2009年11月30日月曜日

帰国後

帰国後、初仕事。パソコンを開けて、メイルを開くとあらびっくり。一週間の内に大量のメイルが未処理となっていた。それを、初めに受信されたものから順を追って対応する。記憶が繋がって行く感じで、2週間の空白を埋める良い頭の準備体操となった気がする。

2週間の間に、同僚二人は上唇の上に立派な髭を蓄えており(こちらのガンキャンペーンの一環で、彼らはそれに乗っかって髭を生やした)、その内一人は坊主頭になっていた。東洋人のワタシの姿とは違い、なんかホンワカ、子供っぽい感じで羨ましい。

5時にもなると、外は真っ暗。通勤路に街灯は殆ど無く真っ暗。そこを、LEDのフラッシュランプを瞬いて自転車が突っ走る。自分を明示する何がしかの明かりを持って歩かないと、轢かれるのではないか。対策が必要である。

帰国後の変化と言えば、帰宅しても人が居ることである。これだけで、随分救われる。一人だとご飯を作るのも、食べるのも億劫になって生活が乱れるし、楽しく無い。玄関を開ければ、息子が一目散に走りよって来て、それはそれは嬉しい。

ご飯を食べた後、息子が一人遊びをしていたのだけど、嫁さんのスカートを履いて「お母しゃん」と言いながら嫁さんに見せているかと思ったら、スカートを頭に被って「お化けだじょ」と言っていた。お化けの姿を教えた覚えはないけど、本やテレビなどから勝手に学んでいるようだ。急激な知識の蓄積や言語能力の成長に日々関心している。反面、馬鹿なことを息子に見せたら直ぐ真似されるので恐ろしい。

2009年11月29日日曜日

鮭 サーモン

鮭(サーモン)の遡上を見にGold Stream Riverに行ってきました。多分、最盛期に比べれば少ないだろう鮭が川を登っているのでした。その姿は、傷だらけになった体とともに、自分に訴えるに十分な姿でした。そして、多くの屍骸の鮭が川岸に横たわっているのでした。それを啄む野鳥がいて、食物連鎖を強く体感しました。川岸で眺める際、とっても臭い匂いが漂っていたのですが、それ自身、嫌みを感じるのではなく、自然の流れなのだと感じるのでした。これが、冷蔵庫の中で腐った匂いであったらどうでしょう?この景色や、匂いを、2歳の子供に見せられ、嗅がせられたことは大変良いことでなかったのではと思うのであります。












ジャパンツアー総括

日本にいた間に、所属している学会から奨励賞を頂きました。有り難いのだけど、自分は叱られたことは多くとも、褒められたことは少ないので困りました。。。その受賞講演をK大学でしたけど、声が小さかったようでした。しかしながら、すらすらとしゃべることができました。まるで、詐欺師のように。。。講演のスライドは成田に足止めされた際にフィニッシュを作り始めたものだけど、それなりに時間をかけたのかなあ。が、なぜリハーサルも無くしゃべれたか?今になって思えば、日本語をしゃべりたい衝動に合わせてつらつらとやっちゃった、できちゃったということなのかな?学会の間、いろんな人に会うことができたのも大変うれしかったです。学会の間よりも、お酒が少し入った懇親会は隔てなく話すことができてとっても楽しかったなあ。

実家にいることは殆どできなかったけど、そんな中でも楽しい仲間と合って飲むことができた。ああだこうだとお酒を飲みながら、うだうだ話す時間はとっても楽しい時間だった。いとこ、おじさん、おばさん、そして、弟、妹といいたい位の「みんな」。お腹が痛くて来れなかったおじさんも、来て直ぐの時に芋汁を頂きました。森町のあの空気を知るには、我々のかけがえの無い人達に合わねばならないのです。みんな忙しかったり、体調も悪かったのでしょうに、有り難うございました。

そして、研究室同窓会。後輩のMが一所懸命やってくれて、嫁共々感動しました。少なくとも、私にはあんな芸当はできません。Mのニコニコが全てを象徴するように、会は大変楽しくできました。残念ながら、私はほろ酔い加減の「適当」な司会で場を濁してしまいましたけど。。。申し訳無い。また、先生の「赤いちゃんちゃんこ」の時には力貸して下さい。そして、Mだけで無く、同期、先輩、後輩。お願いします。

今回のジャパンツアーは、何だか時間に追われて終わったのですが、最終的に、人と人の繋がりを切に感じる時間だった気がします。良い時間でした。

それでは、次回のジャパンツアーでもよろしくお願いします。

2009年11月28日土曜日

ところで

時差ぼけ。。。

嫁さん。

夜中、時差ぼけで起きるのです。

そして、お腹が減るのです。

そして、

昨日は、納豆ふりかけご飯を食べるのです。

今。。。横でコーラフロートを食べている。



時差ぼけが、空腹を呼ぶそうです。

隣で微笑みながら食べています。ハー。
眠れない日々は続いている。といっても、こちらの時間に馴染めないだけなのだけど。大人は、自分を制御できるのだけど、息子は難しい。単純に言葉にするのであれば、可哀想。深夜に目覚めてしまうのである。その時間は、日本の昼夜の時間に正しく合った時間なのだ。すべて、私の都合で連れて行ったり、帰ったりと、虫が良すぎる感じ。太平洋を挟んで行ったり来たり、本当に申し訳ないないのである。

こちらに帰ってきた日、雨がザーザー降っていた。その後、少し晴れたのだけど、時差ぼけでどこかに行こうとは思えなかった。それでも、嫁さんが時差ぼけを直すために外に出た方が良いと言いはじめ、外に出た。そしたら、外も良いもので、約2週間ぶりのビクトリアの町を体感することができた。

町。。。暗い。雨。。。しとしと。だけど、クリスマスの夜景。。。地味だけど多い。赤と緑の光が多くなっていた。そして、家から見える夜景に色と場所が変わっていた。

ところで、今までブログを書けなかった。何故? パソコンの電源故障が深刻で、とうとう充電ができなくなってしまってパソコンが使えなくなったのだ。パソコンは連絡手段としての生命線。嫁の暇つぶし、否、必要不可欠な道具。私にとっても、家で仕事するにはかかせないもの。お金を稼ぐ道具でもある。そこで、買った。買ってしまった。買ったのだ。iMac。PCでは無い、Mac。とうとう買い替えました。使ってみたら、難なく使えています。でも、懐は冷えました。。。それでも、これがなければ、生活できないのあります。クリスマスプレゼント?買ったところの店のお兄ちゃんに聞いたら、この時期の売り上げは、一年の四割だそうです。それに乗っかってしまいました。。。

嫁さんも、息子もとっても元気です。私も元気です。が、嫁さんに、私が痩せすぎているとどんびきされています。修行僧みたいで、「きもい」そうです。自覚はないのですが。。。ヨガポーズがある程度自由自在になってきている所を見たら、確かに「きもい」のかもしれません。座禅組ながら逆立ちしてたら。。。

今日は、息子が夜の定時に寝ました。さて、彼はそれが、昼寝として寝たのかどうか、今判断することはできません。いずれにせよ、彼が一番の被害者であり、早く、時差ぼけが直るといいのであります。

2009年11月26日木曜日

ジャパンツアー終了

昨日、カナダへ戻った。懸案の長時間の移動に対する息子の負荷に関しても、彼の頑張りで乗り越えた。知らぬ間に心の成長が進んだようで、本当に良い子になっちゃっていた。(父)親無くとも子は育つのであった。

今回のジャパンツアーは仕事が詰まりに詰まって、超多忙。結局、日本でのあれこれをここに書く間も無かった。もう少し時間を貰ってあれこれ書きたいとは思っている。

一先ず、無事カナダに戻り、案の定、激しい時差ぼけに苛まれていることを報告する。そして、持参した荷物の整理が全然できていないことも。

2009年11月16日月曜日

ジャパンツアー2日目

今回、初日の成田泊時に寝れず、次の日の夜まで頑張って起き続けたためか、時差ぼけを修正できたようだ。早めに眠くはなるけれど、日本時間にほぼ適合した生活ができている。

朝一、健康診断へ森町病院に行く。近くに公立病院のある有難さ。昨日のニュースでも公立病院は赤字で統合閉鎖があるらしい。そんな中、孤軍奮闘。頑張れ森町病院。森町病院に自分が懸かって行くのは、10年以上ぶりかもしれない。そして、新しい建物になる前だったし。

腹が減っているのに、朝飯が食べられず、且つ、そこに味噌汁の匂いが鼻に届くのは拷問に近かった。この検査が終われば開放される。一番の懸念材料は「胃カメラ」。会社からの情報では「胃カメラ」しか選択肢が無いといわれていた。生まれてはじめての胃の検査というのに、「レントゲン」でなく「胃カメラ」というのはハードルが高すぎると気持ち的に落ちていたのだ。しかし、その情報は外れ、レントゲンであった。初めてのバリウム。そして、まな板の鯉状態のワタシ。技師さんに言われる通りにグルグル体の方向を変える。そして、バリウムを飲む。たまに言われる方向を「はて」と考えながら回る。年寄りには大変だなぁ胃「レントゲン」というのが感想。

難関の胃の検査も終わり、最後に内診。出来立てのレントゲン写真が並んでいる。速い。それをお医者様が「うーん」と言いながら診ているので緊張が走るが、最後に「見た限り大丈夫ですね」だそうな。終わった。

昼に渡された下剤を飲むも、出るものが出ず。一回夕方前にトイレで用を足すものの、黄色いので、バリウムうんこでは無さそう。苦行。水をカパカパ飲んで、夕飯もしっかりとって、ビールをそこそこ飲んで、水を飲んで、ご飯をしっかり食べて、も出てこない。なんくるなるさ。明日までに。

カブのスープがメイン。美味かった。季節の野菜は美味い。そして、丹精を込めた野菜は、やはり違う。昼、検診から帰って来る際、スーパーで焼き魚を買う。鮭も魅力的だったけど、サーモンは飽きるほど向こうで食べられるので止める。ホッケと鰆を買ってみる。それをグリルで焼いて食べた。ホッケも鰆も美味いなぁ。鰆は春の魚なのだろうけど、今の季節でも十分美味かった。満足満足。

本当かどうか知らないけど、新月は体の毒素とかが最も排出される日らしい。これが正しいならば明日までにどっとバリウムうんこも出ちゃうはず。頑張れ自分。そして、新月パワーに期待。

2009年11月15日日曜日

ジャパンツアー2日目

(昨日分)
日本に来たらのお楽しみ。本。Amazonで大量に買ったのだけど、本屋に行きたくなって連れて行ってもらう。BC免許に更新した際、日本の免許は破棄されてしまったので、車に乗れないのだ。高野秀行の本を探すが、無い。文庫本が昨日出たばかりのはずなのだけど。東京あたりでは、静かな高野ブームが起こっているらしいのだけど。静岡西部地区には伝染していないようである。

それにしても目立つのは、ビジネス関連書での「勝間和代」。新聞などで、その言動や思想はすこしばかり齧っているが、せっかくなんで一冊買ってみた。売れっ子頼みの本屋業界なのだろう。売れっ子にすがる思いでの状況なのではないか。「本の雑誌」のインターネット版を見ると、本当に本が売れていないらしい。都立大の宮台氏のインタビューを聞いた限り、現代の10台は漫画も読まない傾向にあるという。これじゃ本屋は大変だろう。短期的にも長期的にも。ワタシは子供の時、一切本を読まなかった。それが今、本無くては駄目。なぜか? 暇な時間を持て余すから。というのが大きい気がする。世の中忙しいのだろうか。それとも自分が暇なのか。

夕飯のメインは鍋。しかし、副菜の焼いただけのカブが美味かった。両親の知り合いが丹精込めたカブ。そんじょそこらのカブとは違うのだ。透き通るように白くて、優しく甘いのだ。こういうものは、素材重視の調理法に限る。

明日健康診断のため、ビール控え目。風呂に入って寝る。寝不足気味で布団に入ってすぐ意識を失い熟睡。

2009年11月14日土曜日

ジャパンツアー一日目

(昨日分)

ホテル泊。1時間寝て、目が覚める。寝るな という神の声だと判断して、スライド作り。頭の中が冷静で無い、ハイな感じで思うように進まず。

一番早い成田エキスプレスに乗って、新幹線乗り換えで実家へ。成田エキスプレスとは名前ばかりで、品川まで1時間強かかる。速度ものんびりしている感じがする。が、その分、目に映る景色は良く頭に入る。改めて東京って街はひしめき合い具合、ビル、広告、凄いもんだ。たまに行くのはいいけど、住む街ではないなぁ というのがワタシの感想。

昼、小国神社の紅葉を見る。神社は七五三でにぎわっていた。おめかしした子供が可愛らしく見えた。紅葉も最盛期とはいかないけど、綺麗。紅葉という文字通り、紅のある秋は美しい。ビクトリアでは黄色の紅葉なので、余計、感動を覚える。

夜、Aおじさんと、B君が態々もって来てくれた「芋汁」。おいしゅうございました。昨年のお祭り以来。濃い目で、コクがあって。ズルズルと胃の中へ。いやぁ、実家周辺の秋を頂いた。その後、従兄弟のC、Dが来て、あれこれ他愛も無く喋って、呑んで。

飛行機遅延で到着が一晩遅れた分を取り戻すべく、イキナリ全力で駆け抜け始めている感じ。いい滑り出しだ。

2009年11月13日金曜日

寝れない

寝れないで せっせとスライド 作ってる

スライド作りのためにあるかのような、このホテルでの滞在。寝不足気味で作っているので、良い物かどうかは。。。

自分のやったことを忘れているという現実。長い講演、持つだろうか。と思うけど、こういう時こそ、どっしり開き直るしかないかなぁ。

今、時間を有効に使っている。というか、時差ぼけで昼から使い物にならないかもしれないので、有効かどうかも微妙。そして、集中力が切れてブログを書いている。。。

成田泊まり

飛行機機器故障で3時間半遅れ。夜9時に空港着いても、実家まで帰ることできないっちゅーの。

結局、Air Canada持ちで空港近くのホテルが手配され、宿泊。

外は雨。あてがわれたホテルの部屋は、隅っこ。自販機もこの階には無し。寝ろってことでしょう。素直に寝ます。

2009年11月12日木曜日

いざ日本

日本へ出発の朝。外は虹が出て、これからの旅路と日本一時滞在の前途を暗示するわけでもなく、どんより重い雲がかかっている。が、雨が降っていないだけいい。

今、外を眺めながらこの文章を書いているのだけど、2週間もしたら、落葉樹の木々の葉っぱは無くなっているような気がする。と思うと、この一瞬の景色もいとおしくなる。ので不思議だ。

などと感傷にふけっているように見えて、日本に帰ったら秋刀魚を食べたいとか考えているわけでいいかげんなものである。

講演のプレゼンスライドはまだ一枚も手を付けておらず。こんなんでいいのか。一応ストーリーは頭の中にあるので、それに沿って作ればいいのだけど。自分を過信し過ぎている気もしないでもない。

それでは日本の皆様、ごきげんよう。

2009年11月11日水曜日

ジャパンツアー再び

一通りの準備はできた。どうせ,かって知ったる日本にというか,実家にまずは滞在するので,パスポートと財布さえ忘れなければどうにかなる。ので気は凄く楽。

想定していたよりも,期間中大変慌しいことになってしまって残念なのである。しかも,途中,健康診断なんか入れてしまって,前の夜のディナーが食べられない。これは痛い。

忘れ物も無く,無事に日本に着いた暁には,忙しいながらも,美味いもんを食べてこようと思う。

ということで明日から日本に行きます。25日にカナダに戻ります。

まだ,講演のスライドを一枚も作っておらず,土日はせっせとそれを作らねば。講演30分。。。長い。

文化の秋っちゅうか冬

朝一、Aが階段を駆け上がり、ワタシを呼ぶ。またまた、Googleマップで写真を見ながら北品川周辺の鮨屋を探す。ワタシは静岡の鮨屋も知らないのに、東京のことまではわからん。それでも、これだけ熱が上がっているのを見ると、友人、知人の力を借りて、いいガイドぶりを発揮せねばいかん という気もしてきた。

通勤路の紅葉した葉っぱも枯れ落ち、シトシト降る雨でその落ち葉もシメシメグチャグチャとなっている。昼が短いのは慣れないけれど、こういうちょっと陰気な雰囲気は嫌いでない。

夜、podcastで、みうらじゅん の対談を聞く。久しぶりに笑った。自分探しが流行っているけど、自分なんて最後までわかりゃしない。煩悩で今の自分よりいい自分を探そうとするので苦悩が続くんじゃないか。陽水さんも唄ってる 「探し物はなんですか、見つけにくいものですか、それよりワタシと踊りませんか」。っちゅうとこは特に。

夜長。本読んだり、クラシック聞いたりして文化的な生活をしているような、しないような。

2009年11月9日月曜日

あっ 11月が

昨日は書いている途中で何が何だかわからなくなって、読み返してみても意味がわからん。と先程思ったのだが、自戒を込めてそのままにしておく。

森の祭りが終わったということは、経験上、11月は「あっ」という間に過ぎて、12月なんて「はっ」て思ったら終わって、新年を迎えるということになるのだなぁ とぼんやり考えていた。

そんな中、ワタシは12日から25日まで日本に一時帰国する。ありがたいことに、春に不相応にも賞を頂き、その記念講演を19日にするというのが主たる目的だ。基本的にのんびり、日本の秋を満喫しようなどと考えていたら、そうは問屋が卸すはずも無く、会社に行ったり、東京に出張が入ったり、なんだかとっても慌しく、それどころでは無くなった。

会社に行ったら、22日から日本に来るAとBが東京の地図を持って、品川周辺のこと、鮨屋、ワインの旨いとこがどこかを盛んに聞いてくる。ワタシはグルメでないのでそんなことはわからん。AはGoogle Mapの衛星写真も駆使して、品川駅周辺や出張先の周辺をああだ、こうだと調べるのだけど、その写真を拡大しても、一切人が写っていないのに驚いた。近未来の人が絶滅した東京という感じに思えた。人の写りこみを排除するための加工処理をしているのだと思われるが、どのようにしているのだろうか? 彼らは3日間の日本滞在を、仕事と食事に全力で向き合おうとしているらしい。それにワタシは付き合うのだが、せいぜい日本語がわかって、公共交通機関を使える程度のワタシでその彼らを満足させることができる自信は無い。

17時に会社を出たら、当然のように日は沈み、外は暗かった。この日の短さはなれんなぁ。そして、冬至までどんどん短くなる日の出時間を考えると心まで暗くなりそうである。この日の短さは、日本での11月、12月の時の流れの体感速度よりも、速く感じさせるかもしれない。

2009年11月8日日曜日

何をしているのか、何もしていないのか。

これといって何をしているわけでもない。週末になっても、寝て、起きて、あても無し。そして、夜になって寝る。

という感じ。こう書くと「無」のように感じるがそうでもない。暇な時間ほど、内面を鑑みる傾向にある。内面を見ても考えているだけなのであって、それが正なのか負なのかは、その時点ではわからない。だから、その時点では中性。ということで、無では無く、わからずも見えないベクトルは育つので、無ではないのだ。

今日はクラシックを聞きながら、本を読んで、文化的っぽい時間を過ごしているような気持ちになって喜んでいた。わかってもいないのだけど。

曇り空の天気。部屋も冷たくて、ベッドの上で布団にくるまっているのがなんと気持ちのいいことか。

日本だったら、コタツの季節かな。

2009年11月5日木曜日

自分の気持ちなんて

雨。暗い。そんな一日と思いきや、今日、約束があったIOS訪問へ車で向かう途中、虹を見た。それだけで、なんだか幸せになって、今も、未来もばら色のように思えるのは何故か。

所詮、自分の中の気持ちの具合など、天候に左右されるのだと思う。おてんと様次第、の気がする。おてんと様がなければ、この地は真っ暗。やってられない。というどころか、それがなければ、光合成で生きながらえている植物は絶滅し、高次生産者である我々は生きていけないのである。おてんと様がなければ虹も見えないわけで、ありがたさひとしおである。

現時点で、森のお祭り は始まっているのではないのだろうか。出店でなにか買って、それを食べる楽しみ。そして、何といっても屋台とその音色、そして、全体の雰囲気、色気がとっても気分を高揚させてくれる。ここにいる限り、その雰囲気に触れることはできないけど、せめて、天気が良くて、知り合いの、あの人、この人らが大いに楽しんでくれて、その自慢話を聞ければいいかなぁ。

無性に林檎飴が食べたい。そういや、ダウンタウンで売っていたなぁ。。。

2009年11月4日水曜日

太陽、お日様、お天道様

朝起きて、思うのは、夏時間が終わって、少しだけ起きた時の暗さが和らいだかなという点。しかし、今後も冬至まで日の出、日の入りは変化し、太陽の昇っている時間は減少していくのだけど。

夏であれば、朝、部屋の電気をつけることもなかったのだけど、現状ではつけないと、暗く、駄目。そこで、電気をつけて、自分の気持ちを少し盛り上げる。

こういうことができなかった古代ってどうだったんだろうか? 時間は太陽によって決まっていたのではないのだろうか。そうすると、夏は仕事を一杯して、冬はその時間が減少して。。とか。

そんなことは、露知らずだけど、日の光がとってもありがたく感じる季節になってきたことは確かである。

太陽、お日様、お天道様。。。色々言い方はあるけど、日の光はとってもありがたい。お天道様を裏切らない時間を過ごしたいとは思う。

2009年11月3日火曜日

学問

パソコンは相変わらずの調子で、机の上に固定し、電源供給できている位置から微動たりとも動かさないようにした。ノートパソコンの意味を成さず。ではあるが、動くか、動かないかの選択肢の中では、これ以上の使い方は無いのではないか。

日曜から、サマータイム(とは言わないのだけど)が終わった。これにより、朝起きた時の「暗さ」は低減したけど、夕方の時間の「暗さ」は、同時間あたり増加した。

夕飯、「学問のすすめ」、山田詠美を聞く。彼女の頭の回転の速さに憧れを覚えた。そして、彼女が6年間、磐田に住んでいたことを知り、驚いた。へー。

朝、起きたとき、森村誠一、宮台真司の対談も聞いた。対談の内容とともに、日本語に餓えているのかもしれない。

教養もなければ、地頭のよさもない。ということは、今後必要なのは、謙虚に学習し続けることか。

2009年11月2日月曜日

自宅のパソコンの調子がすこぶる悪い。その原因は、電源であり、接触不良なのか、それとも、アダプタが故障しているかどちらかであろう。

首、特に左側に硬さ、痛さがある。

自分も含めて調子が悪い。。。

2009年11月1日日曜日

きょうよー

一日、あれこれしていた。そのBGMとして、ラジオ版の「学問のすすめ」をダウンロードして聞いていた。辻井喬の1時間強の話はとても面白い。きょーよー。教養。この単語ってなんだかわからないのは私だけかもしれないけど、きょうよー は、何かを判断する時の指針になるような気がする。そういう意味ではあるほうが良いのだろうなとぼんやり思った。そして、首を垂れる稲穂かな という言葉を感じる対談であった。人生、ずっと好奇心を持ち、謙虚に学び、謙虚に生きる というような指針を改めて認識したような、しないような。

そのラジオを聴きながら、気分転換に自転車漕ぎをした。その時、東の小高い丘の向こうに見える雲が、あたかも雪景色の山脈に見えた。その山脈は偽であったけど、ワタシの中では山脈であり続けた。見えるものだけでなく、想像して楽しむっていうのも良いものだ。山脈は、日が沈むまで白々と冬山然としてワタシの目に写り続けたのであった。

Biloxi行にて

Biloxiの街やビーチに関して色々書いたけど、近くて遠いアメリカに関して思ったことや、気づいたことを忘れる前に記しておく。

飛行機でアメリカ内を移動する際、やたら目に留まるのは、砂漠色の迷彩服を着た軍隊の若者であった。女性も多かった。既に自分の中では「テレビごと」であり、現実感が全く欠如し、麻痺しているのだが、ここアメリカは戦争をしている国である。タリバンやアルカイーダの掃討作戦という名の戦争をしているのだ。砂漠色の迷彩服を着た若者は、思考を現実に引き戻してくれるには十分であった。ダラスからシアトルに向かう飛行機では、兵士に対して賛辞をこめたアナウンスが流れ、乗客から拍手が巻き起こる中、一団が列を形成して搭乗していった。ワタシは拍手する気になれなかった、同僚のAも拍手はしていなかった。アメリカ人でないからなのか、ワタシにはその拍手の意味を理解できなかった。ドラマや映画でしか見たことはないけれど、大戦時の日本の人が、万歳を叫びながら、若者を戦場に送り出すのと似ているのかなぁ とぼんやり思った。カナダもアフガンに兵士を送り出していて、ニュースでは兵士が殉職した(というとぼやけた感じになる。爆死した。戦死した。という方が正しい)を良く見る。最初、そのニュースを見たとき敏感に感じ取ったものだった。そして、麻痺した。今回、自分の目で華奢な10台と思われる兵士を見た時、何かを感じた。しかし、それを表す上手い言葉を今見つけることができない。

ダラスからの飛行機で、カンザス州を上空を通っていた時のこと、窓から見えたのは円形農場であった。地下水、農場(円)中心で汲み上げ、水撒き用のパイプを中心を軸として回しながら水を撒くためこのような円形農場が生まれたらしい。スプリンクラーと違って、大気に水を撒くことをしないため、蒸発量が少なく、地下水を効率的に利用できる。地下水資源を守る意味もあるらしい。その円形農場は、一時期、話題となったミステリーサークルのようであり、とても美しく、見ていて飽きなかった。既に、収穫が終わって、地肌が見えているところが多かったが、たまに見える緑は目に鮮やか。収穫時期の黄金色や、夏場の緑など、その景色を想像するだけで楽しくなった。その後、コロラド州あたりまで来ると、景色は真っ白。雪景色。その対照的な色の変化に長い飛行時間も飽きずにすんだ。



ハロウィンの日に我思ふ

書き物をすることに抵抗はそれほどない。が、今回書くべき原稿は筆が進まない。というか、タイプが進まない。叱られることの方が多い人間が、光栄にもXX奨励賞を受賞して、現実感が無く、そのことを咀嚼できていないのである。ありがたいことなのだけど、困ったものだ。そんな悠長なことを言っている場合でなく、締め切りは過ぎており、早く提出せねばならぬのだ。

朝からパソコンを開いて、ソファーに腰掛け原稿書き。パソコンを股間の上に乗せタイピング。パソコンの底板の熱気は、夏ならこの上なく不快であるが、今の時期は結構暖かくて気持ちいい。26日にNASAに行った時、受付で待たされている間、そこにあったテレビニュースを見ていたのだけど、携帯の電磁波と発がん性の関連を示唆する結果が得られたとか。良くある話であるが、ワタシは、無線LANに繋いだパソコンを股間において長時間作業をしているわけで、股間付近が心配である。

と、雑念ばかりで、タイプは進まない。たった、A4三枚程度の原稿なのだが。こういう文章はイントロが全て。イントロさえ書ければ、後はパッパと進むのだが。

夕方までに何とか形にしてみたものの、何だかありきたりの内容で面白みにかける。が、締め切りは過ぎているのでしかたない。か。曲りなりにも、この文章は本として残るのを考えると、提出するのを躊躇する。が、これ以上、時間をかけても、向上は見られないと判断し、メイルに添付し、送信。あっというまに、原稿はワタシの手元を離れて、日本の事務局のパソコンに行ってしまった。あぁぁ。。。

冷蔵庫に何も無いので、陽も沈んだ暗闇の中、スーパーへ。仮装した子供がぞろぞろいて、なんだと思ったら、ハロウィンであった。ハロウィンって文化は詳しく知らないが、子供の仮装は素直に可愛かった。

スーパーのレジ係の20代小太りお兄さんも、いつもの制服ではなく、黒地にピンクが入ったピチピチ仮装衣装に、魔女風のとんがり帽子を被っていたのだけど、その姿で疲れた目をしてレジを打たれるのはどうも可笑しいだけで、こちらは苦笑いするしかなかった。

週末だし、というか出張中からビールをちょびちょび飲んでいるのだけど、酒屋へ。酒屋の入り口でベビーカーを押している、全身オレンジ色の若いお母さんに遭遇。そして、酒屋のレジのお姉ちゃんらもみんな仮装していた。そんな中、ワタシは、ジャージにフリース、無精ひげという出で立ちで何とも不相応であった。レジのお姉ちゃんはスーパーのお兄ちゃんとちがって、可愛らしくて、快活で、「やらされてる感」が無く、少し露出が多くて十分目の保養になった。こういうことは、是非、飽きられない程度、1ヶ月に1回程度はするべきだと思う。

そして、ビールを飲みながら、あのコスチュームは支給されるのか気になった。自前だとすると、あのスーパーレジのお兄ちゃんは。。。やるなぁ。

同僚Aはポートランドの展示会へ日曜から出発。ワタシも本来行く予定だったけど、行くのをやめた。Biloxiからの帰路、「ポートランドはいい街だ」としきりにAは言うので、損した気分であるが仕方ない。ワタシはオフィスから後方支援。パンフレットなどを少し手直しして、メイルで送ったり何かと週末にも関わらずやることがある。なんだか、びじねすまん って感じだ。