霧の朝。
昨日、日中は比較的暖かかった。日暮れ近くから気温が下がって朝を迎えたら霧。霧の中の徒歩通勤も良いものだ。歩いて行くうちに外気に直接触れる顔がほんのりしっとりする。
出勤時、カモメが上空をこちらに向けて舞う。突然それを敏感に捉え、足は止まった。そしたら我が30cm前にウンコが落ちて来た。止まった理由はそれを予感していたからだ。今日の身体は最高水準の第六感的感度を持つ稀にみる高いコンディションにある状態なのか?
手のひらを見ると表皮が少し剥け始めた。季節変わりの信号だ。何時からか記憶は無いが、季節が変わると表皮が剥ける。それもじわじわと。痛くも痒くもない。見た目は酷く、お釣りを貰う時に気が引けるのは自意識過剰な過去の事。今は剥けるがまま。冬から春に季節はグラデーションに変化しているので不連続でないはずだ。剥け始めは冬の終わりへの一歩を示唆するのではないか。
身体の応答は敏感で、飛行機で旅をすると爪が乾燥で割れたり、時に緊張で下痢になったり。お酒を飲み過ぎたりした時は、ヨガの左に身体を捻るポーズが辛かったり。それぞれ原因と結果は見事に繋がり身体は素直に反応し、時に自由で一方で身体に異変、束縛を与えるのだ。
身体は最高水準の感度を持っていたはずだが、一日を総じてみれば普通なのであった。
霧のロンドン。と良く言ったものだが、それは産業革命以降の粉塵の光化学的反応の結果(光化学スモッグ)であったそうだ。今朝の霧は飽和水蒸気量の原則に従っているに違いない。産業革命以降のロンドンでは光化学スモッグで死者が出ていたらしい。。。目の前で苦しそうにしている人は見かけなかった。
どうでもいいが、橋本治の本を読んでいる。面白い。口語的で意識しないと流れるようにして読んでしまう。その時、上の空になってしまうと理解が進まない。書き手の技術のおかげで流れるようにして読んでしまうのは実は落とし穴。理解するには集中が必要で、そうでなければその論理を一読で解釈することができない。特に私のように地頭が悪い人間は。
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