2009年9月12日土曜日

月も綺麗ね 秋だから?

清少納言の言うことは正しいようで,昨晩の下弦の月 (満月から欠けていく過程の上での半月) も綺麗だった。

夜の10時前にのっそりめんどくさそうに山際から顔を出し始めた。まだ,橙色がかっているが,それはそれで趣あるものだった。

せっかくだからと思って,外で見ようと夜中の散歩に出かける。いつもの散歩コースは周回コース。月側(東側)に向かったのは最初と最後のそれぞれ5分しかない。「確かに綺麗だね お月さん」 と物々とつぶやきながら,といっても一人口にだしていたらただの変質者にしか見えないので,心で呟きながら歩いていたら直ぐに月は見えなくなった。

インナーハーバーに面した所まで来ると,カップルや観光客と思われる人々がちらほら。みんな月なんか見ておらず,「水」 をはさんで向こうのダウンタウン側のライトアップを見てうっとりと愛を語り合っちゃったりしているのだった(推定)。観光客は愛を語り合っているかは知らないが,歩みもゆっくりうっとりしていたことは事実である。月に比べるとライトアップはまぶし過ぎると思うが,水面に写るそれは,そのまぶしさが薄れ穏やかで棘が無く綺麗であった。

そんな中,ちょっと高台になっている所で一人,歩みを止めて東側に昇る月を見ていた。一人なんで愛を語りあうことはできない。悔しいので 「愛は地球を救う」とヤケッパチ,冷やかしに呟いたら 「愛は地球を巣くう」 に思えて,一人,現在の愛と地球の関係を憂うのであった。

その高台にあるトーテムポールと月のコンビネーションは中々なもの。丁度,トーテムポールは月側の東側を見ており,これは月もそうだけど,陽の昇る側を見ているのだな。などと,勝手にその意味を解釈していた。うんうん,きっとそうだ 今,私はトーテムポールと一緒に月を見ているのだ。と感慨にふけることなく,寒くなってきたので,さっさと家に向かう。

最後の5分に見えた月は,更に高く登り,白みがかってきていた。月見しながら散歩なんて久しぶりだったが,いいもんだ。「月はとっても蒼いから~」 という歌があるが,まだ蒼い月ってどんなものか解明できていない。これかなって思っても,これ蒼じゃないなぁ なんて思うのだ。でも,月明かりの夜空と月を眺めるのも悪くないなぁ。情緒的に豊かな心で思っていたら,家の前で,信号無視した車がびゅんと走り去った。現実社会は厳しく,情緒なんてあったもんじゃない。チェッ。っと情緒不安定になって布団に入るも眠れず。

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