2011年2月26日土曜日

すっぱ煮おおうけ

今日もえらく寒い。

同僚に誕生会に呼んで頂いてありがたく参加。ポッドラック形式なので手料理をこしらえて持参。一つは肉じゃが。もう一つは鳥のすっぱ煮。後者は冷蔵庫に八角があったので生姜、ニンニクの欠片とともに一つ入れて煮てみた。

すっぱ煮は、酢の匂いがぷんとするので受けが良くないだろう。肉じゃがはくせが無いのでいけるだろうと踏んでいた。ところがどっこい、すっぱ煮がやたらウケてあっというまに無くなった。意外だ。何人もの人にレシピを聞かれるが、レシピなんてない。鶏肉にこげめをつけてから鍋に入れ、そこに醤油、酢、砂糖、酒、水を入れて煮るのだ。と言ったら、分量までつっこまれたが、そこは味見しながら決めてくれ。水物は1:1:1:1で入れてくれと適当に答えて流す。大雑把だが間違ってはいないだろう。グッドラック。自己責任でがんばって作ってもらいたい。

客が一人一人帰る時に、「チキンうまかった。ありがとう」と言われる。今後、会って名前を思い出せない時などは「あのチキンの。。。名前なんだっけ」という具合に、チキン呼ばわりになるのだろうか。それでもウケたのは悪い気持ちはしない。また、料理の才能があると少し自惚れられて良かった。

誕生会といいながら日本酒試飲会を兼ねていたので、日本酒に関してあれこれ聞かれる。ラベルを見て知っているのは「久保田」のみ。あとは全く知らない銘柄。味はそれぞれ違うのはわかるのだが、みなワインのソムリエみたいに「バナナっぽい味がする」とか「後味にすこしサイダーぽい感覚が残る」と言われて、言われりゃそうだな と思いながら、「そうだね。その通り。でもこっちの方がドライだね」とか適当にかぶせる戦法で流す。月桂冠の冷やはまずいと断言できて(まわりが純米酒、大吟醸だったので)、これは熱燗にした方がいいと言ったらさすが日本酒に触れている日本人は違うと言われて困った。

相変わらずこういうパーティーで頃合いを見計らって帰ることができず、最後まで参加。同僚に勧められるまま日本酒を飲み、みんなスパークリングウォーターを飲んでいる時間になっても、同僚に勧められるままビールを飲んでいた。日本酒ではじまってビールで終わるのは初めての経験である。

いろんな人と話できたし、率直に楽しかった。

明日、日本に帰るのにこんな時間に帰宅である。もうパッキングできているし、フライトも昼なので余裕はある。

2011年2月24日木曜日

寒い。フードってありがたい。

昨晩から今日。こっそり期待した雪は降らず。その代わり風が強い。昨日同様に気温は上がらないため、風が強い分、今日はとても体感気温が低かった。

気温が上がらないので雪は融けず。よって、踏み固められた雪は堅く堅く氷のようになっていた。所謂、アイスバーン。何度かつるっとこけそうになったが、頭も腰もうつこと無く通勤路を往復できた。

フード付きの服って、今までフードを使うことがなかったけれど、こういう日にかぶってみるとなんと重宝な物かと思った。フードはちゃんと意味があるのだな。と思えた。

カダフィ大佐の演説を聞いた。チャップリンの独裁者みたいだった。論理的なことはもうできず、思考停止し、自説を声高にそれも少し上ずった感じで語る姿は末期だ。チュニジアから始まった革命はどこまで広がるのか。

2011年2月23日水曜日

雪の一日

既報の通り雪。昨晩の天気予報で雪の予報だったし、朝起きたら何時もより冷え込んでいることを肌で感じたので、カーテンをぱらっと(期待を込めて)開けてみると、「そこは雪国だった」。

こりゃ写真と思ってデジカメを手にベランダへ。おっと、下半身はパンツ一丁、上半身はTシャツ。寒い寒い。が、戻るのも面倒なので、つま先立ちで鳥肌を立てながら写真をパシャパシャと取る。何時もに比べると車の通りが少ない。雪があまり降らないビクトリアでもスタットレスタイアに替えている人は結構居る。が、替えていない人は運転できない。チェーンを付けなければ。寒い寒いとがたがたしながら部屋に戻って窓を閉める。いつもに比べて車の通りが少ないので静か。いつもの朝の喧騒がないので、布団に入って寝たくなった。

といってもサラリーマン。仕事。通勤路。雪。そんな中果敢に自転車で通勤する人が見られる。高校の時、台風で冠水する道を自転車で友人のN君と冒険するように攻めたことがあったが、あの時の我々の経験同様、自転車通勤の人々は圧雪されていないふかふかの雪にタイヤが埋まり、足を取られて四苦八苦していた。お。。おおおお。。お。。おおおお って感じで自転車の前輪をくにくにさせて、かつペダルが重そうな感じで進んでいた。

その横を何故かあるスノーシューズで進む自分は気分がよかった。ふかふかの雪もずぶずぶと歩きたくなった。やってみると、ズボンの裾に雪が付いて体温で融けると冷たくて不快だった。でも足でふかふかした雪を踏みつけるのは楽しくて、遊んでいたら何時もより通勤に時間が懸かった。

会社に到着したら、雪かき要員となった。スコップで雪をのける。仕事より楽しい。まれにあることは、日常と違う感覚で楽しいわけだ。会社の駐車場全ての雪をのけて終了。また、同僚の若手は隣の老人の家の雪かきをしていた。隣の老人は顔見知りで、こういう助け合いっていいな。「近所付き合い」って日本に普通にあった(ある)文化を思い出した。

帰り、雪は止んでいた。

たまになんだから、もっとどっと降ってくれと今でも思っている。雪かきなら心配いらない。明日も喜んで引き受ける。

あと、今日は昨日に続き同僚の誕生日。3時にケーキをみんなで食べた。ケーキが続いてカロリー過多になりそうだけど、それは今日の雪かきのエネルギー消費で相殺されるたであろう。同僚。おめでとう。雪もあなたをいわっているよ。

どかっと雪

ビクトリアでは稀な雪、というか、積雪。明日も降るのでしょうか。たまになら楽しいです。どうせ平日は車を使わないのでどーんと降ってくれればいいなーなどと適当なことを思っています。ひとまず写真をどうぞ。





2011年2月22日火曜日

誕生会

社長の誕生日。お昼はチョコレートケーキでハッピーバースデー。ケーキカット、カットしたケーキを配る社長。しかも、コーヒーを入れてくれる社長である。身体は大きく、赤いちゃんちゃんこ+1歳、それに有名な賞を昨年貰っている社長じきじきである。有り難い。

そして、先週日本に出張した帰りに、日本からお土産に貰って来た姫路の酒蔵の大吟醸で乾杯。一人一人のコップやカップに社長が直々に注いでくれる。チョコレートケーキの後にというのがもったいないが、うまかった。

箱に大きく「世界ワインセレクション金賞」とあってその賞に恥じない美味さ。日本酒もワインの部類なんですね。醸造という点で。大吟醸のラベルや産地、吟醸度などそれを英訳する係になって四苦八苦。吟醸とはアミノ酸が日本酒のキレを悪くするので米を磨くのだ。大吟醸とは磨きに磨いた米を使用した貴重な日本酒なんだとか。その後、日本酒の作り方、酵母を入れるのか等々厳しい質問が続くが、そこは日本酒好きの同僚がフォロー。日本酒のことに関して実は同僚の方が詳しい。「こうじ」や醸造過程などこと細かく知っている。その後、同僚が日本で飲んだひれ酒を飲んだら悪酔いしたとか、僕が日本酒を飲み過ぎた後の二日酔いは酷く、酸っぱいとかネタをそれぞれ披露した。

日本酒は社員全員に好評。昼間から日本酒。ということで美味いけどみんな遠慮気味。同僚と僕が結局、美味い美味いと一番飲んでいた。飲んだ後、当然仕事に取りかかったけれど、30分ほどとてもいい気分だった。

小さい会社だからできることだ。小商いの身動きが軽い仕事場はいいな。やっぱりね。

それと、告知。今週土曜にこちらを発って、出張で日本に行きます。チケットもようやく確定して、正式決定です。

2011年2月21日月曜日

朝布団から出られず。本当は身体を動かすつもりだったが。怠惰。ここ数日の朝を形容するならばこれだ。カントは「自由とか責任は「自分で選ぶ」「自分が引き受ける」こと」「責任があると思うところにしか責任は発生しない」と言っているらしい。ということは、この怠惰に反省もないので責任は発生しない。自分で選んで怠惰したのであるから、これはすなわち自由を謳歌しているのだ。多分、カントの思想を誤解しています、きっと。。。

午前中、手元にある諸々のことが期限切れ寸前だったり、まさに期限が切れて放っておいたものがあって「自分が引き受けて」=「責任を感じて」思い尻を上げて政府と州の出先機関に行く。来週から日本に一時帰国することもあって、やっておこうと決意したことが、この行動の大きなドライブとなった。政府の方は行ったら行列。待ち時間が長い。待ち合い所の周りに情報検索のためのパソコンが一杯あって、それらが使われずスクリーンセーバーがグルグルと回っていた。その内容は要約すれば、カナダの国旗とカナダという名詞がどーんとでかでかと描かれたものであり、読む本も無くそれを眺めていたら、「自分がカナダに居るんだ」ということを思い出した。これはいわゆるサブミナル効果か。最近は、ここがカナダと思えない程、家に籠りきりだし、外に出ても感覚が鈍化しているのだ。私はカナダにいるのだ。そう言えば。ここのところの生活はカナダ感が一切感じられなかっただけにおーそうかという感覚。

行きがけの通勤路。赤い実を3粒つけた柊の弱々しい木を目に留める。何故か、無意識に毎日この柊が目に留まる。ずいぶん前から赤い実をつけたままだ。それが落ちるのでもなく、赤い実の色が褪せるわけでもなく。たった3粒なのに、その柊の実は自分を何時も監視するように鋭い。いつもいつも、歩きながら、止まることはないが、見てしまう。

カナダと柊。共通するのは赤。そこに感じるのは温度かな。そういえば、日本の国旗も真ん中に赤だ。

どうも、右足が繋がるお尻の関節の奥が冷えるとじんじんする。痛めたかな。。。

2011年2月20日日曜日

待つということ

あんたは、本を読むしか楽しみはないのですか? 。。。えぇ。他にもあるのですが、大部分はそうですね。と答えざるを得ない。学生時代もそうだった。暇があれば本を読んでいた。と言えば格好がいいが、暇が一杯あるので本を読みまくっていた。のだ。

今、一人。暇は思うがままに作ることができる。あまりうれしいものではないが。作ってしまったら、優先順位を作って時間を充てる。読書が好きというのもあるが、時間を潰せるという意味では読書はありがたい。時間を潰すという負の感覚はあるが、読書していると(頭にぜんぜん入っていないこともあることを前提に)、なんとなく頭を使っているという(世間体に考えて)正の感覚を得て、時間を浪費している感覚が薄くなる。

鷲田清一「待つということ」を読了。要約をするよりも、前書きを引用する方が早い。長いけれど。

「待つ」は偶然をあてにすることではない。何かが訪れるものをただ受け身で待つということでもない。予感とか予兆をたよりに、何かを先に取りにゆくよいうのではさらさらない。ただし、そこには偶然に期待するもものはある。あるからこそ、なんの予兆も予感もないところで、それでも自らを開いたままにしておこうとするのだ。その意味で、「待つ」はいまここでの解決を断念したひとに残された乏しい行為であるが、そこにこの世の信頼の最後のひとかけらがなければ、きっと、待つことすらできない。いや、待つなかでひとは、おそらくはそれよりさらに追いつめられた場所に立つことになるだろいう。何も希望しないことがひととしての最後の希望となる、そういう地点まで。だから、何も希望しないという最後のこの希望がなければ待つことはあたわぬ、とそこで言うべきだろう。

今、横で流れている大河ドラマ「江」を眺める。信長、秀吉、家康の「ホトトギス」の詩を思い出す。家康にとって「待つ」ってどうだったのだろうか? 

内田百閒「第一阿呆列車」を読み始める。百閒の頑固ぶりというか、偏屈さが露で読みながら笑ってしまう。手元にあるのは新潮文庫版であるが表紙の写真からして面白い。この偏屈具合を笑える余裕がある方はぜひおすすめです。立ち読みしてからどうぞ。

昨日作った鶏肉の酸っ煮が美味しかった兼煮汁が残っていて捨てるのがもったいないということで再度作る。酢を昨日より多めに入れてみたが、酢の嫌みは無く、美味い。

それを食べながら、「江」を見ている今。脇役渋いですね。個人的には「江」まだ浮ついた感じですが、今後落ち着いてくるのかな。

待つということ。江は落ち着くかな。

2011年2月19日土曜日

レヴィナス

土曜日。朝寝坊。起きられなかった。

一度、さっと布団を出て、ituneに入れてあるラジオ、平川克美、小田嶋隆の「ガラパゴスでいこう」を流して、さっと布団に潜って聞き流す。思い出せば、時間を適当に扱えた、扱っていたあの頃のような時間。どこか後ろめたいけれど、布団の中は温々として優しい。甘えたくなる。

それでも、いつしか布団を出て、レヴィナスの入門書を片手に風呂。「意味ある世界とは「他者」がいる世界である。私が享受する世界は「他者」によって意味あるテーマとなる」。という言葉に痺れる。一人じゃ、意味を見いだせない。他者との関係から自分がいる意味が見いだせる。ってことかな。それって合点がいくような気がした。

レヴィナスの入門書を読了してテレビ。「”愛と胃袋、スペイン” 角田光代のバスク」をやっていたので見る。バスクってスペインの中では特殊な文化的特徴を持っているのは何となく知っていた。が、その料理が美しく、居酒屋のおつまみの色とりどりさ、おいしそうな感じを見て驚いた。肉、魚、野菜。美味しそうだった。特に野菜は美味しそうだった。本来のバスク料理、旧来のバスク人が好むのは塩味が濃いようだった。昔の日本の食卓と同じではないか。今の日本、いや、国際的に高塩分食は嫌煙されるが、肉体労働をする人々にとっては塩が身体に重要だったのだろう。

夕方になってスーパーで食材を買う。今日は少し料理をしようと食材を選ぶ。スーパーに行く間、つかの間ではあるが、空を眺めると雲が少ない爽やかな青い空が素晴らしかった。太陽は西の低い角度におちかけており、うちのアパート玄関そばに生えているススキの綿毛が、その西日に黄金に輝いていた。それを見た時、子供の頃、学校から帰校途中に生えていたススキの光景を思い出した。

安い手羽先、卵、ネギを買って、醤油、酢、みりんで調理。手羽先は少しフライパンで焼きめを付けた。卵はゆで卵にした。それを上記の調味料を適当にいれてさっぱり煮。最後にネギをまぶして食べる。やっぱり、売っているものより、自分で作る料理の方が美味い。と確信するが、平日は作る気に中々なれないのだな。

他人がいれば、平日でも作るのかな。レヴィナス。。。

2011年2月18日金曜日

祝 4歳

めでたく今日で息子は4歳になった。めでたし、めでたし。

帰りスーパーに寄る。
入り口にパンジー、チューリップが配置されて、
色とりどりに息子の誕生日を祝うかのようだった。
それは錯覚だけれど、その錯覚こそ日々を幸せにするのだ。

現実は、スカイプするも、アンパンマンに負けた。

一人寂しい夜をビールで流す。

「負けた、負けた、今日も負けだ
光るコトバ見つからない
酒だ、酒だ、飲んでしまえ
虎にもなれず溺れる」(「虎」ハンバート ハンバート)

となりそうだが、
あいかわらず猿のように元気な姿を見ると、
ほっとする気持ちになった。
冷えたビールはその気持ちを一度冷やし現実に戻すも、
次第にそのアルコールで身体を暖め、
ほんのりした酔いで思いを深くさせるのだった。

4歳。うれしいよ。ありがとう。

2011年2月17日木曜日

ぷれ4歳

息子の4歳前日。マックの中にある写真アルバムを見ながら感慨にふけっている。私はその間あった、いろいろなことを思い出ししんみりしている。

大きくなってしまった。 でも、ありがとう。これが感想だ。「なってしまった」「でも」って変だけど、そう思うのだ。

今の息子は、今の僕には敏感に感じとれないことを表現できているようだ。例えれば、「となりのトトロ」のサツキとメイちゃんが、「まっくろくろすけ」「トトロ」を見ていた世界を体感し、表現できているのかもしれない。高橋源一郎さんが言っていたことを引用すると、息子は「神話的時間」を今味わっているといえるのではないかと思う。息子にはその時間を味わい尽くしてもらいたい。

2011年2月16日水曜日

青魚

昨晩、身体の異変に逆らわず、早寝。目を瞑ったら即死しと例えたいぐらいの脳シャットダウン。5時にぱっと目が覚め起床。

通勤路。数本の木(たぶんネコヤナギ)に柔らかい灰色の小さな毛玉のようなツボミがぽっぽっっと出始めていた。春近しということか。

魚が食べたい。サーモン、タラ以外の魚だ。できれば小型魚のイワシ、サンマ、鯵など。が隣のスーパーにはない。イワシは家から少し離れた魚屋に売っていたことを記憶している。ビクトリアで冷凍サンマは見かけた事があるが、鯵はない。わざわざ魚屋に行くのも面倒だし、まして、行って無かったとなればその徒労感は想像するだけでも恐ろしい。

帰路、木橋で魚を釣っているおっさん二人をみかける。そうか、釣ればいいんだ。ちょっと話かけて仕掛けを見せてもらったらサビキ(疑似餌)釣りだった。サビキなんて日本固有のものだと思っていたので目から鱗。

結局スーパーでサーモンの缶詰を買って、魚を食べたいと欲求を満たす、いや、ごまかしているのが悲しい。

2011年2月15日火曜日

寝るって大事、特に私は

朝3時に目が覚めた。何もすることがないので寝っころがって天井を見たりしてぼーっと過ごす。そんなことをしていれば眠れるかなと思ったけど眠れない。結局ずっと起きていた。

通勤時、風が非常に強く、個人的に大好きな木橋を渡る時、海側から吹きすさぶ風に身体をグイグイと押され前進するのに抵抗があった。それでもその風は、台風中継の下の下って感じだったと思われるが、今日の自分の身体状況にはその風の圧力は十分に暴力的であった。そんな地上を吹き抜ける風の力は上空では想像もできないほどの強さだったのか。天に擡げる雲はぐんぐんと東へと流され少しずつ青空が掘り起こされていた。

仕事をしている時、頭がくらくらと浮遊した感じで調子悪し。集中力が湧かない。これは寝不足が原因だったかもしれない。くらくら、ふわふわとした感覚が止まると頭を締め付けるような痛みが走る。でもその痛みは数分間起きては、一時的に消滅するの繰り返し。なぜか、終業し、帰路を歩き始めたらその痛みは消えた。しかし、足下は重くいつもの歩行速度に比べて遅かった。なぜか、その分、呼吸が深かった気がした。

家に着いたら、身体と足が床にねばねばと垂れ落ち粘着して身動きがとれない感覚を覚えた。そして、そのまま絨毯の上にうつ伏せで寝転った。身体が重力に逆らわず下へ下へと落ち沈む感じで、その力に抗することはできなかった。床に身体がとけ込むような感じだった。

こんな時こそ食べねば病気になるなと思いたち、粘つく身体を持ち上げた。夕飯を作る気にはならず、冷蔵庫にあるものを賄って適当に食したら少し身体を持ち上げ続ける気がわいた。それでもって、現在はどうにかソファーに座りながら日記を書いている。しかし、ソファーに尻が接着したような固定感覚と重さはある。風邪をひく前兆のような気がする。身体を立てているのが辛い。

自分は寝不足には適応できない人間だ。昔から認識していたのだけど、今日はやってしまった。しかし、目覚めた自分に抗すことができなかったのだ。理由はわからないが、抗することができなかった時点で少し身体が弱っていたということか。

2011年2月14日月曜日

ジョナサンのバレンタインデー

昨日早く床についたにも関わらず、早起きする気にならず。ぬくぬく布団にみの虫のように潜り込んでいた。

出勤。入り江の水面を見ると白鳥が一羽。これは先日見た「ジョナサン」か。相変わらず悠々と泳いでおり、今日は前よりも港側まで泳ぎ出しており相変わらず自由な感じであった。

帰り、上空には曇天が重苦しく地上に蓋をするように天を妨げるようにのぺっと重ね塗りしたように覆っていた。そのため時間にしては薄暗い。個人的に大好きな木橋から往路と同じように水面を眺めると白鳥が二羽。つがい? ジョナサンは彼女を得たのだろうか。二羽は同じ方向で一定間隔の距離を開けて優雅に泳いでいた。その距離感が「私はあなたの影を追います」というような感じであるが、お互いオスどおし、または、お互いメスどおしという状況も考えられ、60年代の日本のテレビドラマ、映画の情景は成立しないかもしれないな。などと思った。

スーパーで適当に夕飯の材料を買う。いつも月曜は客が少ないのだが、いつもより多い感じ。レジに進むと花束を購入する男性が多い。そこで、「あ、今日はバレンタインデー」と気づいた。

二羽の白鳥の一羽はジョナサンと信じる。やるなジョナサン。同性愛であっても、バレンタインデーに二羽なんて粋な奴だ。

大野更紗「困っている人」更新。絶対読むべし。
http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html

2011年2月13日日曜日

休日にしかできない休日の日常

朝起きて直ぐ休日らしい平日にできないことをしようと決意。起きてすぐジムへ行って一時間半程有酸素運動。その後、一時間半程、ヨーガ。その後、散歩二時間半。

散歩はダウンタウン方面を介して、海岸沿いを歩き続けた。ビーコンヒルパークに近い海沿いの芝生域には犬がうようよいて戸惑った。犬を苦手としている人間の周りに紐で繋がれていない自由な犬がうようよといるのは大変精神的な圧迫だ。相手の犬は悪意無く近づいてくると思うのだけど、そんなことしてくれなくてよろしい。大小様々な犬がいて自由気ままに接触してくるし、時折、犬どおしが接触して怒号のような鳴き声を伴って喧嘩したり心休まらなかった。

帰宅後、足指、裏を中心に疲れていたので風呂。風呂で加藤典洋の本を読む。頭が悪いので本の内容についていけず、行って戻ってを繰り返す。1ページの読み込み速度が遅いので全然前に進まなかった。本当は読了するつもりだったが、残り100ページ弱を残す所で風呂から上がった。

上がった後で早めの夕飯を作って食べる。その間、「江」を見た。本能寺の前に蘭丸が光秀に手紙を送っていたというのは歴史的事実なのだろうか。

現在、まだ、時間が早いので本でも読もうかと思うが腹が膨れてそんな気がしない。

2011年2月12日土曜日

ガラパゴスでいいじゃない

雨模様。雨粒が大きい、しとしと というよりも、 ばらばら という感じ。時折、風も強かった。

久しぶりに掃き掃除。久しぶりというのは非難されるべきであるが。掃いて集めてみると塵は多かった。塵を構成する一番のものは毛だ。自分が生活密度が高い所に沢山落ちていた。

朝起きて直ぐ風呂。最近の流れ。今日は休日なので角田光代の小説を持ってゆっくり浸かった。本を読み終えるまで浸かるとなると、途中で風呂の温度が体温以下になることが何度もあった。思うに、日本の風呂に比較すると保温力が弱い気がする。基本的にシャワー文化のこの国。浴槽はあくまでもシャワーのための防水壁なのだろう。お湯をためて長風呂という機能は弱いのかもしれない。風呂の文化に根ざした風呂釜。シャワー文化に根ざした防水壁を持つが保温性の低い箱。

考えるに、日本には日本の特殊な文化、技術、歴史、言語等々ある。がそれが文化である。グローバル化という流れに合わせて盛んににその固有、言い換えれば、日本以外に通用しないものは「ガラパゴス化」と評価されるのはどうか。人が減る日本でこれからも儲け続けることを考えればグローバル化を目指せというのがグローバル化を主張する方々の肝のような気がしてならない。頭が悪いので間違っているかもしれないけど。日本の文化。日本しかできない、もっと、極地的に言えば日本のその地方しかできないということを持っていれば、世界、もしくは、日本の中で捨てられない存在になるのではないか。特に情報がインターネット等で自由自在に拾える社会では。グローバル化、または、都市化と称して均質化すればするほど、その国、その地方の存在感は埋没し滅するのではないか。そういう意味では、ガラパゴスでいいじゃない と思う。この ガラパゴスでいいじゃない は、 岡康道、小田嶋隆の著書名のパクリでもある。パクリでもいいじゃない。

2011年2月11日金曜日

落とし物は赤い色

うんこは予想通り赤ワイン色だった。観察した所、「ブツ」のなかにブツブツと粒のままの米がまばらに混じっていたので消化には悪そうだ。ということは、同じ食べた量であっても赤米+赤インディカ米はエネルギー効率が悪いということだろう。同じ量を燃やしたエネルギー/カロリーは一緒でも、人間の身体に入れば一部は消化できず排出されるということである。野性生活であればなんとも勿体ないことであるが、飽食の人間世界では有り難いことになる。価値は相対的である。相対性理論。アインシュタイン。である。

白菜とキャベツを夕飯の為に買った。スーパーのレジは見慣れない叔母さん。新人だった。そのため白菜の英語名わからず。恥ずかしながらカナダ生活2年の私もその英語名は知らず。レジに並ぶおばちゃんが助太刀して「それはホワイトキャベツよ」と言った。それは直感的に間違っていると思ったがおばちゃんは言い切る。私は無言。レジの叔母ちゃんはそれに従いレジ機でそれを確認するがもちろんない。でも、おばちゃんは畳み掛けるように「それはホワイトキャベツだって」と言明する。レジの叔母さんは探すのも面倒臭くなったのかキャベツとしてレジ打ちしていた。二人のおばさんのやり取りに圧倒されて呆然と眺めていた。帰宅後、辞書で調べると白菜は Chinese cabbage、napa、nappa cabbageと言うらしい。napa, nappa ってわかり易い。日本人が言い伝えたのだろうか。。。起源は何?

エジプトのムバラクが退任した。今朝からこちらのニュースはこれに終始した。例え、それがローカル局であっても。アメリカに力がさらに弱まったと言えるのではと思う。その一方でこれはベルリンの壁崩壊に匹敵するイスラム圏での出来事であると思うのだが。

2011年2月10日木曜日

朝粥

朝ふと水面を眺めると白鳥が一羽悠々と泳いでいた。大きいかったからオオハクチョウかと勝手に解釈。嫁さんの所で野生の白鳥を見て興奮したが、あまりの群の数と雪の上に大量に垂れ落とされた糞に少し引いた記憶がある。今日の白鳥はたった一羽で、周りには仲間が見られない。人間で言えば背筋が良いと例えられるかもしれないが、首をピンと伸ばして、俺は自由だぞという感じで前を見据えて前へ前へと流れるように泳いでいた。一瞬、カモメのジョナサンを思い出したが全然違うか。

朝粥。近くのスーパーでインディカ米のような縦長の赤い米を発見した。価格も雑穀並みに安かった。実家から送ってもらった赤米は少なく貴重なので有り難い。前回赤米を食べる前は、赤米をなめていたのだが、小豆のようなほんのりした甘さがあり気に入ったのだ。小豆のような豆独特のぞぶぞぶ感はなくさらりとしているのも気に入った。白米と赤インディカを半々、そして、少々の赤米を作って30分強多めの水で炊いてみた。出来たお粥は赤ワインのような色だが確かにお粥であった。少々の塩を加えて、そこに日本で買って来た菜飯の素少々、それにごまを加えて食べた。うまかったー。身体も暖まって、今日も一日のりきるぞ というような気になった。食べるは生きることだとしみじみ感じた。

明日か明後日に出るであろうウンコの色に興味がある。

2011年2月9日水曜日

火事?


朝寝ぼけ眼で窓から外をぼんやり眺めたら、遠景の丘陵の一点が赤々と燃えている。火事かと思って霜の降りた外気に躊躇しながらもベランダに出て確認する。

朝日がビルの窓辺に反射して赤々と輝いていたのであった。

2011年2月8日火曜日

うす橙色の景色

朝早く目覚め、いつものように朝風呂兼読書。一時間半程。その後、軽くヨーガしてみたが、右足大腿部の筋肉がどうも張っていて前屈が気持ちよく無い。それを感じて、右大腿部に負荷がかかるものは無理が懸からぬ程度に行う。その後、朝飯を食べ、歯磨き。歯を磨いてから水を飲む瞬間が私は好きだ。今日は水を二杯飲んだ。歯磨き後のハッカっぽい爽快感が水の本来の温度以上にすっとする感じが好きだ。

朝出勤のためアパートを出てみたら。大粒の雨。コートのフードを出して頭に掛けて歩く。雨粒が比較的大きく傘を持ちに帰ろうか悩んだけど、目に見える範囲で歩く人はほとんど傘を差しておらずそのまま歩き会社へ。途中雨は止んだ。地元の人の長年の経験は正しい。

普通に仕事して、普通に帰社。帰り、晴れた夕暮れの帰路は奇麗だった。悠々と羽ばたく(しかし、ウンコをいつ垂れるかわからない)カモメ。夕暮れに輝く遠くに見える雪山。凪いだ入り江で練習する漕艇(ボート)競技者。少し橙色に輝く景色がとても気持ちよかった。

2011年2月7日月曜日

もしもピアノが弾けたなら

ここのところ朝起きるのが辛い。今日は月曜日。できる限り床に入っていたい。家を通勤のために出発する時間から逆算して身なりを整える時間等を鑑みて最大限を布団で過ごしたい。目覚ましは通常の起床時間にセットしてあり、きちんとそして無情にも鳴り響く。が、さっと手だけが目覚ましに伸びて停止させ、上述のような思考回路を一瞬にして働かせて再度設定。というような朝である。身体が芯から疲れている感じである。または、たんなる怠惰か。わからない。


普通に仕事をした日中を経て、今晩はダウンタウンで行われるブルースのライブに行った。同僚がチケットを手配してくれた。出不精で面倒臭がりな私が能動的に夜でかけることは稀である。そういう点で、同僚には深く感謝する次第だ。アーティストはJon Cleary。アメリカのニューオリンズで20年程生活しながらプロとしてブルースを響かせている人。会場はHarpo's at Upstairs Cabaret。初めての場所で、行ってみたらへーここってこんなんだったんだとの感想。良く通りすぎている所であった。会場内部は狭からず、広からず。70−80名程度の会場か。ジャンルとその客層からか会場内も落ち着いて良い感じ。Jon Clearyはこれまた初めて知ったアーティストであったが、大変素晴らしかった。ハスキーでありながら甘い感じの歌声はそれ自身が素晴らしい楽器のようであった。そして、ピアノの演奏も大変痺れる感じでこれまた素晴らしい。私は奏者から距離にして5m弱の場所に座って鑑賞したが、ピアノを引く手がまるで蜘蛛、それもタランチュラのように見えた。手の指の動きが、規則正しく自由に動く蜘蛛の足のようだったのだ。ピアノ奏者の指をあまり見た事なかったが、時折叩くように引く指は関節まわりにと手の平および甲にしっかり筋肉がついていてメリハリのある手をしているように見えた。まるで、肉体労働をしているしっかりとした手といったところか。鍵盤を自由自在に操る手は蜘蛛のように鍵盤上を這うように動き、時々、手の甲を浮かし指を立ててそれが少し背伸びをした猫のようにも見えた。音楽に聞き入るだけでなく、その手の動きにも見入ってしまった。CDで聴くだけでは知り得ないこと。目から入る情報、そして、観客とアーティストが作る雰囲気、そしてもちろん素晴らしい演奏、曲と唄。ライブ感ってのはこれらが揃って共鳴する感じを言うのかななどと思うのであった。

もしもピアノが弾けたなら。。。とも思った。

最後に、重ね重ねチケットを手配してくれた同僚に感謝したい。良い経験でした。

Jon Cleary: http://www.joncleary.com/
Victoria Jazz Society: http://jazzvictoria.ca/

2011年2月6日日曜日

私は本が、活字が大好きです

外は曇り時々雨。相変わらず読書がメインの休日。

紙の上のことだけじゃだめじゃんと言われればその通り。ではあるが、本っていいもんだ。一生経験できないだろうことも、頭の上で経験できるから? さーわかりません。それでも、読んだ後にあーでもない、こーでもないとあれこれするのがいいのかな? 私は高校まで本を買ってまで読む人間ではなかった。ただ、それまで国語の教科書に載っている文章を読むのは好きだった。でも、国語のテストは出来悪かったけど。あと、教科書に載っている著者紹介も好きでした。なんでこんな人がこんな文章を書くのかなぁと想像するのも面白かった。そして、大学に入る前から好き勝手に文庫を買って読み出したのが今に至る。

昨日は角田光代「ロック母(講談社文庫)」を読んだ。久しぶりの小説(短編集)。小説ってやっぱいいですね。評論、哲学を読むのと違って、絵として頭に残る。そして、その絵を自分の中でアレンジしながら読了したあとあれこれ感じて考えて。本っていいもんだ。ま、そんなところです。日本に帰る時(未定)を夢見てアマゾンで本をぱちぱち選んで「欲しいものリスト」に入れるのは毎晩のこと。読みたい本とか知的欲求を刺激しそうな本が多過ぎる。暇な時間があるからそんなんだよよいわれればそれまでだが。暇な時間は本を読んでいたい。

エジプトは小康状態。でも西欧各国はエジプトの監視を強めている。日本は? 

相撲。昨日の朝日新聞にあった記事抜粋。「春日錦が現役時代から所属する春日野部屋は、稽古が厳しいことで知られる。八百長に対しても厳格で「前の師匠(元横綱栃ノ海)の代から『八百長とは絶対にかかわるな。もしかかわったら、廃業しろ』と指導されていた」という。」これって相撲協会の「昔は無かった」論をグラグラにするのでは。八百長の背景は昔からあったっていうことを示しているんじゃないの? 

2011年2月5日土曜日

くうねるあそぶ

だらだら土曜日。朝起きて、ぼーっとしながら朝風呂。朝風呂しながら本を数冊並べて読書。飽きたら次、飽きたら次と読む。汗がしたたるので単行本を読むのは気が引ける。そのため、文庫か新書にどうしても制限される。最近は思想書か哲学の読書が多い。これは全て、学生時代に読むべきものを読んでいなかったことに対する反発であろう。今更ながら知的教養に飢えている。はずかしいが。それでも、それに気づいただけまいいか。死ぬまで勉強とは良く言うがその通りだきっと。知識が入れば世界の見方はその分変わり、世界は広がるのだきっと。

昼、少し昼寝。これは休日だからできること。身体が少し疲れ気味で、毎晩早寝の状況でも身体は昼寝したいようだった。なんと心地良いものか。筆舌に表しがたい。

キャベツを丸丸一個、それにニンニクとソーセージ、トマトの水煮をいれてぐつぐつ煮る。夕食のおかず。包丁で切る作業、洗い物の作業をしたくないのでなるべく手のかからないものにしたい。でもなるべく野菜は欠かさず食べたいので、こんな料理が選択された。手は全然かかっていないが、結構美味かった。キャベツは生でも、煮ても茹でてもなんでもござれな野菜で優れものだ、ありがたい。

風呂、読書、寝る、食う。食う寝る遊ぶ三昧の土曜日である。が、便秘は続く。

グリンガと息子、そしてエジプト革命

嫁さんから新たな息子の絵が送られる。今回もアンパンマンキャラであるが、私は知らない奴だった。「グリンガ」という芋虫の化け物らしい。左は体節が繋がっていないので失敗ということで右に新たに書き足したらしい。客観的に自分の3−4歳と息子を比較すると、息子の方が断然進んでいる。少なくとも私は身体が繋がって無くても、それを反省して書き直すことはしなかったはずだ。


昨晩は、息子がスカイプをしたいというなんとも親孝行な申し出でテレビ電話。眼鏡姿の息子は不憫に思う。が、眼鏡がずれ落ちた時にそれを直す仕草は教えてもいないのに様になっていて眩しい。テレビ電話といってもお互いしゃべる時間よりも、息子が目の前で本を眺めたり、玩具で遊んでいるのを見ている時間がほとんど。それらの姿も時を追う毎に前進、工夫が見られ男親が居なくとも子は育つことを実感する。切ないようなありがたいような。

昨晩から石川康宏、内田樹「マルクスを読もう(かもがわ出版)」を読んでいる。その本は書簡形式。書簡の中にタイトルと関係無く我々がビクトリアに来る前に住んでいたA市にある県立T病院が、県立A病院と統廃合でT病院は廃止撤去される予定と見過ごせぬ記述があり愕然とする。そこは、我が息子も入院するなど大変お世話になった所である。県がWebページ上に掲載している記述を見ると、統廃合でいいことばかりだから皆さん納得してねという論調である。しかし、新設予定の病院のベッド数は730。一方でT病院、A病院はそれぞれ現在400、500のベッド数を有しており計900。新規病院では減っているのだ。救急医療に力を入れるとあるが、ベッド数は減っている。入院患者は一層早いサイクルで退院させられるだろう。T病院はA市北部にあり鉄道アクセスの良さから近隣の市町村の方々も利用していた。新設病院の予定地はA市の南部。今までT病院を利用していた人々からすれば明らかにアクセスが悪い。またA市北部を中心とした救急医療に貢献していたと思うのだが、南部への搬送となればそれだけ搬送時間は長くなる。市民、患者にとって良いことは無いようにしか見えない。県の資料をざらっと眺めると病院経営のことが何も記載されていない。裏を返せば、赤字だからというのがこの統廃合のドライブになっているのではないのか。住んでいない自分があれこれ言ってもしかたがないが、病院にコスト計算、市場原理を持って処理するのは余りにも危険ではないか。そんなんで、高齢化社会や少子化を訴えても全くの空論であると言わざるを得ない。お世話になった病院。そして、そこに近隣市から入院していた子供やそれを有り難がっていた親御さんを見ただけに熱くなる。が、この問題は現在の日本の公立病院に共通して存在する病気だ。

さて、エジプト「革命」を眺めている。イスラム圏に飛び火することはほぼ確実だろうし、エジプトは比較的イスラエルに近しい関係だったのでパレスチナはどう反応するのだろう。日本は石油輸入国、かつイスラム圏からの輸入が大部分を占める。今回のエジプトでの出来事はチュニジア革命そして、その背景にある「食料高騰」が発端だという。食料自給率の低い日本も長い目で見れば無関係とは言えない。今と未来の生活に関係することだ。日本の現在の時間的、地理的な立ち位置を認識するに非常に重要なニュースソースであるはずだ。それなのに、少なくとも日本のインターネットニュースを見ると報道が極めて薄い。カナダのニュースでは時間の半分がエジプト革命に注がれている。しっかりエジプトの近代史なども概略であるが示してもいる。この革命がどういう背景でどのような位置にあるのかを伝えようとするように。一段深い報道だ。相撲賭博、いいじゃんもう。相撲賭博報道は「そんなことは有り得ないこと」と正義感溢れる論調だけどあまりに白々しい。みんな「ありそうなこと」なんて知っていただろうに。とにかく、いまの報道事情は不味いと思う。

刺々しい日記になってしまった。息子の写真でも見て心を落ち着けようっと。

2011年2月3日木曜日

節分

今日は一日寒くも無く、雨もふらず。

こっちは3日。節分である。昨日触れた恵方巻き、豆まきはせず。代わりに納豆を食べただけ。豆が同類項としてあるだけ。納豆まきしたらネバネバしているんで投げ辛いし、べとついて遠くに飛ばすのも難しいだろう。

納豆を私の身体は欲していたみたいで美味しいなぁ納豆。臭いで駄目って人が多いが、私は好きです。テレビで納豆人気が上がって、偽装で下がったのは過去の事。それがあってか、関西に住んでいた時にお世話になっていた「なっとういち」を有していた旭松食品の納豆事業がミツカンに売却されたということを知る。寂しいものだ。随分前のニュースらしいけど寂しいなぁ。

身体が欲しいっていっている時に納豆を食べたら、そりゃ健康にいいのは間違い無いと思うんだけど。納豆というとご飯と一緒にと思いがちだけど酒の肴にもなるし、パン食でもおかずになると思えるのだけど、それは私だけか?

最近、便秘気味なんで食物繊維を接種して腸に刺激を与えているのだけど、全然出ない。食べた分、出るって比例の関係に早く戻ってほしい。昨日も蒟蒻一枚を食べたのになぁ。。。

2011年2月2日水曜日

節分。ってことは

新月。日本であれば節分の日。

先日からやや臭い感じのことを日記している。が、読み返して恥ずかしげもなく、そうだそうだと思えているのでまーいいか。

節分ってことを忘れていたのだけど、寿司を食べたくなった。酢の味。酢の物じゃだめ。寿司って脳が訴える。したがって、車で一走りして少し離れたスーパーへ。ここの寿司が美味いかどうかは比較の位置で全く意味を持たないのだけど、ここビクトリアであればとすれば、一番美味い寿司を買う事ができるスーパーである。それは、うちの奥さんと同意見。それだからこそ、運転したくもないけど車にのってそのスーパーへ。が、寿司コーナーが無くなっていた。寿司を置いていた冷蔵庫、寿司を作るカウンターも全て撤去。工事中なのかわからないけれど現時点の状況を見て暗い気持ちになった。結局意味なく豆腐を買って帰った。

寿司の話をしたのは恵方寿司ってことをキーワードにしてである。恵方寿司って歴史はバレンタインデーのチョコレートみたいなものらしいけど。関西に住んでいる時は、家族でやったりもした。由緒は知らず、ご利益もしらずにしたもんだ。でも楽しかった。恵方巻に関しては「街場の大阪論」の江弘毅が述べてくれている。興味があればどうぞ(http://www.140b.jp/blog2/)。

明日巻物でも作ろうかなぁ。でも一人で恵方寿司しても寂しいもんだということは容易に想像がつくもんなぁ。。。

2011年2月1日火曜日

続 せんせい

お客さんを朝一、ビクトリアからすれば北にあるシドニーまで送迎。お客さんは乗船して購入される装置の訓練を受ける。私は乗船しないので、船が離岩するまでの間、岸壁に付着したイソギンチャク、餌を漁って潜ったり上がったりしている鵜を見たり、船のボースン(甲板長)と色々喋ったり、船の中でいれたコーヒーを乗りもしないのに拝借したり。緊張感も無く、週末のような気分を味わう。ボースンと話したのは面白かった。けど割愛。元、海軍で働いていた人で。。。

今朝は冷えて、所により道路ですら氷が張っていた。緊張感を持って運転。

遡って、昨晩は早く床についたものの、夜中に目が覚めてしまう。風呂に湯をためて朝風呂。なんで手元にあるのか覚えが無いけれど、竹内薫「99.9%は仮説」を面白おかしく風呂で読了。字も大きくてページに比べて文字数は少ない。サイエンスをする人も、サイエンスをしない人も面白いと思う。サイエンスをしない人も読んで学べば違った目線で世の中を見られるようになると思う。サイエンスする人は科学史を学ぶことが少ない昨今、その重要性を少し感じられるのではないか。私は、大変尊敬する先生から「科学史を学べ。学ばなきゃ科学ができない。科学史を知らないで科学をするなんて恥ずかしいことだ」と教えられた。でも、その時にその言葉を理解できる素養はなかった。それがずっと心に引っかかっていた。それでも最近に成って漸く、先生の言葉への理解がなんとなく形づけられはじめ、そして、この本を読んでその曖昧な理解が確信へと近づき、自分なりに大方解釈ができたような気がした。あくまでも、そういう気になっているということだが。先生には、こんな入門書だけでなく(著者には失礼だけど)、科学哲学、科学史を作り出した偉人の原著を読みなさいと叱られそうである。学ぶことに限りはない。私の学びは人より浅い。歴史から学ぶ重要性、そして、学ぶことへの姿勢など生きる為に重要且つ根本的なことを教授して下さった先生に心から感謝したい。先生を思い出す時、「お天道様が見ているぞ」という言葉を何時も思い浮かべる。「先生だったらどういうだろうか?」っていう問いが大事な局面で何時も浮かぶのだ。