今朝,まだ気分爽快となっておらず,なんだかどんよりした朝。豆腐のせいなのか,なんだかわからない。でも,お腹は減っている。がっつり食べたい。が,お腹はそれを拒むような感じ。熱も無いし,風邪でなさそう。
平日であるので,普通に仕事。気分は晴れないけど,時々,ため息つきながら仕事。ため息の息が臭い気もしないではないが,したくてしているわけでなく,肉体的に出てしまう。が,仕事仕事。
昨日,椎名誠 「黄金時代」 (文春文庫) 読了。これは学生時代に単行本で読んでいたもの。再読した。やはりいい。文句無くいいのだ。決して,「黄金」でない物語。青春時代。そんな形容をされるあの頃の,能天気,且つ鬱屈したあの時代(季節)を思い出す。決して,自分は,物語のそれとは異質の平凡な日々だった気がするが,「どんより」とした「時」を過ごしたことは共通である。そして,今。自分は,この物語の主人公が過ごした「せいしゅん」とよばれる時代の自分の内面を覗こうとはしない。気恥ずかしいのではない。覗く勇気が無いからだ。「せいしゅん」時代,『楽しかったよね』 と表現されがちであるけど,あの時代は決して「全て」 黄金でない。辛い部分,振り返りたくない恥部も多々あった。。。気がする。そんなことを思い出させる 「せいしゅんぶんがく」 か。
今となっては隣町になるのかなぁ。その出身である,本田宗一郎 「夢を力に」(日経ビジネス人文庫)。第一部,「私の履歴書」。日経新聞の中で,個人的には一番面白いと思う 「私の履歴書」 を纏めた第一部。氏の情熱とエネルギー。破天荒な部分が全体に漂うが,一つ一つの転換期にはかなり冷静且つ緻密な判断を繰り返している人である。「自分と同じ考えででない人」と仕事する,仕事できなければならないと説く。多様性が必要で,その多様性の中から「新しい」 もの,システム,会社が生まれ,構築されると。酔っ払い運転で天竜川に車でおっこった,戦後アルコールを買って合成酒を作って売ったとか(奥さんに指示して杉の葉などを使ってウイスキー風にしたてた) などのエピソードはイメージ通り。
千松信也 「ぼくは猟師になった」 (リトルモア) 読了。京大卒の著者。紆余曲折を経て猟師に。半分は運送会社でアルバイト。半分猟師。彼は鉄砲を用いるわけでなく,お手製のワナで狩猟をする。猟期には出社前にワナの見回り。ワナに獲物が掛かっていれば,それを回収,血なまぐさくならないように,すぐさま血抜き,解体。帯にある 「獲って,さばいて,食べる」 生活。著者曰く,猟師になる際,猟のHow to 本が無かったと言うだけに,この本には猟をするための超基礎的な知識が書かれている。また,ナゼ,猟師になったのかの過程も。肉を食べる。家畜肉を食べる我々。飼育,とさつ の過程を経ているのに,その過程を知らずに普通に口にしている肉。この本を読むと,その肉の価格というのは破格の安さであることに気づく。そして,生き物を食べていることを改めて意識する。「命を頂いている」なんて陳腐な言葉はこの本には出てこない。全体に「淡々」と書かれていて,生態系の中の一つとして猟が組み込まれている姿が根底に流れている。しかし,何の押し付けがましいところは無く,前書きの,『エコっぽい人たちからは「スローライフ究極ですね!」 などと羨望の眼差しを向けられることがあります。でも,こういう人たちは僕が我が家でお笑い番組を見ながら大型液晶テレビでお笑い番組を見ながら,イノシシ肉をぶちこんだインスタントラーメンをガツガツたべていると幻滅してしまうようです。。。狩猟は,「自分で食べる肉は自分で責任を持って調達する」という生活の一部。。。』 が著者の考えを現している。
と,相変わらず何でこんな組み合わせで本を読んでいるのだろうかと我ながら思うが,意味は無い。面白そうだからAmazonでポチッとななのである。
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