2010年12月20日月曜日

眠気

寒いという天気予報であった。寒いが、想像していた程でもなかった。

昨晩は風呂で寝てしまい、そのまま布団へ。疲れていることをしているつもりはないが、身体はどうも疲れているらしい。最近、癖のように風呂に入ると猛烈な眠気が襲う。風呂で寝るのは良く無いとわかっているので注意しているのだが、昨晩はそういうことになってしまった。

かといって、不思議なのは眠りが浅いこと。疲れているのならば、深い眠りになるのだと思うのだけどそういうわけでもない。

今日も風呂で猛烈な眠気を感じるので、眠る前に上がった。そしたら、眠気が覚めている。風呂の温々加減が自律神経の働きにピンポイントで作用しているのだろうか。

そう言えば、布団で本を読んでいる時に、その内容に興味津々で入り込んでいるのに眠気が。自分にとって気分がいいことになると途端に眠気が出るということか。

否、今日、仕事中も眠かった。否、仕事がしていることが気分がいいってことか? 否。。。

2010年12月19日日曜日

動いている

起きる時間を気にする必要のない日曜日。目覚ましもかけず、目が覚めた時間に起きる。そしたら朝8時半だった。

朝飯は雑炊。雑炊に入れる卵がなんと贅沢かつ、雑炊を華やかにするということを最近、雑炊を作り続けている日々で感じる。だって、卵あるかないかで雑炊の見栄えも、味も全然違う。卵は「らん」なのだ。誕生を頂いているのだ。有り難く頂かねばならないのだ。鶏さんありがとうだ。

これといってすることはないので、自由時間。本を読む。ベッドで寝っ転がりながら。興味深い本を読んでいるのに眠くなって昼寝。贅沢。昼寝は眠りが浅いせいか、夢を沢山見た。

起きた後、外に青空が見えているのでダウンタウンへ歩いていってみた。人出はクリスマスシーズンで多かった。ただ、外の空気を感じたかった。だから、これといって何をしたわけでもない。晴れて冷え込んで歩いている時、頭が寒かった。帽子は必須だ。

家から、海を挟んで向こうの山が見える。真っ白に雪が積もっていた。それを見ながら、季節をぼーっと感じた。冬だ。そして、冬至を迎えたら春まっしぐらだと。

時間は止まらない。地球はぐるぐる回り、季節は一瞬たりとも止まらない。昨日の景色、今日の景色。全然違う。自分の心持ちも一瞬たりとも同じことはないのだなぁ。その時の心持ちは、その瞬間に思い感じていることと、過去の自分を積分して、脳に投影されているのではないか。その時に感じた直感というのは的を得ているのではないかとぼんやり考えた。

2010年12月18日土曜日

この心持ちを破るべく

最近の曇天のような心持ち。

それを、打破するべく、髪を刈り込んだ。バリカンでばりばり。そして、長さ3mmに設定するためのアダプターを取る衝動にかられる。

やっちゃへ。やってみたら3mmで刈り込んだ時とあまり変化がない。曇天打破出来ず。

そこで、剃るか。でも。躊躇。

だからこそ、曇天を打破できないのだ。こんなんじゃ、駄目だ。

頭に石けんを塗り。カミソリでモミアゲをじょり。まだ大丈夫。修正は効く。そして、じょり。斜めにそり落としたら、髪の毛3mmのスタートレックのスポック船長が鏡の前に現れた。

「あ、後戻できない」と呟きながら、一人でカミソリ持ちながら笑い転げた。変質者のようだ。

そして、もうやっちまえと思って全部剃り落した。慣れ親しんだ髭剃りでは忘れていた、爽快感。ジョリジョリという感覚も、髭よりも密度の濃い髪の毛では手が痺れるようだ。石けんを洗い流し髪の毛、もとい、頭皮をタオルで拭き取ると坊さんが現れた。

これでわかったことだけど、頭皮は極めて温度に敏感だということ。35年以上頭髪に守られてデリケートな皮膚は超高感度な温度センサーとなるのだった。現在部屋で暖房を付けているが、温度フロント(高い低いの境界/前線)を意図も簡単に見分けられる。また、料理をして居る時に上層の空気がコンロで暖められるその過程、その温度の時間勾配を感じられるのだ。

そして、今日になってみると、頭皮にすでに髪の毛が薄ら浮かんで来た。なでればジョリジョリ感が増した。そして、微々ではあるが延びた頭髪によってか、一日で鈍感さを増したためかその温度センサの感度は低下したように思える。

曇天のような心持ちを、剃髪で打ち破ったかはわからないけれど、『「ある髪」を剃り落すことはなんとも贅沢だ』とは思えた。

2010年12月17日金曜日

冬のなにもない日

久しぶりに晴れ。それに伴い、朝の寒さは厳しかった。

歩きの会社への往路、景色をじろしろ見ながら行く。先週の大雨で水かさが増して泥濁りが続く入り江。寒そうにしている通勤中の人々。冬枯れの木々。冬枯れとは言うが、葉を落としじっと構えている姿を眺めると、生きているんだな。となんとなく思った。その時点、微分で見るとなんとも悲しい感じだけど、いつか来る春に備えてしたたかに準備しているのだと。ありきたりなことだけど思えた。そんなことを思うと人間も木々も同じだなと思えた。

昨晩、胃の調子が悪いので雑炊を作った。冷凍庫に残っていた何時ぞのものかわからない市販品の切り餅を突っ込んでみた。不思議な事にあっという間に溶けてしまい、煮るうちに鍋底が焦げる原因を作っていた。家で作った餅はそこそこ煮立てても解けることはなかった気がするのだが。餅のつき方に違いがあるのか?

ハンバートハンバートの歌で「虎」を聴く。なんともどうにもならない人間臭さというか、自分のどうにもならない部分を感じてしみじみ。知らなかったけど、アセロラ体操とかいうCMの唄を提供していたんだな。

2010年12月15日水曜日

あっ







と言う間に今年があと半月になってしまった。今年の総括は大晦日にするとして、今年の月日の過ぎ行く速度の速さといったら例えるのも難しい。

現時点までを思い浮かべる。最近巷では言われる『数値的(具体的)にどうした」ってことは殆ど無い。只只、日々の出来事を丁寧に処理でき、日々の出来事を楽しめたのではないかと思う。少々、主観的に美化しているかもしれないが。

数値的にどう? ってことを問われ、その時点での結果を評価されることが多いけど、未来を語る時にはこの瞬間(まで)の過程が大事なような気がする。その過程を評価して時々刻々と修正しながら未来に向かっていくのがいいのではないか。結果よりも過程。そして、その過程を評価して修正することこそ大事な気がする。それができるには自分を客観的に批評することが大事だと思われる。それには、やっぱり教養だろうな。こればかりは、日々の蓄積であろう。

夕飯は親子丼の「親子」と「モヤシ、白菜、タマネギ、豆腐の醤油煮」を作る。「親子」は親子丼の上に載る卵でとじたもの。現在、脂っこいものを身体が欲していない。両者とも全く油を使わず。「親子」の鶏肉も皮がはぎ取られた最も安いものを使用。両者とも美味かった。他者が食べたらどうかと思うけど、自分の身体が欲しそうなものを食べると美味いと感じるようだ。身体は正直だ。

夕飯の一部材料を買いに隣のスーパーに行った時、月の周りにハロ(月の周りを囲む円周状の光の帯)が見て取れた。奇麗だった。雨がちで家に籠ることが多いけれど、外に出れば色んな変化が感じられるのだな と思うのだった。

2010年12月12日日曜日

晴耕雨読

雨。晴耕雨読。

といっても、ずっと本を読んでいるのは気持ちが悪いので、起きがけと、ご飯の前にヨガ擬き。基本的にウェイトトレーニングのような負荷はないのだけど、呼吸に注意しながらの伸びるのがヨガ(擬き)である。しかし、昨日したヨガ擬きによると思われる「心地良い」筋肉痛が残存するのだった。それは、痛い訳ではない、凝った感じと例えるべきか。

そこで、今日はゆったりと、だらりとした「アーサナ擬き」をしてみる。身体に正直、素直に対応すると気持ちいいのだなこれが。身体に素直にすると、身体は喜び、それは、身体の弛緩につながって、頭に冷静な思考を齎すような気がする。 つまり、身体に正直にすれば、良い判断がし易く、生活力(生き延びる:生きる活力)が増すのではないか。

これらは、昨日の「私の身体は頭がいい」を読んだことに感化されているのだと思うのだが、文武両道って一理有るなという気がする。それは、文武を高めることは、身も心も最善の選択をする機会を与える確率を高めるから。両者に秀でることは望ましいが、両者を平等に切磋琢磨するという行為が重要な気がする。これって難しく思う必要も無く、礼儀を知って、野山駆け巡って、色んな人と分け隔てなくコミュニケーションする(会話する)事と解釈できるような気もする。

ヨガ擬きの時間は読書。そして、背景に音楽を流す。その間、ホルスト、「惑星〜木星」を聞き思い出す。以前から、昔、時代劇のオープニングで流れていた音楽に似ていることが引っかかっていた。それは小学生の頃、家でレタスを包む、選別する、梱包する時に手伝いというか、その場に居た時に、流していた(誰も聞いていないのだけど)テレビの時代劇であることは認識していた。「江戸を斬る」と決めつけていたが、今日調べてみると、「大江戸捜査網」だった。Youtubeでそのオープニングを見てみて納得。平原綾香の「ジュピター」ではわからないが、その原曲を聞いて頂いたら解って頂けるのではないかと思うのだけど。

晩飯に白菜とタマネギをざく切りにして入れ、そこに豆腐をさいの目にして加えて出し醤油でコトコトと似て、最後に卵を加えた料理を作る。美味かった。醤油。やっぱり、身体に染み付いた味だ。美味い。同時に飲んだビールが相乗効果で美味かったことは言うまでもない。

2010年12月11日土曜日

船の続きと身体のこと

昨日の投稿で焦点がボケるので書かなかったのだけど、船で食べた昼食が凄く美味しかった。メニューがあって、そこから自由に選択できた。私はサーモンのサンドウィッチとスープを頼んだ。それをオフィサーが給仕してくれて、まるでレストラン。味もとても良かったし言う事無し。他にカレーとか、サーモンを混ぜたオムレツなどあったけど、それらを食べているチームメンバーも美味い美味いと言っていた。

少なくともこの味と、食堂の雰囲気を総合的に判断するとベストかもしれない。米国の船は何れもブッフェ形式で食べ放題だったけど、総じて脂っこくて、塩辛い味が私には馴染めなかった。日本は千差万別だけど、大学の船に乗っていた時は給仕などあり得なかったし、学校給食のようだった。が、その時はガツガツ美味い美味いと食べていたけれど。

ご飯もそして一緒に乗船した人間も素晴らしく、且つ、実験も結果的に上手くいったのでとても良い印象、経験になったと言える。とても良い勉強になった。

今日は終止雨。寝坊して起きて、久しぶりにゆっくり時間をかけてヨガ擬き。日本から買って来た本は一杯あるので、その内一冊、内田樹の「私の身体は頭がいい」を選択。午後はそれを読むことに終止。途中挫折しかかるものの、横文字を辞書を引きながら読む。読み終わったら日が暮れていた。1回読んだだけじゃ理解しきれない本だったが、納得する所は多かった。自分も経験ある『居つき』「足裏が床にはりついて身動きならない状態を差す。より、一般的には、心理的なストレスが原因で身体能力が極度に低下することを意味する(文中より)」に関しては合点した。本を読み疑似経験をする、思考実験をする、ヨガ擬きをして自分の身体と向き合うということは、「何事にも動じず判断できる」ようになりたいと思う自分の願望の裏返しかもしれない。少なからず、この本が示す『居付き』を逃れ「生き延びる力」を得るための鍛錬になっていることを願いたい。

帰国後、自炊は殆どしていなかったが、身体が酸味を欲していた。トマト風味の野菜中心のスープを作り今日の夕食とした。身体に染み入る上手さだった。身体は正直だ。風邪気味だった身体が偏った食事に嫌気を差していたのだろう。

去る月曜日に大野更紗さんの「困っている人 第7回 わたし、シバかれる: http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html」が更新されている。必読。

2010年12月10日金曜日

虹にみせられ 人にあこがれ

水曜日に船に乗って、挨拶して、船内の注意事項を聞くミーティングまで参加したのだけど、結局、下船。航海の準備が遅れてのこと。仕方なし。

そして、木曜日に乗船。といっても、船は、私が下船した後、海に出て作業を開始していたので救命艇を出して私を岸壁まで迎えに来たのだった。わざわざ。

朝から大雨の天気だった。しかし、救命艇が迎えにくる前に雨は中断し、虹。虹の横に見えるのは乗った観測船。虹が出たからには良い事しか無い。とこの時確信した。

そして、乗船した所はビクトリア空港に隣接する場所なので飛行機が虹の輪を通るのだ。なんと。




船に乗る理由は、実験。実験は最初混迷を極めたものの、友人に頭が上がらない程に助けられて成功した。

実験終了後、大雨がまた降っていたのだけど、また救命艇に乗って下船する時にには雨がやんで晴れていた。

確信の通り、人に助けられ、実験は成功し良かった、良かった。



私のようにただ一つの実験をするだけの暇人に比べ、友人は本航海の主要技術者。忙しいに決まっているのに、私の実験に快く助言してくれたのだ。それも、嫌な顔一つせず。そんな、懐の深い人間にちょっとでも近づきたいと思う仕事だった。これだから人との関わりが密接な航海に魅力を感じる。

2010年12月8日水曜日

明日は一日海の上

明日は仕事で乗船。その準備。忘れ物がないよう入念にチェックしたはずだが、どこか心配。久しぶりの海外研究船での作業だし、不安はあるが、それを超えたところに経験があるのだ。今は寝るべし。だが、目がシャキッとしているのだなこれが。

2010年12月6日月曜日

日本に帰って本を一杯持って来た。仕事、その他事情もあって帰ったわけであるが、帰って来たら何だかこちらが主目的だったかのようだ。

何か思う時がある時というのは無性に本が読みたくなるのが自分の性質のようだ。思い返せば、本を全く読まなかった高校まで。そりゃもう何も思うことなど無く、純粋に馬鹿だった。大学に入って以降は、一世代前の学生から見れば幼稚な本ばかり、と言われそうだがそれなりに本を読んだものだった。

そして今、読んでいる。暇さえあれば。

適当に選んだ本にも関わらず、今自分が必要としている何かに引っかかる本ばかりなのが驚く。今何か必要なものを本の中から意識的に取捨選択していることはあるが。

それにしても何か思う時に選んだ本というのは、得てしてそういうものであるということは経験的に合致するのだ。

現在外気温1℃。寒いぞ。

2010年12月5日日曜日

事情あって

本来は2週間だった日本行きが、事情があって約1ヶ月まで伸びた。そして、今日家に戻った。本来は家族でだったのだが、事情があって一人。

カナダ入国は相変わらずで手間取った。前回同様、別室へ。長く待たされて、詰問されて、それでもどうにか切り抜けた。綱渡りとまではいかないものの、心拍数は毎回10%程度上がるこの手続き。

2週間と考えていたので、植えてあるシソも、冷蔵庫の中身もあんまり力を入れて世話、整理していなかったせいか、シソは枯れ、冷蔵庫の中にあったチーズには青カビが生え、残った野菜ジュースは見事に発酵しガスが発生していた。

日本に居た後半は実家に家族と居候していた。その時は空気が何時もどおっと動いてたような気がするが、一人で帰った部屋は空気が止まっているようだ。

マックを開いたらデスクトップ画面が珊瑚で戯れる魚だった。そう言えば、1ヶ月前に気分転換と息子が帰って来た時を考えて、魚好きの息子を想像して変更していたのだった。

2010年11月9日火曜日

なおった

朝。目が覚めたのは6時16分。

あと二回寝ると日本へ。という今になって睡眠周期が元に戻ったらしい。っじゃ、日本に帰ってからまた時差ボケに悩まされるということか。7月に帰った時は、寝ぼけてパンツ一丁で廊下に飛び出してオートロックで部屋に入れず。というなんともな事件を起こしているだけに、今回は慎重に時差ボケに対処せねば。と思う。

が、この話を時差ボケと関連付けているのはオカしい。それは見当違いだ。変なだけだろう。と話した数だけ異論反論オブジェクションを受けるのはナゼだ。自分の体のことは自分が一番知っているというのは世の中の鉄則である。が、自分の心理に関しては。。。怪しい。指摘の通りかもしれないな。

ゆっくり熟睡できたんで頭の回転は朝から全開。ってことは無く、そこそこだった。不思議だ。

朝通勤の時、風が極めて強く、途中の木の橋で吹っ飛ばされそうになった。台風中継のレポーターのように。坊主頭には冷たい風が厳しく、フードを被って通勤。良く見たら、前の女の人もフードを被っていた。ツーペア。前の人は黒。私は赤。歩くスピードがほぼ一緒で距離が詰まらぬまま、そのツーペアは10分程揃いも揃って同じ方向を歩くのだった。

カモミールティーのティーバッグを牛乳に入れてチンして、そこにガラムマサラをふりかけてかき混ぜると、なんだかチャイっぽいのができた。狙ってやってみたが、これが意外とヒット。美味い。朝も飲んで、夜も飲んでしまった。暖かい飲み物が美味い季節になってきた。

2010年11月8日月曜日

ついてる ついてない

朝起きて首周り、肩周りが非常に重く、そのせいか頭がずしんずしんする。何かの呪いに取り憑かれたかと思う程。首のストレッチ、頭痛を和らげると言われるツボというツボを押してみる。馬鹿にするなかれ、和らいだ。何だか首、肩が暖かくなってきているのを感じる。信じる者は救われる。悪霊退散。

鏡で見る限り、自分の頭は何時も右方向に5度程度傾いている。歪な頭で重量が非対称で右側が少し重いために右方向に首が傾いているのか。歪んでいることは確か。時々、今日の朝のような症状が出る。整体に行った事はないが行ってみるべきかもしれない。

朝飯用に雑穀米にウコンを入れて炊く。ウコン、しゃれた感じで言えばターメリック。そう、今朝はターメリックライス。そこに卵をかけてチンして食べようと思って冷蔵庫を開ける。卵のパックを取り出したら滑って落として3個中、2個の卵の殻われる。中身は辛うじて出ていないので、指でつまんで卵を取り出そうとしたら、ざっくり割れて卵流失。朝から気分悪し。結果、卵無しターメリック雑穀ご飯。

徒歩通勤。歩き始めたら雨ぽつりぽつり。で、リュックサックに雨除けカバーを付けたら雨止む。そんなもんだ。益々気分悪し。

気分が悪くても仕事はせねば。大人の対応。

夏時間が終わって1時間遅くなったため5時になったら結構暗い。当然だ。先週までは6時なんだから。暗い気持ちで家に帰り、暗い部屋へ行く途中、廊下がいやにガス臭い。ガス漏れ? 朝からツイていないのでウチか? と心配になる。が、ウチからはガス臭せず。ウチではない。が、あの廊下の臭いは何だったんだ。ガスじゃなかったのか。ひとまず帰ってから数時間経過しても爆発は起きていないし、誰もガス臭だと騒いでいないので勘違いだと思われる。安心。

そういや、大学の時、アパートのガス配管が老化してヒビが入ってガス漏れ。私は悪く無い。アパートの管理不足だ。その後、ガス屋が配管に接着剤を流してヒビを埋める作業。本来、通風して一日かけて接着剤を乾燥させるそうだが、3時間程度通風して「大丈夫」って言葉を残してガス屋帰る。そしたら、直ぐにガス漏れ再発生。いずれもガス爆発は起こらなかったことは幸いだった。ことを思い出した。

今話題のポプラ社。2000万円自分だったら有り難く頂きます。というのはどうでも良くて、ポプラ社のWebマガジンで隔週月曜日更新の「困っている人(http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html)」。壮絶。でも文体がジメジメしていなくてどんどん読み進めてしまう。ぼんやりして、なんとなく。。。な自分が健康ということに恐縮せざるを得ない。が、2週間後の更新が待ち遠しい。

2010年11月7日日曜日

タ行にまつわるエトセトラ

起きた。今日も。深夜4時。だと思ったら、夏時間が終わって3時だった。

寝たくても寝れないので起きたまま。雨がしとしとしていた。

が、朝になったら止んでいた。青空も見える。こんな時に外に行かなきゃ、いつ行くんだ。ってことで外へ。散歩。ぐるぐる。

道ばたに落ち葉が一杯。通勤路は黄色い葉っぱばっかりだけど、赤い葉っぱも一杯あった。ダウンタウン周辺。

海沿いの遊歩道で犬に一杯あう。プードルがでかいことを再認識。その後、なんかわからない種類のでかい犬が首にパンク風のトゲトゲ首輪を付けていた。それだけで、こっちは警戒するが、舌ベロだしてはーはーしながらこっちに向かってくる。首輪はあるが、鎖は無し。犬が苦手な私のとっては重大事だ。少し、緊張してこわばった。が、それを犬に見抜かれるとろくな事が無いことは知っているので、至って平静を装う。トゲトゲの首輪を買う飼い主を疑うが、飼い主は普通の女の子だった。言う事を効かないその犬に恫喝していたけど。太い声で。

夕飯でタマネギを食べようと思って半分に切ってみたら黒ずんで腐っている。ふざけんな。4割程度の確率で出会う悲劇。

その後、サラダを食べようと思って葉っぱの入った樹脂容器を取ろうとしたら、横にあった卵のケースが地面にドン。あーっと思ったら、中に入った卵が二つ割れていた。

ついてない。

タマネギ、卵。タ行。向かってこられた犬も。トゲトゲの首輪をした犬であり、タ行じゃん。タにまつわるエトセトラに関して極めて面倒な日だった。

2010年11月6日土曜日

妄想トリップ。贅沢と無駄の境界線

昨晩深夜に目覚めてそのまま起きる。本を読もうにもボーッとして頭に入らない。カレーに生姜、ニンニク、スパイスを効かせたせいか、体がポッポしている。何時も冷え性の足が妙に熱く、眠れない。体に良いと思って作ったのに、寝れないんじゃ本末転倒というものだ。

寝れないのにすることなく空を眺める。曇天だし真っ暗。眼下に広がるのは黄色みがかった照明だ。晴れてても新月だったのでどっちもどっちか。

新月は体の中の不純物が一番排出される時らしい。私の体にはドロドロした不純物が一杯詰まっていることは承知している。そのためか、朝一、いきなりデトックスタイム。

洋式で用を足す。便座に座った尻のハマり具合で、どうも痩せたらしい ことを敏感に感じ取った。便座からの尻の落ち込み具合が深い。体重計に乗ってみると体重はさほど変化なし。乾涸びていないようだ。が、体は締まったのだろう。鏡を見てもそんな感じはする。草食系の食事と寝不足が原因か。でも昨日のカレーには鶏肉の胸肉を使ったぞ。それとも、新月の力で体からドロドロしたものが全て抜けたからか。この際、どっちでもいい。

頭は重いにも関わらず、体は軽いし、股関節周りの動きがなめらか。どこか心技体がばらばら。頭以外は新月の力か。もうそんなことはどうでもいい。

睡眠の周期は日本仕様がまだ残っている。どうせ木曜にはこっちを経って、金曜からは日本であるので、この仕様を潔く受け止めておく方が長い目で見れば正解かもしれない。

なんかこう部屋の空気が淀んでいるような気がして、昼間、開けられる窓を全て全開にして換気。寒いんでフリースにウインドブレーカー、ズボンはジャージの上にさらに長ズボンを。youtubeで冬山登山を見ていたら、なんだかその気になれた。部屋に居ながら、感覚は部屋の外。そしたら寒いのも何だか悪く無くなってきて、眠くなって、窓を閉めて寝た。冬山だったら寝たら死ぬようだけど、寒くなった部屋で布団で温々するのは格別であった。1時間半後に起きられた。良かった死ななくて。

冷凍庫にアイスのエクレアが残っていたので食べる。嫁さんがイマイチと言っていたものだが、同意。寝不足で疲れ気味な体でもイマイチ。じゃ、元気一杯の時に食べたら不味いのかもしれない。まだ一個残っているが、もう暫く冷凍庫でお休み頂くしかないようだ。

突然あなごを食べたくなる。そういや、この前実家で寿司を頂いたが、あなごは無かった気がする。あなご、あなご、あなごさん。に繋がってサザエさんを見た。本当。見たら、日曜の夜を迎えた小学校の頃の自分ような気分になってきて寂しくなる。こういうのは刷り込みというのか、それとも虎馬というのか。トラウマ。高校卒業するまで虎馬と思っていたし、意味すら知らなかった。

全く脈略の無い休日設計。贅沢な時間の過ごし方だ。人から見れば、時間の無駄使いともいうかもしれないが、そんなことは知らない。

2010年11月5日金曜日

かれーなるにーさん

カレーを作った。食べたかったんで。

それもルー、脂をほとんど使わないやつ。スパイスは使うけど、小麦粉は使わない。油は最初鍋にこびり付かせないことを目的に少々。肉は鳥の胸。脂身無し。しか売ってなかったから。

肉は、タマネギ、ニンニク、ショウガ、カレーのスパイスの合わせ物を絡ませて暫く放っておいた。その後、それらをタマネギスライスと炒めて、トマトと更にスパイスを加えて煮込む。

煮込んでたら、焦げ臭い匂いがして火を止めた。底が焦げてるがな。。。

でも、焦げオブラート内の中身は美味い。自画自讃。

でも、焦げてるがな。

底にあったタマネギが。水を入れずに(野菜の水気を頼りに)作ったからだろう。

焦げ。。。急いでその鍋を洗うまったく太刀打ちできず。焦げが残ってはこの鍋を今後使うに支障を来すので、水と洗剤の混合物に浸けるも駄目。さて、どうすべか。

そこでインターネットで調べてみると、重曹(ベーキングパウダーも同類項)を水に混ぜて煮立てるといいとのこと。あまり期待せずやってみると、焦げ剥がれる。でも、完全にとはいかないので、木べらで鍋底をかき混ぜてみると、あらなんと、べりべりと。剥がれるのだ。凄いぞ、重曹。凄いぞ沸き立つ二酸化炭素。温暖化で悪者の二酸化炭素も凄いじゃないか。湯気がモクモク。換気扇を走らせる。二酸化炭素は換気扇を通って外の彼方へ。温暖化に貢献しているなぁ、なんんて思わず、沸き立つ重曹入りの鍋から出る焦げ臭い湯気がいち早くこの部屋外に出る事を望むのであった。

ま、何はともあれ、焦げ付きには重曹。おすすめです。

2010年11月3日水曜日

自然と技術と現実と           

朝薄暗い中散歩。

昨日のグチャグチャの歩道の呪いか、靴底の土踏まずあたりにどっさりグチャグチャの葉っぱがべったり付いていた。乾燥して玄関付近でベリっと剥がれ、一瞬、犬のうんこかと一歩引いたが、指でおそるおそる確認したところ葉っぱだけだった。

今日は朝から晴れ間が見られなかなか気分が良い。薄暗い時には薄紫がかった空が、時々刻々と変化して橙色まで行く流れを見るだけでも散歩の価値あり。これこそ七変化というような色と空気の変化。良しやるぞと意気込むと思いきや、まったりし、たそがれ、気分は現実の遠い彼方に飛んでいた。

薄暗かったせいか、うちの側の海辺なのに動物の匂い濃く。空には白頭鷲、足下にはイタチ、そして、夫婦と思われるカワウソ2匹が芝生から海に飛び込んだりして、中々面白かった。カワウソなのに海を泳いでいるからカワウソなのか? その他、何時ものようにカモメ、カナダ雁、烏なども。人気の少ないこの時間には活発に動物は動き回っているようだ。早朝からご苦労様だ。

朝、夕は自炊。昼は面倒だし、仕事を昼もやっつけて早く帰りたいので食べない。朝はまだ残っているトマトポタージュにクラッカーなど。夕飯は白菜、豆腐の煮物とみそ汁、雑穀ご飯。一人だとゆっくりご飯を食べるの気にならないので比較的軽め。食べながら「うまいじゃん」とかなんとか独り言を言って自己満足に浸る。自問自答の修行のようだ。

その分、時間はあるので映画を見たりしている。ここのところ加瀬亮にはまっている。調べてみれば同級生ではないか。どおりで馬が合うと思った。ってどこかで飲んで話し込んだように書くが、当然そんなことはない。どこかこう奥深そうな感じのする人は興味がわく。自分が薄っぺらなだけに、そういう雰囲気に憧れるのか。なれっこないんだけど。

先日、スカイプで息子と会話。私の子供時代の夢の技術、テレビ電話である。技術の発展に感謝だ。しかし、現実は極めて残酷だ。ペットボトルで水飲みながら話したら、息子に「みずのんでるじゃん」って言われた。その意図は不明だが、のっけから出ばなを挫かれた。水じゃだめか? 息子よ。次回は大人の奥深い雰囲気を演出すべくワインかウイスキーでも飲みながら話してみっか。そんなことしたら、「ぶどうじゅうすのんでんじゃん」とか 「むぎちゃのんでんじゃん」とか言われるんだろうなぁ。

そんな挫かれた心を見せない大人の対応で息子と会話するも、5分程度で息子は視界から消えるのである。枕を濡らし、眠れない夜は続くのだ。

2010年11月2日火曜日

徒歩でとほほ

何だか上方向の視野が広い。景色が違う。

と思ったのは、今朝の通勤路。日本に帰ったり、お客が来て車で仕事に行ったりで徒歩通勤をここ1ヶ月していなかった。この1ヶ月の間に木々の葉は落ち、すっかすか。茂った葉っぱが全て落ち、歩道で雨に濡れてグチャグチャになっていた。

そこで辺りに生えている草木も確認すると、少し前まであんなに隆盛を極めて生き生きしていたのが茶褐色もしくは黒ずんで枯れていたりして重苦しい。冬じゃん。

というのが今朝の感想。それでも今朝は青空も見えていたりして少しは気が晴れたのだが、歩いている途中に東の方からどっと霧が現れて、あっという間にそれに包まれて最初は面白がっていたけど、結局気分は重くなった。

自転車通勤の皆様も冬っぽい格好で、暗めの色のウインドブレーカーで浮かぬ顔をしているように思う。皆、もっと派手目の色合いのを着て、皆で協力して元気出していこー。 と思うが、それは大きなお世話というものか。

久しぶりの徒歩通勤だったので、景色を色々見ながら歩いていたが、空を飛ぶ鳥の数が多いように思えた。白鳥らしいのも飛んでいたような気がした。

いつの間にか冬まっしぐらである。昨年も経験したことだと思われるが、何がどうなってという詳細は忘れていた。太陽が降り注ぐ場所に行きたいが、そんな時間も金もない。が、来週、日本に行くじゃん。冬バレでもなんでもいいので、お天道様を拝みたい。

2010年11月1日月曜日

草食系/僧職系

気分がショボショボなので、ブログの背景を明るくしてみた。へんな柄がついているのは気に食わないが、しかたない。気分転換にはなる。これでブログ更新頻度が向上するということはないだろう。

映画「南極料理人」を観る。長期の観測航海を思い出した。が、その密閉感、人との密度はその比ではないだろう。内容?面白かった。

途中出て来たオニギリを作っているところ、食べているところを見たら、無性に昆布の佃煮が食べたくなった。映画には出て来ていないのだけど、昆布の佃煮入りのオニギリが好きなためだと思われる。そこで、佃煮が無いか、台所の棚を丹念に調べあげたのだけど残念ながら無かった。

昆布はあるので炊いてみてもいいなと思っていたのに、台所に立ったらトマトのポタージュを作っていた。なぜだ、この論理の飛躍。論理は飛躍したが、その手際の良さは天才かと酔いしれた。

このポタージュは、明日の朝食用だ。色味のパセリがないが、代わりに青海苔でもふりかけて楽しもうと思っているところだ。

しかし、相変わらず食欲をそそるのは野菜、海藻。いつの間に自分が僧職系では無くて、草食系になったのか疑問である。今後、豆とか豆腐で肉、魚料理の疑似/精進料理を作ったりし始めたら正しく僧職系である。そんな料理は面倒なので手を出すはずは無いと思われるが、秋の夜長だ。手を出しかねない。注意せねば。

朝からぱっとしない天気。雨。曇り。たまに晴れ。こんな天気がここのこの季節の普通の天気と心得ているものの気分は重くなる。朝、8時位まで暗いし、まだ夜じゃんとか何とか行って布団に入って二度寝したくなることしばしば。この日の出と時間の関係は、来週、夏時間が終わって少しはマシになるけど、天気は来年の春まで待つしかない。

ここんとこ不完全な睡眠のおかげで、生活のリズムが乱れている。内臓が疲れているのか食欲に欠ける。自炊しているけれど、どうせ一人じゃん と思うとなるべく手間をかけないもの中心になり、且つ、内臓の疲れを自覚しているのでお腹に優しい野菜中心のものとなる。最近はお粥を作って食べたりもしている。イモ粥にしてみたり、スーパーでうっているワイルドライスとかいう所謂雑穀をいれたりしたりして、食物繊維等にも気を配るなど、手間を掛けないわりには、健康面の配慮をしてはいる。

野菜中心であると、胃腸に優しいのだけど、反面、パンチが無くて、心と体の内部から沸々と湧くものが無いような気もする。この重い天気に打ち勝つには、肉、魚を取り入れるべきのような気がしないでもない。厚切り肉を食べる、脂っぽいサーモンを食べるって事自体が相当エネルギーを使う行為で、それができりゃ元気さ とも思える。が、現在の私ときたら、無性にたくあんが食べたいと思う始末でなんだかショボショボである。今食べているお粥は水多めでシャバシャバだ。

日本に帰国した時のこと。京都に行った後、神戸。仕事。飲み会、仕事。が続いた。中々体を動かせないので、できるだけ歩くことに心がけた。その間、ホテルから駅に向かう道の薬屋かなんかの前で、毎朝ほうきで掃除をしているおじさんにあった。白衣を来ていたので、そこの人なんだと思う。神戸のど真ん中なので人通りは多いなか、せっせとほうき掃除しており、且つ、それをしながら おはようございます と声を掛けていた。皆、忙しいのか、誰もそれに返答する人はいないのだけど、それでも毎日していた。それを見ていると何だかいい気持ちになった。こういう人は小学校、中学校で登校している時には良く見かけた光景だったが。

徒歩していたら気づいたのだけど、三宮-新神戸間の一角に天然温泉浴場が複数あることに気づいた。そこを通るのは朝か深夜だったので一度も行かなかったけど。六甲山の向こうには有馬温泉も在るのだから不思議は無い。が、神戸で仕事している時には気づかずにいた。

温泉行って風呂に入って、旅館で出るような朝飯を食べたい。たくあん付きの。やっぱり、今の自分はしょぼしょぼかもしれない。

日本に帰るまでにドロドロしたカツカレーとギトギトした豚骨ラーメン食べたいと言える位の気分に戻るのだろうか。

2010年10月31日日曜日

寝れない西田敏行

10月も終わりではないかい。こんなに日々が過ぎ去って行くというのに夜眠れず、目が覚め、朝10時くらいから頭がぼーっとしており、何とも勿体ない。

この睡眠問題に関して、時差ボケだとか、自律神経の問題だとか色々と説明を付けようと思っていたが、その問題の根本に横たわる原因がわかってしまった。それはベッドだ。きっと。

朝、寝不足で頭あがいたいような、ぼーっとしたなんとも気持ちが悪い状態で、畳んであった低反発の布団に体を預けてみたら、とっても気持ちいいがな。目をつぶればいつでも寝れそうである。そこで、寝室から居間に布団を敷いて横たわって見る。とっても気もちが良く、目を瞑ったらあっという間に睡魔に襲われ仮眠。あまり寝ると夜の睡眠に支障を来すので1時間半程で起きたけど。

いつも出張でホテルで寝れない。眠りが浅いということは薄々気づいていたが、これもすべて慣れないベッドのせいだということになりそうだ。

あと、この家は家族で住むには広くはないと思われるが、一人では余りに広過ぎる。これも落ち着いて寝れない原因のように思われる。できれば、便所に布団をひいて扉を閉めて寝たい位だ。

こっちに戻って2週間目に突入するというのに睡眠問題は解決していない状況を今日は是非とも打破したい。が、また再来週日本に行くのだなこれが。

昨晩、することがないので、デジカメの写真をスライドショーにして見ていた。今年撮影したものでは無く、昨年、一昨年の写真を。そしたら前住んでいたアパートのこと、その近くの公園のこと、近くにあったたこ焼きやのこと、そして、息子が入院したこと。などを思い出して、汚染地ではなく、(オ)センチ(メンタル)になって涙が流れているではないか。まるで卒業式のようではないか。でも、卒業式で寝たことはあっても泣いた事はないぞ。

最初は色々走馬灯のように過去の情景を思い浮かべて泣いていたが、次第に思うことも尽きて、涙も止まりかけた際に、悲しい曲をバックで流したりしながら、何時まで泣けるか試してしまった。以外にも、持久力を持って泣ける能力を持っているようだ。しかし、今日同じ事をしても泣けなかった。何か心理的な鍵ががちゃっと昨晩はハマったようだ。

前回泣いたのは、おくりびとを見た時であり、ナウシカを見ても泣けた。加齢まるで、西田敏行のようになってきているのではないか。と危惧するが、上述のように何か心理的な鍵ががちゃっと昨晩はハマらないとだめのようでもある。心って不思議だ。

2010年10月30日土曜日

徒然と

雲燃える。

日の出とともに太陽に雲が真っ赤く染まって、且つ空は薄い水色に橙色が混ざった感じで素晴らしかった。相変わらず睡眠は浅く、朝早く目覚めてしまうのだが、これを見れたのはそのお陰でもありラッキーだった。

そんな中、せっかくなので散歩。朝の寒さは結構厳しかった。が歩いてしまえば体も暖かくなるので気にしない。土曜の朝で人出は少ないと思いきや、それなりに散歩を楽しんでいる人がいた。

海には大量のアオサが打ち上げられ、そのアオサにまみれた砂浜でカモメがカニをぱくついていた。カモメのくちばしにかかれば、カニの甲羅はいとも簡単に割れてしまうようで、甲羅の中の美味しい所だけを食べて後はペッとばかりに放置し飛び去って行った。

朝、洗濯をしたり、朝風呂して本を読んだりして時間を過ごした。宮田珠己の本を読んでいたら東南アジアに行きたくなった。それを読む限り、東南アジアには遊園地的な仏教寺院やへんてこな庭園、そしてそこにまたへんてこなコンクリートの造形物があって中々楽しそう。その文体も相変わらず人を食った感じで笑いをこらえる必要もないので、風呂で一人ゲラゲラと笑っていた。

バングラディシュに渡り、現地の生地、職人を使って、デザインした鞄を作り、それを日本で販売している山口絵里子さんの書き物を読んだ。途上国を経済的に支援する一手段として、そのようなビジネスを作り上げた。つまり、お金を与える支援ではなく、作り出すというやり方でバングラディシュに還元させているのだ。自分より6歳若い山口さん。ただただ、凄いエネルギーと信念だなぁと思うし、その源泉はどこから湧くのだろうか。それは夢か?


山口さんがされているマザーハウス(www.mother-house.jp)

2010年10月29日金曜日

小石も積もればトイレも詰まる

するべきものをしたら、トイレが詰まった。これはトイレの構造上の問題なのか。それとも、私の、そして、出たものの問題なのか。をゆっくり考えようと思ったが、詰まったのであるからして、水は流れず、そして、便器にあふれんばかりに水が溜まり冷や汗をかいた。そんなこと考える前に、目の前の問題を対処せねば、この難局は益々混迷を深めることは間違いない。即断即決。即実行。処置の詳細はプライベートなことなので割愛する。

しかし、ナゼ詰まったのか。何となく思い当たる節はある。今日のは石のように固かった。それは、した時の感触で十二分に察知していた。たぶん、これが原因だと思う。が、翻って、ナゼ、今日に限って石のように固かったのかは謎だ。体に不足無く水も飲んでいるし。自分の体のことだし、35年も付き合ってきたこの体にしてもわからぬ。なんともミステリアス。しかしながら、例え石ころのようなものであったとしても、それを、滞り無く、素早く、水に流してくれるのが、水洗便所の果たすべきサービス、そして、責務のように思われる。が、この便所ときたらなんだ、サービスが不徹底だし、後処理をお客様/私にさせるなんてなんたることか。大人に恥をかかせやがって。

というように、一人で生活していると誰からの手助けも受けられず、自己責任度は高まり、且つ、便器ですら独り言の対象となるのであった。




さて、日本に帰った時のことを書くと言いながら、全然書いていないけれど、お祭り後、京都に行った。もちろん仕事で。紅葉は全く無く、木々青々。そして、なんと言っても暑かった。京都市内はバスで移動したが、紅葉無くても観光客はわんさか。外国人もちらほら。中米のオトコの人と、タイ人カップルにバスの乗り方を聞かれて対応。タイ人曰く、「わたしらにとっちゃこれでも涼しいんだけどね」とのこと。比較対象をどこに置くかで、随分と見方も変わるというものである。

バスは便数が多いのだけど、みんな混雑しているから次、というような考えをしないのか、どっとわんさか乗ってくる。そして、観光名所近くのバス停になると人がどっと降りて行く。みんな行く所は一緒のようで途中からは人疎ら。タイ人らも日本人観光客がどっと降りた清水寺近くのバス停で降車していった。

バスから降りて仕事場所まで歩いたのだけど、路地を歩く時にそこをビュンビュン走る車にクラクションを散々ならされたりしてオノノイタ。たった2年弱こっちに住んでいるだけなのに、歩行者優先が染み付いていて、日本でありがちな「車優先」の文化を忘れつつあった。そんなに急いで何処へ行く。不景気だという言葉は聞くが、車の急ぎ具合から行ったら、みんな忙しそうに見える。忙しいけど、お金にならないということか。

仕事なのでしかたがないけど、寺、神社巡りできず。それでも二日目の朝はホテルから祇園を通って、東山から北に北上し、仕事場へ。八坂神社や知恩院の前を通ることができた。前を通っただけなのであるけど、少しは満たされた。哲学の道じゃなく、完全に街の中の歩道沿いをただひたすら歩く1時間であったけど、思慮深く、日本の現実過去未来、そして人生哲学を考えることができた。というのは嘘で、何も考えずにぼーっと歩いていたら、何度も車にクラクションを鳴らされ、朝の人ごみに恐れをなし、心の休まる事は無く、肉体でなく精神的に疲れた。

そして、仕事を終え神戸へ移動した。本当なら、個人的にお気に入りな東寺と三十三間堂を見たかったのだけど願い叶わず。神戸に帰ってそれらのWebページを見て行った気になろうとしたが虚しさが募るだけだった。しかしながら、東寺のWebページは美しいので一見の価値有り。興味があればどうぞ。 www.toji.or.jp

立体曼荼羅、見たかったなぁ。。。

2010年10月25日月曜日

しとしと

雨がしとしと降っている。気温は日本より10度程度低く、中々体に答える。起きたら寒気がしたので、迷わず暖房を付け、適当にご飯を食べたあとに、ビタミンcを補給。大人なので、先手を打って対処した。思えば、小学校時代、寒くて仕方ないのに、担任の先生が半袖半ズボンを奨励していたことをおもいだす。子供は風の子。なんて、動いている時には、そんな格好して寒さ感じず動ける阿呆になれるってだけで、動かなきゃ寒くて仕方なかった。こっちは鳥肌たてている目の前で長袖長ズボンで、かつチョッキなんか着ている先生は胡散臭くて仕方なかった。そんな格好を強要されて風邪をひく子も多かったのではないか?と今更ながら思う。

お客さんが来たので、それの送迎をする。お客さんの泊まっているホテルに行ったら、埼玉の高校性が修学旅行でいた。自分の高校は修学旅行はなかったが、想像するに、先生方は大変だろう。この何をしでかすかわからない学生を、しかも海外のホテルで制御させなければならないのだ。見ていた範囲では、先生方が英語に堪能という風にも見えず。。。修学旅行生は制服姿で静かにぶらぶらしていたけど。それにしても、海外の修学旅行か。それもカナダなんて。うらやましいような、うらやましくないような。だって、こんな雨がちな天気の季節に態々来るなんてとも思うのだ。学生が静かそうに見えたのは、こんな雨で寒い天気によるのではないか。先生方もわざと、この季節にカナダにこさせて学生の暴走を外堀から埋めているのではないか。などと思いながらぼーっとその姿を見ていたのだった。。

2010年10月24日日曜日

残響

眠い。眠過ぎる。ナゼだ。日本で心赴くまま、否、古き良き付き合いを尊重して夜な夜な街に繰り出したからか。いずれにせよ、眠い。寝ても、直ぐに目が覚め、そして寝て。この繰り返しで、空っぽのはずの頭が重い。

それでも一人で帰って来たので、することはせねば。まず、起きて。ぼーっと。このぼーっとが長いこと長いこと。その後、明日来るお客様のために車を洗車。洗車機でばっと洗うのだけど、洗ってみたら全然汚れが落ちておらず。こっちは洗車機は水圧の高いシャワーと泡で洗うだけで、日本のグルグルまわるぞうきんのお化けのようなものではないので、汚れが落ちないようだ。それでも前よりは奇麗になっているはずだと納得させる。が、心の奥底で納得できず。その後、掃除機をかけて車内も清掃。2ドルで5分間機能するということだけど、2ドルなのに、2ドルコインが入らず、両替。出ばなをくじかれす。そして、5分というのに4分30秒程度で止まった。四捨五入で5分ということか。

さて、日本帰国した時の事。

帰国して次の日から二日間お祭り。本来お祭りを皆と率先して率いて行く年代であるものの、二十歳前に家を出てから、何もお祭りに貢献しておらず、大変後ろめたい。そんなんで、なるべく外に出ず。しかし、お酒の力も手伝って、2日目だけは外に出た。色んな人にあって、色んな事を話したような気がするが、お酒の力は偉大で何を話したのか良く覚えていない。が、たぶん、後ろめたい気が強いので、まずは丁重な挨拶をしていたと。。。思う。ちょっと現場を踏んだら、その笛や太鼓の音が頭にこびり付いた。そしたら、案の定、次のは二日酔い。食欲はあるものの、どうも胃の辺りが重かった。そんな体調なのに、笛と太鼓の音は頭で響き続けた。二日酔いの頭を締め付けるようだった。

睡眠障害

これは時差ボケというのか知らない。昨日、日本からの移動の際、昼間の新幹線から眠かった。そして、バスも眠かった。そして、そして、飛行機でも眠かった。いずれの場所でも寝た。30分寝ては、目を覚ますというようなものを繰り返した。どうにも眠かった。余りに眠いので、上から出ているエアコンに睡眠導入剤が混入されているのかと思うくらい。なので、エアコンの送風口を閉めてみたが、全く効果無くそれを繰り返した。家に帰ってからも眠くて昼寝。夜は一度目がパッチリしたものの、眠くなって寝た。これにはビールのお陰というのもあったけど。そして今3時。さて、この後寝るべきか。起きているべきか。この間、うつろうつろと寝ているので夢ばかり見る。でも、起きてからそれを覚えていない。その程度の夢。今の所、悪夢は見ていないようだ。

なんだか時差ボケと2週間の疲れがどっと出ているような気がする。何時までも若く思うなよあんた。という声が天から聞こえるようだ。

飛行機で隣に座った女の子は若かった。初めての海外旅行でどきどきしている感じがびしびし出ていた。そして、彼女はバンクーバーに到着した際、「ここまでの移動でもう疲れました」と言っていた。なので、若くても長旅は疲れるようだ。ということで、若くても長旅は疲れるのだ。この眠気は年齢でなく、長旅だからと結論づけてしまおう。



2010年10月23日土曜日

くま?

長い間、心身の病に倒れてブログが更新できず申し訳ない。というのは真っ赤な嘘で、暇を持て余しながらも何も書く衝動にかられず更新をしていないのでありました。この約1ヶ月の間何があったか。それを振り返れば、色んなことがありました。

まずは、友達というか後輩がこっちに来て、思うがままに遊び連れ回したこと。本人の希望もそこそこに。その友達は乗り物好きなので、水上飛行機観光、しょぼしょぼフェリー移動(ダウンタウン周辺)、本物フェリー移動(バンクーバー−ビクトリアなど)を入れてみましたが、そこは私の性格、全て思いつき。先輩風を微妙に吹かせながら、上から目線で思いつきに任せて行動する毎日でした。友達は本心から満足してもらえたのか? でも満足満足と言ってくれていたし、自分一人じゃ絶対しないことを、友達が来ていることをドリブンとしてできたし、私は満足。そんな中、ウィスラーまで足を伸ばしたのですが、熊が見られると評判のロープウェーからは熊が見られずがっかりした後で、友達と自転車乗って走り始めたら、10分後に我々の目の前を黒熊が全力で走り横切りました。熊が見られるとは聞いていましたが、まさか全力で走りさる熊に会うとは予想もしておらず、我々目が点。どちらかというと、熊の敏捷性とどこでも出るんだ感を感じてしまい、自転車で散策する意欲を削がれたのでした。なんであんなに速いんだ熊!という位。ちょっとした軽トラが青信号でスタートダッシュするような感じのスピード感。友達とは、その姿が熊と認識したくない利己的な脳の性質が出たようで、熊とその恐怖を認識したくないのか、「熊?」「熊」という会話を介してようやく、あれが軽トラでなくて熊であることを理解したのでした。その後も、なんだか道に大きなうんこが点々と落ちていて、どうも熊の気配は多いようで、ヘルメットを被って散策しているにもかかわらず、たいそう身の危険を感じたのでした。それでも地元の人は普通に歩いているし、走っているのを見たので考えすぎなのでしょうけど。所々に、ここは熊が住む場所という看板があって、看板には熊にあったら目を見ながら、冷静に後ずさりなんてことが書いてあったけど、軽トラのように走って来た熊にあったら、それも真横からこられたら意味が無いように思えましたが。大変良い勉強になりました。

その後、日本出張があったので、友達と我々家族で日本へ。友達は我々家族の滞在中の奉仕への感謝なのか、先輩風をびしびし感じたためか、成田から実家まで車で送迎してくれたのでした。送迎中、どうでも良い話をできたのですが、これは今までの成田エクスプレス+各駅こだま新幹線では味わうことができない楽しみで良かった。後部座席で息子はぐっすり寝てくれるし。実家についてみたら、前夜祭と称してお祭りが始まっており、その様子をぼんやり眺めて、とんぼ帰りで友達は東京に帰って行ったのでした。友達、高速で一度眠くなった時、眠気を醒すと言ってソフトクリームを食べていたけど、普通、眠い所にブドウ糖が入ると益々眠くなるというのは世の常のような気がしたけど、本人の意思でそうしているので黙っていましたが。それでも無事2時間程度で、その友人は東京の家に着いた模様。良かった良かった。

この友達を何故か、息子は「(嵐の)相葉くん」と勘違いして、「相葉くん」と読んでいた。ナゼ?謎だ。息子のフィルターを通せば、友人は相葉くんになるらしい。友達もなんだか相葉くんを否定しながらも、ニコニコしていたし、グッジョブ息子。

色々書こうと思ったけど、長くなるので今日はこれで。日本帰国編は明日以降。たぶん。

真っ赤な嘘はあるのに、真っ青な嘘はないのか?そんなことはどうでもいいけど、真っ青な嘘っていうのは。。。想像すると恐ろしい。

2010年9月19日日曜日

雨がち

最近、ずっと雨がちな天気。ついこの前まであんなに晴れていたのに。雨は強く降るわけではないけれど、どうも暗い。そんな天気に負けるかという意気込みか、通勤路には色鮮やかなウインドブレーカーを来て自転車で突っ走る人、歩く人、走る人様々。自分もこの天気に負けるかと気合いを入れるものの、昨年同様、この天気には慣れず気分はそれ程乗らない。雨は嫌いではないが、長く続くのは心身ともにシンドイ。

久しぶりにトレッキングシューズを履いて散歩したら、泥濘で足を滑らす。全くトレッキングシューズの役目を成さず。そして、足の裏が疲れた。池を歩くと鴨がいた。プランクトンがどっと繁茂して濁りながらも緑の水をスイスイ泳ぎながら、バクバクと何かを食べていた。我々が近くを歩いても逃げるそぶりも見せず必死に。それを見たからか、息子が「お腹が空いて力がでない」と言った。長靴をはいてズカズカ歩けばお腹も空くであろう。しゃべくりが達者になったと改めて感じるが、力が出ないといって、頭を垂れて力なくふさぎ込むその動作に驚く。どこで学ぶのだろうか。

2010年9月12日日曜日

あぁめんどう

面倒くさい病でした。

面倒くさいと思えば、何もかも面倒くさく、このブログも更新しないわけです。日々、面白いことなどないわけで、「はい、今日は何も有りませんでした」という平凡な日々を送っていますので、毎日、公開するような事も無く、逆に、無いのに頑張って書いて後悔することもあったような。。。

どうも周りで風邪が流行っているようで、うちも例外ではありません。息子は鼻を垂らしながら遊んでいます。そして、私も咳と鼻水に悩まされています。天気は雨が多くなり、そして、私の手の皮が剥け始めました。これは、季節代わりの知らせとしては、素晴らしいセンサなので、夏から秋にどっと時間が流れているのだいうことでしょう。

そして、今日。上の奥歯の詰め物が抜けました。そんなことは想像もしていなかったので、この金属の塊は食べていた肉に混入していたのだと勘違いしたのもつかの間、舌で上の歯を触ってみたら。。。20年以上も知らなかった窪みを敏感な舌が感じたのでした。ショックです。抜けたら、また埋めるしかありません。歯医者にいかねば。。。

でも、ご飯を食べてもそれほど痛みも無く、なので、歯医者に行く必要性があるのか。。。と面倒臭くなるのです。きっと、放っておけば、虫歯が進行するのでしょう。面倒くさがっている場合ではありません。

詰め物が抜ける。万物、エントロピー増大の法則で無秩序に走り続けているというわけで、詰め物という人工物だけでなく、自分の体も無秩序な方向に走っていることは事実でしょう。そうか、自分は歳を取りながら日々無秩序、死に向かっているのだな。と思うと、色々面倒くさがっている場合ではなさそうです。

できることはいろいろした方がいい。

でも面倒。と思うのは勿体ないけど、これが自分か。と思ったりもして慰めること多々なのです。


2010年8月24日火曜日

柄にもなく。ばかんす。

柄にもなく。家族旅行。こっち風にいうとバカンス?とにかく初めてずくしで行く前からどたばたし、緊張感もあった。そして、現在、宿泊場所の地下で温泉に入る訳でもなく、室内遊具で遊ぶ息子を見守っているのである。冷え冷えする地下で、長袖を着ながら、年長者を追い駆け回す息子。ガハガハ声だけが聞こえるのだが。。。遊具が三階まであって、まるで迷路。親は進入禁止とのルールがあるので周りで見守るしかないのだ。こっちは椅子に座っているだけで寒い。息子は汗まみれ。そして、これがバカンスという現実。そりゃ、三歳に長い間車に乗っていろというのも無理な話か。。

2010年8月21日土曜日

柄にも無く

友達が先週末来た時にThe Butchart Gardensに行って来た。誰かが来たら行く場所。いい眺めだった。この時30度を超えており、私は日差しに負けて熱中症もどきに。柄も無くレモネードを買ってまで水分補給した。水で良かったけど、水が無く、しかたなく。

写真撮影で定番の場所でぱしゃっと。
柄にもなく花の写真をぱしゃぱしゃと。
これは家の前の公園でみつけたたんぽぽ。



個人的には野草や森の木々を見る方が力強くて好きだ。柄にも無く最近は、植物を見ては感動して涙を流しそうになることもしばしば。というのはウソ。でも良く眺めるようにはなってきたなぁ。柄にも無く。

2010年8月20日金曜日

秋の気配と逆立ちと

暑すぎと思っていたら、涼しい天気で風邪をひきそう。嫁さんは既に風邪気味。息子はずっと腹減ったといっている。食欲の秋がもうきたか?息子は最近逆立ちばかりしている。食べても汗とオシッコとうんこで全てが消えてなくなるのか。今も横で逆立ちだ。頭で体を支えている。手は使わない。流石に、壁伝いではあるが。この前は手で体を支えて頭を持ち上げた正しい逆立ちを壁にもたれながらしていた。末恐ろしい。私は三歳で逆立ちしてはいないだろう。歌を歌いながら逆立ちをする三歳。ビデオ投稿したいくらいだ。

2010年8月18日水曜日

灯台下暗し

灯台の袂で海の安全を単眼鏡で見守る友達。膝を十分使った観察の姿は真剣さを物語っている。




この後タダでこの単眼鏡が使える素晴らしいカナダを絶賛したと思ったら、焦点がズレていると散々にダメだししたのだった。

その後、ピューマを見たと言い張った。

アホ。でも、そんなアホとの時間は楽しかった。友達って大事ってことを忘れていた。灯台下暗し。

2010年8月17日火曜日

下駄を鳴らして奴が来る

 先週末、考えれば幼稚園からのずっと一緒である友達が家族でビクトリアに遊びに来た。ワタシがこちらに赴任する前に、米国オハイオ州に赴任した友達である。中学校の頃はその他悪友とともにいたずらをしては先生に叱られることしばしば。高校では同じ学校に進学し、毎日一緒に通学した。台風の時、道が冠水していても一緒に自転車で通学したものだ。大学は東と西で異なる進路となったものの、なぜか海外赴任という現在の状況はまた同じである。

今回はふらっと訪れてきて、散々、アホな会話をして、あっという間に帰ってしまった。来る時は道に迷って遅くなったのに、帰る時はスムーズだった。

ワタシに比べアクティブな彼は、最近灯台にこっているらしい。海にある灯台をくまなく見ているらしい。そんなわけで、こちらに来て、近くにある歴史ある灯台に何でも行きたいと主張した。6時半に待ち合わせして行って来た。そしたら、ゲートが閉まっていて灯台を直接は拝めず。海岸の縁を渡って、防護柵を乗り越えて行ったのだった。防護策の向こうは海軍の基地があるためか砲台があった。水は冷たいし、鳥のうんこまみれで、足にそれがへばりついて散々だったが、アホな会話を連発しながら見に行った。ワタシには灯台のすごさが何も解らなかったが、久しぶりの友人とのアホな会話に腹をかかえてわらった。

その中の一つ。「ここらへんってクーガー(ピューマ)が出るらしい」「あ、そう」「見たことある?」「ない」「あ、いた」「嘘だろ?どんなん?」「ふさふさしたしっぽが長細くて、すばしっこかった」「それってリスだろ」「でも、4本足で歩いていたもん」「アホか。リスだって4本足だ」「リスって二本足でしょ?」「アホ。それって餌食ってるリスの絵だろ。でも歩く時、走る時は4本足じゃないの?」「あ、そうか」「でも、あれはクーガーだったよ」「クーガーって知ってんの?」「知らん」

というような感じのどうしようもない会話。でも、疲れるどころか、大いに楽しんだ。そして、帰ってしまったら、なんだか寂しくなった。そんなんが友人というもんかと思った。

2010年8月15日日曜日

まぼろしか?しんきろう

昨日から熱波です。30度越え。湿度が無くカラカラなんですが、直射日光の強度(照度)が日本に比べると強い気がします。地球と太陽の距離のせい? もしくは、熱い夏から遠離って耐性が弱まったから?など理由が考えられますが。とにかく暑い。

海水温が低く、熱波なもんだから、蜃気楼が家の前の海に出ていました。山の前の海に浮かぶなんか島のようなもの。

それが蜃気楼であれば生まれて初めて見たことになります。理科でこの現象を習って以来、その現象の写真の意味がわかっていませんでした。日本海でたまに見られる現象とか、屈折率の違いで生じる現象など、現場を知らないながらも、その知識だけはあったのですが。実際に見てみると感動でした。最初は、軍艦が浮かんでいるように思えました。

この写真、蜃気楼を確認後、嫁さんが家のカメラを持って撮ってくれたもの。帰って来た時には嫁さん顔真っ赤でした。そんだけ暑かったということです。私は、暑かったので写真を嫁さんに頼んで、パンツ一丁になって寝転んでいました。

大気と海水温の違いで生じる不思議。それを見れたことでこの日は幸せだったと思えました。パンツ一丁で。ぼんやりと。幻想?、妄想? 

嫁さんは何時もだったら、文句をいうのに、のこのこ、へらへら、そして、喜んで写真を撮りにいっていました。これは幻想?、妄想?

そして、この景色が蜃気楼による虚像なのかは確認していません。が、蜃気楼だったと信じています。今日も暑かったし。。。

理屈臭いと良く言われるワタシですが、今回は信じて疑わない方が楽しい「おもひで」になるのでは? でもこれは蜃気楼なのです。今後、見ることできないかもしれません。あー良かった。

2010年8月8日日曜日

あそび

昨日は中華風、今日はタイ風料理を夕食にしている。それぞれ、我々まったくレシピの知識無し。どこかで食べてこれはこうかな?程度の考察でスーパーでそれらしきものを調達し、作ってみることしばしば。合理的、効率的と言うべきか、大雑把というべきか、その境界はわからないが、自分達の性格から言えば後者か。

昨日作ったエビチリはどこか辛みが足らないものの、逆にネギの甘みが引き立って大変美味しいものだった。そして、今日のタイ風グリーンカレー擬き+フォーは何処か店のそれとは違うけど、店で食べると何時も思う塩っぱすぎが無くそれなりに食べられた。この曖昧さこそ、家庭の味というべきなのでは。と思う。教科書どおりに作ると美味しいけど平均点というよりも大雑把な自分の感情入りの方が「あじ」があるような気がする。それに似たことを「夕食万歳」結城先生は言っていた。子供の頃、学校を休んだ時に見ていた昼前の番組で見た気がする。学校をさぼりながら見ていた気もする。

夕飯後、嫁さんがロールケーキもどきを作っている。デザート作りは分量と時間の「あそび」が無いと聞くが、標準的料理同様、随分あそびがある。「ありゃ」「まちがえた」とかいうプロセスを踏みながら現在進行形で作られているのだが、それによる「あじ」は出るのだろうか? 楽しみ。

息子が凄い頻度で「おなかがへった」という。大抵この後、しばらくすると、ぐん、と身長が伸びるのだ。ワタシも最近妙に「おなかがへる」。こちらは身長が伸びることは想像できず、横に広がることが予想される。注意すべし。

2010年8月7日土曜日

口十

冒険家/登山家の栗木氏が出演しているポッドキャスト版「学問のすすめ」を通勤中聴く。どっかで既に聴いたことがあるような気もしたけれど、「できそうに無いことも、言い続けることでできる気になる」そして「たいていできてしまう」ということを言っていた。氏は無酸素で8000m級の山を登っている人で、体力も普通、お金も無い環境から、言い続けることで良い意味の「自己錯覚」を起こして、人の力を取り込みながら課題/夢を自分の身を使って叶えているのだそうだ。自分よりもずっと若い彼のその心意気とエネルギーに嫉妬した。何回くらい言い続けると良いかとのインタビュアーの質問に「十回」「ナゼ?」「口に十と書いて叶える」「十一回じゃダメ?」「ダメです。一が増えると吐くになるから」というやりとりは、既にネタの領域の舌の滑らかさでさらに嫉妬した。

全体的に思えたのは、人ができない、やらない、やれないようなことを(努力の過程を経て)した、してきたような人の言葉、話はお坊さんの高いレベルの説法に近いなぁということ。オリンピックでメダルをとった選手も驚く程響く言葉を競技終了後のインタビューでするが、あれもそうだ。オリンピックで感動したインタビューでは、柔道女子の阿武選手(アテネ)、400mリレー末次選手(北京)のは個人的趣味で2トップである。

「強い酒を口に十杯入れたところまでは覚えているが、十一杯目以降は記憶に無く、次の日二日酔いで吐き続けた」というような経験にありそうなつまらないことしかワタシには話せない。やっぱりとことん普通、または、それ以下の自分である。

2010年8月5日木曜日

輪廻

本屋で割引だった「スプラウト(貝割れ大根みたいな双葉とひょろっとした茎の生まれたての何か)」の植物を買って来て、嫁さんが育てている。生え揃ったら収穫して食べるつもりだ。ひょろひょろしているくせに、走光性が凄くて、太陽光が注ぐ窓辺に葉っぱをもっていこうと必死に茎を曲げる。それも生えて来た皆が総出で負ける者かとグイグイ曲がっていく姿は生きるエネルギーを感じる。こっちは面白がって、葉っぱを窓側から日陰方向に鉢の方向を変えて遊んでいるのだけど、せっせとまた太陽方向に向かって曲がりだして数時間も経つと窓側に顔を向けているのだった。太陽を浴びて光合成で有機物を生み出せない植物ならではである。が、日焼けサロンに通う人間にも似ている気もする。両者の違いは光が無いと死んでしまうかどうか、使っている光が可視光と紫外線の波長の違いか。

また、冷蔵庫に熟熟になりかけたトマトを春に鉢に植えてみた。そしたらメキメキと育ち、産毛も逞しく、花を咲かせた。トマトがなったら有り難く頂こうかと。また、今年はシソやハーブの類い(シソもハーブだけど)もあって狭いベランダも中々騒がしい。

植物の逞しさと食物連鎖を感じる夏である。通勤路の野いちごを摘む大人達も正しく食物連鎖。散歩中の犬のおしっことうんこ。うんこは人間にせっせと袋に回収されるけれど(一部、回収されず、そのまま残っているけれど)、おしっこは植物の栄養となって輪廻して。目線を変えれば科学やら思想やらを感じることができるのだなぁ。と思う今日この頃。こんなことを感じるのは、お盆に近いから? 


2010年8月4日水曜日

夏を体感する通勤

ここのところ夏っぽい天気が続いている。が、最近めきめき日の出の時間が遅くなってきており、この夏も秋に向けて速度を加速しているのかなと思うと寂しい。と、いいながら、体の方は、日の出が遅くなれば、起きる時間も遅くなったりして、感情と裏腹に物理的に正直体は応答している。秋近し。

仕事をしている限り、通勤路が家族の面白話以外のネタ収集場所である。最近は、通勤路の横に繁る野いちごに関して面白い光景が多い。

今日は自転車通勤の女性が、野いちごを見つけた後、自転車から降り、ヘルメットをつけたまま、リュックサックからジップロックの箱を取り出した。そこには、ヨーグルトが既に仕込まれていて、野いちごをつんではそこに放り込んで、たまりにたまった後で、スプーンで食べていた。朝8時時半前の出来事。朝飯? 

その後、毛糸の眺めのコート(長袖)を着ている女性が、刺を気にしながらも、枯れた茶色の葉っぱまみれ(毛糸に付着している)を気にせず、野いちごをとっては食べていた。黒いコートに茶色い葉っぱが付着しているのだけど、そんなことを気にせず食べ続ける姿は興味深かった。

そういえば、小学校の通学路で、同じように野いちご狩りをしたし、魚をとったり、時に亀をとったり、氷の上に乗って遊んだりもしたことを思い出した。それを思うと、この野いちごに用意周到に戯れる大人をおもしろがって見ているだけでなく、自分も見るだけでなく体験した方が楽すべし と思うのであった。

その通勤路、黒スカートで自転車をぶっとばし、そのスカートが空気で膨らんでいるエリマケトカゲお姉さんが前回の反対方向からつっぱしってきた。その方向はワタシから向かって前方からであり、こぐ足と膨らんだスカートは正しくエリマキトカゲ。目線に気づかれないように観察した所、スパッツを履いていた。襟巻きスカート(黒)の中、黒のスパッツ。どちらかというと計算し尽くされているような気もした。前回は、背後からだったので、このような観察はできなかったので、これで納得できた。

通勤路。色んな人がいて楽しい。そして、思うのは、日本に比べて眠そうな顔をしている人が少ない、というかいない点である。眠くちゃ、野いちごもとってられないし、自転車もぶっとばしてこいでいられないだろうけど。そんな中、自分は眠いのだ。いかん、いかん。

2010年7月30日金曜日

黒マグロ三枚おろし

「6匹」

とやせてて、肌が浅黒い おっさん に告げると、早速、網で囲まれた養殖場のような所に連れて行かれた。そして、ボート二隻で網を広げて、養殖場内の角へ魚をおいやっていく。そして、最後にばっと網を一気にあげるとそこには丸丸太った黒マグロ3匹とキングサーモン3匹が入っていた。網は平面で、どちらかというと金魚すくいの網のように、それらの魚はすくいあげられたのだった。そして、浅黒い おっさんが 「はい注文通り6匹ね」といって乱暴にその黒マグロとキングサーモンを手渡した。なぜか、手渡す程軽くあるはずがないのに、おっさんは、刺身パックを手渡すように軽い感じでその大魚6匹をくれた。いささか、もらっても困るなと思ったけど、うちのキレの無い包丁を、簡易砥石というかナイフシャープナーで研いでから、3枚おろしに挑戦。今まで3枚おろしなどしたことないのに、なぜか上手くいく。ビギナーズラック。骨に沿ってすっと包丁がすべるように。何故か今日の包丁は切れ味鋭いが、魚の大きさに比べるとその包丁は菜切包丁程度の大きさで小さ過ぎる。が、思った通りに捌けるので驚く。なぜ今日だけこんなに切れ味鋭いのかわからない。切っている途中で魚が熱で痛んでしまっては困るので、大量の氷が欲しいなぁ、どこだどこだ。。。


と思っていたら、夢であることに気づいた。結局、その魚おろしも途中だし、食べることも無くその夢は終わったのだった。これはどういう心理状態かフロイト先生に聞いてみたい。マグロの刺身食べたいという心理状態だろうか? しかし、マグロの刺身はあまり食べたくない。一方でキングサーモンは食べたことは無いが、脂がギトギトしていそうでごん遠慮したい。ナンナンダ? は続いている。

2010年7月29日木曜日

なんだったっんだ?

朝3時過ぎから家の前でドリリングが始まって飛び起きた。なんで、夜明け前からアスファルトを掘るなんて騒音けたたましい作業をするのか。耳をつんざかれておきた。起きてからも騒音は鳴り止まず、怒るものの、何も出来ず、開けていた小窓を閉めることしかできず。弱虫なもんで。周りも相当腹立てたはずだろうに、朝日が出る直前まで鳴り響いたのだった。ガス漏れでも起きたのだろうか?そうでなければ、あんなキンキンした騒音をけたたます工事をするはずはないと信じる。なんだったんだ、あの工事。。。

出勤の途中、自転者に乗った女の人がスカートをエリマキトカゲのように膨らませながら、私の背後から猛スピードで通り去った。なんだったんだ。想像するに、逆側から見たら、パンツまる見え?逆側から見る必要があった。あの現象を観察、考察するには。。。

なんだったんだ?が朝から多い日だったな。

2010年7月28日水曜日

脱力とユーモア

会社まで歩く間、作家の万城目学さんが出演していたトーク番組を聴く。どんな作品を書いているか知らなかったけど、とても力が抜けた感じで、ユーモアがあってとても面白かった。本を買って読みたくなった。自分も力が抜けて、人からは何を考えているのかわからないような人でありたいとは常々思っているのだけれど、さて。

その通勤路に血痕のような赤いインクのようなポタポタが発見してから500mほど等間隔であった。だれか鼻血をこの間だし続けていたのだろうか。それが無くなったのを確認して、何だかホッとなった。あれは鼻血だという前提で想像してしまった。そういや何年も鼻血をポタポタと出していない。一方で、ぼーっと鼻をほじっていたら爪で引っ掻いて微妙に出血させてしまったことは何度も。

力が抜けている という点では合格しているかもしれない。

2010年7月27日火曜日

ブラックベリーと夏の終わり

ずっと青空が続いている。湿気も少なくとても快適。だけど、人間の勝手な判断に反して、地面は乾燥して植物は少し茶色に変色していたりもする。日本と雨量は反対なので、それに沿った乾燥に強い植物が今を生きている。だから、日本の感覚での心配は御無用なのだろう。

最近、ブラックベリーが実っているのに気づいていたけど、袋を持った夫婦がトゲを気にしながら採集していた。今年初めてそんな景色を見た。もう直ぐ夏が終わるんだとも思える風景だった。

夏を遊び尽くさなければ、秋と冬に心身持たないような気がする。昨年の経験で。遊ばねば。

2010年7月26日月曜日

あそびほうけた顛末

十数年ぶりにプールに入った週末。「けのび」してみたら上半身は浮くのに、下半身が沈んだ。やせていた大学時代ですらこういう現象が無かったように思う。が、上半身は肺があるし、内臓脂肪が腹回りは生きていく限りは不可欠であり存在する。が、下半身は肺も無ければ、脂肪も少ない。のでこういう結果になることは自然とも言える。十数年ぶりだったので、水の中でも自分の応答を忘れていたのだろうきっと。

息子はプールが気に入ったようだ。最後の方では、一人で背伸びして90cm水深のプールを歩いていた。自分一人でやると聞かないのだ。が、プール中央が少しばかりすり鉢上になっていて、背伸びも足りず溺れかけた。この際も、手の届く範囲にいたので大丈夫であったことはいうまでもない。助けたら、ガハガハ言っていた。

プールに人もいないので、泳いでみたり、全力で走ってみたりした。そしたら、プールを出た後から膝がくがく。朝一番に一人ランニングをしたからかと思ったが、そんなことは毎日のようにしているし、この日は距離もさして長く無い。故に、プールの中で走ったことに起因すると考えられる。全長15m程度のプールを全力で5往復位しただけなのに。しかし、プールがこんなに楽しいことだったとは忘れていた。息子も楽しかったようだし、近くのプールに行っても良いかも。

その後、公園でめい一杯遊んで、たまに懸垂したりして体力作りに励む。自分同様に懸垂しているお父さんがいた。その回数を真剣に数えて、負けるもんかと懸垂することを繰り返して遊んでいたのだが、今日になって背中上部が張っている。情けない。がこれが現実である。あの、お父さんも張っているに違いない。

そして、直後からおかしい膝は良くなったものの、今朝になったら腿の後ろハムストリングが軋んでいた。

怠さが残る月曜だったけど、こんな遊び疲れる月曜日もたまにはあっていいのでは。と思うのであった。体は怠いが、頭がクリアーって感じは久しぶりで中々良かった。

2010年7月24日土曜日

思いつき初旅行

朝、思いつきで一泊旅行に行くことにした。先週は仕事で不具合が出てバタバタしまくり、且つ、日本帰国後から自律神経がおかしいのか寝ても寝足りない感じがするなど、公私共に不具合に翻弄されていたのだ。

場所はビクトリアの北150kmに位置するパークスビル。干満の激しい遠浅の砂浜がある、砂の造形大会の催しが行われていること、あとは車で行くには手頃な距離であることが決め手であった。今まで全く家族で宿泊を含む旅行に行ったこともなく、息子も聞き分けも良くなってきたこと、息子と嫁さんに家の周り以外の空気や自然に触れさせてあげたいという気持ちもあるし、自分の不具合を調整するために非日常を味わいたいということもあり、思いついたら即実行とばかりこの旅を決行したのだ。

150kmと言えば、前住んでいた大阪と実家の距離の半分。こんな距離なら楽勝と考えていたのだけど、最近家の近くしか車で走っていなかったのでかなり長く感じた。が、ばりっと晴れ晴れした青空と、車の中の遠足のような雰囲気でどうにか目的地まで到着。といいたいところだけど、息子も嫁さんも途中で後部座席で眠っているじゃーありませんか。

まずは、ホテルでチェックインをすませ、海へ。明日が大潮という時期、且つ、丁度潮がひいた時間で広い砂浜が眼下に広がる様は素晴らしい。そして、海の向こうに見える山には残雪があって おー海外 って気分にひたれた。息子にとってはそんな景色は関係無く、でっかい砂場で大いに遊ぶのだった。以外にも、水場であまりばちゃばちゃ遊ばないかった。以前であれば、カニや魚採りに夢中(というか、我々に捕まえさせる)のだったけど。興味の対象も刻一刻と変わって行くのかもしれない。そうこうしていたら、引いた潮がみるみる上がってきて、我々の砂場があっという間に浸食されてしまった。その様は息子にも大いに驚きだったようだ。自然の不思議を大いに体感したのではないか。将来、そんな不思議をナゼナゼと聞かれた時には、この海洋学を修了し、その後そういう関係の仕事に就いているお父さんが数式を含めてその理論を教えてあげよう。と一瞬思ったけど、所々記憶に乏しいところがあって心許ない。参考書を見ながら恐る恐る教えてあげよう。多分ね。許せ息子よ。父ちゃんなんてそんなもんだ。

ホテルに帰ってバカンス気分でというより、家にいる時と同様に寝っ転がってダラダラとした後、夕飯。これは我々の旅最大の難関である。息子は米、麺を愛し、イモを愛し、それ以外にほとんど興味がない。それも純粋な米、麺、イモ。混ざりものは御法度という最近の状況で、実は我々は頭を悩ませているのである。そんな中、何処で食べるかは大いに頭を悩ませるのである。米、麺が食べられそうな中華を今回は選択。ブッフェスタイルのお手頃価格のお店。食べて見たらマズイ。というか、味がない。あと、油が良くないみたいで口に中が不快。これには参った。20分弱で店を後にした。頭を悩ませて選択したのにこの敗北。やるせなし。

その後海ベリを歩いて行ったら公園につきあたり、息子興奮。水遊びできるところがあって、そこで水に濡れた息子。誰に似たのかそういうことに神経質で、公衆の面前で ぬぐぬぐぬぐ と主張。そして、遊具のてっぺんで、自ら短パン、パンツを脱ごうとする。半ケツになったところで嫁さんが止めに入る。周りにいた女の子は オーノー って顔をしていたらしい。パンツに金魚の絵が入ったランニング姿になった息子はなんだか昭和の日本代表の体操選手って感じで笑えた。しかし、公衆の面前でパンツを堂々と脱ぐのはやめたまえ。息子よ。

どうにか公園を退避し、ホテル内のプールに挑戦。息子生まれて初。最初ビビりまくって尻込み。どうにか入れて、慣れさせてみると大興奮。一人でやる!と主張しだして、手の届くところで挑戦させてみたら沈んだ。直ぐに助けてあげると、咳込んだが、直ぐに再度興奮状態に。相当プールが気にいったらしい。親としては嬉しくも、目を離したら簡単に溺れるなということを実体験として学んだ。

このように思い付きの旅でも普通に充実するのだな。周りの景色が外国ではなく、実家の風景のように感じる今日この頃だったけど、こくいう外に刺激は中々良いなと思うのだった。思い付きバンザイである。

2010年7月21日水曜日

只ならぬ気配

朝出勤してみたら、会社前の家に多数の黒い服を来た警察官が一杯いた。作業着っぽかった。何か只ならぬ気配を感じたけど、それを立って見ているわけにもいかず、さっさと机に向かうべく出社。

しばらくして、ガシャガシャとガラスが割れる音やら、hold onとかいう声やら聞こえる。それが一定時間毎にして、しまいに普通の出来事になってしまった。ドンパチと乾いた危ない音はしないし、窓から見える隣の建物の天井では、おじいちゃんが普通にペンキを塗っているし、のどかなのだ。会社では、同僚が階段を駆け上がり「hold on!」とか言って遊んでいるし本当にのどか。外の喧騒は昼過ぎまで続いたのだけど、同僚に「あれなんなの」と聞くのも面倒というか、たまたま忙しかったので、なんであんなことになっていたのか聞かず。あの光景が起きた理由は今もってわからず。

帰り道、その家を見たら、道路にそった電線から家に張られた線は切られ、窓ガラスは破られ、代わりに合板の板で割れた窓が塞がれていた。只ならぬことだったのだろうけど、社内も外も普通だったし、何が何だかわからぬまま帰宅。

そう言えば、朝エレベータで一緒だったおにいちゃんと同じ靴を履いていて気まずかった。相手も私の靴を見、こちらも相手の靴を見で、目線がクロスしているのをお互い感じてしまったあの空気感が気まずかったのだ。靴が一緒だったのは仕方ないにしても、靴の色の落ち具合も似ており、とてもとても相手の靴を意識せざるを得なかった。昨日聞いたpodcastの「考えない」境地にはほど遠い、相手を意識し ああもない、こうでもない と考えてしまうのだった。無我。。。なんて無理だ。凡人のワタシは。


2010年7月20日火曜日

考えない 一休み

朝起きれない。一人だけ。だらだら寝て起きて仕事。頭が重くて、布団から頭を上げるのがシンドイったらありゃしない。朝の空は曇り空で、寝坊するには最高の環境であり、大いに甘えて寝過ごした。

「考えない練習」を書いた僧侶である小池龍之介さんのpodcastを聞く。考えないこと。それは一つ一つに集中することのようにしか思えず、考えないことは言葉以上に難しいらしい。ぼーっとするということは煩悩を呼び起こすというのは、なんとなくわかる。が、一つ一つに集中するのを満遍なくするというのは余りにも難しい。その一つ一つを本当に集中すべきものかを選択する必要があると思うのだけど、その時点で考えてしまっているのだ。考えないって難しいなぁ。その練習ってどんなんろう。練習しようと思った時には考えてしまっていると思うのだけど、これは煩悩か。podcastの小池さんの声を聞いたら、とても年下と思えず目を瞑って年上だと考えることをやめた。「考えない練習」ってこういうこと。。。ではないだろうなぁ。。。

2010年7月19日月曜日

エレベーターの角かよ

夕食はカレー。カレー粉が無かったので皆揃ってスーパーへ。その帰路のエレベーターで息子が嫁さんに向かって、エレベーターの天井に面する角を凝視しながら「おとうしゃんだねぇ」と呟いたらしい。嫁さんは余りに恐ろし過ぎて、エレベーターを出ると猛ダッシュで部屋に駆け込んだらしい。私の存在なんてエレベーターの角程度というのもうなづけるので大いに笑った。その現場を私は押さえていないのは、二人を先に帰らせて酒屋でビールを買っていたからである。そんなんだから角程度の存在なんだけろうけど、なぜ角が私に見えるのか?ここんところ痩せて顔が角ばっているがエレベーター程ではない。エラがはっているから?嫁さん情報によれば、見知らぬ黒人の人を見ながら「おとうしゃん来たねぇ」と言っていることもあるそうで、私の存在や姿は彼の脳にその程度に投影されているのだろう。。。いや、そんなこたぁないと否定したいところだけれど、現実は厳しいと改めて強く認識するのでありました。

ロシアが猛暑に見舞われ、酒飲んで水浴びして1200人以上水死している大新聞社の記事をみて、スポーツ新聞を見ているかのような錯覚を覚えた。昨日ポアンカレ予想を解いてフィールズ賞をとったペレルマン博士のドキュメント(本では読んでいたけれど)を見た後だったので、なんと阿呆から天才までの振幅の大きい国なんだと益々興味が湧いた。ペレルマン博士もフィールズ賞を結局辞退しているし、人嫌いになってキノコ採りをしているらしい(とは言っても今も何か興味の対象を見つけて解を見つけるために邁進しているのだろうけど)。阿呆と天才は紙一重とはいうけれど。ペレルマン博士は酒飲んで水浴びをしていないか心配だ。

昨晩、そんなドキュメントを見て数学したくなってipadの数学公式集のアプリケーションを無料でダウンロード。よく出来ているアプリケーションで感動しているのだけど、今後これを使って何かする予定は全くない。が、なんて良い時代だ。ただで面白い教材が溢れている。試験さえなければ、皆、学ぶ行為自体とっても楽しいことであると僕は思う。息子が学校に通うころにはゆとり教育でなくていいが、点取りテストが軽減されていたらいいなぁーなどとぼんやり考えるのだった。

2010年7月18日日曜日

ゆったり週末

快晴。どこに行きたい、何をしたいという訳でもないので、この素晴らしい快晴を朝から無視した。それでも勿体無いという気持ちは心の奥底に引っかかるので、ベランダに出てヨガ。ここんところ真剣に時間を割いてすることが減ったのに、前まで苦手にしていたポーズが結構するりと出来たりして驚く。何でも熱くなり過ぎている時は駄目で、力が抜けてしまって無欲の時ほどうまく行くというのは自分の法則通りである。しかし、ポーズが出来たからといって目に見えた良いことなど無く、ただ自己満足なのだけど、朝から心満たされてしまった。その後、息子がベランダで水遊びを開始し、水をかけられる。息子自身も自爆してずぶ濡れ。気温もそこそこ高いし服を脱がせて遊ばせる。自分も昨日同様パンツ一丁で、親子下着姿でベランダ遊びに興じる。周りから見れば、あそこのベランダはシャボン玉が大量に放出されるは、親子で下着姿で水遊びをしているはで、羨ましがられているに違いない。

昼飯は近くの日本食屋で外食。私はカツ丼を注文。肉が何となくレバーっぽい。精肉前の血抜き工程が下手なのだろうか。また、カツ丼自身、自分で作った方が美味いと思う少し残念な味。嫁さんは寿司を頼んだが、やっぱりこっちの寿司は寿司ではなくsushiである。日本のそれとは違う。日本のような握りを求めるのは無理な話で、こっち独自の巻物を注文すべしと意見が一致する。息子は、うどんとアイスクリームを完食。味に不満はあるがそれは仕方ないことで、外食の雰囲気を味わえたことで良しとすべきだ。子供が小さいと中々思い切って外食というのはできないけれど、この日本食屋は我々が安心してそれができる場所であり有難い場所なのである。

帰り最近出来たショッピングセンターに立ち寄る。買い物カート専用ベルトコンベアみたいなものがエスカレーターに併設されていた。ショッピングセンターは普通だったけど、これは見て得した気分。うちはこれをするためだけにカートを引いた。ここで流れるカートは商品を満載している中、うちのカートは登りも下りも空っぽのままだった。

そんな遊びをした後、息子は車の中で寝てしまった。家に戻って車から降ろすと機嫌を損ねることは目に見えていたので少しだけドライブして時間を潰す。途中、海の方向を見たら霧にまみれていた。空は快晴。眼下の海は霧まみれという中々面白い光景を目の当たりにして海へ向かう。海に近づくほど霧が濃くなり、海についたら海なのか何なのかわからない位の霧。海と大気の相互作用を目の当たりにして家族で感動を覚えたのだった。というのは嘘で、息子はチャイルドシートで爆睡し、嫁さんは外に出て一目した後、「さむっ」といって車に舞い戻っていたのだった。確かに肌寒かったけれど。

そんなこんなで家に帰ってみたら夕方だった。日本から帰ってきてから気力体力ともに落ち込んでいたけれど、ここ一週間ペースを落としてみたらそれらが戻ってきた感じである。日本では学生時代に慣れ親しんだ研究室に行って試験実験を行ったのだけど、学生時代には屁とも思わなかった長時間の実験に集中力が続かなかった。学食でご飯を食べた時も当時当たり前に食べていた揚げ物系のメニューが腹にこたえた。そして、何といっても周りにいる学生とひと回り以上違う現実に愕然とした。知らぬ間に、というか重ねる年月に目をつぶってやり過ごしている間に随分歳をとってしまっているこの事実。ワールドカップを見ても選手は皆歳下。今話題の相撲だって皆歳下。である現実。そりゃ毎日突っ走ろうとしても無理がでるか。。。チェンジオブペース。大事な年齢に入ってきたっちゅうことか。

2010年7月17日土曜日

大人の時間

朝5時。息子起床。低血圧気味と勝手に解釈して寝起きの悪い私を頻りに起きろと言わんばかりに話しかけられる。そんな息子が可愛くて、笑顔でニッコリ笑いながらオハヨウと囁きながら体を起こす。なんてことができる懐の広さは私に無い。体をグルグル回しながら息子の攻めをかわし続けるも、その執拗な攻めに根負け。機嫌が悪いままベッドを出た。

天気が良く、日差しが強い。東の窓から太陽がギラギラと照りつける。雲一つ無い快晴。でも体がだるくて外に出る気力にかける。忍び寄る加齢。負けるものかと力を振り絞るも気力みなぎらず。しかたないのでパンツ姿になってベッドに横たわりながら日光浴。チリチリと体が焼ける感触を楽しみながら二度寝。これこそ元気で突っ走る子供にはできない大人の時間の使い方である。が、歳とっただけなのだなこれは。

午後になっても気力みなぎらず。こんな天気なのでいたる所でバーベキューが行われているが、体力温存のため部屋でハンバーグを焼いて盛り上がる。肉。うまかったけど、後半、胃がばてた。これこそつい最近まで知らなかった胃のもたれ、胸焼けというものか。胃薬を飲んでベッドに横たわったら眠くなっていつの間にか寝ていた。起きたら昼は終わって夜だった。

マンマ ミーア。

マンマ ミーア

昨日息子に自転車を買った。ペダルが無い自転車。これに乗らせると、本当の自転車への移行が円滑に進むらしい。息子も3歳半を過ぎたし、玩具屋に行くと自転車に夢中になっていたので丁度良い頃合いかと。ガハガハ言いながら乗りまくるのだけど、ヘルメットを嫌がる。車のチャイルドシートと一緒で我慢強く慣れさせていくしかないのだろうが。

どこから仕入れたか知らないけれど、しきりに「マンマ ミーア」と言うようになった。これを外ででかい声で連発されることがあり恥ずかしい。これに加えて「オーノー」も連発する。益々恥ずかしい。滑り台から凄い勢いで滑り降りながら「マンマ ミーア」「オーノー」を叫ぶのは止めて頂きたい。が、こうやってネタにはなるので良しとするか。

「マンマ ミーア」(イタリア語)。直訳すると「かーちゃーん」。意訳すると「なんてこった」。「マンマ ミーア」を叫ぶ息子を見てこっちが「なんてこった」と思っているのだけどなぁ。

2010年7月14日水曜日

しゃぼんだま

時代は変わったのか、所変わればなのかわからないけれど、電動式シャボン玉発生機(しゃぼんをつけるプラスチックの輪っかの後ろに扇風機の小さいおもちゃがついている、手のひらサイズのおもちゃ)がある。それが、息子にオオウケ。飽きずにずっとシャボン玉を精製し続け、その写真を撮るよう命令される。こっちも飽きずに写真を撮り続ける。口で吹いてやるシャボン玉とは桁外れに精製効率が良く、無数のシャボン玉がベランダから外に放出され続けた。他人様から見れば、シャボン玉を無数に吐き続ける家はどんな風に見えたのだろうか?ベランダの背丈は息子より高く、人が見えないのに、シャボン玉が無数に発生される家、メルヘンというより気味が悪かったかもしれない。途中、息子からそのオモチャを奪ってやってみたら中々気持ち良かった。緩衝材のプチプチを雑巾のように絞って潰している時に似た感覚。。。ってメルヘンもへったくれもない例えが思い浮かぶのだけど。息子はプチプチを知らぬので、さてどういう感覚で楽しんでいたのだろう???

2010年7月13日火曜日

寝ても寝ても寝ても

寝た。にも関わらず、眠い。

昨晩は息子と風呂に入りながら眠気と格闘した。格闘するものの、レフリーストップどころか完全にKOで途中意識を失った。起きていようという努力は頭の奥底で少しばかり燻っているので、目を開け続けて寝る。というより、嫁さんの目撃情報によれば白目で寝ていた。嫁さんの例えで言えば、「風呂で失神している」ような状態。意識と体が乖離しながらも必死に起き続けようとする様がそれだったのかもしれない。

そして、今日の夕方も眠かった。ベランダで息子を見ながらも夢を見ている感じ。見えているものと頭の中の映像が異なる感じ。でもその時、腕組みしながら息子を監視している「ふり」をしており、脳がするべき行動に全く追いつかないのだった。

そんな自分を認めたく無いので、脳にどこか深刻な病を抱えているのでは? と思ってみたけれど、ただの時差ボケ臭い。いや、多分、深刻な時差ボケなのだと思う。

それなのに、パソコンの前でこれを書いている私の首に息子が乗っかっている。肩車。親の心、子知らず。。。

力入らず

ワールドカップ、参議院選挙も何時の間にか終わってしまった。日本に行っている間に見る気力が失せ、ビクトリアへの帰路の間に結果がついていた。参議院選挙の結果にはあまり興味はないけれど、ニュースでやっていた党首の街頭演説で皆ボディーランゲージが激しく面白かったなぁと今更ながら思う。板についていない感じが良かった。結果に関しては、捻れて、参議院の意義が少し増すのかな。

朝起きて、息子が風呂に入りたいという。起きてすぐなのに元気一杯というか、テンションが高く、時差ぼけ気味の私には辛い。が、これを10日以上も一人で受けてたっていた嫁さんを思うと辛いとは言えない。おしゃべりも達者であるが、有り余る力でぶつかられると朝イチのボーッとした体では3歳のチビスケでも相当に応えるのだ。風呂から出たら、オーノー、オーノーと繰り返し連呼していた。一人で布団の上をグルグル回りながら。全く何を考えているかわからない。元気であることは間違いない。

まだ二つの旅行カバンがほっぽり出したままだ。長旅の後、嫌いなことは時差ボケと荷物を片付けることである。荷物に関しては自動で片付けてくれるロボットが欲しいくらいだ。

2010年7月12日月曜日

これは夢か現実か

気分の問題かもしれないけれど、時差ボケがひどい。眠っても眠い。眠りが浅いのだと思う。夢ばかり見る。その夢も突飛な物ではなく、現実に限りなく近く、夢を見ているのか、見ていないかの境目が微妙過ぎて困る。昨晩は買ったばかりのipadごと海に落ちて、「拭いてくれ」と叫んだらしい。叫んだこともうっすら覚えている。のだが。朝、嫁さんに「水没したら拭いたところでどうにもならないでしょ」と言われその通りだと頷いたのだった。

息子は朝からしきりに声をかけ、体当たりでこちらに訴え掛けてくるものの、全く答えられず。不甲斐ない父親である。帰ってきても、帰ってこなくても同じだ という神の声が聞こえた気がした。が、これは夢では無かったような気がする。

こんな父親にもかかわらず「おとうしゃん」と言ってくれる息子。これは夢か現実か。。。

帰ったぞ

昨日無事にカナダに帰って来た。成田の出国手続では野球解説者の金村義明さんが僕の後ろにいた。テレビで見るよりスリムででかかった。得した気分。バンクーバーでは曇り空だったけど、ビクトリアに着いたらバリっと晴れて眩し過ぎた。

滞在期間中、忙しいながらいろんな人に会えて、色々とお世話になって、気を使ってもらった。何かと自分のことばかり考えてばかりの自分だけど、皆に支えられていることを忘れちゃあいかん と身にしみた。本当にお世話になりました。

2010年7月2日金曜日

パンツ一丁

一昨晩。時差ぼけ。時差ぼけの時は必ずといってよい程、眠りが浅く、目を覚まし、寝ぼける。今回は寝ぼけて、なぜか鍵を持たずドアを開けて廊下に出ていた。当然、オートロック。部屋に入れず。格好はパンツ一丁。少し冷静さを取り戻して、フロントに行くべきか悩む。恥ずかしさも時間とともに増し、どうすべきかますます悩む。エレベータのところにフロント直通の電話があるのを発見。電話。フロント員の人にマスターキーを持ってきてもらって部屋へ。フロント員の人は、「閉じ込めですね」と一言。私の格好を笑うわけでも無く、冷静な一言であった。プロだ。

寝ぼけていたので、何がどうなって外に飛び出したのかの理由が全くわからない。夢でも見たか? それとも何かの超常現象だったのだろうか。全く理由がわからん。

結局その後寝れず。ランニング。大学時代住んでいたアパートが健在であることを確認し、その近くにヤマダ電機ができていることに驚き、大学そばのスーパーにはファミレスと牛どん屋ができていて、港沿いには海外に輸出するであろう大量の中古車が整然と駐車されていた。変わったなと思いながらランニング。湿気と暑さで汗が噴出す。結構朝から歩いている人が多く、その多くの人がすれ違い際に「おはようございます」と声をかけてくれた。街並みは変わったものの、人の気質は変わっていないということか。通勤に使っているバスの中でも、かっこがまぶしすぎる若い女の子らが運転手さんに「ありがとうございました」と言っているのも見た。人くくりに「駄目」と烙印をいろんなことに押しがちだけど、そんなことはないじゃんと思う光景だった。

大学の先生方に挨拶するも、痩せた姿で「私」であることを判断できない人続出。仕事中に卒業生の後輩がふらっと現れてしゃべる。「おまえ暇だな」とかいいながらしゃべっていたら、その後輩から「相変わらず失礼な先輩だ」と笑いながら言われる。「失礼な先輩」はいいが、「相変わらず」とは何事ぞ。

2010年7月1日木曜日

帰ったぜ 一人だけ

試験の補助のため日本に出張。残念ながら一人で。

飛行機満席。学生っぽい子が多かった。

目的地直前まで、ほぼ予定通りの時間で到着。が、人身事故で2時間、最後の乗り継ぎで、まちぼうけ。立ち続けた。でも、読みたい本もあったし、心に余裕をもって動き出すまで待つことができた。

ホテルの前は七夕祭り。人も飾りも一杯で、くらくらした。やんきーっぽい子も一杯いて、鞄があたって文句を言われそうで気を使った。横に並んで歩くのだもの。当たっちゃいそうで、当たっちゃいそうで。。。

新幹線の窓から見た入道雲は夏のそれであった。今見ているニュースに菅さんが出ているけれど、それのインタビューをしている古舘さんがイライラをつのって、相手あら(不適切/新聞、ニュースに面白そうな発言)を引き出そうとしているのが見えて、面白くもなんともなかった。政治に目に見える変化を求めるのはわかるけれど、マスコミ側も変化が必要ではないのか? 

明日は朝早くから作業なのに、眠気が鈍い。ビールを買って飲んだのに。鈍い。時差ぼけ? それとも、ビールをもっと飲む理由付けのためやせ我慢? 

2010年6月27日日曜日

イングリン

イングランドとドイツの試合。朝7時から見る。途中あったイングランドのゴールラインを割ったように見えたシュートを見た後、「こりゃイングランドサポータ荒れるね」と一言。「そうそう、イングリン怒るよね」と嫁。イングリン??? 「フーリガン?」と確認。「あ、そうだ、ハハハ。そうそう、フリーガン」まだなんか違った。イングリンって。。。これでもかと天然でボケる嫁。緊張感ある試合を緩く感じさせるのでした。そして、ドイツ圧勝。次、アルゼンチン戦。会社、盛り上がるだろうなぁ。楽しみ、楽しみ。と思っていたけど、その時、日本に出張ではないかい。この会社あげて盛り上がるべき時に。。。

2010年6月26日土曜日

翼くん

朝5時から2時間走った。といっても走ってるっていうほど速くはない。全行程、呼吸は全く苦しくないものの、後半、尻の筋肉がズキズキした。尻が弱いらしい。マラソン選手の尻は凄いのだろう。

昨晩はワールドカップの話ついでに、キャプテン翼は凄いという話を嫁さんとした。あの漫画でどんだけの人間がサッカーを始めたのだろうか。っていうか、今のワールドカップ世代はキャプテン翼に感化されたという年代なのか? キャプテン翼は20代に通じるのだろうか。気になるところだ。そう言えば、同級生の妹、弟は岬と翼って名前だった。キャプテン翼は、我々の親世代をも巻き込んでいたのだが。日向小次郎のまねをして、半袖をまくり上げて体操着を着てサッカーをするのも流行ったもんだった。うーん、懐かしい。

韓国負けた。残るアジア勢は日本のみ。あんなに前評判でぐだぐだにけなされていた日本代表。それが嘘のように褒めたたえられている。なんと。今さら叩いても新聞も雑誌もテレビも売れない/見ないもんね。そんなマスコミの雑音は無視してがんばってもらいたい。

2010年6月24日木曜日

勝ったぜ

日本。勝ちましたね。ワールドカップ。めでたし、めでたし。前評判が悪かった分、応援していました。仕事に集中? しましたとも。心頭滅却すれば火もまた涼し。。。なんて、できるわけないでしょ。試合の間。。。でも、勝ったことを確認してからは、いつも以上の集中だったと思われます。。。よ。

2010年6月23日水曜日

集中集中

我が会社のトップ二人はドイツ出身。スポーツ観戦大好き。例外無くサッカーも。そしてW杯となればなおさら。そして、今日はドイツがトーナメント進出を掛けた大事な試合。

結果。昼前なのでピザを仕入れて、出社している社員全員(といっても6人だけ)で観戦。テレビは無いのでパソコンで。有り難いことにCBCがインターネット放送をしている。ドイツがゴールを外しては文句を言い、ガーナが外せば歓声を上げ、実況にちゃちゃを入れながら、大人が子どものように食い入るように見たのでした。そしてドイツが得点を入れて勝利し、裏試合の結果をネットで確認して納得して仕事に戻ったのでした。

おかげで、サッカーのことが気にならずに仕事に集中できたのでした。めでたし、めでたし。

2010年6月22日火曜日

だって気になるもの

今日も仕事。当たり前ですが。夕方から同業他社の知り合いと打ち合わせでしたが、「明日のワールドカップ予選は生でみなきゃならん。朝始業時間が遅れてでも(フレックスなので)見なきゃならん」と言っていました。やはり、皆、ワールドカップのことを仕事の合間に気にしているのであるから、私は怠けているからワールドカップのことを仕事の合間に気にしているのではない。 ということが判明したのでした。都合のいい解釈? 同僚はドイツ出身なので、ドイツの試合がある明日は気が気で無いと言っていました。午前はワールドカップに集中して、午後からバリッっと仕事をすればいいのか。。。な。と勝手に解釈しています。けど。。。

2010年6月21日月曜日

ブラックホール

風邪もほぼ完治し、仕事に集中した


とは断じて言えない。


机に着いた途端に頭がぼーっとして風邪がぶり返したのかと思ったけれど、それは錯覚であった。いかん、いかん、集中集中と心の中で呟けば呟く程に他のことが気になってしまう。例えば、ワールドカップの結果とか。眠れない時に、眠るぞと思えば思う程眠れない時のようなブラックホールにハマったようだった。

たまにはこういう日もある。でしょ?

2010年6月20日日曜日

歩け歩け

風邪も落ち着いてきたので最近再び始めたランニング。家の前のトレイルを走り続けて行ったこともないとこまで来たら面白くなって結局2時間走り続けた。最後の20分は、歩きまじりだったけど。途中、舗装道路が無くなる所でウサギに遭遇。茶褐色だった。近寄っても逃げず、堂々としていた。帰ってみると、土踏まずと小指にマメが出来ていた。迷わず針で水を抜いた。長い距離を走ったからであろう。

その後、家族でダウンタウンへ歩いて行った。何の目的もなく。途中マメのこともあって、5本指ソックスを探す。アウトドアショップで見つけて即買い。これでマメとオサラバであれば良いのであるが。。。

そして、万歩計を見てみたら3万500歩強、一日で歩いたようだ。歩幅を70cmとしても21kmは歩いたことになる。おー今日は良く運動した。と思って飲んだビールは格別美味かったことは言うまでもない。

2010年6月19日土曜日

渡哲也

こっちで日が照っている時、目が疲れるなと思い続けていました。日射のせいだとは思っていていたので、サングラスが欲しいなぁとは考えていました。でも、自意識過剰なもので、かっこ悪いかも とか誰も見ていない自分を意識しまくって買わずにいたのでした。

たまたま、散歩に行ったダウンタウン。アウトドアショップであれこれ物色している際、嫁さんがサングラスを試していたのでした。自分も触発されて着けては鏡を見て、結局買いました。

さっそくサングラスをかけてみましたが、なんとなく心落ち着かず。しかし、全然目が疲れないのには驚き。日本にいる時、西日がまぶしい時の車の運転で使う位だったサングラス。なんと。もっと早く使っときゃ良かった。帰宅後、鏡を見ても目が充血していないことからもサングラスの効能が解ったのでした。

サングラスはファッション。もあるけれど、目のためには宜しいものだと深く理解しました。そして、人間観察しててもバレないっちゅうことも。。。ちなみに、買ったサングラスは渡哲也風ではありません。

今日も普通です

久しぶりの更新。この間、風邪をひいた。喉の痛みから始まって、熱が出た。典型的な私の風邪のひき方である。そして、手の皮がべろべろ捲れた。まるで脱皮。こちらは、季節代わりになると起きる行事のようなもので、痛くも痒くもない。ただ、他人からみれば気持ち悪いだろうけど、本人はまったく気にしていない。風邪も季節代わりに発症するので、脱皮も含めて季節の変わり目を知らせる優れたセンサに思える。

最近、息子の語彙力、特に形容詞、副詞が急速に伸びて来ておしゃべりが達者になってきた。元々おしゃべりであったけど、語彙が増えた分、こちらとのおしゃべりのキャッチボールも上手くなってきたし、素直に聞いていて楽しい。時には憎たらしいこともあるけれど。そんな息子に脱皮を見られて「お父さんだいじょうぶー、いたくなーい」なんて言われたりするとご満悦である。身長も伸びて、ぷっくりしていたお腹もへっこんできた。どんどん少年化が進んでいることを実感する。あと数年もすれば煙たがられる存在になると思うと、今できるだけ遊んでおかねばとも思う。

自分の日常に関しては「今日も普通でした」と書きたくなるような日々であるけれど、日本の総理大臣は代わり、ワールフドカップが始まった。前総理大臣にはもう少しがんばって貰いたかった。ころころ変えたところで何も良いことはないだろうに。過去の問題点を露にして、これからという時であったように思う。日本のマスコミが言うように基地の問題でアメリカは怒っているのか? 少なくともこちらのニュースを見る限りそんな話は出てこないようにも思う。煽って、政局になると新聞が売れ、ニュースの視聴率が上がるという構図も見えなくも無い。時間を与えないと仕事なんてできないんじゃないのかなぁ と末端の私は思ったのですが。

ワールドカップは実力差が試合に反映されない面白さがあって相変わらず面白いなぁ。カナダは出ていないけど、会社の中には、ドイツ、オランダ、オーストラリア、日本出身者がいるので、サッカーの話題は休憩時間に盛り上がる。今朝はオランダに日本は負けたので月曜日が楽しみだ。隣の席の同僚はオランダ出身なのである。

せっかくの土曜ではあるけれど家でゴロゴロしている。風邪のなおりかけでもあるし。こんな土曜もたまにはいい。けれど、息子は納得していないのかバランスボールに乗りながらタイピングしている私に体当たりしている。これも普通のことです。

2010年6月6日日曜日

Smoke 薫製?

雨模様。またか。晴れても続かない。変な天気だ。

ずっと気になっていたSmokeショップがあった。Smokeといえば薫製。中々入ることが出来ずいたのだけど、今日、そこに初めて入ってみた。

薫製らしいものが見当たらず、スナック菓子やジュース類が目につく。そして店内にはこれでもかという位、換気のためのダクトと店内の空気を吸い出す機器が目立つ。心無しか煙い。そんな店内にお客は多々訪れ、そして、レジの店員に話しかけ、お目当ての物品を手に入れて足早に帰るのであった。そう、こ、これはSmoke、タバコの店なのだった。何だか煙たいわけだ。

ずっと挑戦しようと思い続けた店。想像していた店とは全く異なるどんでんがえし。あー失敗、失敗!

店を出てからもしばらく喉がいがらっぽかったのであった。。。

2010年6月5日土曜日

晴れ、ビーチ

久しぶりにバリッと晴れた。こんな日を逃すことはできない。しかも週末。ということで車で外出。

行き先はIsland view beachと決めていたが、その前にガソリン満タンとついでに洗車。洗車はこっちにきて初めて。しっかり汚れた愛車を恐る恐る洗車機へ。日本と違いスポンジのローターは無くて、洗剤を噴射し汚れを浮かせた後に、強力な水圧で流し落とす方式のようだった。こんなんで奇麗になるのかなと思ったけれど、それなりに奇麗になっていた。が、やはり、所々うっすら汚れが残っていた。どうやら、洗車はマメに行うべきらしい。当然だけれど。。。

その後、ビーチへ。青空の元、奇麗な景色を楽しんだ。行った時には、人も少なくて大いに楽しめた。が、この晴れを逃すものかと、時間とともに人が多くなった。人によっては水着だった。気温は20度弱なのに。でも、確かに日差しが強く感じられ、風がなければ、気温以上の温度に感じられるような気がする。

一度、息子にサンダルを履かせて水遊びした。その時、見事に転んで、全身ずぶぬれ。水温は低いので、さすがに息子も驚いたようだ。その後、服を着替えて、砂遊び。我々の体も強い日射でチリチリと焼けるようだった。

こんな日がどんどん増える、続いて欲しいものだ。

でも、天気予報では明日は雨らしい。。。はずれろ!

2010年6月4日金曜日

有酸素運動

久しぶりに晴れた。この調子が続いてもらいたい。

有酸素運動に飢えて、ランニングを始めた。トレイルランニングに挑戦しようかと思っている。思い渋る前にする。というのは趣味を作るための鉄則である。今週末からはじめるぞ。と心に決めているが、さて?

2010年6月2日水曜日

きのこ

今日も雨混じりではっきりしませんでした。帰り道、キノコがにょきにょき生えていました。マッシュルームぽくって食べたくなりました。が、キノコはものによっては取り返しがつかないのでやめました。明日、このキノコの数が減っていたら、誰か食った、安全だと見なそうかと。でも、その人間、または、動物も中毒を起こしている、または、死んでいる可能性もあるわけで、やはり、安易に手を出さない方がよいのでしょうか。

こっちはここのところ雨が多いので、キノコの生殖にとっては良い環境なのでしょうね。

これを見て、椎茸のフライを鱈腹食べたいと切に思いました。叶わぬ夢か。。。


晩飯は偶然にもキノコたっぷりスパゲティでした。うまかった。まさか、写真のキノコ?

2010年6月1日火曜日

何が違うのか。

今日も天候不順。曇りがほとんどで時々晴れ間で、帰り道は雨だった。そして、今はまた曇り。

仕事に行っている時はこれといって目新しいことは中々無いのは事実。普通に会社に向かって、普通に仕事して、そして、普通に帰る。この繰り返しである。

ただ違うのは、天気が不順ながらも変わって行く景色か。通勤ラッシュの電車も無く、景色を見ながら通勤できている今はとても幸せなことかも。

曇りが多いながらも、木々の緑は増え、入り江の干満は月齢に同期して自然の流れにまかせて変化している。そんな景色をぼーっと眺めることができるのだ。

景色を眺める余裕。これって、日本で通勤していた時もなかった。。。なんて気もしない。電車の中から朝日に光る山を見ていたし。違いは100km/hで走る電車の中にいたか、いないかだけか。歩くスピードで見る景色は、他愛もないものでもゆっくり観察できる気がする。

2010年5月31日月曜日

日没と夕焼け

夜9時前の夕焼け。今日も雨が降ったり、やんだり、晴れ間が少し見えたりのはっきりしない天気だった。夕日が沈む頃、東の空に虹。それも低い角度にのみ現れた虹。太陽が沈むとともに色がくるくる変わり、そして消えたのだった。

風呂に入っていたら、嫁さんが見つけて知らせてくれた。得した気分。ありがとう。

2010年5月30日日曜日

ここのところ

トロントに行く前、天気が安定してきたと思っていたのだけど、ここのところずっと曇り時々雨の状況。気温もあまり上がらず、昨日などは肌寒かった。

そんな中、ヨットレースが開催されていたので見に行った。その前にその開催場所近くの防波堤を散策。防波堤といってもやたらに長い。風が強くて、息子も自分でフードを被ると能動的にジャケットのフードに手を掛けて必死に風をよけているのであった。

ヨットレースはさすがにインターナショナルというだけあって、参加者数も多く、アマチュアからプロまで参加者の幅の広さも中々であった。観客はやはり寒いらしく、ジャケットに皆身を包んでいた。人によっては双眼鏡を使ったりして見学していた。我々は寒さと風の強さによる体感気温の低さにうんざりして早々に退散。その後ビーチを散策して車へ。

その後に、Moss St. マーケットへ。このマーケットの開催場所の裏にはジャングルジムもあって、息子にとっても楽しめる場所。そして、私にとっても、息子を見ながら懸垂したりできるので、運動不足とストレスを解消できる場所。嫁さんは、そこでシソの苗をゲット。今年はこれを育てて、蕎麦、そうめんを食べる際、楽しめるかも。その後、早速、植木鉢と土を買って植え替えた。今年の夏が楽しみだ。また、マーケットでホットドッグとミニドーナツを買って、裏の公園で食べた。どちらとも昼の我々の胃袋を十分に満たす味覚であった。うまかった。

今日は、昨晩壊れたソファーの足の修復を試みた後、ナナイモへ。車で一時間強。途中息子は三半規管の感度の良さから車酔いを催したが、ナナイモの公園ではバリバリと動き回り続けた。止まることなくとにかく動き続ける。体力を満たしていなかったけれど、雨が強くなったので、息子をなんとかなだめて退散。

車に乗ってすぐ息子は寝た。帰路、ナナイモ空港そばのマーケットで遅い昼食を購入。ピーチパイ、チキンコンボ、パワーバー(いずれも手作り)を食べたが、どれも薄味(甘過ぎず、しょっぱすぎず)で大変おいしかった。店員さんと英語でしかしゃべっていないので、確認できていないけれど、アジア系の人であった。この薄味は日本人だったのか?とも思う。次回、確認してみよう。パイは大変おいしかった。絶対に次回はデザートパイだけでなく、買いだめしたい。

なんだか肌寒いので、嫁さんがクラムチャウダーを夕食に作ってくれた。とても美味かった。美味かったことは事実だけれど、早く暖かい料理でなく、春、夏っぽい料理が美味いバリッと晴れた天候になってほしいものである。

2010年5月25日火曜日

トロント

先週一週間、仕事でトロントへ出張し、展示会へ参加。展示会はトロント大学で行われていて、キャンパスがダウンタウンのど真ん中。カナダで最大の街とは聞いていたけれど、久しぶりに人の多い所で目眩がした。大学はオフィス街の真ん中に歴史を感じさせる風情の建物が並び、その中だけは落ち着いた感じ。その構内から出ると喧騒。ビルが立ち並び、車が走り回る。人の足取りも早め。ゴミやタバコの吸い殻が散乱していた。小さなビクトリアの街では感じなかったが、大陸でアメリカと地続きで近いせいもあるのか、アメリカ色が濃い感じを持った。人種のるつぼという感じで、中華、韓国、ムスリム、インド、ヒスパニック、黒人。。。が非常に多かった。アジア系の人種が多いというのが印象深い。

展示会参加者用に夜、オンタリオ湖沿岸を周遊するナイトクルーズがあった。湖といってもその規模はほとんど海。湖面から夕暮れ時のダウンタウンを見ると海に浮かぶ要塞のように見えた。CNタワーと数々のビルが空に向かって角のように乱立している姿は未来都市のようにも見えた。

滞在中、CNタワーに上ってみた。自分は高所恐怖症持ちであり気が滅入ったが、せっかくなので。まず、外が見えるエレベータに怯え、上った展望台の下が見えるガラスで股間からゾワゾワするいつもの症状が発生。しかし、展望台の窓から見える景色には怯えなかった。コンクリート作りで揺れも無く安心できるからか。京都タワーなどでは風による微妙な低周波の揺れがあって、この400m強あるタワーでもそれが発生するかと思ったが無かった。それで安心できたからだろう。そして思ったのは、自分は高所恐怖症では無く、「信用ならない高所」恐怖症なのだということ。エレベータは何かの表紙でケーブルが切れるかもしれない。止まるかもしれない。ガラスの床は割れるかもしれない。という信用ならない高所。一方、コンクリートの床は安心できる。ガラス窓は割れても落ちることはない。のであるからして。。。

お客様に会う予定で1日予備日を入れていたのだけど、それが叶わず、時間が余ったので、一緒に展示会に参加した同僚とナイアガラに行った。でかかった。その水量も凄いが、あの段差はなぜできたのだろう。地震による地殻変動、氷河による溝。。。あの水は五大湖からであるが、あんだけ流れ続けても湖の水が無くならないのはなぜか。金魚の水槽のように循環しているのか、周りからの流入、地下水。。。いずれにせよ、そのスケールと自然の成り立ちに対して素直に凄いなと思った。川を挟んで向こうがアメリカという場所だけど、アメリカ側からは滝が見難そうだなとも感じた。

そして、展示会。ぼちぼち。大学の男子トイレが異様に高い設定で足の短い自分には酷な設計であった。一方で、大便器は低くて、扉の下から丸見えになるのではという心配も感じる程。この極端な作りは何なんだろうか。

という一週間であった。

2010年5月13日木曜日

あたらしいあさがきた

春眠暁を覚えず。。。



朝焼けです。朝5時位かと。誰も起きない中、嫁さんが撮影しました。奇麗ですね。。。私は生で見ていません。だって、春眠暁を覚えずですから。

朝から飛行機は忙しいのですね。。。

2010年5月10日月曜日

天才

週末はいい天気で車を使わず歩き回った。これからは、このからっとした天気を存分に楽しみ、我々の健康を満足し、息子の有り余る体力を消耗するため、「歩く」をメインに据えていこうと。昨年同様にエコも兼ねてというのはうそ。

朝の歩きの通勤路は仕事の流れや考え事をする時間なのだけど、色々面倒で考えるとイライラが募って、逆に会社到着後の仕事のスタートが鈍りそうな気配なので、全くもって別のことを考えることにした。雨だし、なんか面倒なことを考えるともっと沈む気もしたので。

息子が、とんでもなく古い経験話を、突然話すという現象に関して考察することにした。息子3歳強。とてつもない記憶力を持っているのでは? と自分の息子が天才なのではないか?と思う今日この頃。しかし、これは冷静に考察すべしと思っていたのは事実。私の十分の一未満の時間を生きている息子。経験はスポンジのように脳に記録されるのだろうけれど、まだ剣山に生けた草花程度に脳に占める記憶は二次元的にまばら。三次元的には、すかすかの状況なのではないか。そうであれば、私に比べて、記憶の引き出しの出し入れは自由自在なのでは。だからこそ、とんでもなく古い話を突然話すことができるのではないか。という結論に至り、普通の三歳児かと考え直すと少し寂しくなった。

自分が仕事中あったという話。嫁さんから夕飯前に聞いたのであるけれど。

「このまえクレーンに乗ったね」「その時、じいちゃん上からお餅投げてたね」

4月に実家に帰った時、親戚の棟上げ式を思い出して。

このように、記憶の出し入れが自由で、イレギュラーな息子である。やはり、天才なのではないか。。。

2010年5月4日火曜日

ラピュタ

夕暮れ時の空を眺めてみれば、ラピュタに出てくる雲が。最近、強風気味で天気も安定していない。暦を見れば5月。もうそろそろ落ち着いても良いと思うのだけれど。

日本のニュースや、この前の来客のお話を聞く限り、今年の天候は極端な気がする。温暖化の未来シミュレーションでは極端化が進むというけれど。



日本時間で言えば、今日はこどもの日。地元の景色を思い浮かべると、茶摘みと凧揚げ。茶は今年の変な天気で新芽が凍ったとも聞くし大変なのでは。天気予報によると、昨日、今日は、これまた変な真夏並みの高温らしい。凧揚げはさぞかし汗まみれだと思うけれど、友達の凧はぐんぐん高く高く飛んでもらいたい。

2010年5月2日日曜日

ここんとこ

今週はとっても偉い人に来て頂いた。相手とこちらはほぼ初対面であったし、こちらにとっては偉い人だったので気を使った。会ってみたら、色々と気兼ねなく話すことができた。こういう機会は中々ないので、一生懸命接したのだけど、相手からは満足されたかは疑問だ。が、色々と話できたのではないかなぁ。。。

知らぬ間に息子は背が伸びたようだ。いつの間にか、前まで届かなかったエレベータのスウィッチに届くようになっていた。前までポッコリ出ていた腹が凹んで、その分、身長に移行したように見える。なんだかグイっと伸びたようだ。

ここのところ、曇りがちで、霧雨がち。といっても、晴れ間も多い。早く、このはっきりしない天気から、からっとした青空の毎日にならないかなぁと思う今日この頃。

2010年4月24日土曜日

自然との融合

ガレージの屋根からにょきっと大木が。自然との融合 って言葉が浮かぶ景色でした。ガレージ内で根っこがどうなっているのか見てみたい。


2010年4月23日金曜日

ゆるがない

最近は、通勤路で鳥の鳴き声を聞いたり、緑を見たり、風の音を感じたりするのが楽しかったので、ipodで音楽を聞くことが少なかった。けれど、今日はヘッドフォンで音楽を聞いてみたくなった。

基本的にネクラなので入っている曲が「しみったれている」ものが多く朝に相応しい弾けた心躍るものがなかった。それでも聞いた曲の中で「ゆるがない幸せが欲しいのです」っ歌詞があったのだけど。さて自分にとってそれは何なのだろう。

小さな幸せは日々感じるもだけど、ゆるがない幸せ って直ぐに浮かばない。

とぼーっとしていたら、街路樹のはみ出した枝に顔をぶつけた。雨に濡れていて冷たかったけれど、枝が細く新芽の薄緑の葉っぱでやんわりしていて痛くは無かった。そして、緑色の上着を着ていたからか、クマバチっぽい昆虫がずっとワタシを追いかけてきた。ワタシの甘い匂いに誘われたのか。加齢臭は日々増しているのではと危惧する今日この頃であり、甘い匂いを漂わせているとは思いもよらなかった。ハチに「ワタシは植物でない、花もない、蜜もない」と念で語りかけたら何処かに飛んで行った。自分にハチと会話できる能力があったとは。ってことはなく、接近してみたら臭かったのかもしれない。

愉快な怪奇現象

小麦粉で嫁さんが作ったアンパンマン。乾いてカチカチ。立派なゲイジュツです。





頭と顔しか作っていなかったのですが、朝起きたらニュルっと胴体が育っていました。怪奇現象でしょうか。人形の髪が伸びるのはかなりビビる話ですが、こういう間抜けな感じの不思議は大いに愉快であります。




2010年4月20日火曜日

少々小寒い一日。雨のち曇り。

昨日、アンジェラ.アキ のドキュメントを見た。末広がりなピラミッド型で現時点から10年先の目標を立て、それに向かって邁進して今の成功を得たらしい。そうか、積み上げ型ピラミッドでは無く、末広がり型ピラミッドがあるのかと一瞬目から鱗で、自分も真似てみようと目標を浮かべてみたのだが、現時点の「点」の目標しか浮かばなかった。無目標か、それとも、現時点で手一杯なのか。どっちにしても慣れないことをしない方が良い。お腹が痛くなっしまう。夏休みの宿題計画もままならなかった小中学校の時代から成長していないのだものなぁ。。。

通勤路橋を渡っている際、入り江を眺めていたら、白い流線型の塊がすいすい流れに逆らって上って行った。でか過ぎる鯉だ と思っていたら、斑のアザラシだった。こっちを「馬鹿め」と頭だけを出して覗き見してきたので、写真に撮ろうと思ったら潜水してどこかに消えてしまった。

2010年4月19日月曜日

哲学の道

 平日になると途端に出来事が少なくて書くことが無い。ルーチン。

考え事をして、窓の向こうを眺めていたのだけど、これは端から見ると窓際族か。カナダにそんな言葉があるかは知らないけど、パソコンを見ながら考え事をするよりは、外を眺めた方が思慮深くなった気がする。多分、気だけであり、眠くなっている。偉い人の自伝を読むと、寝た後の夢や、起きた直後に偉大なる発見があるということが多いらしいので、この眠気の「うとうと」具合はあなどれないに違いない。が、今までうたた寝して偉大なる発見は無い。こんなに思慮深く外を眺めている人間である。どこか脳に異常があるに違いない。

通勤も思慮深く歩くのだけど、会社近くの道端でキスしあっているカップルに目を奪われてしまった。思慮深く観察し、哲学しようとしたが、顔はスケベなおっさん化し、鼻の下を伸ばしていた気がするのでチラ見を繰り返し通り過ぎた。ランニング着のカップルであって、キスもいいがその情熱をランニングに投入すべし、と思ったのであるが。あの後、ランニングしたのだろうか? などと考えて、会社に到着してからの15分間、窓の外の向こうを見て夢想していた。。。というのはさすがにない。

2010年4月18日日曜日

切り干し大根

前に実家から送ってもらった切り干し大根を食べる。美味い。なんで干したものは美味いし、気持ちいいのだろう。干した布団、鯵の開き、そして切り干し大根。太陽の香り、力か。

とすると、自分も太陽の元で過ごせば過ごす程、風合い、風味が増すのかもしれない。晴れた日は仕事もそこそこに外で太陽をあびろということか。

子供の頃を振り返ると、まさしく太陽の下、遊びまくった。人が密集するような場所では無く、野山で。そして、傷を作りながらも果敢に攻め遊んだ。そしたら浅黒く逞しくなった。

という経験則からも、あながち上述の仮説が間違っているとは思えない。

太陽にあたると疲れるけれど、あえて萎れて力をためるってこともあるのだな。

あらふぉー

午前中、何気ない会話で「あらふぉー」の話になった。「この私も「あらふぉー」の括りになるのでは」との指摘に愕然とする。35。四捨五入で40。などと生温いことを言っていた私であるが、すでに約40ということか。光陰矢の如し。40に突っ走り、既に眼下には人生の折り返し(平均寿命を全うすれば)ではないか。いかんいかん、やることやっておかねば。読みたい本も読まねば。遊ばねば。仕事。。。も。程々に。

午前中、息子と公園で遊ぶ。息子もせいぜい12位までしか遊んでくれないのだろうから、後残り9年を切っているのだ。公園で遊ぶのも力が入る。わけでもなく、見張る程度で、ほったらかし。

その後、ダウンタウンへ。良い青空だった。青空に伸びる飛行機雲。見てるうちに風で広がり線から面にのっぺりと拡散していくのだった。




春。観光シーズンへまっしぐら。ということか、湾内を巡るフェリーが見えた。天から、晴れたら遊べ遊べ遊べとサブミナル効果、いや、90年代中盤を震撼させた稀代のペテン師の連呼による洗脳に似たような幻聴が。遊ばねば。晴れを逃すな。



中華街にてバブルティーなるお茶屋で一服。そのティーは色が奇麗で、底にはタピオカがぎっしり。黒糖で茶褐色に染まっていると思われる。コクあるほんのりした甘み。茶はフルーツ風味(選択可)。太めのストローで吸い飲むとタピオカがシュッポと喉ちんこに激突する。その感覚は面白いけど、甘い茶、フルーツ風味の茶というのが私には。。。この半分位の量で十分満足だったけど貧乏性なので飲みきった。タピオカも吸い尽くした。缶入りコーンスープの底にくっついたコーンを底を叩きながら飲み尽くした時に似た充足感。



中華街はぽんぽんしたサクラ(だと思われる)がまだ残って、その町並みとともに風情があった。


「いきものがかり」。大して知らない。が、今の今まで「いきものがたり」だと思っていた。「いきものがたり」なんて何だか深い名前だと思っていたのだが、「いきものがかり」か。勝手にがっかりしている。この疎さ具合、サクラをみてにんまりほんわかしているなんて「あらふぉー」と括られても仕方がないようにも思える。遊べ遊べ遊べ。。。

2010年4月17日土曜日

げーじゅつ


我が息子画伯(3歳2ヶ月)のゲージュツ。私が書けば「ちょっといっちゃっているね」と言われかねないが、息子が書くとゲージュツに早変わり。色使いなど天才的だと思うが、ただの親馬鹿か。この型にはまらない奔放な殴り書きは今後もほっぽらかしていきたい。図画工作の成績を稼ぐにはその先生の意図する教科書的な絵を書くということが鉄則であるが、長い人生の楽しみを考えると、型にはまった絵を書くことに慣れ親しむと絵を書くことに面白みを無くす。これは偏見だろうか。少なくとも息子には自由に書きまくってもらいたい。

一時的な家具崩壊期に入ったのだろうか。子供部屋兼書斎のドアの蝶番のネジが弛み外れた。また、タオル掛けがグラグラと弛み、風呂場のシャワーカーテンのバーが何度も転落するのであった。後者二つは手間無く修繕可能であったが、ドアの蝶番はやっかい極まりない。ドアは合板で出来ているが、ネジ締め部がボロボロと崩れ、ネジ穴が弛み崩壊。修理のためには小道具が必要となりホームセンターへ。小道具とボンドを購入。そして、嫁さんが穴補修にゴルフのティーが有効(緩んだ穴にこれを差し込み埋める。日本では割り箸が有効とネットなどでは出ていた)ということをホームセンターのレジにあるDIYマニュアルのような本で発見し、産まれて初めてゴルフショップへ。ティーだけを買う。帰宅後補修。インパクトのドリルが無いというのは補修するにはキツかったが、どうにか補修完了。プロの出来映えとは言わないけれど、実用的に問題ない範囲で出来た。こちらの家具や家の内装は余りにも弱い気がするが、日本が壊れなさすぎる、丁寧な作りすぎるのか?
こちらに戻ってきてから体調が如何にも悪く、体は怠く、頭は鈍く、やる気が無く、精彩を欠いた。考えてみると、精彩を欠いているのは何時ものことで、他力本願でやる気が見えず、頭は鈍いのは元々、心持ち一つで体を怠くさせる才能を持っている人間なので、何時もと同じ心技体であったと思えなくもない。といっても、終業後と土日は滅法元気なはずであるが、どうも乗り切らない感じであったことも事実であって、日本で燃え尽き症候群を起こしていたのかもしれない。そんな調子は少しずつ戻り、今では風呂から上がってパンツ一丁で日記を書く程に復活した。足からは汗がしたたっており、なんだか自分の半径50cm内は梅雨状態である。

カメラ購入後、何でもかんでもパシャパシャとしたくなり、何時もカメラを携帯するようになった。飽き性なので瞬間的な熱病だといえるが、熱病中はとにかくぱしゃぱしゃしたい。

そんな時に通勤路にフジツボが無数についたスーパーの買い物カートが横付けされていた。何者かに入り江に捨てられ、長期間放置されたものが、大潮の干潮時に誰かが引き上げたのだと思われる。そのカートはいい感じにつや消しされ、無数のフジツボは星のようで、まるでゲージュツといった感じ。これは写真に撮らねばと思ったけれど、朝の通勤では何となく通りすぎ、帰りに撮ろうと思った。そして帰り撮ろうと思ったら、自転車のお姉ちゃんがわざわざ自転車から降りて写真を撮っていた。「ちぇ 同じ感覚」と恥ずかしくなり、明日!と思ってみたら、カートは消えていた。なんと。思いついたら直ぐ行動の原則を忘れた。後悔先に立たず。

息子がまたでかくなった感じがする。そして頭もでかくなったような気もする。ニコちゃん化現象であろうか。

2010年4月15日木曜日

夕暮れ時の散歩


昼曇っていたと思ったら、夕方から快晴。夜長になってきたんで、夕食後も散歩に出かけられる。家族三人、公園で遊んだ後、海辺を散歩。


風もなくそれはそれは穏やか。昨日が新月だった。潮はちょうど満ち満ちていた。


そんな素晴らしい夕暮れ時に、トーテムポールがどでーんと立ってダウンタウンに睨みをきかせていた。


雨と暗い冬が終わったと切に実感する今日この頃である。幸せ。

2010年4月13日火曜日

通勤路の春

通勤は徒歩30分。日本での満員電車と徒歩で90分に比べると幸せな距離。なんと言っても満員電車が無いのは素晴らしい。もともと人が多いのが嫌いだし、どうしても流れに合わせなくてはならず早足になる駅は朝から刺々しい気持ちになる。こっちの徒歩30分は仕事前と後のウォーミングアップ、ダウンには最適だなと。

春が来た感は満載で、通勤路端の芝生にはタンポポやぺんぺん草?の花がうじゃうじゃ咲いている。




名も知らぬ黄色い花。まぶしい位の黄色。見ると元気になる気がする。去年の春にもこの花が気になったけれど、名を調べることも無く今に至る。形もぷっくらしていて面白い。


つくし。写真だと解り難いけれど巨大。20cm位はある。そして、それを支える太い茎。にょきにょき というよりも、ずんずん といった感じでそこら中に生えている。昨年もこの巨大さに驚いていたのであった。


そんな中、遅れちゃならぬ と芽吹くものも。


先月末、仕事で神戸や東京に行った際、駅の群衆の歩く流れにのれず、少し恐怖を覚えた。たった1年あの通勤から離れただけなのに。それが、こっちじゃ道草しながら買ったばかりのカメラで写真をとってのんびり歩いている。小学校の登下校並みの好き勝手さ。この通勤生活は自分の性にあっている。たまの都会はいいけど、結局田舎の人の少なさや時間の流れにあっているのだろうなぁ。


嫁さんが押し入れにしまってあった鯉のぼりを出した。息子は先日実家で本物の鯉のぼりを使って遊んだ。3mとか6mの。それをトンネルのようにして遊んだことが気に入ったようで、この30cm足らずの鯉のぼりに足を突っ込んで同じことをしようと努力するが報われることは、無かった。

ついこの前正月を迎えたとおもったら、もう4月中旬。光陰矢の如しである。

2010年4月11日日曜日

威勢よく 景気よく

今現在の西の空。今日も飛行機雲がたなびく。そして、写真では解り難いというよりカメラの機能を使いこなしていないためわかりにくいけれど、木々の新緑が目立つ。春だ。


家のベランダにあるなんだかわからない木。こちらも薄緑がまぶしい。枝もぐんぐん伸びている。しかもピンと威勢のいいこと。



周りの植物を見渡すと春。フレッシュ感が溢れている。日本ならばスーツが慣れない新人さんが駅に居たりして春を感じるが、こっちではそれはないなぁ。


こちらは実家の前に咲き誇っていたパンジー (?)。会社のお偉いさんが「花壇の植物に元気がない所(会社)はその場所(会社)自身に元気が無いんだ」といっていたことが思い出される。私の実家も、我が家も元気だということか? そうであれば結構なことである。

春だ。景気良くいこう。

2010年4月10日土曜日

ひこうきぐも


家の玄関前の空を走る、ひこうきぐも。ぐるぐる旋回していた。飛行機が旋回したのか、それともそこの空気がぐるぐる回って発生したのかわからない。ぐるぐる。ひこうきぐも一つも想像するだけで面白い。

万物流転

カメラに習熟すべく目に映ったものを写真している。目の前の景色を撮ってみる。今日も朝日。それしか能はないのかと言われればその通り。でもその高度が異なれば色も景色も変わって見える。橙色、水色、紫が複雑に折り重なり、雲は灰色の濃淡を変えながら流れ、目の前の風景は時事刻々とその色は変化し続ける。何事も止まってはおらず、流れているのだな などと思えるような、漠然と見ているだけのような。




テーブルに置かれた飛行機の数々。中にはスペースシャトルや空港バスなども。息子にとって現時点で最も愛すべき玩具。このうち一つでも欠ける(見当たらない)と家族総出で捜索することになるほど。これらを手に取って自分自身が飛行機になりきる。そして、並べて眺めの繰り返し。



季節が春になり、観光客が増えてきているせいか、水上飛行機が家の前を通る数が増えてきている気がする。サクラも咲いて、太陽も輝く季節といっても、今日は霜が降りたようで隣のスーパーの屋根は白かった。


2010年4月9日金曜日

いいじゃん


時差ぼけ治らず。というか、意識の問題だと思いますが、朝3時に目が覚めました。そして、外を眺めると月。地平線近くに輝くのでした。


朝日。美しい。時差ぼけしていて良かった?



夕日。


カメラが壊れたので、日本で買ってついつい撮りたくなるのでした。

2010年4月8日木曜日

帰ってみれば

家族皆時差ぼけです。

帰る時は、その行程に面倒くさくて仕方が無く憂鬱でしたが、帰ってしまえば我が家。ぐでっとするのでした。

日本に帰る前は暖かかく、そして日本は寒く、こちらに帰る間際暖かくなったのに、帰ってみたら日本より寒いのでした。しかし、これが普通かもしれません。緯度は稚内より高いのですから。

少し寒いといえども、木々の葉は芽吹き始め、景色に黄緑が加わって日本に行く前とは目に見える景色の変化を感じます。そして、家の前の公園ではソフトボールに興じる人達。これは昨年の初春の光景と変わりありません。

息子は帰国中に日本語能力が益々急速に進歩し、私の英語能力はその帰国期間に比例して低下したような気がします。

何はともあれ、こっちに元気に帰ってきたのですから、日本滞在は過去。こちらの気候風土、文化を更に大いに楽しみたいものです。そんなことは簡単なようで、日々をあたり前(怠惰)に過ごすと浪費するだけでしかありません。ので、色んなことを新たに新鮮に思いたいものです。

ところで、日本滞在時に暴飲暴食をしたせいか、胃が痛んだようで何だか胃が重いです。これは歳相応でしょうか。しばらくは胃を労らねば。。。

帰る時の憂鬱すら過去。少し体を労りながらも、ぐぐっとこちらの季節の移り変わりに合わせて行動的にいきたいと思います。

なんだか優等生的な文章ですが、時差ぼけの頭はこれ位の文章しか許してくれません。いつもと同じだって? 

2010年4月7日水曜日

後ろ髪

を引かれながらもこっちに帰ってきました。

私は出張で久しぶりにお世話になった人々に会い、会社のお世話になった人の送別会で熱いもの(ゲロではない)がこみ上げるなど前回の日本出張以上に感動を覚えるふりして飲んでしまいました。

一方で、親戚の棟上げ式で息子と餅拾いをしてはしゃぎ、息子は一杯同年代の子に会って大いに遊んで楽しんで、我々家族は両家の実家でどっぷり食べて飲んでどっぷり楽しませて頂いたのでありました。腹周りの厚みが増したのは気のせいでしょうか? それでも、遅い正月太りと思えばいいのかと。。。

いやー食った飲んだ楽しんだ。そして おせわーにーなりました。また、遊んで下さいませ。

2010年3月18日木曜日

英語論文を書いて燃え尽き症候群に。締め切りは日曜。どうにか間に合いそうであります。

なにか重大な課題があると集中し、それが終わると全くもって駄目な人になります。短期集中とも言える気もしますが、それを分散して行えば燃え尽きることも無い気はします。

わかっちゃいるけど 止められない のです。 いつも。

2010年3月17日水曜日

ジャパンツアー再び

来週帰ります。もちろん一時帰国ですけど。

うまいもん食べて、楽しく といきたいところですけど、
もちろん、そちらで仕事あります。

けど、うまいもん食べて、 楽しくやります。
やらさせて頂きます。やりますとも。

告知でした。

2010年3月14日日曜日

おてんとさんとおつきさん

今日からいわゆる夏時間になって1時間進んだ。朝起きたら、ipodと家の時計の時間がズレていて気づいた。

3月は冬と春のせめぎ合いのようで、寒かったり、暖かかったりである。日の出、日の入り、そして、この時間変更で確実に春に向かっていることが感じられる。こっちに来て、月や太陽の動きに敏感になっており、家の前の入り江の干満を見ては、月齢と潮の関係を実際感じている。日本にいた時はカレンダーや時計で時の流れを把握していたと言っても言い過ぎでは無く、こちらでは逆に目に入る自然から時を感じているのではないか。

歳を取った分、周りの自然の変化に目が行くようになったのか、それとも、こっちに来たからなのか。どちらでも無く、両者が絡み合って時間の感じ方も変わったのかな。いずれにせよ、自然から時間を感じ取れるなんてなんとも「豊」だと思うのである。

などと、時間変更から考察してみたのである。

が、ここの所、出るものが出ず困っている。所謂、便秘かと。水を飲む量を増やしたり、意識的にヨガの時間を伸ばしてみたり、積極策に打って出ているが効果として現れていない。その代わりガスだけは立派に出てくる。昨日が新月。新月は体の中の毒素が出る力が最大になるとか。科学的なものかは知らないが期待した。が、まだ出ず。月と太陽で干満が決まるように、人にも何らかの作用はありそうな気はする。満月に狼男になることはないだろうけど。

月や太陽を身近に感じるのは悪くない。