらず,無計画。皿を洗っている間に,即決でGoldstream provincial park (www.goldstreampark.com) 内にそびえるMount Finlaysonに登ることを決意。この公園は,ジャパンツアー前に家族で訪れた場所。その時は,息子も一緒なので平坦な場所で遊ぶことに終始していた。その時既に,この山に目星をつけていた。今は一人。大人の、大人しかできない遊びをするに限る。

車で20分強の場所。麓の公園にある駐車場に車を泊める (3ドル/日)。水,上着,タオルを入れたリュックサックを背負っていざ出発。こう見えても富士山にも,乗鞍岳にも登った経験がある。車で。登山なんて,実家の裏山程度で経験無い。まぁ,そうは言っても標高400m強の山。楽勝、楽勝! 落語の「愛宕山」の一八のように鼻歌交じり、かつ強気。

登山道というか,トレッキングコースの入り口に到着。いつも用意周到、念には念を入れることがない私は、珍しく掲示板に記載されている地図を入念に確認。「ふむ、ふむ。それじゃっ」 と思ったら、でっかく 「Caution!」 との張り紙が。冷静沈着なので、目を通せば。。。なんと、



Couger (Puma) とか、



Black Bear (黒熊) が出没する場所です。


注意せよと。黒熊に関しては、「あなたは、紛れもなく生息地にいるのです」 とでっかく書いてある。「???」 瞬時に理解できない。牧歌的な 「森の熊さん」 を頭の中で反芻し、Cougerに関しては「大きな猫だろ」と苦笑する。なんて、ことはない。こんな時こそ、冷静に。。。引き返す。ことはしなかった。だって冒険好きだから、では無くて、駐車代金の3ドルが惜しいではないか。決行。「自己責任」 と無縁だった日々も今日でおしまい。今日まで、私は会社の指示通り(しか)動か(動け)ない人間であったが、もうおしまい。大人の日本男児になるのである。しかしまぁ、こんな所で自己責任が降りかかってくるとは。。。

それでも、ポツポツ人がいるし。大丈夫であろう。とのんきに歩かず、その前を歩く人にできるだけ接近すべく早足で歩く。みんなで歩けば怖くない。トレイルは思いの他、最初から急斜面の連続。それでも早足でずかずか歩く。前は40代の夫婦と思われる二人。一緒に歩くのは気まずいので、5m程に接近し、それ以上距離は詰めず。これで少し安心。恐怖も危険度も1/3である。猛獣に会ったら「どうぞ」 と場所を譲るのではなく、3人で逃げるのだ。きっと。

急な坂道は経路の1/2くらいか。残りは、急な岸壁である。鬱蒼とした森から開放されて、もう猛獣の危険はないだろう。しかし、岩は乾燥しているのにツルッと滑る。どんだけ急かと言えば、頂上から下ってきた60代(と思われる)おじいちゃんが、二足歩行で下れず、尻餅つきながらすべり落ちてくるぐらい(実話)。ここでも、出てきた 「自己責任」。

今回はトレッキングシューズを履いていたけど、あれは森の中で役にたっても、岩肌ではだめだ。運動靴、ランニングシューズの方がいいと感じた。日本の地下足袋なんかだったら、こんな岩でも自在なのだろうなと感じる。

そんなこと考えても、トレッキングシューズで進むしかない。怪我しないよう細心の注意を払いながら、登る。地道に。息もかなりあがる状況で、普通で無い。高山病か? 400m台の山でそんなことがあるはずも無く、有酸素運動の領域を超えて、無酸素運動しているので乳酸が溜まってきただけだ。

前の夫婦もかなりしんどそうで、足を止めて休むことが多くなった。そしたら、こっちも休む。抜きはしない。細心の注意は最後まで。最後まで一緒になのだ。頭上には鷹か鷲が、上昇気流にあわせてぐるぐる回っている。鳥葬の時のハゲワシみたい。見たこと無いけど。そして、眼下の景色を眺めれば、ゴルフ場かよ。がっかり。それでも、遠くに海も見えるし、ゴルフ場の周りは深い森だし。自然を満喫しているのだと納得させる。

でも、まだ頂上ではないのだ。滑る。でも歩く。義務のように。ここまできたら登るしかないのだ。そして、頂上へ。鼻息荒く、到着。おぉ、先客が何人かいるではないか。景色を見渡す前に、おっちゃんの上半身汗だらけの裸が目に入ったのには失望したが、頂上である。人生初の単独初登頂。達成感が沸く前に、ここを再度下ることを考えると気が滅入る。下りは登りよりしんどそうなので、頂上でストレッチを入念に。そんなことしている人は誰もおらず。でもこれも自己責任。私は無事、下山を完了したい。

下山開始。思った以上に滑る。それでも足だけでなく、手も使ってゆっくり、着実に下る。岩場で3人の若いお姉さんとすれ違う。涼しい顔で 「はろー」 なんて言いながら下ろうとしたら、滑ってこけた。 「はろー」 言う前に、 「Oh!」 って声と、哀れみの視線をもらう。ストレッチでやわらかくなった体。余裕を持って尻餅付かず、切り抜けたが、こっぱずかしい。

途中、こんな岩肌登ってきたんだっけ??? と思う箇所があった。なんだか、急で足を引っ掛ける程度しか足場が無い。人もいない。でも、こんなとこ登ってきたんだな。と思ったら、やっぱりルートから外れていた。プチ遭難気分。そして、困難を選ぶ男。その後、無事本ルート合流。

Cougerにも、熊にも遭遇することなく、あと500mのとこまで来る。少し楽な気分でいたら、前から土佐犬を1/3位にしたような鼻息洗い興奮した犬が猛烈なダッシュとともに、飛び掛ってくる。勘弁してけれ。犬は苦手なのだ。相手はベロベロしてくるが、こっちはたまらない。飼い主に呼び返されて、戻っていたが本当に迷惑なり。

最後に最大のアクシデントはあったが、無事、下山で 「自己責任」 の登山終了。これでまた、大人の階段を一歩登ったと言えよう。そして、自己責任を初めて理解。。。できなかった。達成感? それなりに。深田久弥の日本百名山に感化されて、全部登ろうとするオジサマ、オバサマの気持ちにはなれなかったのである。

追記:
この公園の秋の見世物。川を登るサーモンの群れ。少し期待したけど、まだ時期では無い。目視で一匹も確認できず。11月頃が見頃だとか。北海道土産の鮭を銜えた「熊」みたいな光景、見れるのだろうか?

月も綺麗ね 秋だから?

清少納言の言うことは正しいようで,昨晩の下弦の月 (満月から欠けていく過程の上での半月) も綺麗だった。

夜の10時前にのっそりめんどくさそうに山際から顔を出し始めた。まだ,橙色がかっているが,それはそれで趣あるものだった。

せっかくだからと思って,外で見ようと夜中の散歩に出かける。いつもの散歩コースは周回コース。月側(東側)に向かったのは最初と最後のそれぞれ5分しかない。「確かに綺麗だね お月さん」 と物々とつぶやきながら,といっても一人口にだしていたらただの変質者にしか見えないので,心で呟きながら歩いていたら直ぐに月は見えなくなった。

インナーハーバーに面した所まで来ると,カップルや観光客と思われる人々がちらほら。みんな月なんか見ておらず,「水」 をはさんで向こうのダウンタウン側のライトアップを見てうっとりと愛を語り合っちゃったりしているのだった(推定)。観光客は愛を語り合っているかは知らないが,歩みもゆっくりうっとりしていたことは事実である。月に比べるとライトアップはまぶし過ぎると思うが,水面に写るそれは,そのまぶしさが薄れ穏やかで棘が無く綺麗であった。

そんな中,ちょっと高台になっている所で一人,歩みを止めて東側に昇る月を見ていた。一人なんで愛を語りあうことはできない。悔しいので 「愛は地球を救う」とヤケッパチ,冷やかしに呟いたら 「愛は地球を巣くう」 に思えて,一人,現在の愛と地球の関係を憂うのであった。

その高台にあるトーテムポールと月のコンビネーションは中々なもの。丁度,トーテムポールは月側の東側を見ており,これは月もそうだけど,陽の昇る側を見ているのだな。などと,勝手にその意味を解釈していた。うんうん,きっとそうだ 今,私はトーテムポールと一緒に月を見ているのだ。と感慨にふけることなく,寒くなってきたので,さっさと家に向かう。

最後の5分に見えた月は,更に高く登り,白みがかってきていた。月見しながら散歩なんて久しぶりだったが,いいもんだ。「月はとっても蒼いから~」 という歌があるが,まだ蒼い月ってどんなものか解明できていない。これかなって思っても,これ蒼じゃないなぁ なんて思うのだ。でも,月明かりの夜空と月を眺めるのも悪くないなぁ。情緒的に豊かな心で思っていたら,家の前で,信号無視した車がびゅんと走り去った。現実社会は厳しく,情緒なんてあったもんじゃない。チェッ。っと情緒不安定になって布団に入るも眠れず。

2009年9月11日金曜日

辛いは旨い 

金曜日。明日は何にも仕事のこと考えなくていいし,と思ったら,ビールの神様が,「とにかく飲みなさい。自分に素直になりなさい」と訴えかける。従うしかない。渋々従った(うそ)。

ビールを購入。色もアルコール度数も濃いやつ。でも,初見のレジのお兄ちゃんは,レジに慣れていないようで,思うように事が進まない。普通の5倍時間がかかって,酒屋レジを出た。でも,そんなこと,どうでもいい,,,うっしっし,初めて見たラベルのビールを購入しちゃった。アルコール度8%のも買っちゃった。ららら。

ここんとこ寸胴鍋の残り物スープに,「うまい,うん,うまい」と自己満足,否,自己「納得」 させながら食べてきた。せっかくの週末。正直 「飽き」 ているので,激辛路線で味を修正する。とにもかくにも唐辛子,唐辛子,唐辛子。肝臓のことを思ってウコン,そう,ターメリックを入れる。且つ,家族で食べるものとなると敬遠されがちな,ニンニクも大量に。どばっと。臭ったって,元気出すぎても一人だし。どうせ。いいじゃない。「にんげんだもの」。「おっさんだもの」である。

ビール,プラス,激辛残り物スープ(チリ風)で晩餐。うん,美味いゾ。辛いは旨い。ビール,,,おいしいね。ってな感じでガツガツ食べる,そして呑むのだけど,一人だからペースが速い。アルコール度数が高めのビールは簡単にまわる。即ち,簡単に酔う。本当にスグ。そして,呑む前に「セロリ」二本を食べたからだと思うのだけど (こっちで安いんです) ,酔うと同時に,満腹になる。 

なんと! 極めて効率的且つ経済的に,酔いながら満腹感が。おぉ神様。健康的且つ,心も体も充たされるという幸福。安あがり,否,経済的,且つ 健康的な私。

全てに充たされた晩餐なのであった。

やる気 元気 アサヒ!

いわきさんのキャッチフレーズを引用させて頂きました。やる気、元気ですかね。。。

さて、アサヒです。アサヒビールでもなければ、アサヒ新聞でもないのです。朝日。そう、日の出の太陽なのであります。

今日のビクトリアの日の出時間は6時45分。6時に起きて、トイレへと思ったら、外は、、、





わお (Wow)!  なんと美しきことかな。写真じゃわからないんですけど、明けの明星も輝いているのですよ。金星ですよ金星。春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ。。。秋のあけぼのもいいですぞ、清少納言さんにご存命ならばお手紙差し上げたい。ここはカナダ、日本じゃないとの見方もありますが、そんなことはこの際どうでも良いのであります。

そう、「『秋も』あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」なのであります。秋の朝日も良いのであります。





その6時45分。わお (Wow)! 飛行機雲たなびく山際からご来光です。美しゅうございました。

これ見て、やる気、元気、アサヒ! なのであります。

いわきさん、否、おてんとさん ありがとう。今日も程々にがんばります。そして、中学の時の国語の先生ありがとう(Aせんせ)。はったりと自慢話のAなんて、親しみこめて友達と陰口たたいていましたけど、無理やり暗記させられた (させて頂いた) 枕草子の出だしを思い出し、心豊かな朝を迎えることができました。

早起きは三文の徳。日ごろの不平不満も美しいものを見れば吹っ飛んじゃうのであります。いいでしょ、早起き。そして、朝日。

ということで、あまりに綺麗なんで仕事前にブログ書きました。仕事中ではないですよ。仕事前。。。カメラ電池切れ間近でございます。有終の美かも。