2010年10月31日日曜日

寝れない西田敏行

10月も終わりではないかい。こんなに日々が過ぎ去って行くというのに夜眠れず、目が覚め、朝10時くらいから頭がぼーっとしており、何とも勿体ない。

この睡眠問題に関して、時差ボケだとか、自律神経の問題だとか色々と説明を付けようと思っていたが、その問題の根本に横たわる原因がわかってしまった。それはベッドだ。きっと。

朝、寝不足で頭あがいたいような、ぼーっとしたなんとも気持ちが悪い状態で、畳んであった低反発の布団に体を預けてみたら、とっても気持ちいいがな。目をつぶればいつでも寝れそうである。そこで、寝室から居間に布団を敷いて横たわって見る。とっても気もちが良く、目を瞑ったらあっという間に睡魔に襲われ仮眠。あまり寝ると夜の睡眠に支障を来すので1時間半程で起きたけど。

いつも出張でホテルで寝れない。眠りが浅いということは薄々気づいていたが、これもすべて慣れないベッドのせいだということになりそうだ。

あと、この家は家族で住むには広くはないと思われるが、一人では余りに広過ぎる。これも落ち着いて寝れない原因のように思われる。できれば、便所に布団をひいて扉を閉めて寝たい位だ。

こっちに戻って2週間目に突入するというのに睡眠問題は解決していない状況を今日は是非とも打破したい。が、また再来週日本に行くのだなこれが。

昨晩、することがないので、デジカメの写真をスライドショーにして見ていた。今年撮影したものでは無く、昨年、一昨年の写真を。そしたら前住んでいたアパートのこと、その近くの公園のこと、近くにあったたこ焼きやのこと、そして、息子が入院したこと。などを思い出して、汚染地ではなく、(オ)センチ(メンタル)になって涙が流れているではないか。まるで卒業式のようではないか。でも、卒業式で寝たことはあっても泣いた事はないぞ。

最初は色々走馬灯のように過去の情景を思い浮かべて泣いていたが、次第に思うことも尽きて、涙も止まりかけた際に、悲しい曲をバックで流したりしながら、何時まで泣けるか試してしまった。以外にも、持久力を持って泣ける能力を持っているようだ。しかし、今日同じ事をしても泣けなかった。何か心理的な鍵ががちゃっと昨晩はハマったようだ。

前回泣いたのは、おくりびとを見た時であり、ナウシカを見ても泣けた。加齢まるで、西田敏行のようになってきているのではないか。と危惧するが、上述のように何か心理的な鍵ががちゃっと昨晩はハマらないとだめのようでもある。心って不思議だ。

2010年10月30日土曜日

徒然と

雲燃える。

日の出とともに太陽に雲が真っ赤く染まって、且つ空は薄い水色に橙色が混ざった感じで素晴らしかった。相変わらず睡眠は浅く、朝早く目覚めてしまうのだが、これを見れたのはそのお陰でもありラッキーだった。

そんな中、せっかくなので散歩。朝の寒さは結構厳しかった。が歩いてしまえば体も暖かくなるので気にしない。土曜の朝で人出は少ないと思いきや、それなりに散歩を楽しんでいる人がいた。

海には大量のアオサが打ち上げられ、そのアオサにまみれた砂浜でカモメがカニをぱくついていた。カモメのくちばしにかかれば、カニの甲羅はいとも簡単に割れてしまうようで、甲羅の中の美味しい所だけを食べて後はペッとばかりに放置し飛び去って行った。

朝、洗濯をしたり、朝風呂して本を読んだりして時間を過ごした。宮田珠己の本を読んでいたら東南アジアに行きたくなった。それを読む限り、東南アジアには遊園地的な仏教寺院やへんてこな庭園、そしてそこにまたへんてこなコンクリートの造形物があって中々楽しそう。その文体も相変わらず人を食った感じで笑いをこらえる必要もないので、風呂で一人ゲラゲラと笑っていた。

バングラディシュに渡り、現地の生地、職人を使って、デザインした鞄を作り、それを日本で販売している山口絵里子さんの書き物を読んだ。途上国を経済的に支援する一手段として、そのようなビジネスを作り上げた。つまり、お金を与える支援ではなく、作り出すというやり方でバングラディシュに還元させているのだ。自分より6歳若い山口さん。ただただ、凄いエネルギーと信念だなぁと思うし、その源泉はどこから湧くのだろうか。それは夢か?


山口さんがされているマザーハウス(www.mother-house.jp)

2010年10月29日金曜日

小石も積もればトイレも詰まる

するべきものをしたら、トイレが詰まった。これはトイレの構造上の問題なのか。それとも、私の、そして、出たものの問題なのか。をゆっくり考えようと思ったが、詰まったのであるからして、水は流れず、そして、便器にあふれんばかりに水が溜まり冷や汗をかいた。そんなこと考える前に、目の前の問題を対処せねば、この難局は益々混迷を深めることは間違いない。即断即決。即実行。処置の詳細はプライベートなことなので割愛する。

しかし、ナゼ詰まったのか。何となく思い当たる節はある。今日のは石のように固かった。それは、した時の感触で十二分に察知していた。たぶん、これが原因だと思う。が、翻って、ナゼ、今日に限って石のように固かったのかは謎だ。体に不足無く水も飲んでいるし。自分の体のことだし、35年も付き合ってきたこの体にしてもわからぬ。なんともミステリアス。しかしながら、例え石ころのようなものであったとしても、それを、滞り無く、素早く、水に流してくれるのが、水洗便所の果たすべきサービス、そして、責務のように思われる。が、この便所ときたらなんだ、サービスが不徹底だし、後処理をお客様/私にさせるなんてなんたることか。大人に恥をかかせやがって。

というように、一人で生活していると誰からの手助けも受けられず、自己責任度は高まり、且つ、便器ですら独り言の対象となるのであった。




さて、日本に帰った時のことを書くと言いながら、全然書いていないけれど、お祭り後、京都に行った。もちろん仕事で。紅葉は全く無く、木々青々。そして、なんと言っても暑かった。京都市内はバスで移動したが、紅葉無くても観光客はわんさか。外国人もちらほら。中米のオトコの人と、タイ人カップルにバスの乗り方を聞かれて対応。タイ人曰く、「わたしらにとっちゃこれでも涼しいんだけどね」とのこと。比較対象をどこに置くかで、随分と見方も変わるというものである。

バスは便数が多いのだけど、みんな混雑しているから次、というような考えをしないのか、どっとわんさか乗ってくる。そして、観光名所近くのバス停になると人がどっと降りて行く。みんな行く所は一緒のようで途中からは人疎ら。タイ人らも日本人観光客がどっと降りた清水寺近くのバス停で降車していった。

バスから降りて仕事場所まで歩いたのだけど、路地を歩く時にそこをビュンビュン走る車にクラクションを散々ならされたりしてオノノイタ。たった2年弱こっちに住んでいるだけなのに、歩行者優先が染み付いていて、日本でありがちな「車優先」の文化を忘れつつあった。そんなに急いで何処へ行く。不景気だという言葉は聞くが、車の急ぎ具合から行ったら、みんな忙しそうに見える。忙しいけど、お金にならないということか。

仕事なのでしかたがないけど、寺、神社巡りできず。それでも二日目の朝はホテルから祇園を通って、東山から北に北上し、仕事場へ。八坂神社や知恩院の前を通ることができた。前を通っただけなのであるけど、少しは満たされた。哲学の道じゃなく、完全に街の中の歩道沿いをただひたすら歩く1時間であったけど、思慮深く、日本の現実過去未来、そして人生哲学を考えることができた。というのは嘘で、何も考えずにぼーっと歩いていたら、何度も車にクラクションを鳴らされ、朝の人ごみに恐れをなし、心の休まる事は無く、肉体でなく精神的に疲れた。

そして、仕事を終え神戸へ移動した。本当なら、個人的にお気に入りな東寺と三十三間堂を見たかったのだけど願い叶わず。神戸に帰ってそれらのWebページを見て行った気になろうとしたが虚しさが募るだけだった。しかしながら、東寺のWebページは美しいので一見の価値有り。興味があればどうぞ。 www.toji.or.jp

立体曼荼羅、見たかったなぁ。。。

2010年10月25日月曜日

しとしと

雨がしとしと降っている。気温は日本より10度程度低く、中々体に答える。起きたら寒気がしたので、迷わず暖房を付け、適当にご飯を食べたあとに、ビタミンcを補給。大人なので、先手を打って対処した。思えば、小学校時代、寒くて仕方ないのに、担任の先生が半袖半ズボンを奨励していたことをおもいだす。子供は風の子。なんて、動いている時には、そんな格好して寒さ感じず動ける阿呆になれるってだけで、動かなきゃ寒くて仕方なかった。こっちは鳥肌たてている目の前で長袖長ズボンで、かつチョッキなんか着ている先生は胡散臭くて仕方なかった。そんな格好を強要されて風邪をひく子も多かったのではないか?と今更ながら思う。

お客さんが来たので、それの送迎をする。お客さんの泊まっているホテルに行ったら、埼玉の高校性が修学旅行でいた。自分の高校は修学旅行はなかったが、想像するに、先生方は大変だろう。この何をしでかすかわからない学生を、しかも海外のホテルで制御させなければならないのだ。見ていた範囲では、先生方が英語に堪能という風にも見えず。。。修学旅行生は制服姿で静かにぶらぶらしていたけど。それにしても、海外の修学旅行か。それもカナダなんて。うらやましいような、うらやましくないような。だって、こんな雨がちな天気の季節に態々来るなんてとも思うのだ。学生が静かそうに見えたのは、こんな雨で寒い天気によるのではないか。先生方もわざと、この季節にカナダにこさせて学生の暴走を外堀から埋めているのではないか。などと思いながらぼーっとその姿を見ていたのだった。。

2010年10月24日日曜日

残響

眠い。眠過ぎる。ナゼだ。日本で心赴くまま、否、古き良き付き合いを尊重して夜な夜な街に繰り出したからか。いずれにせよ、眠い。寝ても、直ぐに目が覚め、そして寝て。この繰り返しで、空っぽのはずの頭が重い。

それでも一人で帰って来たので、することはせねば。まず、起きて。ぼーっと。このぼーっとが長いこと長いこと。その後、明日来るお客様のために車を洗車。洗車機でばっと洗うのだけど、洗ってみたら全然汚れが落ちておらず。こっちは洗車機は水圧の高いシャワーと泡で洗うだけで、日本のグルグルまわるぞうきんのお化けのようなものではないので、汚れが落ちないようだ。それでも前よりは奇麗になっているはずだと納得させる。が、心の奥底で納得できず。その後、掃除機をかけて車内も清掃。2ドルで5分間機能するということだけど、2ドルなのに、2ドルコインが入らず、両替。出ばなをくじかれす。そして、5分というのに4分30秒程度で止まった。四捨五入で5分ということか。

さて、日本帰国した時の事。

帰国して次の日から二日間お祭り。本来お祭りを皆と率先して率いて行く年代であるものの、二十歳前に家を出てから、何もお祭りに貢献しておらず、大変後ろめたい。そんなんで、なるべく外に出ず。しかし、お酒の力も手伝って、2日目だけは外に出た。色んな人にあって、色んな事を話したような気がするが、お酒の力は偉大で何を話したのか良く覚えていない。が、たぶん、後ろめたい気が強いので、まずは丁重な挨拶をしていたと。。。思う。ちょっと現場を踏んだら、その笛や太鼓の音が頭にこびり付いた。そしたら、案の定、次のは二日酔い。食欲はあるものの、どうも胃の辺りが重かった。そんな体調なのに、笛と太鼓の音は頭で響き続けた。二日酔いの頭を締め付けるようだった。

睡眠障害

これは時差ボケというのか知らない。昨日、日本からの移動の際、昼間の新幹線から眠かった。そして、バスも眠かった。そして、そして、飛行機でも眠かった。いずれの場所でも寝た。30分寝ては、目を覚ますというようなものを繰り返した。どうにも眠かった。余りに眠いので、上から出ているエアコンに睡眠導入剤が混入されているのかと思うくらい。なので、エアコンの送風口を閉めてみたが、全く効果無くそれを繰り返した。家に帰ってからも眠くて昼寝。夜は一度目がパッチリしたものの、眠くなって寝た。これにはビールのお陰というのもあったけど。そして今3時。さて、この後寝るべきか。起きているべきか。この間、うつろうつろと寝ているので夢ばかり見る。でも、起きてからそれを覚えていない。その程度の夢。今の所、悪夢は見ていないようだ。

なんだか時差ボケと2週間の疲れがどっと出ているような気がする。何時までも若く思うなよあんた。という声が天から聞こえるようだ。

飛行機で隣に座った女の子は若かった。初めての海外旅行でどきどきしている感じがびしびし出ていた。そして、彼女はバンクーバーに到着した際、「ここまでの移動でもう疲れました」と言っていた。なので、若くても長旅は疲れるようだ。ということで、若くても長旅は疲れるのだ。この眠気は年齢でなく、長旅だからと結論づけてしまおう。



2010年10月23日土曜日

くま?

長い間、心身の病に倒れてブログが更新できず申し訳ない。というのは真っ赤な嘘で、暇を持て余しながらも何も書く衝動にかられず更新をしていないのでありました。この約1ヶ月の間何があったか。それを振り返れば、色んなことがありました。

まずは、友達というか後輩がこっちに来て、思うがままに遊び連れ回したこと。本人の希望もそこそこに。その友達は乗り物好きなので、水上飛行機観光、しょぼしょぼフェリー移動(ダウンタウン周辺)、本物フェリー移動(バンクーバー−ビクトリアなど)を入れてみましたが、そこは私の性格、全て思いつき。先輩風を微妙に吹かせながら、上から目線で思いつきに任せて行動する毎日でした。友達は本心から満足してもらえたのか? でも満足満足と言ってくれていたし、自分一人じゃ絶対しないことを、友達が来ていることをドリブンとしてできたし、私は満足。そんな中、ウィスラーまで足を伸ばしたのですが、熊が見られると評判のロープウェーからは熊が見られずがっかりした後で、友達と自転車乗って走り始めたら、10分後に我々の目の前を黒熊が全力で走り横切りました。熊が見られるとは聞いていましたが、まさか全力で走りさる熊に会うとは予想もしておらず、我々目が点。どちらかというと、熊の敏捷性とどこでも出るんだ感を感じてしまい、自転車で散策する意欲を削がれたのでした。なんであんなに速いんだ熊!という位。ちょっとした軽トラが青信号でスタートダッシュするような感じのスピード感。友達とは、その姿が熊と認識したくない利己的な脳の性質が出たようで、熊とその恐怖を認識したくないのか、「熊?」「熊」という会話を介してようやく、あれが軽トラでなくて熊であることを理解したのでした。その後も、なんだか道に大きなうんこが点々と落ちていて、どうも熊の気配は多いようで、ヘルメットを被って散策しているにもかかわらず、たいそう身の危険を感じたのでした。それでも地元の人は普通に歩いているし、走っているのを見たので考えすぎなのでしょうけど。所々に、ここは熊が住む場所という看板があって、看板には熊にあったら目を見ながら、冷静に後ずさりなんてことが書いてあったけど、軽トラのように走って来た熊にあったら、それも真横からこられたら意味が無いように思えましたが。大変良い勉強になりました。

その後、日本出張があったので、友達と我々家族で日本へ。友達は我々家族の滞在中の奉仕への感謝なのか、先輩風をびしびし感じたためか、成田から実家まで車で送迎してくれたのでした。送迎中、どうでも良い話をできたのですが、これは今までの成田エクスプレス+各駅こだま新幹線では味わうことができない楽しみで良かった。後部座席で息子はぐっすり寝てくれるし。実家についてみたら、前夜祭と称してお祭りが始まっており、その様子をぼんやり眺めて、とんぼ帰りで友達は東京に帰って行ったのでした。友達、高速で一度眠くなった時、眠気を醒すと言ってソフトクリームを食べていたけど、普通、眠い所にブドウ糖が入ると益々眠くなるというのは世の常のような気がしたけど、本人の意思でそうしているので黙っていましたが。それでも無事2時間程度で、その友人は東京の家に着いた模様。良かった良かった。

この友達を何故か、息子は「(嵐の)相葉くん」と勘違いして、「相葉くん」と読んでいた。ナゼ?謎だ。息子のフィルターを通せば、友人は相葉くんになるらしい。友達もなんだか相葉くんを否定しながらも、ニコニコしていたし、グッジョブ息子。

色々書こうと思ったけど、長くなるので今日はこれで。日本帰国編は明日以降。たぶん。

真っ赤な嘘はあるのに、真っ青な嘘はないのか?そんなことはどうでもいいけど、真っ青な嘘っていうのは。。。想像すると恐ろしい。