2010年10月29日金曜日

小石も積もればトイレも詰まる

するべきものをしたら、トイレが詰まった。これはトイレの構造上の問題なのか。それとも、私の、そして、出たものの問題なのか。をゆっくり考えようと思ったが、詰まったのであるからして、水は流れず、そして、便器にあふれんばかりに水が溜まり冷や汗をかいた。そんなこと考える前に、目の前の問題を対処せねば、この難局は益々混迷を深めることは間違いない。即断即決。即実行。処置の詳細はプライベートなことなので割愛する。

しかし、ナゼ詰まったのか。何となく思い当たる節はある。今日のは石のように固かった。それは、した時の感触で十二分に察知していた。たぶん、これが原因だと思う。が、翻って、ナゼ、今日に限って石のように固かったのかは謎だ。体に不足無く水も飲んでいるし。自分の体のことだし、35年も付き合ってきたこの体にしてもわからぬ。なんともミステリアス。しかしながら、例え石ころのようなものであったとしても、それを、滞り無く、素早く、水に流してくれるのが、水洗便所の果たすべきサービス、そして、責務のように思われる。が、この便所ときたらなんだ、サービスが不徹底だし、後処理をお客様/私にさせるなんてなんたることか。大人に恥をかかせやがって。

というように、一人で生活していると誰からの手助けも受けられず、自己責任度は高まり、且つ、便器ですら独り言の対象となるのであった。




さて、日本に帰った時のことを書くと言いながら、全然書いていないけれど、お祭り後、京都に行った。もちろん仕事で。紅葉は全く無く、木々青々。そして、なんと言っても暑かった。京都市内はバスで移動したが、紅葉無くても観光客はわんさか。外国人もちらほら。中米のオトコの人と、タイ人カップルにバスの乗り方を聞かれて対応。タイ人曰く、「わたしらにとっちゃこれでも涼しいんだけどね」とのこと。比較対象をどこに置くかで、随分と見方も変わるというものである。

バスは便数が多いのだけど、みんな混雑しているから次、というような考えをしないのか、どっとわんさか乗ってくる。そして、観光名所近くのバス停になると人がどっと降りて行く。みんな行く所は一緒のようで途中からは人疎ら。タイ人らも日本人観光客がどっと降りた清水寺近くのバス停で降車していった。

バスから降りて仕事場所まで歩いたのだけど、路地を歩く時にそこをビュンビュン走る車にクラクションを散々ならされたりしてオノノイタ。たった2年弱こっちに住んでいるだけなのに、歩行者優先が染み付いていて、日本でありがちな「車優先」の文化を忘れつつあった。そんなに急いで何処へ行く。不景気だという言葉は聞くが、車の急ぎ具合から行ったら、みんな忙しそうに見える。忙しいけど、お金にならないということか。

仕事なのでしかたがないけど、寺、神社巡りできず。それでも二日目の朝はホテルから祇園を通って、東山から北に北上し、仕事場へ。八坂神社や知恩院の前を通ることができた。前を通っただけなのであるけど、少しは満たされた。哲学の道じゃなく、完全に街の中の歩道沿いをただひたすら歩く1時間であったけど、思慮深く、日本の現実過去未来、そして人生哲学を考えることができた。というのは嘘で、何も考えずにぼーっと歩いていたら、何度も車にクラクションを鳴らされ、朝の人ごみに恐れをなし、心の休まる事は無く、肉体でなく精神的に疲れた。

そして、仕事を終え神戸へ移動した。本当なら、個人的にお気に入りな東寺と三十三間堂を見たかったのだけど願い叶わず。神戸に帰ってそれらのWebページを見て行った気になろうとしたが虚しさが募るだけだった。しかしながら、東寺のWebページは美しいので一見の価値有り。興味があればどうぞ。 www.toji.or.jp

立体曼荼羅、見たかったなぁ。。。

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