2010年1月31日日曜日

たこ焼き あおぞら びくとりあ

昨日はA夫妻宅でたこ焼きパーティーが開催された。メンバーは海繋がりの面々。既に夫妻により仕込みが終わっていて、日本から持参されているたこ焼きプレートで焼きながら食べる。我が家族は昨年1月までたこ焼き激戦区に住んでいた(半径500m以内にたこ焼き屋がひしめく場所で、新聞などで報道されていた)が、店以外で食べたことはなかった。美味かった。熱々のをみんなでガヤガヤいいながら、ホフホフしながら食べるのはいいものだった。プラスチックのパックに入ったものをガサガサと音をさせながら食べるのとは数段趣が違って美味かった。たこ焼きプレートが欲しくなってしまった。そして、メンバーと久しぶりに顔を合わせて楽しい会であった。

そして今日。少し青空が見える曇り空の中、車で40分程離れた所にドライブ。お気に入りの高台にてSaanich Inletを眺める。家を出た時よりも青空が広がり、まずまずのコンディションであった。が、息子は海に行きたいと言い出して十分眺めることもできず、車に乗り込んで海へ。



ここも人が少なくてお気に入りの場所。石がゴロゴロ、そして大潮に近いこと、満潮から少ししか時間が経っていないこともあって2m程度のビーチと言うにはショボイ場所を歩く。ビーチはショボイが景色は素晴らしい。風も無く、べた凪。水面に山が映り込み素晴らしかった。往復2キロ程度を家族3人で歩き、復路の途中で持参したオニギリを食べた。息子はこれでもかという位がっついて食べていた。景色が良いのと、好きな海辺を歩いてお腹が空いて美味かったのだろう。その後、車に乗って家に向かった途端にチャイルドシートに乗りながら寝てしまった。この後、空には雲が多くなり、我々が海を眺めている頃が最も素晴らしい日和だったようだ。そんな時間を逃すことなく過ごせたことに何とも言えぬ満足感を得たのであった。

2010年1月27日水曜日

道は険しく長い

会社。当然ですが、平日なので仕事。ここのところ、あれこれと思い倦ねることがあるのだが、こんなこと瞬間最大風速的であっという間に忘却の彼方になることであろう。相変わらず髪を洗えば赤ちゃんのような短い毛が抜け落ち将来を悲観する今日この頃であるが、髭の方は一向に減少傾向が見られない。短くカットすることを止めていたらぼーぼーに伸び続けている。抜けてほしい所は抜けず、抜けてほしくない所は抜け落ちる。あぁ無情。思うように成らぬのは世の常なり。と悟りを開きかけた。

先週末、スーパーに行った際、チューリップを購入。嫁さんと息子が気に入ったため。最初、一輪しか咲いていなかったチューリップが、家に来たら数日の間に他の茎から莟が出現。そして、開花。向日葵並みに太陽というか外界が好きなのか、窓辺においたら花は頻りに窓側に、窓辺に行こうとする。これは生物学的には光向性という現象だと思われるのだが、チューリップの花は茎の割に頭でっかち。その花の自重と重心の悪さで鉢の重さも叶わず倒れるのである。なんと間抜けな。その間抜けな所が自分に似ているようで、可愛くもあるが、度が過ぎる程繰り返すのであきれる。

あぁ無情。思うように成らぬのは世の常なり。と思いたいが、自分以外の不出来には厳しいのである。まだまだ修行が足りぬようである。悟りの道は長い。

夕方、息子と嫁さんは仕事場近くのショッピングモールまで散歩。そして、一緒に帰る。息子は相変わらず内弁慶で、外に出ると歩きたがらない。だっこ、おんぶを要求する。昼寝をしていなかったらしく、だっこして歩いて家まで半分位の所で寝てしまった。寝た後、脱力した息子の体はバランスボール以上の不安定さで、だっこしながら歩くこちら側の力とバランス感覚を刺激した。そうすると、だっこする側は体重以上の負荷を感じ、息子が「こなきじじい」のように思えた。嫁さんと交互にだっこしながら家に到着。悟りだけでなく、この30分程の家路までの道も長かった。

2010年1月26日火曜日

ぷつぷつぷつ

体に発疹が発生し痒くてしかたがありません。蕁麻疹というわけでもなく、小さなポチポチが上半身に一杯できています。自覚がありません。そこで、嫁さんに子供用ムヒを全てのポチポチに塗ってもらいました。

ナッツアレルギー、ボディーソープアレルギーを疑っていますが、侮れないのが、ビールアレルギー。有るのか知りませんけど、何となく疑っているのはこの三つ。ビール。これはまずいです。今後の生活を考えると。。。しかし、最近、色々あって(理由をつけて)飲酒量が増加していたのも事実。疑うべきはビールだと思わざるも得ない気もします。

ビールというのは優しい響きで、酒、アルコール、薬物とその外面を削ぎ落としていくと危険な響きになるものです。

気を付けねば。四捨五入で四十路のワタシですから。

最近、髪の毛にも白髪が目立ってきた位なので体のことも今以上に気を付けねばいけないのでしょう。か。

2010年1月24日日曜日

銀盤でびゅー

A夫妻にお誘い頂いてスケートへ。私は小学校以来、2度目。嫁さん初の銀盤デビュー。息子ももちろん初めて。

スケート靴ってこんなに履きにくいものだったのだろうか。履くのに一苦労。息子に履かせるのはもっと大変。何とか履かせて、ヘルメットを装備して、手を携えて銀盤へ。銀盤まではなんとか歩いて行けたのだけど、氷上には大苦戦。ツルツルと滑ることに混乱し、半泣き。たぶん氷の上でも歩くイメージから脱却できなかったのだと思う。そして、足をばたつかせては、こけての繰り返し。何度も「立ってていいよ」と教えるのだけど、息子は混乱して冷静さを失っていたのでそれができず。完全に負のスパイラル。氷に恐怖を覚えて撤退。スケート場の観覧席に移動した後はずっと我々の滑りを見ていた。まだ早かったようだ。観覧席に移動してからは、こける子供、大人をみて 「あ、ころんだ」「あ、またころんだ」とか言いながら観察に終止。



嫁さんは腰が完全に引けたまま、殆ど生まれたての馬状態。こけはしないが、ガチガチに力が入った状態で、周りの子供に邪魔そうな視線を受けながらも懸命に滑っていた。見かねたA夫妻に助けてもらって練習した時の嫁さんの表情といったら切ないものがあった。滑る前はバンクーバーオリンピックの調整と意気込んでいたのだけど。

ワタシは最初は苦戦したものの、結構滑れるようになった。案外器用な自分に自惚れそうになった。器用貧乏。。。

スケート場では眠気に襲われていた息子も、そこを出て、車に乗ったら元気になった。久しぶりに天気も良いので海岸まで車で行って散歩。皆、この天気を享受しようということか人出が多かった。風も無く、海も穏やか。青空。それ程寒くも無く、散歩するには絶好の日和であった。

海岸をぶらぶら歩いていたら、奇麗な石が一杯有って嫁さんと拾って見せ合ったりしていただが、周りには本格的に石を収集して鞄に詰め込んでいる爺さんがいた。うちらは小石で面白がっていたけど、その爺さんは結構大きな石ばかりを鞄に詰め込んでいた。何するのだろうか?



息子は実家の爺ちゃんから朝届いたジャケットを着て歩き回っていた。汗かきながら。氷の上のスケートは全く駄目だったけど、陸の上では自由自在に闊歩するのであった。

2010年1月19日火曜日

あんぱんまん2

風呂。やはり、あんぱんまん を洗う役目に任命された。「ボス、ラジャー」

今日も直立不動で口は一文字。無言のあんぱんまん。なされるがまま。今日はスクラブ入りのボディーソープで洗えという指令で、あんぱんまん もさぞかしご機嫌かと。でも本当は、あんぱん なわけで。

水を頭からかけてゆすげ という指令が下ったので、バケツで水をじゃばっと。その時、息子から出た言葉。「力がでないよぉ」あんぱんまん の悲鳴であった。知っててやってんじゃん。こいつ。

「力がでないよぉ」といい終わった後、ガハガハ笑いながら、あんぱんまん の足を引っぱり風呂の底まで沈めていた。

ちなみに、息子は バイキンマン の方が好きです。

あんぱんまん

息子に風呂でアンパンマン人形(プラスチック)の頭を洗わされた。石けんをつけて。アンパンマンは顔色を変えず、無口に直立不動であったが、本当のアンパンマンなら頭に水がしみ込んで、ジャムおじさんに新しい頭と取り替えてもらわねばならないことになるのだが。息子は満面の笑みであった。毎日の日課になるのかもしれない。

最近、叱ると声色を変えて謝る。教えたことは記憶に無く、天性の世渡り術なのかもしれない。DNA。。。

2010年1月17日日曜日

天才がいっぱい

我が息子。言語能力の向上は本当に目を見張る。逐一何を喋ったかまで覚えていないけれど、最近のしゃべりっぷりは本当に加速度的で時々ハッとすることがある。何でそんなことまで と思えることが急に喋られるようになっているのだ。

あと驚くのが記憶。こっちにとっちゃどうでも良いことだとしても、彼の感覚ではどうでもいいことで無いことが多いようで、数時間後、酷いと数日後に突然その記憶が蘇るようである。毎朝、起きて直ぐ昨日もしくはそれ以上前に起こった何かを思い出して、こちらに問いかけてくるのだけど、こっちは忘れていることが多く、相づちをうちながら「???」ということ多々。許せ息子。

時々、こいつは天才ではないか? と思うことが多いが普通なのだろう。多分。とすると、何時からこんなスペシャルな能力が無くなってしまうのだろう。不思議だ。最近、無意識に何かしたこと、話したことなんて直ぐ忘れて記憶の彼方にいってしまうことがあるワタシ。息子の記憶力を少しわけてもらいたい。

どこの子供も幼児期天才。この仮説に基づけば、少子化とか騒いでいるが、この子供達が大人になって世の中どうにかしてくれるような他力本願的な希望が見えるような気がする。

2010年1月16日土曜日

息子との距離

久しぶりに朝から晴れ間。これは見逃す訳にはいかない。どこか遠くへ行くのではなくて、近くで歩きたい。家族でダウンタウン方面に。何の目的も無く。

目的が全くないのでただ歩く。途中で息子は「おいさん」に行きたいというので議事堂へ。なんだかしらないけど、息子の中で議事堂は「おいさん」なのである。おいさんの芝生はこの雨期でぬかるんでいるため歩行禁止のようだ。そして、この季節、観光客もほとんどいない。我々の他、数人しか見当たらない。そこで、じっくり議事堂を眺めたりしながら、ぶらぶらして帰る。

2010年1月15日金曜日

シーソー

ここのところ温もった雨が降り続いていた。天気図を見ると、ハワイ辺りから繋がった雲でその熱気と湿気をこちらに運んでいたのだろう。それが昼過ぎに晴れてきて、寒くなった。というより、平年並みの気温になってきた。日本は寒いらしいが、地球的に見たらシーソーみたいな者なので、今度は日本が暖かくなるのだろうか。

2010年1月13日水曜日

むすこ

昨晩、日本から荷物が到着した。ありがたや、ありがたや。息子はトミカのバスに大興奮してい喜んでいた。私らには雑誌が同封されていてそれに我々は喜んだ。息子はわかめご飯が好き。同封してもらったわかめふりかけでご飯を3杯おかわりした。前回送られた白米とこのふりかけは完璧の組み合わせ。だが、これでは益々こちらの米を食わなくなるだろうし、わかめが無くなった時は、、、考えるのをやめよう。

前回の日本帰国で息子が買ってもらったベスト。最近なんだか凄い気に入りようで、「かっこいい着せて」と要求されることが多い。「かっこいい」はベストを指し、かつ自信の気に入りようを表現するという一石二鳥の単語である。部屋の中で汗かきながらそれを着ていることも多々。今もチャックを締め、汗かきながら、「かっこいい」を着ながら踊り歩き狂っている。

最近は単語から文章をしゃべり、自分の好みなどを文章で主張するようになっている。今まで溜め込んだ記憶が堰を切ったように口から出ているのかもしれない。自分もそういう過程で日本語が達者になっていったのだろうけど、記憶に無いので息子のその過程を見ながら関心している。

今、NHKの音楽番組で切ない曲が流れ始めているのだけど、息子はそれを聞いてシンミリしはじめた。オモシロイはわぁ。

話変わって、千代大海がワタシの年下ということを知って昨日愕然とした。のですが。。。

2010年1月11日月曜日

ガス漏れ封鎖

今朝知ってびっくり。近くでガス漏れが起きて周辺一帯が封鎖されていた。昨晩からファンの鳴る音が外から聞こえていて気になっていたけど、外を見て確認しようとは思わなかった。

昨晩近くの工事現場で誤ってガス管を損傷してしまったらしく、そこから大量に噴出したらしい。パトランプに気づいて起床後外を見回した時にはガスの匂いが漂っていた位なので相当量だと思う。道路、運河と行っても良い水辺も封鎖されて、警官や消防隊が所々にいて中々物々しかったというわけでもなく、のんびりしていた。

通勤路も封鎖されているのを知らず、雨の中出勤したのに引き返すなど、身近に混乱もあった。けど、のんびり構えていた。ワタシも。こういう予想もしないイベントがたまに起こるとわくわくする。台風が来た時見たい。大人げないけど。

お昼前には封鎖も解かれた。本当に台風のような出来事であった。

よく考えれば雨が降っているのは幸運だったのかな。乾燥していれば静電気が切っ掛けで爆発もあり得るだろうから。ということで、良かった、良かった。

2010年1月10日日曜日

運動/錯覚/忘却

日の出の頃、久しぶりにヨガっぽいことをする。体を伸ばすのが気持ち良い。風邪もほぼ完治。やっぱり体を動かすのは気持ちいい。気分も晴れる。

息子も早めの起床で朝から好調。山際から顔を覗き始めた太陽を見ながら、なんだかブツブツと暗号を唱えながらニコニコしながら体を揺すらせ踊っていた。大人には見えない何かと交信をしているらしい。

昼前にスーパーに買い出しに行った後、見えた空が少し深緑っぽい灰色で、その形状が連なる山っぽくて、一瞬本当にそう思った。こういう錯覚は楽しい。見方を変えれば色んなことが違う物に見える。そして、現物とのギャップが良い。

今朝、息子は升目の入った折り畳みの厚紙を持って「パソコン」って遊んでいた。クレヨンが花火に見えるらしくて「ばーん、ばーん」と言いながら遊んでいたり。これって凄く羨ましい。そういう想像力や自由さは杓子定規の世界で容易に無くなってしまうけど、是非とも成長を重ねてもそういう能力は無くさないで欲しいなぁ。というか、無くさせないようにしよう。

龍馬伝から派生して幕末に興味を覚えて復習。中学、高校で学んだ基礎事項の大部分を忘れていた。倒幕。一党支配の終焉。近い匂いがした。壊れて、産まれて。大きな違いは、有力なリーダーと思しき人物が現在では見当たらないことか。

成人の日。15日を成人としていたワタシ世代。今日がその日というのは慣れない。成人から15年。光陰矢の如し光より早く。。。

ラグビー大学選手権決勝

朝6時過ぎからラグビー大学選手権決勝を観戦。母校は初の決勝進出。相手は帝京。昨年も決勝に進出している強敵。しかも対抗戦グループで揉まれており、勝負勘も養われている。

蓋を明けてみれば、前評判通りほぼ互角のFW陣の攻防。しかし細かい所での防御などは相手が上だったように見えた。ボール支配率は母校が上回り、ゲインを稼ぐものの相手の防御で最後でミスを犯して決めてを欠いた。

結果、1点差で負けた。残念。立派な戦いだった。若いチームなので来年こそ優勝してもらいたい。

が、結果は1点差であっても、その1点を詰められるのか、詰まられないかはとっても大きいことなのだろうなぁ と思う。勝負って、結局、勝てたかどうかが大事なんだし、運も見方に付けて詰められるかなのだろうから。惜敗、善戦なんて戦った選手達にとってはなんの慰めにもならないかもしれない。勝負って厳しいなぁ と選手でもないのに、ソファーに座りながら思うのであった。

そして、2019年のワールドカップ日本開催が何度も話題に上がっていた。彼らが主力になっているのだろうなぁ。ワタシはその時44。息子は小学校高学年。生観戦できるかな。ワタシは厄年を無事に超えられているのだろうか、そして、温暖化はどうなっているのだろうか、もっとカタストロフ的な激変が起きはしないだろうか。などと妄想していたら気分が暗くなるのだった。

ベテルギウスが超新星爆発の兆しがあるらしい。観測何か今年はありそうだ。というか、ベテルギウスと地球の距離は640光年。というと、それが肉眼で見えたとしても640年前の現象を見ていることになるのか。などと考えながら、ベテルギウスを調べていたらここ15年で15%その大きさが減少しているのだと知った。地球は自ら光り輝く星ではないのでそのような未来はないだろうが、受動的に何かが、、、ますます暗くなるではないか。

2010年1月9日土曜日

久しぶりダウンタウン

箱根駅伝をテレビでしていた。結果を知っているだけに盛り上がらず。やっぱ、正月にコタツでゴロゴロしながら生で見ないと盛り上がらない。


年末年始、そして、今日までこれといった外出もしていなかった。外は雨が降ったり止んだりの中、久しぶりにダウンタウンに。


歩いて行こうと500m位出たら雨粒の大きいのが降ってきたのでいったん引き返し、車でダウンタウンに。こっちにきて一年経とうとしているのに、未だダウンタウンの一方通行等に慣れない。駐車場に停めるのにも四苦八苦。手間取る。


車を駐車場に置いて、ぶらぶら散歩した。まずは本屋へ。子供の本コーナーに中々面白い本が一杯あって興味を引いた。息子はそのコーナー内の玩具で一頻り遊んで満足していた。個人的には子供用の本がもう一度英語を一から勉強するには良さげな教材になりそうで、何冊か買った。店のおばさんは、息子に読ませる本だと勘違いしていた。それもそのはず、その本は本を初めて読む子供用、幼稚園児用のものなのだから。丁度、日本の中学英語教科書程度のレベルで音読するにはちょうど良い。それ以上の物は読めるけど、音読するとなると続かない。最近、一から英語を学び直そうと音読にハマっているので。


写真は売っていた顔怖めの人形。人気ある絵本のキャラクターなのか。嫁さんは欲しそうにしていたが却下。







その後、またぶらぶら行く当ても無くした。久しぶりのインナーハーバーはひっそり。観光客も少なそうだし、増して夏場は商売している人、大道芸をしている人がいるけど、それらも殆ど見られず。


その後、議事堂をぶらっとして帰る。


雨続きと冬の寒さ(それ程でも無い)で外に出ない日が続いていたけど、久しぶりに通勤以外の場所をぶらぶらするのは気分転換になるものだ。遠出しなくても、近い所でも十分楽しめるのだなぁと再認識。灯台下暗し。人出が少ないのもいい。









嫁さん。肩関節の内部が痛むらしい。これはインナーマッスルの老化だと推測される。。。四十(三十)肩の前兆か?





2010年1月7日木曜日

正月ボケぼけ

風邪の症状は悪くなるわけでもなく、ずるずると鼻が垂れたり、頭がぼうっとしたり程度である。ぼうっとしているのは何時ものことだと言えばその通りでもあるので、風邪の症状なのかは判別できない。昼過ぎに眠気もあるが、これも風邪の症状とは言い切れない。

これと言って面白いネタも無く、普通に正月ボケしながら仕事している。あれこれ思慮深く鉛筆を持ってノートに書き込みながら考え事をしているようで、まるっきり良い案が思い浮かぶわけでもなく。ま、正月明けはこんなもの。。。と割り切って良いのだろうか。

高校サッカーで地元の高校が負け、箱根で母校はイマイチ。残りは大学ラグビー決勝での母校の活躍が正月名残の楽しみの欠片。

今朝の朝焼けは、地平線近くが真っ赤に赤らみ、その上を水平に雲が棚引き、その間に雪が積もった米国の山が見えて素晴らしかった。その山の色は暗い橙色に反射して見えた。

なんだかさっぱり纏まりのない文章。正月ボケということでご勘弁を。

2010年1月5日火曜日

風邪

年末から年始までお酒飲んで、テレビ見て、寝てと、ゆるりとしていましたが、風邪ひきました。鼻水が止まりません。

二日酔いが無かったら風邪とは。

死ぬ程辛い二日酔いに比べれば楽ですが、風邪は三日目には大抵治らないので困ります。

2010年1月2日土曜日

お節が食べられた元旦

元旦。嫁さんが大晦日から準備したお節が美味くて美味くて。煮物、煮豆、たたきごぼう、エビマヨ。大成功だった。自分が作った煮豚も美味しくできたのだけど、柔らかすぎ煮豚らしく奇麗に切ることができず、ぐだぐだぼろぼろ。残念。

例年、二日酔いでお節を食べることもままならない。しかし、今年は豆もレンコンも食べて、マメマメシク、見通し良く公私共に過ごせそうな気になる。朝から虹も見たし、幸先が良い。幸先が良すぎて尻つぼみ ということになる気もしないでもないけれど。

正月と言えば大して面白く無い正月番組を掛けっぱなしにして、食っちゃ寝て を繰り返すのだけど、その正月番組が見れないので元旦気分に欠ける。嫁さんと話したのは、正月番組にそれ程期待しているのでは無く、司会のアナウンサーとかの着物姿を見て正月気分が盛り上がるということ。昼頃NHKのスタジオパークでこんにちは かなんかでアナウンサーの着物姿を見てようやく正月然とした気がする。

これで、箱根駅伝、大学ラグビーを見れば正月が成立するのだけど。箱根はさすがに中継しないらしい。朝一、天皇杯サッカーはしていたので見れたが、アップ無しで起きて直ぐそれを見るのは少し疲れた。

今日2日。やはり朝一から大学ラグビー準決勝をしている。我が母校と慶応戦。結果は知っているが盛り上がる。箱根で目立たないが、ラグビーで我が母校は大活躍だ。が、朝一からは濃すぎる。昼過ぎ位からが理想なのだけど。

2010年1月1日金曜日

呑んで呑まれてない

呑み続けている。途中で水を呑むと呑み続けられる。

いいのかこれで? 今日だけ。

追記:紅白

伍代夏子の振り袖に納得いかない。いいのか?それで。

皆さん如何でしょうか?

2010年初日の出


2010年。初日の出。そして、虹の朝でした。それを見られただけでも素晴らしい幕開けではないか。

といっても、ワタシは寝坊していて、嫁さんに起こしてもらって眠気眼で見ただけ。嫁さんナイス。





おめでとうございます

あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。

今年は同級生が年男、年女の寅年。来たか三廻り目。ワタシはウサギ年なので来年だが、もう目の前に迫っていることに少し怯える。何も成長していないと。想像していた30代後半戦の姿は教養と経験に裏付けられた自信にあふれ、何事にも責任を持って取り組み、家族、仕事、遊びの全てで20代とは違った取り組み方、楽しみ方をしているカンジ? が、現実は真逆ではないか。遺憾であります。かといって、土台が無いのでやれ今年からそういう理想姿になりますとは言えない。2010年あまり代わり映えしないだろうけど、少し位は成長しよう。

昨晩も例年通り「紅白」を見て呑んだくれていた。審査員に勝間和代。やはり。さすがに自信と経験にあふれる彼女も緊張するのか、紹介の際顔が引きつっていたように見えたが。批評で何でも経済、景気とかに結びつけているのは台本どおりだとしたら可哀想だ。それともネタ? それに引き換え西田敏行は自由だった。キャラが違うか。気になったのは森光子。急激に老けた気がする。きっと少年隊のヒガシが木村佳乃と結婚間近かとの報道の通りで、失恋によるものか。ヒガシからの若いエキスで若返りを実現していたのだと推測するのである。

それでも今年は飲み方が緩やかで最後まで脳機能を持って見切った。途中、息子が紅白に飽きてWiiをしたのでAikoとか見逃した。スーザン ボイルも。キムタクの英語インタビューを聞き逃した。通訳ついていたけど。あの滲み出る自信は何に裏打ちされるのだろうか。絢香って歌上手だなぁ、ゆず泣かせるじゃん。憲一、今年もサソリ、それにインドを持ってきてオードリーとカマでマンネリ打破はムリだろ。幸子。あの人形。。。大トリはサブちゃんじゃなくて、ドリカムでよかったろ。などと思ったのだけど、皆さん如何でしょうか?

ゆく年くる年で豊川稲荷が寺だったとは知らなかった。お稲荷さんと聞くと伏見稲荷のように神社を想像していたのだが。

そして2010年。自分のことを置いとけば、家族みんな元気であればいい。ちなみにワタシは下痢で迎えた新年です。