朝3時頃に目覚める。まだ時差ボケだ。眠ろうと意識すればするほど眠れない。しかたないので起きて朝風呂。
目覚めが極めて良いので朝風呂して読書。読みかけの新書を読破。読破といっても内容が頭に入っているかは謎。年末年始から本を15冊読んだだろうか。最初の頃読んだ本は忘却の彼方。自分の記憶なんて曖昧で脆弱だ。読んでは忘れる。日本で買って読んだ本も、読んでない本もリュックに一杯詰めて、肩が抜けるかと思いながらも持参した本。現在、一人なもんだから、部屋の床に山積みしてみた。そして、この家にある本も含めて積み重ねた。そうしたら、本の背表紙が私に向かい「読んでくれ、読んでくれ」「忘れただろ、再読してくれ」と訴えかけてくる。で、また読む。
考えるに、「紙」の本を目につくところに置いておくというのはこういうことなのではないだろうか。本が訴えかけてくる効果。これは、強迫観念ように思えるが、実際、本が何がしかのオーラを放っているのではないか。これは今流行の「電子書籍」では無い感覚ではないか。私はipadを使って電子書籍にある古典をありがたく読むけれど、それは、旅の時間潰しで有り難がる程度。荷物にならないし、暗い飛行機でも読めるから。でも、家ではあんまり読む気にならない。明るい部屋だし、本の背表紙が呼ぶのだ。「紙」の本の重さ、厚み、背表紙など実態があるから私に響くなにかがあるように思う。電子書籍が増えることは間違いないだろうけど、「紙」の本は不滅である。きっと。と真面目に思った。
2世紀に発明されたらしい「紙」、7世紀に発明されたらしい「印刷」。時代が急激に変化してもそれらの長い文化は惰性を持って生き残る。と確信的に。
と、真面目に考えたようでいて、
風呂で電子書籍は読めないし。とも思ったのだ。
となりでやっているNHKのドラマ。南野陽子が出ているがその容姿のオバさんっぷりに度肝を抜かれる。が、声はかわらないのですね。
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