無事還ってきた。
日本で正月。雑煮を食べて、まったりと炬燵で暖をとりながら、本を読んだり。息子と外で遊んだり、嫁さんとぼそぼそ喋ったり。
日本に帰ってきたんだな。
もう戻らないんだな。ビクトリアに。
とは、まだ思えず、あの部屋に、あの仕事場と仲間と、そして、あの景色に戻るのだというような感覚は頭の片隅に浮かんでしまう。
別れとはそういうものか。時間が解決するというものか。
あの部屋、仲間、景色、ありがとう。それらに助けられ、あれこれ考え、新しいことを試み、失敗し、酒を飲み、仲間に励まされ、苦しかったり、楽しかったり、でっこり、ぼっこり。いやはや、これからの時間をどう生きるか、生きたいか、行きたいかを考えさせてくれたあの時間。感謝だ。
今、炬燵で芋焼酎のロックを飲んでいる。うまい。記憶がほろほろと解けて、今の時間の自分に絡みつきながらほどけていく。
ビクトリアで七転八起
カナダ/ビクトリア引っ越し以降のどたばたを、だらだら綴っただけのぶろぐ日記。
2011年12月19日月曜日
部屋と引っ越しと私
あれよあれよとあと一日になった。
引っ越し荷物はすでに出払い、部屋はがらんとしている。
かさ張る冬服と、梱包し忘れた食器類を大きなカバンに詰め込んだ。ひとつは焼いて膨らんだ角餅のようであり、もう片方は、焼きソーセージのようだ。
ここ一週間、梱包、荷物の搬送、諸手続をあれこれしており、慣れないことなので、それなりに気を張っていた。カウントダウンのこの間、別段、ここを離れることに切なさを感じることもなかった。明日、飛行機に乗ってもどこかいつもの感覚が抜けず、往復で帰ってくるような雰囲気があるだろう。土地やこれまでお世話になった人と別れた後の寂しさは、日本に帰った後、こたつで蜜柑とか煎餅を食べている時や、風呂に入っている時など、ふとした時に突然現れるのだろう。今は、いくら冷静に装っても、どこかハイな部分があるのだ。
36。誕生日の前に地震が起きて、誕生日に原発が爆発。ビンラディンが殺され、アラブで革命が起き、昨日、金正日の死亡発表。あまりに大きな出来事が続いて、思い出せないこともある一年。直接、自分には何も関係はないけれど、いろいろあって気持ちが落ち込んだり、高揚したり。
そして、明日、ここを去る。世界と無関係に、がらんとした部屋はとても静かだ。
引っ越し荷物はすでに出払い、部屋はがらんとしている。
かさ張る冬服と、梱包し忘れた食器類を大きなカバンに詰め込んだ。ひとつは焼いて膨らんだ角餅のようであり、もう片方は、焼きソーセージのようだ。
ここ一週間、梱包、荷物の搬送、諸手続をあれこれしており、慣れないことなので、それなりに気を張っていた。カウントダウンのこの間、別段、ここを離れることに切なさを感じることもなかった。明日、飛行機に乗ってもどこかいつもの感覚が抜けず、往復で帰ってくるような雰囲気があるだろう。土地やこれまでお世話になった人と別れた後の寂しさは、日本に帰った後、こたつで蜜柑とか煎餅を食べている時や、風呂に入っている時など、ふとした時に突然現れるのだろう。今は、いくら冷静に装っても、どこかハイな部分があるのだ。
36。誕生日の前に地震が起きて、誕生日に原発が爆発。ビンラディンが殺され、アラブで革命が起き、昨日、金正日の死亡発表。あまりに大きな出来事が続いて、思い出せないこともある一年。直接、自分には何も関係はないけれど、いろいろあって気持ちが落ち込んだり、高揚したり。
そして、明日、ここを去る。世界と無関係に、がらんとした部屋はとても静かだ。
2011年12月10日土曜日
じりじりじりじりカウントダウン
3年間、我が家がとてもお世話になった自家用車を引っ越し前に売らねばならない。今日は、その交渉の日だった。
朝一、洗車。そして、室内を清掃。なんども「ありがとよ」と呟きながら。
交渉は無事終了。この愛車とも月曜日にお別れだ。交渉終了後、家に帰ってから、ライトとエンブレムを入念に磨いた。
朝一、洗車。そして、室内を清掃。なんども「ありがとよ」と呟きながら。
交渉は無事終了。この愛車とも月曜日にお別れだ。交渉終了後、家に帰ってから、ライトとエンブレムを入念に磨いた。
2011年12月9日金曜日
じりじりじりカウントダウン
帰国までの段取りをあれこれ再考。
再考し、手順を修正するのだが、その修正通りうまくいくのだろうか。所詮、自分は詰めが甘くドジを踏むという人間であり、それを含めて余裕を持った行動が望まれる。他人事のようだ。
それにしても、一日は短し。そして、夢を見ながら、あれこれ準備のことに魘される。寝てる時位、そんなことを考えたくはないのだが、その位、面倒でしかたない ということが深層心理に深く刻まれているからか。短い一日を考えると、魘されるのはもったいない。楽しくありたい。のだが。
日々、梱包された段ボールが積まれ、増え、どんどん存在感を増して行く。そして、目に見えた永遠とも思えた風景が消えて行く。そして、そんな段ボールもこの部屋から来週には消えていく。諸行無常。。。そういうこっちゃ。カーネーション風。
再考し、手順を修正するのだが、その修正通りうまくいくのだろうか。所詮、自分は詰めが甘くドジを踏むという人間であり、それを含めて余裕を持った行動が望まれる。他人事のようだ。
それにしても、一日は短し。そして、夢を見ながら、あれこれ準備のことに魘される。寝てる時位、そんなことを考えたくはないのだが、その位、面倒でしかたない ということが深層心理に深く刻まれているからか。短い一日を考えると、魘されるのはもったいない。楽しくありたい。のだが。
日々、梱包された段ボールが積まれ、増え、どんどん存在感を増して行く。そして、目に見えた永遠とも思えた風景が消えて行く。そして、そんな段ボールもこの部屋から来週には消えていく。諸行無常。。。そういうこっちゃ。カーネーション風。
2011年12月8日木曜日
じりじりカウントダウン
引っ越し荷物を段ボールに詰め始めた。梱包サービス入りの「お任せ」」セットなのだが、「お任せ」を過信すると、「受け取った後の開梱後、何処に何が入っているかがわからず、はちゃめちゃになる」という経験則から、「できることはコツコツと」作戦を取ることにした。
やりかかると、徹底したいので、結局全てを整理して箱詰めしてしまいそうな勢いだが、割れ物はやはり「お任せ」だ。ただ、ごちゃごちゃにならないように、「これはあそこ、それはここ」というような指導を引っ越し業者さんに効率的に指示できるように整理はせねば。
3年間ここに住んで、大して物も買わず過ごしたので、それほどの箱数にはならないはずだ。来た時も少なく、帰る時も程々以下(蔵書が増えて箱数増加。。。)
そんな中でも捨てるものはそこそこ出る。エレベーターを使わず、階段でゴミ袋を持って、アパートのゴミ集積所へ往復することで、捨てることに対しての負い目を少しでも身体で報いようとする。その間に、これはあの時買って、、、とか思い出がぽっぽっとじわり湧いたりして、捨てるというのは気合いがいる。捨てる時には、心の中で「もうしわけない」と言うことにしているが。。。
捨てるのが気持ちよくならないような人間であり続けたいと思ってみたり。日々勉強です。
やりかかると、徹底したいので、結局全てを整理して箱詰めしてしまいそうな勢いだが、割れ物はやはり「お任せ」だ。ただ、ごちゃごちゃにならないように、「これはあそこ、それはここ」というような指導を引っ越し業者さんに効率的に指示できるように整理はせねば。
3年間ここに住んで、大して物も買わず過ごしたので、それほどの箱数にはならないはずだ。来た時も少なく、帰る時も程々以下(蔵書が増えて箱数増加。。。)
そんな中でも捨てるものはそこそこ出る。エレベーターを使わず、階段でゴミ袋を持って、アパートのゴミ集積所へ往復することで、捨てることに対しての負い目を少しでも身体で報いようとする。その間に、これはあの時買って、、、とか思い出がぽっぽっとじわり湧いたりして、捨てるというのは気合いがいる。捨てる時には、心の中で「もうしわけない」と言うことにしているが。。。
捨てるのが気持ちよくならないような人間であり続けたいと思ってみたり。日々勉強です。
2011年12月2日金曜日
カウントダウン2
引っ越しに慣れない自分は、家に居ると、気が遠くなるというか、気が重くなる。
天気がいいので、ついつい外を眺めて現実逃避。
壁を眺めているだけでも飽きずにいられる。一方で、荷物を見たくないんだな。
物、配置、時間、等々が永遠とは思っていないが、生活するという時間スケールで、それらが当然こうだ と思っていたので、引っ越しは内面的に重い。
動き出してしまえば、どおっと心身共にそれに没頭できるのだけど、はじめちょろちょろの今はどうも動きが鈍く、面倒が先立つんだな。
家の中に置いてあるものものが、その位置にあることそのものに意味があるような気がして、なんだか移動するのも億劫だ。これらが、引っ越しの際に箱に詰め込まれ、そして、日本に帰って開封されて、再配置されるまでの時間が申し訳ないな。などと考えたりもする。
うーん。経験、経験とはいいながら、やっぱり面倒なんだな。だって、ぐーたら、だから。
天気がいいので、ついつい外を眺めて現実逃避。
壁を眺めているだけでも飽きずにいられる。一方で、荷物を見たくないんだな。
物、配置、時間、等々が永遠とは思っていないが、生活するという時間スケールで、それらが当然こうだ と思っていたので、引っ越しは内面的に重い。
動き出してしまえば、どおっと心身共にそれに没頭できるのだけど、はじめちょろちょろの今はどうも動きが鈍く、面倒が先立つんだな。
家の中に置いてあるものものが、その位置にあることそのものに意味があるような気がして、なんだか移動するのも億劫だ。これらが、引っ越しの際に箱に詰め込まれ、そして、日本に帰って開封されて、再配置されるまでの時間が申し訳ないな。などと考えたりもする。
うーん。経験、経験とはいいながら、やっぱり面倒なんだな。だって、ぐーたら、だから。
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