2010年4月24日土曜日

自然との融合

ガレージの屋根からにょきっと大木が。自然との融合 って言葉が浮かぶ景色でした。ガレージ内で根っこがどうなっているのか見てみたい。


2010年4月23日金曜日

ゆるがない

最近は、通勤路で鳥の鳴き声を聞いたり、緑を見たり、風の音を感じたりするのが楽しかったので、ipodで音楽を聞くことが少なかった。けれど、今日はヘッドフォンで音楽を聞いてみたくなった。

基本的にネクラなので入っている曲が「しみったれている」ものが多く朝に相応しい弾けた心躍るものがなかった。それでも聞いた曲の中で「ゆるがない幸せが欲しいのです」っ歌詞があったのだけど。さて自分にとってそれは何なのだろう。

小さな幸せは日々感じるもだけど、ゆるがない幸せ って直ぐに浮かばない。

とぼーっとしていたら、街路樹のはみ出した枝に顔をぶつけた。雨に濡れていて冷たかったけれど、枝が細く新芽の薄緑の葉っぱでやんわりしていて痛くは無かった。そして、緑色の上着を着ていたからか、クマバチっぽい昆虫がずっとワタシを追いかけてきた。ワタシの甘い匂いに誘われたのか。加齢臭は日々増しているのではと危惧する今日この頃であり、甘い匂いを漂わせているとは思いもよらなかった。ハチに「ワタシは植物でない、花もない、蜜もない」と念で語りかけたら何処かに飛んで行った。自分にハチと会話できる能力があったとは。ってことはなく、接近してみたら臭かったのかもしれない。

愉快な怪奇現象

小麦粉で嫁さんが作ったアンパンマン。乾いてカチカチ。立派なゲイジュツです。





頭と顔しか作っていなかったのですが、朝起きたらニュルっと胴体が育っていました。怪奇現象でしょうか。人形の髪が伸びるのはかなりビビる話ですが、こういう間抜けな感じの不思議は大いに愉快であります。




2010年4月20日火曜日

少々小寒い一日。雨のち曇り。

昨日、アンジェラ.アキ のドキュメントを見た。末広がりなピラミッド型で現時点から10年先の目標を立て、それに向かって邁進して今の成功を得たらしい。そうか、積み上げ型ピラミッドでは無く、末広がり型ピラミッドがあるのかと一瞬目から鱗で、自分も真似てみようと目標を浮かべてみたのだが、現時点の「点」の目標しか浮かばなかった。無目標か、それとも、現時点で手一杯なのか。どっちにしても慣れないことをしない方が良い。お腹が痛くなっしまう。夏休みの宿題計画もままならなかった小中学校の時代から成長していないのだものなぁ。。。

通勤路橋を渡っている際、入り江を眺めていたら、白い流線型の塊がすいすい流れに逆らって上って行った。でか過ぎる鯉だ と思っていたら、斑のアザラシだった。こっちを「馬鹿め」と頭だけを出して覗き見してきたので、写真に撮ろうと思ったら潜水してどこかに消えてしまった。

2010年4月19日月曜日

哲学の道

 平日になると途端に出来事が少なくて書くことが無い。ルーチン。

考え事をして、窓の向こうを眺めていたのだけど、これは端から見ると窓際族か。カナダにそんな言葉があるかは知らないけど、パソコンを見ながら考え事をするよりは、外を眺めた方が思慮深くなった気がする。多分、気だけであり、眠くなっている。偉い人の自伝を読むと、寝た後の夢や、起きた直後に偉大なる発見があるということが多いらしいので、この眠気の「うとうと」具合はあなどれないに違いない。が、今までうたた寝して偉大なる発見は無い。こんなに思慮深く外を眺めている人間である。どこか脳に異常があるに違いない。

通勤も思慮深く歩くのだけど、会社近くの道端でキスしあっているカップルに目を奪われてしまった。思慮深く観察し、哲学しようとしたが、顔はスケベなおっさん化し、鼻の下を伸ばしていた気がするのでチラ見を繰り返し通り過ぎた。ランニング着のカップルであって、キスもいいがその情熱をランニングに投入すべし、と思ったのであるが。あの後、ランニングしたのだろうか? などと考えて、会社に到着してからの15分間、窓の外の向こうを見て夢想していた。。。というのはさすがにない。

2010年4月18日日曜日

切り干し大根

前に実家から送ってもらった切り干し大根を食べる。美味い。なんで干したものは美味いし、気持ちいいのだろう。干した布団、鯵の開き、そして切り干し大根。太陽の香り、力か。

とすると、自分も太陽の元で過ごせば過ごす程、風合い、風味が増すのかもしれない。晴れた日は仕事もそこそこに外で太陽をあびろということか。

子供の頃を振り返ると、まさしく太陽の下、遊びまくった。人が密集するような場所では無く、野山で。そして、傷を作りながらも果敢に攻め遊んだ。そしたら浅黒く逞しくなった。

という経験則からも、あながち上述の仮説が間違っているとは思えない。

太陽にあたると疲れるけれど、あえて萎れて力をためるってこともあるのだな。

あらふぉー

午前中、何気ない会話で「あらふぉー」の話になった。「この私も「あらふぉー」の括りになるのでは」との指摘に愕然とする。35。四捨五入で40。などと生温いことを言っていた私であるが、すでに約40ということか。光陰矢の如し。40に突っ走り、既に眼下には人生の折り返し(平均寿命を全うすれば)ではないか。いかんいかん、やることやっておかねば。読みたい本も読まねば。遊ばねば。仕事。。。も。程々に。

午前中、息子と公園で遊ぶ。息子もせいぜい12位までしか遊んでくれないのだろうから、後残り9年を切っているのだ。公園で遊ぶのも力が入る。わけでもなく、見張る程度で、ほったらかし。

その後、ダウンタウンへ。良い青空だった。青空に伸びる飛行機雲。見てるうちに風で広がり線から面にのっぺりと拡散していくのだった。




春。観光シーズンへまっしぐら。ということか、湾内を巡るフェリーが見えた。天から、晴れたら遊べ遊べ遊べとサブミナル効果、いや、90年代中盤を震撼させた稀代のペテン師の連呼による洗脳に似たような幻聴が。遊ばねば。晴れを逃すな。



中華街にてバブルティーなるお茶屋で一服。そのティーは色が奇麗で、底にはタピオカがぎっしり。黒糖で茶褐色に染まっていると思われる。コクあるほんのりした甘み。茶はフルーツ風味(選択可)。太めのストローで吸い飲むとタピオカがシュッポと喉ちんこに激突する。その感覚は面白いけど、甘い茶、フルーツ風味の茶というのが私には。。。この半分位の量で十分満足だったけど貧乏性なので飲みきった。タピオカも吸い尽くした。缶入りコーンスープの底にくっついたコーンを底を叩きながら飲み尽くした時に似た充足感。



中華街はぽんぽんしたサクラ(だと思われる)がまだ残って、その町並みとともに風情があった。


「いきものがかり」。大して知らない。が、今の今まで「いきものがたり」だと思っていた。「いきものがたり」なんて何だか深い名前だと思っていたのだが、「いきものがかり」か。勝手にがっかりしている。この疎さ具合、サクラをみてにんまりほんわかしているなんて「あらふぉー」と括られても仕方がないようにも思える。遊べ遊べ遊べ。。。

2010年4月17日土曜日

げーじゅつ


我が息子画伯(3歳2ヶ月)のゲージュツ。私が書けば「ちょっといっちゃっているね」と言われかねないが、息子が書くとゲージュツに早変わり。色使いなど天才的だと思うが、ただの親馬鹿か。この型にはまらない奔放な殴り書きは今後もほっぽらかしていきたい。図画工作の成績を稼ぐにはその先生の意図する教科書的な絵を書くということが鉄則であるが、長い人生の楽しみを考えると、型にはまった絵を書くことに慣れ親しむと絵を書くことに面白みを無くす。これは偏見だろうか。少なくとも息子には自由に書きまくってもらいたい。

一時的な家具崩壊期に入ったのだろうか。子供部屋兼書斎のドアの蝶番のネジが弛み外れた。また、タオル掛けがグラグラと弛み、風呂場のシャワーカーテンのバーが何度も転落するのであった。後者二つは手間無く修繕可能であったが、ドアの蝶番はやっかい極まりない。ドアは合板で出来ているが、ネジ締め部がボロボロと崩れ、ネジ穴が弛み崩壊。修理のためには小道具が必要となりホームセンターへ。小道具とボンドを購入。そして、嫁さんが穴補修にゴルフのティーが有効(緩んだ穴にこれを差し込み埋める。日本では割り箸が有効とネットなどでは出ていた)ということをホームセンターのレジにあるDIYマニュアルのような本で発見し、産まれて初めてゴルフショップへ。ティーだけを買う。帰宅後補修。インパクトのドリルが無いというのは補修するにはキツかったが、どうにか補修完了。プロの出来映えとは言わないけれど、実用的に問題ない範囲で出来た。こちらの家具や家の内装は余りにも弱い気がするが、日本が壊れなさすぎる、丁寧な作りすぎるのか?
こちらに戻ってきてから体調が如何にも悪く、体は怠く、頭は鈍く、やる気が無く、精彩を欠いた。考えてみると、精彩を欠いているのは何時ものことで、他力本願でやる気が見えず、頭は鈍いのは元々、心持ち一つで体を怠くさせる才能を持っている人間なので、何時もと同じ心技体であったと思えなくもない。といっても、終業後と土日は滅法元気なはずであるが、どうも乗り切らない感じであったことも事実であって、日本で燃え尽き症候群を起こしていたのかもしれない。そんな調子は少しずつ戻り、今では風呂から上がってパンツ一丁で日記を書く程に復活した。足からは汗がしたたっており、なんだか自分の半径50cm内は梅雨状態である。

カメラ購入後、何でもかんでもパシャパシャとしたくなり、何時もカメラを携帯するようになった。飽き性なので瞬間的な熱病だといえるが、熱病中はとにかくぱしゃぱしゃしたい。

そんな時に通勤路にフジツボが無数についたスーパーの買い物カートが横付けされていた。何者かに入り江に捨てられ、長期間放置されたものが、大潮の干潮時に誰かが引き上げたのだと思われる。そのカートはいい感じにつや消しされ、無数のフジツボは星のようで、まるでゲージュツといった感じ。これは写真に撮らねばと思ったけれど、朝の通勤では何となく通りすぎ、帰りに撮ろうと思った。そして帰り撮ろうと思ったら、自転車のお姉ちゃんがわざわざ自転車から降りて写真を撮っていた。「ちぇ 同じ感覚」と恥ずかしくなり、明日!と思ってみたら、カートは消えていた。なんと。思いついたら直ぐ行動の原則を忘れた。後悔先に立たず。

息子がまたでかくなった感じがする。そして頭もでかくなったような気もする。ニコちゃん化現象であろうか。

2010年4月15日木曜日

夕暮れ時の散歩


昼曇っていたと思ったら、夕方から快晴。夜長になってきたんで、夕食後も散歩に出かけられる。家族三人、公園で遊んだ後、海辺を散歩。


風もなくそれはそれは穏やか。昨日が新月だった。潮はちょうど満ち満ちていた。


そんな素晴らしい夕暮れ時に、トーテムポールがどでーんと立ってダウンタウンに睨みをきかせていた。


雨と暗い冬が終わったと切に実感する今日この頃である。幸せ。

2010年4月13日火曜日

通勤路の春

通勤は徒歩30分。日本での満員電車と徒歩で90分に比べると幸せな距離。なんと言っても満員電車が無いのは素晴らしい。もともと人が多いのが嫌いだし、どうしても流れに合わせなくてはならず早足になる駅は朝から刺々しい気持ちになる。こっちの徒歩30分は仕事前と後のウォーミングアップ、ダウンには最適だなと。

春が来た感は満載で、通勤路端の芝生にはタンポポやぺんぺん草?の花がうじゃうじゃ咲いている。




名も知らぬ黄色い花。まぶしい位の黄色。見ると元気になる気がする。去年の春にもこの花が気になったけれど、名を調べることも無く今に至る。形もぷっくらしていて面白い。


つくし。写真だと解り難いけれど巨大。20cm位はある。そして、それを支える太い茎。にょきにょき というよりも、ずんずん といった感じでそこら中に生えている。昨年もこの巨大さに驚いていたのであった。


そんな中、遅れちゃならぬ と芽吹くものも。


先月末、仕事で神戸や東京に行った際、駅の群衆の歩く流れにのれず、少し恐怖を覚えた。たった1年あの通勤から離れただけなのに。それが、こっちじゃ道草しながら買ったばかりのカメラで写真をとってのんびり歩いている。小学校の登下校並みの好き勝手さ。この通勤生活は自分の性にあっている。たまの都会はいいけど、結局田舎の人の少なさや時間の流れにあっているのだろうなぁ。


嫁さんが押し入れにしまってあった鯉のぼりを出した。息子は先日実家で本物の鯉のぼりを使って遊んだ。3mとか6mの。それをトンネルのようにして遊んだことが気に入ったようで、この30cm足らずの鯉のぼりに足を突っ込んで同じことをしようと努力するが報われることは、無かった。

ついこの前正月を迎えたとおもったら、もう4月中旬。光陰矢の如しである。

2010年4月11日日曜日

威勢よく 景気よく

今現在の西の空。今日も飛行機雲がたなびく。そして、写真では解り難いというよりカメラの機能を使いこなしていないためわかりにくいけれど、木々の新緑が目立つ。春だ。


家のベランダにあるなんだかわからない木。こちらも薄緑がまぶしい。枝もぐんぐん伸びている。しかもピンと威勢のいいこと。



周りの植物を見渡すと春。フレッシュ感が溢れている。日本ならばスーツが慣れない新人さんが駅に居たりして春を感じるが、こっちではそれはないなぁ。


こちらは実家の前に咲き誇っていたパンジー (?)。会社のお偉いさんが「花壇の植物に元気がない所(会社)はその場所(会社)自身に元気が無いんだ」といっていたことが思い出される。私の実家も、我が家も元気だということか? そうであれば結構なことである。

春だ。景気良くいこう。

2010年4月10日土曜日

ひこうきぐも


家の玄関前の空を走る、ひこうきぐも。ぐるぐる旋回していた。飛行機が旋回したのか、それともそこの空気がぐるぐる回って発生したのかわからない。ぐるぐる。ひこうきぐも一つも想像するだけで面白い。

万物流転

カメラに習熟すべく目に映ったものを写真している。目の前の景色を撮ってみる。今日も朝日。それしか能はないのかと言われればその通り。でもその高度が異なれば色も景色も変わって見える。橙色、水色、紫が複雑に折り重なり、雲は灰色の濃淡を変えながら流れ、目の前の風景は時事刻々とその色は変化し続ける。何事も止まってはおらず、流れているのだな などと思えるような、漠然と見ているだけのような。




テーブルに置かれた飛行機の数々。中にはスペースシャトルや空港バスなども。息子にとって現時点で最も愛すべき玩具。このうち一つでも欠ける(見当たらない)と家族総出で捜索することになるほど。これらを手に取って自分自身が飛行機になりきる。そして、並べて眺めの繰り返し。



季節が春になり、観光客が増えてきているせいか、水上飛行機が家の前を通る数が増えてきている気がする。サクラも咲いて、太陽も輝く季節といっても、今日は霜が降りたようで隣のスーパーの屋根は白かった。


2010年4月9日金曜日

いいじゃん


時差ぼけ治らず。というか、意識の問題だと思いますが、朝3時に目が覚めました。そして、外を眺めると月。地平線近くに輝くのでした。


朝日。美しい。時差ぼけしていて良かった?



夕日。


カメラが壊れたので、日本で買ってついつい撮りたくなるのでした。

2010年4月8日木曜日

帰ってみれば

家族皆時差ぼけです。

帰る時は、その行程に面倒くさくて仕方が無く憂鬱でしたが、帰ってしまえば我が家。ぐでっとするのでした。

日本に帰る前は暖かかく、そして日本は寒く、こちらに帰る間際暖かくなったのに、帰ってみたら日本より寒いのでした。しかし、これが普通かもしれません。緯度は稚内より高いのですから。

少し寒いといえども、木々の葉は芽吹き始め、景色に黄緑が加わって日本に行く前とは目に見える景色の変化を感じます。そして、家の前の公園ではソフトボールに興じる人達。これは昨年の初春の光景と変わりありません。

息子は帰国中に日本語能力が益々急速に進歩し、私の英語能力はその帰国期間に比例して低下したような気がします。

何はともあれ、こっちに元気に帰ってきたのですから、日本滞在は過去。こちらの気候風土、文化を更に大いに楽しみたいものです。そんなことは簡単なようで、日々をあたり前(怠惰)に過ごすと浪費するだけでしかありません。ので、色んなことを新たに新鮮に思いたいものです。

ところで、日本滞在時に暴飲暴食をしたせいか、胃が痛んだようで何だか胃が重いです。これは歳相応でしょうか。しばらくは胃を労らねば。。。

帰る時の憂鬱すら過去。少し体を労りながらも、ぐぐっとこちらの季節の移り変わりに合わせて行動的にいきたいと思います。

なんだか優等生的な文章ですが、時差ぼけの頭はこれ位の文章しか許してくれません。いつもと同じだって? 

2010年4月7日水曜日

後ろ髪

を引かれながらもこっちに帰ってきました。

私は出張で久しぶりにお世話になった人々に会い、会社のお世話になった人の送別会で熱いもの(ゲロではない)がこみ上げるなど前回の日本出張以上に感動を覚えるふりして飲んでしまいました。

一方で、親戚の棟上げ式で息子と餅拾いをしてはしゃぎ、息子は一杯同年代の子に会って大いに遊んで楽しんで、我々家族は両家の実家でどっぷり食べて飲んでどっぷり楽しませて頂いたのでありました。腹周りの厚みが増したのは気のせいでしょうか? それでも、遅い正月太りと思えばいいのかと。。。

いやー食った飲んだ楽しんだ。そして おせわーにーなりました。また、遊んで下さいませ。