2011年2月1日火曜日

続 せんせい

お客さんを朝一、ビクトリアからすれば北にあるシドニーまで送迎。お客さんは乗船して購入される装置の訓練を受ける。私は乗船しないので、船が離岩するまでの間、岸壁に付着したイソギンチャク、餌を漁って潜ったり上がったりしている鵜を見たり、船のボースン(甲板長)と色々喋ったり、船の中でいれたコーヒーを乗りもしないのに拝借したり。緊張感も無く、週末のような気分を味わう。ボースンと話したのは面白かった。けど割愛。元、海軍で働いていた人で。。。

今朝は冷えて、所により道路ですら氷が張っていた。緊張感を持って運転。

遡って、昨晩は早く床についたものの、夜中に目が覚めてしまう。風呂に湯をためて朝風呂。なんで手元にあるのか覚えが無いけれど、竹内薫「99.9%は仮説」を面白おかしく風呂で読了。字も大きくてページに比べて文字数は少ない。サイエンスをする人も、サイエンスをしない人も面白いと思う。サイエンスをしない人も読んで学べば違った目線で世の中を見られるようになると思う。サイエンスする人は科学史を学ぶことが少ない昨今、その重要性を少し感じられるのではないか。私は、大変尊敬する先生から「科学史を学べ。学ばなきゃ科学ができない。科学史を知らないで科学をするなんて恥ずかしいことだ」と教えられた。でも、その時にその言葉を理解できる素養はなかった。それがずっと心に引っかかっていた。それでも最近に成って漸く、先生の言葉への理解がなんとなく形づけられはじめ、そして、この本を読んでその曖昧な理解が確信へと近づき、自分なりに大方解釈ができたような気がした。あくまでも、そういう気になっているということだが。先生には、こんな入門書だけでなく(著者には失礼だけど)、科学哲学、科学史を作り出した偉人の原著を読みなさいと叱られそうである。学ぶことに限りはない。私の学びは人より浅い。歴史から学ぶ重要性、そして、学ぶことへの姿勢など生きる為に重要且つ根本的なことを教授して下さった先生に心から感謝したい。先生を思い出す時、「お天道様が見ているぞ」という言葉を何時も思い浮かべる。「先生だったらどういうだろうか?」っていう問いが大事な局面で何時も浮かぶのだ。

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