2009年9月27日日曜日

馬鹿も休み休みに

昨日の24時間100k問題に関する推測を確かめるべく,歩く。うそ。暇だから歩く。歩くのはタダだし,呼吸,放屁,ゲップぐらいしか空気汚さないエコだし。アウトドアするぞって肩肘はらずにすむし。昨日同様,行き先は無し。ただ,ビーチは眩し過ぎるので家の前を走るトレイルをとにかく北に。片道3時間の往復で6時間。往路の到着点はCordova Bay のゴルフ場から少し行ったところ。帰宅後,Googleで距離計算。片道約20k。往復40k。昨日より歩行時間は短いのに,距離稼いでるではないか。この距離は確かであるかは不明。

ただ,問題である24時間100kは「歩く」のであれば余裕ではないか。昨日今日で80k弱を歩いたけど,歩行時間は13時間。それ以外は,食っている,大半は寝ているのである。テレビ的な絵面の不味さは否定しないが,100kならば24時間あれば歩けばいける。断言できる。だって,夕飯食った後も1時間半散歩できるぐらいの余裕はあったし。態々走って,膝やら,脹脛やら,ハムストリングを故障するんだったら,歩いたらそんなこともないだろうし。と,うだうだと歩きながら考えた。

歩いている途中に,「ぶーぶー」と豚のように鳴くカラスを見つけて,所変われば鳴く声変わるということを知った。あと道端にどでかい「うんこ」が転がっていて,「もしや熊?」 と思ったら馬だった。途中,ステンドグラスの芸術を一杯道端に飾って,なぜかテレビの音声だけをラジカセから道側に流している風変わりな家があった。きっと住んでいる人間は 「変わってるんだろうなぁ」 と想像され,怖いもの見たさながら会ってみたい衝動にかられた。

往路のゴールは時間の関係でCordova Bayからちょっといったとこにしたのだけど,突如,思いがけず海が見えたときは感動してしまった。まさしく 「さぷらいず」。厄介ごとの さぷらいず は御免だけど,こういう明るい出来事は素直に感動する。 

歩きながら,昨日も思ったのだけど,行き先も無くダラダラ歩いていると,体が疲れてではなくて,「やらされている感」,「無理して歩いている感」が沸々と湧き出て,これ以上歩くことに萎えてしまうようだ。ビールを買ってくると,「買ってきた分を呑みきらねば」 と義務的に思い,必ずといって呑みきるのだけど,この時には 「のまされている感」,「無理して呑んでいる感」が沸くなんてことが微塵も無い。不思議だ。

帰宅後,昼飯兼夕飯を食いながら。宮田珠己 「スットコランド日記」 (本の雑誌社) を再読。散髪屋の主人が,「白髪は右側に多い。これは散髪の経験から統計的に言える」 と断言している所があるのだけど,深く頷く。私の顎鬚にも白髪は圧倒的に右側に多く,頭髪にも2本の白髪が右側から生えている。ナゼ右側なのか。以前から不思議に思っていたのである。

夕飯後,散歩で博物館横のトーテムポールを眺めた。逆さの子供とその足を持つお母さん(推測)が掘り込まれているトーテムポールが何個かあるのだけれど,これは何の意味を指すのであろうか。現在,そんなことしたら 「虐待」 と訴えられてしまうと心配するのであるけど,あれは子供のシツケ? それとも,「人生表だけでない,裏もある。逆さに物を見ることも大事なりよ」 という教訓を示しているのだろうか。知りたい。あと,昨日のTreasures展であった,エジプト,インドなどの神様の擬人化(動物の頭・顔+二足歩行)はここでも同様に見られる。所は変わっても考え方は普遍なのだろうか。日本においては? 白蛇が神様とかよくある話であるが,白蛇そのものであり,白蛇の頭・顔を持つ・・・擬人化は聞いたことも,見たこともない。この辺,自分の知識不足に起因するのかも知れない。どうなんだろうか。

白髪が目立つ30台半ば。馬鹿も休み休みに,し続けたい。一人散歩,自由,そして奥深し。

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