嫁さんから新たな息子の絵が送られる。今回もアンパンマンキャラであるが、私は知らない奴だった。「グリンガ」という芋虫の化け物らしい。左は体節が繋がっていないので失敗ということで右に新たに書き足したらしい。客観的に自分の3−4歳と息子を比較すると、息子の方が断然進んでいる。少なくとも私は身体が繋がって無くても、それを反省して書き直すことはしなかったはずだ。
昨晩は、息子がスカイプをしたいというなんとも親孝行な申し出でテレビ電話。眼鏡姿の息子は不憫に思う。が、眼鏡がずれ落ちた時にそれを直す仕草は教えてもいないのに様になっていて眩しい。テレビ電話といってもお互いしゃべる時間よりも、息子が目の前で本を眺めたり、玩具で遊んでいるのを見ている時間がほとんど。それらの姿も時を追う毎に前進、工夫が見られ男親が居なくとも子は育つことを実感する。切ないようなありがたいような。
昨晩から石川康宏、内田樹「マルクスを読もう(かもがわ出版)」を読んでいる。その本は書簡形式。書簡の中にタイトルと関係無く我々がビクトリアに来る前に住んでいたA市にある県立T病院が、県立A病院と統廃合でT病院は廃止撤去される予定と見過ごせぬ記述があり愕然とする。そこは、我が息子も入院するなど大変お世話になった所である。県がWebページ上に掲載している記述を見ると、統廃合でいいことばかりだから皆さん納得してねという論調である。しかし、新設予定の病院のベッド数は730。一方でT病院、A病院はそれぞれ現在400、500のベッド数を有しており計900。新規病院では減っているのだ。救急医療に力を入れるとあるが、ベッド数は減っている。入院患者は一層早いサイクルで退院させられるだろう。T病院はA市北部にあり鉄道アクセスの良さから近隣の市町村の方々も利用していた。新設病院の予定地はA市の南部。今までT病院を利用していた人々からすれば明らかにアクセスが悪い。またA市北部を中心とした救急医療に貢献していたと思うのだが、南部への搬送となればそれだけ搬送時間は長くなる。市民、患者にとって良いことは無いようにしか見えない。県の資料をざらっと眺めると病院経営のことが何も記載されていない。裏を返せば、赤字だからというのがこの統廃合のドライブになっているのではないのか。住んでいない自分があれこれ言ってもしかたがないが、病院にコスト計算、市場原理を持って処理するのは余りにも危険ではないか。そんなんで、高齢化社会や少子化を訴えても全くの空論であると言わざるを得ない。お世話になった病院。そして、そこに近隣市から入院していた子供やそれを有り難がっていた親御さんを見ただけに熱くなる。が、この問題は現在の日本の公立病院に共通して存在する病気だ。
さて、エジプト「革命」を眺めている。イスラム圏に飛び火することはほぼ確実だろうし、エジプトは比較的イスラエルに近しい関係だったのでパレスチナはどう反応するのだろう。日本は石油輸入国、かつイスラム圏からの輸入が大部分を占める。今回のエジプトでの出来事はチュニジア革命そして、その背景にある「食料高騰」が発端だという。食料自給率の低い日本も長い目で見れば無関係とは言えない。今と未来の生活に関係することだ。日本の現在の時間的、地理的な立ち位置を認識するに非常に重要なニュースソースであるはずだ。それなのに、少なくとも日本のインターネットニュースを見ると報道が極めて薄い。カナダのニュースでは時間の半分がエジプト革命に注がれている。しっかりエジプトの近代史なども概略であるが示してもいる。この革命がどういう背景でどのような位置にあるのかを伝えようとするように。一段深い報道だ。相撲賭博、いいじゃんもう。相撲賭博報道は「そんなことは有り得ないこと」と正義感溢れる論調だけどあまりに白々しい。みんな「ありそうなこと」なんて知っていただろうに。とにかく、いまの報道事情は不味いと思う。
刺々しい日記になってしまった。息子の写真でも見て心を落ち着けようっと。

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