2011年7月24日日曜日

日曜日も歩くのだ

昨日。Mount Douglas まで歩いて上る。登り口の選択を間違えて一度隣の尾根を上って下って、そして本丸に挑む行程。隣を上る前は崖があり急。そこを上りきって本丸を眺めた時は、その距離が遠く感じた。それでもそこから眼下に広がる景色も中々で気力は維持できた。Mount Douglasからの眺めはさらに素晴らしかった。海に見える島々。少しが霞がかかりながら向こうに見える大陸と雪を被った山。そして、海の蒼。

今日は1時間車を強走らせてChina beachへ。China beachにはいかずにJuan de Fuca Trailをてくてく歩いてBear beachを目指す。Trailは一部がぬかるんでいて普通のランニングシューズで行ったのは誤算だった。Bear beachにあと2km位の所ででかい動物の足跡が点在。イヌかと思ったが、どうも違う。嫌な予感がするので退却。だって、目的地は熊ビーチですから。退却途中、泥濘を避けて木の根っこに足をかけて切り抜けるつもりが左足を乗っけた瞬間に滑って思い切り左の骨盤を打った。ずぼんは泥だらけになったが怪我はしなかった。良かった。

車の帰り道、先のTrail で退却したのが悔しくてEast SookeのTrailに行く。海を見るぞ。今度こそ。と挑戦。予想に反して片道1時間半。予想に反した分、海が見えた時の興奮は大きく、誰もいないので奇声を上げてしまった。海は崖下に広がり、Beachではなく磯だった。磯を構成する岩は密度が高く黒くそまった堅い岩に見えた。自分が知る日本の磯とは見た目が違う。海は透き通り、海の向こうにはアメリカが見えた。

結局、二つのトレイルを挑戦して6時間歩いていた。足には乳酸がたまり怠さがある。これは我慢できたが、25度位まで上がった天気で喉が渇いてしかたなかった。用意した水は600ccでこれでは足りなかった。

短い夏だ。歩き倒そうと思う。

2011年7月21日木曜日

とらうま

夕方の散歩は今や日課だ。海側は風が強いのは当たり前だが、ここのところはひと際強い。それでも負けずにとことこ歩く。今日は歩くこと2時間半。

家の前の船のお医者さん、ドックに「とらうま」という名の船が船台に乗って陸でのメンテナンスを受けている。「とらうま」といっても「Tiger Horse」という名の船で「トラウマ」とは関係はない。

2011年7月19日火曜日

Humidex

カナダ中央部から東部にかけては熱波らしい。ニュースを聞き流すように聞いていたら、ウィニペグで46度だというので驚きとともにバカ正直に信じていた。この世のもんじゃないなと思いながらも疑いもせず。

嫁さんにこれは伝えねばと思い、伝えると信じてもらえなかった。冷静に考えればその通り。

もう一度ニュースを見て真剣に聞いてみると、それはhumidexというものだった。計算式は下記の通りで、露天温度を使って出る係数を気温に加算する。人が平均的にどんだけ暑いかを示す係数というのがhumidexというものらしい。カナダ特有の指数であるということ。勉強になった。日本の不快指数に似たものだろう。へーこんなのあるんだね。カナダ特有ということは、日本人が平均的に感じる暑さの指数にはならないのかもしれない。

こっちは早速夕方あたりから雲がかかってきており、風も強い。あっちが暑いが、こっちは気温がまだ上がらない。その暑さと天気をこっちに少しわけてくれ。 七月も2/3が過ぎてしまった。日本はこの時期に強烈な台風が襲っているし変だ。


humidex = (air temperature in Celsius) + h
h = (0.5555)*(e - 10.0)
e = 6.11 * exp [5417.7530 * ((1/273.16) - (1/dewpoint in kelvins))]

2011年7月18日月曜日

鳥肌もの

なでしこジャパン。優勝おめでとうございます。こちらでは試合時間が丁度昼。それも日曜。ゆっくり見れた。押される展開なのに選手は落ち着いているように見えて、こっちも落ち着いて見られた。同点弾が決まった時、優勝が決まった時、鳥肌がたった。すごいもんだ。

今日は久しぶりにばりっと晴れ。気持ちいい。せっかくの夏なんだから晴れが続いて欲しいが、水曜日あたりから崩れるとの予報。何なんだ今年の夏は。根性無しめ。

せっかく晴れたので夕飯食べた後、散歩。ダウンタウン方面へ。人出多し。観光シーズンか。

会社から帰ってくる時、上半身裸で短パン、両手に片手10kgを超えると推測される鉄アレイを持って汗まみれ、表情なく散歩している六十を超えるだろうおっさんに遭遇した。昨日と違う意味で鳥肌。だが、去年の夏にも彼にあっている。彼も夏を待っていたのだろう。

2011年7月16日土曜日

バランス

今になって晴れ間が見え始めたものの、午前中は雨が降って、午後も曇り。この大陸の東側は熱波が来ているというのだが。向こうが熱波なもんだからこちらは気温の低い雨がちの天気なのか。これがバランスというものか。

昨日ニンニクをスライスしてネギと鰹節とともに豆腐に散らして食べたら、午前中ずっと吐く息が刺激的だった。肺から出る空気は食道を通らないはずだと思うのだけど不思議だ。ニンニク臭が鼻からすっと出ている感じ。それでも、ニンニク臭が残っているからか、ここんとこのネガティブモードからアクティブモードになって、少し雨が降っているのに歩きたくなって歩いた。3時間強歩いたら、靴下によって足の指が拘束されていたせいで右足の薬指に豆ができて潰してしまった。歩いている時はハイになっていたせいか気づかなかった。

帰って来たらニンニク臭は消えていた。

うなぎ を食べたい。山椒をかけて。肝吸いも。

2011年7月13日水曜日

なでしこ

なでしこじゃぱん って誰がつけたのか知りませんが、決勝進出おめでとうございます。明るいニュースです。自然体である時に最大のパフォーマンスが出る。ということを再認識しました。自然体が何か。結局、雑音に遮られずやるべきことに集中するということでしょうか。それも、集中する時に無駄な労力がなく、入り込めちゃう感じ。ネガティブ因子が思い浮かぶことなくて、試合前の恐怖とか無く、ぐっと入り込めるかんじ。誤解を顧みずいえば、「どうにかなるさ」という感じ。入り込んだ時は、チームメイトと応援の声しか聞こえてないのではないかな。それでもって、相乗効果でパフォーマンスが上がるのでは。「どうにかなるさ」は、もちろん練習に裏付けられた自信があると思うけど。負けたら、相手は、とか無駄な想像をしないことが、最大のパフォーマンスを生む必須条件だと思うのですが。

昨晩、雨が降って、通勤路の街路樹というか脇に生えている樹々の葉っぱに露が乗って奇麗だった。その露である水は、水道水よりも純粋な気がした。

2011年7月10日日曜日

横並びの不幸

今日も海外生活といっても日本と代わり映えのない日曜日。こっちにいるからせっかくなんで何かするということもない。生活するっていうのはそんなことだけど。

朝起きて、不意にテレビをつけたら「アンパンマン」をやっていた。一人暮らしの身ではこの発見を息子に伝えることも出来ず。残念ながら一人で見た。息子愛読のアンパンマン図鑑に載っているが、たまにしかでないキャラクターが出て来て、「おー載ってた載ってた」と言いながら見ていた。TVジャパンが日曜朝6時からアンパンマンを放映していたとは知らなかった。といっても一人じゃ無用の長物か。

帰った時思ったのだけど、日本では朝6時代に昔のようにアニメをどこでもやっていない。民放はどんぐりの背比べの情報番組で横並び。今の子供は登校前のあの時間をどのように過ごしているのだろうか。情報番組を見て、テレビの向こう側で流れる定型で何か言っているようで言っていないコメントの数々を浴びているのだろうか。寝てるのか。ネット? 私はあの時間に見る名作アニメの再放送を楽しみにしていた子供だったので、子供にとって気の毒な時代だなと思ってしまう。ひるがえって、このご時世である。横並びの番組形式なら各社で輪番で番組休止したらいいのに。そしたらテレビ局は自信を持って節電を訴えられるじゃないか。

テレビじゃ個性が大事とか声高に言っているわりには、横並びのコンテンツ。マスを狙うためには結局あたりさわりのない中庸で年代問わず平均的に見てもらえそうな内容になるのだろう。相手を消費者として扱うマーケティングとかいうのを駆使して行き着いた先がこれなのかな。

ろ思っていたら、橋本治「橋本治という考え方」(朝日新聞出版社)内で「マーケティングの傘」というエッセイに出くわした。こういう時、「この文章に会ったのは運命じゃないか」と思って少し幸せな気持ちになるのは私だけか。以下抜粋。

相手を「消費者」として捉える、マーケティングという傘である。(中略)マーケティングの傘は、批評の傘とは違って、モラルを問題にしないのだから、この傘の中に「対象」として捉えられると、当然、不幸になる。

詳しくは本を読んでみて下さい。

わからないをなかったことにしない

7月9日の日記

散歩した。三つ編みに編み込まれた髪の束がゴミと絡まって歩道の脇に落ちていた。一見、黒いぼろきれのようであったけど、少し色褪せてパサパサし、所々つんつんと編み込みに反して無秩序に刺だった感じが布でないぞという空気を出していた。立ち止まって見る。一瞬、カラスの死骸かと思った。まさか髪の毛の束が落ちていると誰が想像しようか。ぎょっとした。断髪後のチョンマゲのようで、髪の毛じゃなく、束、そして、三つ編みされたその存在感。見なかったことにしてそそくさとその場を離れた。歩きながら見なかったことにしようとと呪文のようにつぶやくようにして。誰が何の理由で歩道に三つ編みの束を捨てたのか。わからない。

久しぶりに料理。トマトの煮込み。家にある最も大きい寸胴鍋で。玉ねぎ、セロリ、豆、ズッキーニ、ニンニク、鳥肉などをどっさり入れて煮込むだけ。味付けはカレースパイス、塩、コショウ、適当に醤油などを入れて適当に。野菜からだしが出るのでコンソメとかもいらない。油を使わない。平日、料理するのは面倒なので、これをそのまま食べ続け、飽きたら適宜アレンジして別のものにして食べ続けることにする。野菜不足は解消されそうだ。味は、今のところとても美味い。次も食べたいなと思っているので保証できる。次の次は、、、わからない。

昼、TVジャパンでNHKスペシャルの原発危機の討論をやっていた。時間の都合上第一部だけ。第二部は来週また同じ時間にやるようだ。徹底討論と言っていたけど、現在までの時間経過 -玄海原発再開の地元佐賀県の苦悩、ストレステストを発表するまでの政府の紆余曲折、伊予原発への愛媛県知事の対応など-を示す取材ビデオが大半であった。討論はというと、原発推進反対派の技術論に推進派(柔らかく言えば反対に対する懐疑派)が技術論で返す (技術論はもちろん大事だが)、または、重箱の角をつつくように言葉尻を反論するという相変わらずのいつもの風景が大半を占めていたようだ。なんだか、見たといいながら推論めいたことを書くのは途中で飽きて詳細が思い出せないからだ。こんな討論はもう見飽きた。徹底討論ならば、「誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように」という点で技術/科学的裏付け、導入/建設/運用過程、事故対策/処理/コスト負担、未来への責任(事故処理/放射性廃棄物処理) 等々を明確にし、現在進行形で進んでいる福島の現状、未来への負の遺産 (事故処理、残留放射線、原発をすれば出る放射線を帯びたゴミ処理など) を直視して討論、議論して欲しかった。それがなければ、事故発生前の議論 -推進、反対両派が自分の意見を言い合うだけ- と本質的には何も変わらない、もしくは後退する。それが怖い。

世界の二割の地震が集中すると言われるし日本で、地震のない国と同じような技術体系で原発を進めることはできないだろう。日本の原発技術は世界一だと言っていたらしいけれど、何か起きた時に水で冷やすだけしか手を打てない技術が世界一なのだ。冷やす水も停電して注入できなくなったのだ。電気を作る原発が電気がないと暴走してしまう皮肉。フィンランドの核廃棄物のゴミ捨て場のオンカロでは、そのゴミが「安全」になるまでは1000000年貯蔵管理するのだそうだ。人間が生きているのかと思える時間スケールで今生きている人間がその安全を保証できると誰がいるのか。百万年後、文字や言語が残っているかわからないので、このゴミの危険性を百万年後の人にわかるような絵を貯蔵施設に掲示するのだそうだ。

今ある自分の数少ない手持ちのコマで考えて僕は脱原発派だ。脱原発は「今」ある人の暮らし(といっても、今の状況をが示すように原始生活に戻るとか、江戸時代に戻るとかそういうことはない)、考え方、システムなどを変えることを迫るだろう。それで世の中が悪くなるとは思えない。これから数年単位で混乱するだろう。この過程を無責任に偉い人達に任せることは避けたい。なるようになるさは止めたい。無責任なのに他人を責めることはしたくない。自分の身の丈で考え、振る舞いたいと思う。わからないことがいっぱいありすぎるのでもっと勉強しないといけないけど。

イタリアで国民投票で脱原発に動いたが、投票とした一般市民が「日本人が事故を起こすんならイタリアじゃ原発なんて無理でしょ」言っていたっけ。

大問題だがわからないことが多過ぎる。わからないことを、わかったふりしをてわすれない。なかったことにしない。

追記:
天野祐吉さんのブログ記事「政府広報ってなんだ」は面白い。
 http://amano.blog.so-net.ne.jp/

2011年7月8日金曜日

なんもないが

開高健の「白いページ」というエッセイ集を読んでいる。ペラペラと読んでいるだけなのに、ことばが研ぎすまされていて、踊っている ことを感じる。「輝ける闇」をまた読んでみたくなった。

あいかわらず食事が懸念材料だ。一人だと料理するのが本当に億劫で面倒くさい。売っている総菜よりは美味いものは作れる。が、それに自己満足しても充たされず。料理する原動力は誰かに旨い、不味いと言ってもらうことなんだろう。

なぜか今うなぎを食べたい。疲れているようには思えないが、食べたい。

2011年7月7日木曜日

七夕

 凹んでいてもしかたない。今朝は曇り。雨が降るかもとの予報。夏なのに珍しい。少し気象がおかしいような気がしないでもない。

息子が先月から幼稚園に通い始めた。そこで、つくった七夕飾りの写真が嫁さんより送られて来た。織り姫と彦星の飾りはクレヨンで顔がかかれており、-親ばかといわれても-、本当に良く書けていて大いに感動した。他の折り紙の飾りも、明らかに自分の幼稚園時代を超えていた。先生に書いてもらったと思われる願い事は、「こうえんで おかあさんと あそびたい」のだそうだ。おとうさんはいずこ? それよりも、願いごととしてはしょぼいなと思ったのだが、嫁さんの指摘により「こうえん」はこっちの家の前の「こうえん」であるかもしれないという考えが持ち上がり、切実な願いごとである可能性が急浮上し申し訳なくなった。ごめんな息子。

というわけで、凹んだ。

そうとはいえ、この便りがなければ七夕であることに気づかなかった。いかんいかん。あれも、これもと大小いろいろな願い事があるが、「家族みんなご陽気でありますように」

星に願いをと思うが、今の所曇天。星空を拝めるか微妙だが、雲の向こうに祈ろう。

2011年7月6日水曜日

できっこないを やらなくちゃ

サンボマスターの受け売りですが。

そんな気分になる、

その前は、ぐっと凹んだ、いや、ぐぐぐっと苛立ちました。できっこない と決めつけても仕方ない。できるかわからない、本当にできないかもしれない。できなくても、やんなくちゃ、なにもはじまらない。できるかどうか、よりも、できそうなことを、やってみるかどうか。がなければ、はなからできこない。何も動かない。

2011年7月5日火曜日

回復

快晴である。雲一つない。

一ヶ月強家を空けたせいで、鉢植えしてあった豆は一部に青い葉っぱを残すだけで茶枯れてしまった。1.5Lペットボトルに水を並々注いでそれを鉢の中の土に差し込んできておいたが足りなかったようだ。もう一方のシソは、シソらしい濃緑の葉が見られず、葉緑素が少し欠けた薄緑で小降りな背丈で弱々しくも生き残っていた。ベランダにある植木は、ここ一ヶ月雨が少なくなったからだろう、日本に行く前までにあんなに緑を蓄えていたのが嘘のように赤茶けた葉になり、葉自体が持つ本来の柔らかさがなくなった。いずれもたっぷりと水を与え、植物の力を信じて、ゆっくりと回復してくれるのを待とう。病がもっとも深い豆は回復するだろうか。それでも待とう。

昨晩は一度目覚めるも6時間弱寝られて、今回は意外と時差ボケが軽いのだな、と安心していたのに、昼前から猛烈な眠気。目を開けているのに頭は働かず。頭が重く、若干締め付けられるような違和感。身体にはまだ日本の昼夜サイクルが染みこんでいるようだ。こちらも徐々に回復していくことを待とう。時差ボケは治らない病ではない。

日本に帰った時、基本的には恩師と、そして時々後輩を交えて、一点で現場仕事をしていたのだけれど、その間、機会があって西から東まで大いに移動した。車窓、飛行機の窓から土地の風景を眺めていた時に田園風景ってなんて奇麗なんだと思った。田植えからそれほど時間がたっていないので水田の水が銀色に輝く。その上を雲が流れると、ちょぼちょぼと生えた稲と水の緑と銀に濃淡が生まれる。その濃淡が変化することから、視覚的に風があることを認める。視野を広げれば必ず山があり、そして川が流れる。豊かだなと思った。毎日目にしている時はそんなことを思わなかったけれど。

家の窓からは海に繋がる入り江と山というか高台が見える。その向こうにはアメリカワシントン州にそびえる高い山の頂上だけを望める。まだ残雪がある。それでも何か足りないのは、田園風景がないのと、山の木々が日本のように多様でないからか(日本でも杉、檜の山は多いけど)。ビクトリアの空港から家までの途中に農村地帯がある。そこを車で通ったりすると和む感じがあった。そこに水田はないけれど、自分に刷り込まれた風景とその農村地帯に共通項を見いだせるからだろう。

震災にあった東北、そして、それに増して原発事故に遭遇した福島のことが気になる。これから、いや既に風景を徐々に回復する作業が始まっているであろう。原発直近の福島においては、震災の被害が少なくても、放射線によってその風景から突然切り離された人も多いに違いない。風景があるのに届かない。その虚無感はいかばかりであろうか。少なくとも、枯れていても手の届くとこにあれば人の心は動く。

2011年7月4日月曜日

一人なにする

時差ボケで4時頃目を覚まし見えた朝やけは枕草子のようですばらしかった。一日中、快晴。気温20度前後。湿度低く快適。秋口−春まで雨が多いこの土地の夏は、人間にとっても自然にとっても待ってましたといわんばかりの勢いがあり、明るい。眩しい。そして、両者がとても嬉しそう。こんな時に仕事をしている場合ではない と思えてくるのだが、それはぐっと我慢するしかない。平日は朝と夕方に散歩でもして、おこぼれを頂いて我慢するのだ。

こんないい天気ですがすがしいのに、日本のニュースをみるとげんなりする。また、辞職か。辞職に至るこの過程がいら立つのだ。「報道に従え」ば言葉の汚い人のようだ。それにしてもだ。まだ仕事もしてもらっていないのに、こんな短期間に辞めさせるかマスコミ。どんな人が正解だというのだ。マスコミが正解とする人は誰なんだ。そしているのか? 教えてくれ。僕はそんな人はいないと思う。どこの政党もきっとどんぐりの背比べだし、今いる人で何とかやっていくしかないだろう。強力なリーダーシップ、スーパースターなんて求める必要もないと思う。それって、全て人任せ、他人事の感覚と表裏一体ではないか。政治家を非難するが、それを育てをしなかったのは、マスコミであり、そして、それに一票を投じる我々だったことは間違いない。1000年に一度という地震規模、複数機の原発事故が重なる危機。これを前後に何か社会的に変わるかもしれない。変わらざるを得ないということになりそうな時に、マスコミの報道記事、言説は益々定型化し、愚劣化しているように見える。煽動しないでくれ。「オフレコ」。これにも文句がある。長年の政治家とマスコミ記者の関係から生まれた慣習としてあったんじゃないの。たまたま今回は出たけど。

もう止めだ。こんな話。

今回は一人でこちらに帰って来た。家族がいない部屋は寂しい。そのかわり自由時間だけは担保される。日本に帰ったついでにまたまたさまざまな本を入手してきた。今回は震災関連の評論集、思想/哲学関連、そして、太平洋戦争をまたいだ前後の近代史に関するものが多い。評論では戦中、戦後と今回の震災/原発事故の相似性が頻繁に語られているようなので、少し近代史を勉強してみよう。そんなわけで、暇さえあれば本を読むということは当分続けそうだ。そして、疲れたら、外に出て散歩に出よう。

帰りの飛行機で「毎日かあさん」の映画を見た。機内本を読んでいたが、消灯されたあと読書灯をつけて本を読むのは気が引けたので映画に移行した。ハリウッドの洋画は面白そうにないし、こっちじゃみれない邦画を選択してのこと。子供がいい味だしていた。子供、アル中の亭主/その後の元亭主、母親/妻/パートナー。それらが絡まって生活して、ああだこうだして、最後に温かい関係になっていって良かった良かったと思った。その時の気持ちに依存はするが、できるなら終わりはハッピーなものがいい。

一人になって一番面倒なのが食事。さて何を食べようか。料理をするのは嫌いでない。ただ一人分を作るのが面倒なのだ。近くに定食屋、居酒屋、もしくは、安っぽい中華屋があれば迷わず行く。

2011年7月3日日曜日

久しぶりに

長いことブログの更新をしていなかった。震災と原発事故以降、なんとなく書く気になれずいたら、それをずるずると引きずって約3ヶ月間休業状態だったというわけだ。

昨日まで一ヶ月強、日本に戻っていた。大学の恩師と作業をする時間だった。久しぶりに長いこと現場作業をした。最初の頃は現場作業の勘が取り戻せずにいたが、その勘もほどなく復活し、よく働けた。そして、とても楽しい時間だった。

日本に行ったらテレビを見る時間が増えるかなと思ってみたら、ぜんぜん見なかった。見たのだけど、見る気になれなかった。結局、暇があれば本を読んでいた。震災、原発事故に関連する書物が書店に出ていたのでついつい買ってしまった。加藤典洋さんの「未来からの不意うち」、吉本隆明さん、鶴見俊輔さんの評論は引っ掛かり何回も読んだ。そして、今も読んでいる。

日本に居る間に浜岡原発の資料館に行った。原子炉の模型は圧巻だった。厚いコンクリート、金属壁に囲まれる炉心。神様を丁重に丁重に怒られないように蓋をして隠しているようだった。地震対策の展示の中には「津波対策は万全」と未だに訂正されず書かれたままだった。

今日はこんなところ。今後はなるべく更新する予定です。

2011年4月16日土曜日

あれこれと

書き物の締め切りがあってそれに追われた一週間。この間、強い余震があり、そして、原発は相変わらず予断を許さない。って当たり前である。

というか原発は廃炉まで何十年もかかる代物であり、その歴史は1942年のシカゴ大学での研究が起源というたかだか70年という技術なのだ。発電に利用する方法はわかっていても、それが「暴れ出したら」それを「諌める」ことは専門家にとっても難しいものであることは今回良くわかった。

自分は原子力のことは今まで何も考えていなかった。原発資料館に子供の頃行ったことがあるがそこで覚えているのは自転車をこいでダイナモで電気を発電するのがいかに難しいかを知ったこと位だ。今考えればそれは、原発以外の技術はいかに発電効率が悪いかということを暗に示していたということだろうか。

今我々は電気を使った生活を享受している。これは素直に認める。日本ではその電力の三割以上が原子力になってしまっていることも知っている。原子力がなければ今の生活を維持できないという理屈も一理ある。が、今の生活を維持し続ける必要があるかはどうか。

たった30年位前は原子力への依存率は数%だった。その当時に比べれば、今の電化製品の電気効率は良くなっているはずである。その当時同様の「夜が暗い」生活に戻れば電気の消費量はその当時以下になる可能性はないのか。原子力=二酸化炭素を排出しない、故にエコという理屈は奇麗だ。しかし、短絡的かなとは今思う。廃炉するにも何十年の代物だ。核廃棄物に関してはその時間を超える長さの管理が必要なのだ。エコと原子力は実は真逆の代物なのだ。きっと。

福島の原発問題が収束することを願う。そして、自分が使う電気と生活に関して考えたい。そして、原発がなければ日本は本当に駄目なのか。エコノミストとかいう人々がいうように。。。これは偉い人が考えるのではなく電気を使う皆が考えなくてはならない近々の宿題だろう。

何かが無い時、無くなっちゃった時には何かで賄ったり、我慢したり、工夫して生活する というのが一般的な生活感ではないか。それだったら原発なくてもなんとかなるんじゃないか?

私は、昔、学校の先生に言われたことを思い出す。特にテストの後によく言われた。

「間違いをしたら、その間違えは何だったのかを考えて、次に間違いをしないようにしましょうね」

今、一部で勢いを増しつつある考え方は、間違いを(その根本から)見直さずにこれからも突き進めと言っている気がする。もっと強固な防御施設やバックアップを作って安全を期せば大丈夫だと言われるかもしれない。が、今回学んだのは、所詮我々が強固と思われるものを作っても、それに対して「想定外」の災害が起きて、意図も簡単に我々の想像を超えて被害が発生するということではないか。その時にまた「想定外」っていうのか。これじゃ先生に叱られるではないか。

「同じ問題出したのに なんであなたまた間違えたの」
「だって想定外だったんだもん」

少し止まって考えませんか? 

数千年かけて学んだ「火」の使い方も時々間違って火事を起こす人間である。火は水をかければ、酸素を無くせば消えてくれる。そして、放射能も出さない。「原発神話」って、原発は暴れ始めたら人間には手に負えない神様みたいなものなのだ ってことなのか?

2011年4月4日月曜日

猪苗代湖ズ

小寒い雨。雨粒が比較的大きく傘がないとびしょ濡れ。


週末、気分転換で車に乗って遠出。最初は小雨まじりの曇り空。目的地からの帰路、時間があったので今まで行きたかった湖に足を伸ばした。そしたら、突然フロントガラスに虫が潰れたような痕が残る雨が。


雪国育ちの嫁さん、雪じゃない? 私、いや、そりゃないでしょ。


と会話した途端、アスファルトが白く変わった。氷に近い雪だった。雹かもしれないと私は思ったが、雪国ではあれを霰か普通の雪と定義されるそうだ。


焦って、路肩に車を停めた時、ブレーキを踏み込み過ぎて車はABSがかかった。車のお尻を振りそうになった。


湖はあきらめてUターン。


帰路で最も標高の高い山で渋滞。雪。私の車はノーマルタイア。そして二輪駆動。急勾配。緊張感溢れる運転。渋滞だし、一速で牛のように進む。ハンドル握る手は冷や汗。久しぶりに緊張感溢れる運転である。渋滞の原因は雪と事故。頂上付近では結構な積雪があったが、渋滞の無い逆路線は凄いスピードで走っている。ノーマルタイヤを履いている車が殆どだと思うのだが、なんという運転だろう。相手がスリップしてぶつかられるのではと嫌な想像もして増して疲れた。






猪苗代湖ズ http://www.inawashirokos.jp/


曲のダウンロードが可能。収益の全額は福島県災害対策本部に寄付される。



「 love you & I need you ふくしま」

ふくしまに ふくしまに ふくしまに
置いてきたんだ 僕は 本当の自分を
ふくしまで ふくしまで ふくしまで
愛したいんだ 僕は 本当の君を
明日から 何かがはじまるよ ステキな事だよ
明日から 何かがはじまるよ 君のことだよ
I love you baby ふくしま I need you baby ふくしま
I want you baby 僕らは ふくしまが好き 
I love you baby ふくしま I need you baby ふくしま
I want you baby 僕らは ふくしまが好き

(YoutubeでPVが見られます。http://www.youtube.com/watch?v=3CQJuAN2BEY) 

震災+原発+風評被害。。。東北そして福島を応援したい。


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大野さん「困っている人」の(http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html)」
ムーミン谷およびムーミンパパも元気なようだ。高野さんがブログで報告している(http://www.aisa.ne.jp/mbembe/)。

2011年4月1日金曜日

とまらない

雨がパラパラ降っている

そこをのそのそ歩いてる

啓蟄過ぎたからなのか

みみずがうにょうにょくねってる

脇にはつくしがにょきにょきと

ぐんぐんそらに伸びている

木の芽は赤児の拳のように

決して固く閉じてない

時間はゆるりと動いてる

春に向かって動いてる

きっと前に向かってる

2011年3月29日火曜日

震災

震災後、テレビの報道に釘付けになった。そして、被災してもいないのに無気力になった。

そんな自分が、震災に会われた方々に何を発すればいいかわからない。「頑張って下さい。私もできるここと見つけて後押しできるよう頑張ります。」こんな言葉しか浮かばない。ありきたりだ。適切な言葉が見つからないのだ。

震災の映像を日本で目の当たりにすることになった。その後、先週こちらに出戻った。その間、震災、そして、それにまつわる原発事故の報道に釘付けになった。昼夜問わず見続けた。この両者の問題の深さを思い知った。千年に一度の震災。そこにのしかかる暴走したら制御が難しい原発。後者に関しては暴走前だと信じるが、二つが重なった現在は「非常時」だと。

「国破れて山河あり」

震災は国を破壊した。しかし、山河だけは残った。後者は少ない少ない光明だ。しかし、原発事故はその山河を目に見えない形で破壊しようとしている。永遠ではないにしても、長い時間スケールで。まるで、ナウシカのように。そこに希望を見出すことは難しい。是非、この最悪のシナリオを避ける方策をあらゆる力-内外の助けを使って-で回避してもらいたい。

そんな中、自分はこちらに戻ってきた。仕事も生活もこちらが拠点であるので仕方ない。が、心の奥が疼く。いいのかと。

2011年2月26日土曜日

すっぱ煮おおうけ

今日もえらく寒い。

同僚に誕生会に呼んで頂いてありがたく参加。ポッドラック形式なので手料理をこしらえて持参。一つは肉じゃが。もう一つは鳥のすっぱ煮。後者は冷蔵庫に八角があったので生姜、ニンニクの欠片とともに一つ入れて煮てみた。

すっぱ煮は、酢の匂いがぷんとするので受けが良くないだろう。肉じゃがはくせが無いのでいけるだろうと踏んでいた。ところがどっこい、すっぱ煮がやたらウケてあっというまに無くなった。意外だ。何人もの人にレシピを聞かれるが、レシピなんてない。鶏肉にこげめをつけてから鍋に入れ、そこに醤油、酢、砂糖、酒、水を入れて煮るのだ。と言ったら、分量までつっこまれたが、そこは味見しながら決めてくれ。水物は1:1:1:1で入れてくれと適当に答えて流す。大雑把だが間違ってはいないだろう。グッドラック。自己責任でがんばって作ってもらいたい。

客が一人一人帰る時に、「チキンうまかった。ありがとう」と言われる。今後、会って名前を思い出せない時などは「あのチキンの。。。名前なんだっけ」という具合に、チキン呼ばわりになるのだろうか。それでもウケたのは悪い気持ちはしない。また、料理の才能があると少し自惚れられて良かった。

誕生会といいながら日本酒試飲会を兼ねていたので、日本酒に関してあれこれ聞かれる。ラベルを見て知っているのは「久保田」のみ。あとは全く知らない銘柄。味はそれぞれ違うのはわかるのだが、みなワインのソムリエみたいに「バナナっぽい味がする」とか「後味にすこしサイダーぽい感覚が残る」と言われて、言われりゃそうだな と思いながら、「そうだね。その通り。でもこっちの方がドライだね」とか適当にかぶせる戦法で流す。月桂冠の冷やはまずいと断言できて(まわりが純米酒、大吟醸だったので)、これは熱燗にした方がいいと言ったらさすが日本酒に触れている日本人は違うと言われて困った。

相変わらずこういうパーティーで頃合いを見計らって帰ることができず、最後まで参加。同僚に勧められるまま日本酒を飲み、みんなスパークリングウォーターを飲んでいる時間になっても、同僚に勧められるままビールを飲んでいた。日本酒ではじまってビールで終わるのは初めての経験である。

いろんな人と話できたし、率直に楽しかった。

明日、日本に帰るのにこんな時間に帰宅である。もうパッキングできているし、フライトも昼なので余裕はある。

2011年2月24日木曜日

寒い。フードってありがたい。

昨晩から今日。こっそり期待した雪は降らず。その代わり風が強い。昨日同様に気温は上がらないため、風が強い分、今日はとても体感気温が低かった。

気温が上がらないので雪は融けず。よって、踏み固められた雪は堅く堅く氷のようになっていた。所謂、アイスバーン。何度かつるっとこけそうになったが、頭も腰もうつこと無く通勤路を往復できた。

フード付きの服って、今までフードを使うことがなかったけれど、こういう日にかぶってみるとなんと重宝な物かと思った。フードはちゃんと意味があるのだな。と思えた。

カダフィ大佐の演説を聞いた。チャップリンの独裁者みたいだった。論理的なことはもうできず、思考停止し、自説を声高にそれも少し上ずった感じで語る姿は末期だ。チュニジアから始まった革命はどこまで広がるのか。

2011年2月23日水曜日

雪の一日

既報の通り雪。昨晩の天気予報で雪の予報だったし、朝起きたら何時もより冷え込んでいることを肌で感じたので、カーテンをぱらっと(期待を込めて)開けてみると、「そこは雪国だった」。

こりゃ写真と思ってデジカメを手にベランダへ。おっと、下半身はパンツ一丁、上半身はTシャツ。寒い寒い。が、戻るのも面倒なので、つま先立ちで鳥肌を立てながら写真をパシャパシャと取る。何時もに比べると車の通りが少ない。雪があまり降らないビクトリアでもスタットレスタイアに替えている人は結構居る。が、替えていない人は運転できない。チェーンを付けなければ。寒い寒いとがたがたしながら部屋に戻って窓を閉める。いつもに比べて車の通りが少ないので静か。いつもの朝の喧騒がないので、布団に入って寝たくなった。

といってもサラリーマン。仕事。通勤路。雪。そんな中果敢に自転車で通勤する人が見られる。高校の時、台風で冠水する道を自転車で友人のN君と冒険するように攻めたことがあったが、あの時の我々の経験同様、自転車通勤の人々は圧雪されていないふかふかの雪にタイヤが埋まり、足を取られて四苦八苦していた。お。。おおおお。。お。。おおおお って感じで自転車の前輪をくにくにさせて、かつペダルが重そうな感じで進んでいた。

その横を何故かあるスノーシューズで進む自分は気分がよかった。ふかふかの雪もずぶずぶと歩きたくなった。やってみると、ズボンの裾に雪が付いて体温で融けると冷たくて不快だった。でも足でふかふかした雪を踏みつけるのは楽しくて、遊んでいたら何時もより通勤に時間が懸かった。

会社に到着したら、雪かき要員となった。スコップで雪をのける。仕事より楽しい。まれにあることは、日常と違う感覚で楽しいわけだ。会社の駐車場全ての雪をのけて終了。また、同僚の若手は隣の老人の家の雪かきをしていた。隣の老人は顔見知りで、こういう助け合いっていいな。「近所付き合い」って日本に普通にあった(ある)文化を思い出した。

帰り、雪は止んでいた。

たまになんだから、もっとどっと降ってくれと今でも思っている。雪かきなら心配いらない。明日も喜んで引き受ける。

あと、今日は昨日に続き同僚の誕生日。3時にケーキをみんなで食べた。ケーキが続いてカロリー過多になりそうだけど、それは今日の雪かきのエネルギー消費で相殺されるたであろう。同僚。おめでとう。雪もあなたをいわっているよ。

どかっと雪

ビクトリアでは稀な雪、というか、積雪。明日も降るのでしょうか。たまになら楽しいです。どうせ平日は車を使わないのでどーんと降ってくれればいいなーなどと適当なことを思っています。ひとまず写真をどうぞ。





2011年2月22日火曜日

誕生会

社長の誕生日。お昼はチョコレートケーキでハッピーバースデー。ケーキカット、カットしたケーキを配る社長。しかも、コーヒーを入れてくれる社長である。身体は大きく、赤いちゃんちゃんこ+1歳、それに有名な賞を昨年貰っている社長じきじきである。有り難い。

そして、先週日本に出張した帰りに、日本からお土産に貰って来た姫路の酒蔵の大吟醸で乾杯。一人一人のコップやカップに社長が直々に注いでくれる。チョコレートケーキの後にというのがもったいないが、うまかった。

箱に大きく「世界ワインセレクション金賞」とあってその賞に恥じない美味さ。日本酒もワインの部類なんですね。醸造という点で。大吟醸のラベルや産地、吟醸度などそれを英訳する係になって四苦八苦。吟醸とはアミノ酸が日本酒のキレを悪くするので米を磨くのだ。大吟醸とは磨きに磨いた米を使用した貴重な日本酒なんだとか。その後、日本酒の作り方、酵母を入れるのか等々厳しい質問が続くが、そこは日本酒好きの同僚がフォロー。日本酒のことに関して実は同僚の方が詳しい。「こうじ」や醸造過程などこと細かく知っている。その後、同僚が日本で飲んだひれ酒を飲んだら悪酔いしたとか、僕が日本酒を飲み過ぎた後の二日酔いは酷く、酸っぱいとかネタをそれぞれ披露した。

日本酒は社員全員に好評。昼間から日本酒。ということで美味いけどみんな遠慮気味。同僚と僕が結局、美味い美味いと一番飲んでいた。飲んだ後、当然仕事に取りかかったけれど、30分ほどとてもいい気分だった。

小さい会社だからできることだ。小商いの身動きが軽い仕事場はいいな。やっぱりね。

それと、告知。今週土曜にこちらを発って、出張で日本に行きます。チケットもようやく確定して、正式決定です。

2011年2月21日月曜日

朝布団から出られず。本当は身体を動かすつもりだったが。怠惰。ここ数日の朝を形容するならばこれだ。カントは「自由とか責任は「自分で選ぶ」「自分が引き受ける」こと」「責任があると思うところにしか責任は発生しない」と言っているらしい。ということは、この怠惰に反省もないので責任は発生しない。自分で選んで怠惰したのであるから、これはすなわち自由を謳歌しているのだ。多分、カントの思想を誤解しています、きっと。。。

午前中、手元にある諸々のことが期限切れ寸前だったり、まさに期限が切れて放っておいたものがあって「自分が引き受けて」=「責任を感じて」思い尻を上げて政府と州の出先機関に行く。来週から日本に一時帰国することもあって、やっておこうと決意したことが、この行動の大きなドライブとなった。政府の方は行ったら行列。待ち時間が長い。待ち合い所の周りに情報検索のためのパソコンが一杯あって、それらが使われずスクリーンセーバーがグルグルと回っていた。その内容は要約すれば、カナダの国旗とカナダという名詞がどーんとでかでかと描かれたものであり、読む本も無くそれを眺めていたら、「自分がカナダに居るんだ」ということを思い出した。これはいわゆるサブミナル効果か。最近は、ここがカナダと思えない程、家に籠りきりだし、外に出ても感覚が鈍化しているのだ。私はカナダにいるのだ。そう言えば。ここのところの生活はカナダ感が一切感じられなかっただけにおーそうかという感覚。

行きがけの通勤路。赤い実を3粒つけた柊の弱々しい木を目に留める。何故か、無意識に毎日この柊が目に留まる。ずいぶん前から赤い実をつけたままだ。それが落ちるのでもなく、赤い実の色が褪せるわけでもなく。たった3粒なのに、その柊の実は自分を何時も監視するように鋭い。いつもいつも、歩きながら、止まることはないが、見てしまう。

カナダと柊。共通するのは赤。そこに感じるのは温度かな。そういえば、日本の国旗も真ん中に赤だ。

どうも、右足が繋がるお尻の関節の奥が冷えるとじんじんする。痛めたかな。。。

2011年2月20日日曜日

待つということ

あんたは、本を読むしか楽しみはないのですか? 。。。えぇ。他にもあるのですが、大部分はそうですね。と答えざるを得ない。学生時代もそうだった。暇があれば本を読んでいた。と言えば格好がいいが、暇が一杯あるので本を読みまくっていた。のだ。

今、一人。暇は思うがままに作ることができる。あまりうれしいものではないが。作ってしまったら、優先順位を作って時間を充てる。読書が好きというのもあるが、時間を潰せるという意味では読書はありがたい。時間を潰すという負の感覚はあるが、読書していると(頭にぜんぜん入っていないこともあることを前提に)、なんとなく頭を使っているという(世間体に考えて)正の感覚を得て、時間を浪費している感覚が薄くなる。

鷲田清一「待つということ」を読了。要約をするよりも、前書きを引用する方が早い。長いけれど。

「待つ」は偶然をあてにすることではない。何かが訪れるものをただ受け身で待つということでもない。予感とか予兆をたよりに、何かを先に取りにゆくよいうのではさらさらない。ただし、そこには偶然に期待するもものはある。あるからこそ、なんの予兆も予感もないところで、それでも自らを開いたままにしておこうとするのだ。その意味で、「待つ」はいまここでの解決を断念したひとに残された乏しい行為であるが、そこにこの世の信頼の最後のひとかけらがなければ、きっと、待つことすらできない。いや、待つなかでひとは、おそらくはそれよりさらに追いつめられた場所に立つことになるだろいう。何も希望しないことがひととしての最後の希望となる、そういう地点まで。だから、何も希望しないという最後のこの希望がなければ待つことはあたわぬ、とそこで言うべきだろう。

今、横で流れている大河ドラマ「江」を眺める。信長、秀吉、家康の「ホトトギス」の詩を思い出す。家康にとって「待つ」ってどうだったのだろうか? 

内田百閒「第一阿呆列車」を読み始める。百閒の頑固ぶりというか、偏屈さが露で読みながら笑ってしまう。手元にあるのは新潮文庫版であるが表紙の写真からして面白い。この偏屈具合を笑える余裕がある方はぜひおすすめです。立ち読みしてからどうぞ。

昨日作った鶏肉の酸っ煮が美味しかった兼煮汁が残っていて捨てるのがもったいないということで再度作る。酢を昨日より多めに入れてみたが、酢の嫌みは無く、美味い。

それを食べながら、「江」を見ている今。脇役渋いですね。個人的には「江」まだ浮ついた感じですが、今後落ち着いてくるのかな。

待つということ。江は落ち着くかな。

2011年2月19日土曜日

レヴィナス

土曜日。朝寝坊。起きられなかった。

一度、さっと布団を出て、ituneに入れてあるラジオ、平川克美、小田嶋隆の「ガラパゴスでいこう」を流して、さっと布団に潜って聞き流す。思い出せば、時間を適当に扱えた、扱っていたあの頃のような時間。どこか後ろめたいけれど、布団の中は温々として優しい。甘えたくなる。

それでも、いつしか布団を出て、レヴィナスの入門書を片手に風呂。「意味ある世界とは「他者」がいる世界である。私が享受する世界は「他者」によって意味あるテーマとなる」。という言葉に痺れる。一人じゃ、意味を見いだせない。他者との関係から自分がいる意味が見いだせる。ってことかな。それって合点がいくような気がした。

レヴィナスの入門書を読了してテレビ。「”愛と胃袋、スペイン” 角田光代のバスク」をやっていたので見る。バスクってスペインの中では特殊な文化的特徴を持っているのは何となく知っていた。が、その料理が美しく、居酒屋のおつまみの色とりどりさ、おいしそうな感じを見て驚いた。肉、魚、野菜。美味しそうだった。特に野菜は美味しそうだった。本来のバスク料理、旧来のバスク人が好むのは塩味が濃いようだった。昔の日本の食卓と同じではないか。今の日本、いや、国際的に高塩分食は嫌煙されるが、肉体労働をする人々にとっては塩が身体に重要だったのだろう。

夕方になってスーパーで食材を買う。今日は少し料理をしようと食材を選ぶ。スーパーに行く間、つかの間ではあるが、空を眺めると雲が少ない爽やかな青い空が素晴らしかった。太陽は西の低い角度におちかけており、うちのアパート玄関そばに生えているススキの綿毛が、その西日に黄金に輝いていた。それを見た時、子供の頃、学校から帰校途中に生えていたススキの光景を思い出した。

安い手羽先、卵、ネギを買って、醤油、酢、みりんで調理。手羽先は少しフライパンで焼きめを付けた。卵はゆで卵にした。それを上記の調味料を適当にいれてさっぱり煮。最後にネギをまぶして食べる。やっぱり、売っているものより、自分で作る料理の方が美味い。と確信するが、平日は作る気に中々なれないのだな。

他人がいれば、平日でも作るのかな。レヴィナス。。。

2011年2月18日金曜日

祝 4歳

めでたく今日で息子は4歳になった。めでたし、めでたし。

帰りスーパーに寄る。
入り口にパンジー、チューリップが配置されて、
色とりどりに息子の誕生日を祝うかのようだった。
それは錯覚だけれど、その錯覚こそ日々を幸せにするのだ。

現実は、スカイプするも、アンパンマンに負けた。

一人寂しい夜をビールで流す。

「負けた、負けた、今日も負けだ
光るコトバ見つからない
酒だ、酒だ、飲んでしまえ
虎にもなれず溺れる」(「虎」ハンバート ハンバート)

となりそうだが、
あいかわらず猿のように元気な姿を見ると、
ほっとする気持ちになった。
冷えたビールはその気持ちを一度冷やし現実に戻すも、
次第にそのアルコールで身体を暖め、
ほんのりした酔いで思いを深くさせるのだった。

4歳。うれしいよ。ありがとう。

2011年2月17日木曜日

ぷれ4歳

息子の4歳前日。マックの中にある写真アルバムを見ながら感慨にふけっている。私はその間あった、いろいろなことを思い出ししんみりしている。

大きくなってしまった。 でも、ありがとう。これが感想だ。「なってしまった」「でも」って変だけど、そう思うのだ。

今の息子は、今の僕には敏感に感じとれないことを表現できているようだ。例えれば、「となりのトトロ」のサツキとメイちゃんが、「まっくろくろすけ」「トトロ」を見ていた世界を体感し、表現できているのかもしれない。高橋源一郎さんが言っていたことを引用すると、息子は「神話的時間」を今味わっているといえるのではないかと思う。息子にはその時間を味わい尽くしてもらいたい。

2011年2月16日水曜日

青魚

昨晩、身体の異変に逆らわず、早寝。目を瞑ったら即死しと例えたいぐらいの脳シャットダウン。5時にぱっと目が覚め起床。

通勤路。数本の木(たぶんネコヤナギ)に柔らかい灰色の小さな毛玉のようなツボミがぽっぽっっと出始めていた。春近しということか。

魚が食べたい。サーモン、タラ以外の魚だ。できれば小型魚のイワシ、サンマ、鯵など。が隣のスーパーにはない。イワシは家から少し離れた魚屋に売っていたことを記憶している。ビクトリアで冷凍サンマは見かけた事があるが、鯵はない。わざわざ魚屋に行くのも面倒だし、まして、行って無かったとなればその徒労感は想像するだけでも恐ろしい。

帰路、木橋で魚を釣っているおっさん二人をみかける。そうか、釣ればいいんだ。ちょっと話かけて仕掛けを見せてもらったらサビキ(疑似餌)釣りだった。サビキなんて日本固有のものだと思っていたので目から鱗。

結局スーパーでサーモンの缶詰を買って、魚を食べたいと欲求を満たす、いや、ごまかしているのが悲しい。

2011年2月15日火曜日

寝るって大事、特に私は

朝3時に目が覚めた。何もすることがないので寝っころがって天井を見たりしてぼーっと過ごす。そんなことをしていれば眠れるかなと思ったけど眠れない。結局ずっと起きていた。

通勤時、風が非常に強く、個人的に大好きな木橋を渡る時、海側から吹きすさぶ風に身体をグイグイと押され前進するのに抵抗があった。それでもその風は、台風中継の下の下って感じだったと思われるが、今日の自分の身体状況にはその風の圧力は十分に暴力的であった。そんな地上を吹き抜ける風の力は上空では想像もできないほどの強さだったのか。天に擡げる雲はぐんぐんと東へと流され少しずつ青空が掘り起こされていた。

仕事をしている時、頭がくらくらと浮遊した感じで調子悪し。集中力が湧かない。これは寝不足が原因だったかもしれない。くらくら、ふわふわとした感覚が止まると頭を締め付けるような痛みが走る。でもその痛みは数分間起きては、一時的に消滅するの繰り返し。なぜか、終業し、帰路を歩き始めたらその痛みは消えた。しかし、足下は重くいつもの歩行速度に比べて遅かった。なぜか、その分、呼吸が深かった気がした。

家に着いたら、身体と足が床にねばねばと垂れ落ち粘着して身動きがとれない感覚を覚えた。そして、そのまま絨毯の上にうつ伏せで寝転った。身体が重力に逆らわず下へ下へと落ち沈む感じで、その力に抗することはできなかった。床に身体がとけ込むような感じだった。

こんな時こそ食べねば病気になるなと思いたち、粘つく身体を持ち上げた。夕飯を作る気にはならず、冷蔵庫にあるものを賄って適当に食したら少し身体を持ち上げ続ける気がわいた。それでもって、現在はどうにかソファーに座りながら日記を書いている。しかし、ソファーに尻が接着したような固定感覚と重さはある。風邪をひく前兆のような気がする。身体を立てているのが辛い。

自分は寝不足には適応できない人間だ。昔から認識していたのだけど、今日はやってしまった。しかし、目覚めた自分に抗すことができなかったのだ。理由はわからないが、抗することができなかった時点で少し身体が弱っていたということか。

2011年2月14日月曜日

ジョナサンのバレンタインデー

昨日早く床についたにも関わらず、早起きする気にならず。ぬくぬく布団にみの虫のように潜り込んでいた。

出勤。入り江の水面を見ると白鳥が一羽。これは先日見た「ジョナサン」か。相変わらず悠々と泳いでおり、今日は前よりも港側まで泳ぎ出しており相変わらず自由な感じであった。

帰り、上空には曇天が重苦しく地上に蓋をするように天を妨げるようにのぺっと重ね塗りしたように覆っていた。そのため時間にしては薄暗い。個人的に大好きな木橋から往路と同じように水面を眺めると白鳥が二羽。つがい? ジョナサンは彼女を得たのだろうか。二羽は同じ方向で一定間隔の距離を開けて優雅に泳いでいた。その距離感が「私はあなたの影を追います」というような感じであるが、お互いオスどおし、または、お互いメスどおしという状況も考えられ、60年代の日本のテレビドラマ、映画の情景は成立しないかもしれないな。などと思った。

スーパーで適当に夕飯の材料を買う。いつも月曜は客が少ないのだが、いつもより多い感じ。レジに進むと花束を購入する男性が多い。そこで、「あ、今日はバレンタインデー」と気づいた。

二羽の白鳥の一羽はジョナサンと信じる。やるなジョナサン。同性愛であっても、バレンタインデーに二羽なんて粋な奴だ。

大野更紗「困っている人」更新。絶対読むべし。
http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html

2011年2月13日日曜日

休日にしかできない休日の日常

朝起きて直ぐ休日らしい平日にできないことをしようと決意。起きてすぐジムへ行って一時間半程有酸素運動。その後、一時間半程、ヨーガ。その後、散歩二時間半。

散歩はダウンタウン方面を介して、海岸沿いを歩き続けた。ビーコンヒルパークに近い海沿いの芝生域には犬がうようよいて戸惑った。犬を苦手としている人間の周りに紐で繋がれていない自由な犬がうようよといるのは大変精神的な圧迫だ。相手の犬は悪意無く近づいてくると思うのだけど、そんなことしてくれなくてよろしい。大小様々な犬がいて自由気ままに接触してくるし、時折、犬どおしが接触して怒号のような鳴き声を伴って喧嘩したり心休まらなかった。

帰宅後、足指、裏を中心に疲れていたので風呂。風呂で加藤典洋の本を読む。頭が悪いので本の内容についていけず、行って戻ってを繰り返す。1ページの読み込み速度が遅いので全然前に進まなかった。本当は読了するつもりだったが、残り100ページ弱を残す所で風呂から上がった。

上がった後で早めの夕飯を作って食べる。その間、「江」を見た。本能寺の前に蘭丸が光秀に手紙を送っていたというのは歴史的事実なのだろうか。

現在、まだ、時間が早いので本でも読もうかと思うが腹が膨れてそんな気がしない。

2011年2月12日土曜日

ガラパゴスでいいじゃない

雨模様。雨粒が大きい、しとしと というよりも、 ばらばら という感じ。時折、風も強かった。

久しぶりに掃き掃除。久しぶりというのは非難されるべきであるが。掃いて集めてみると塵は多かった。塵を構成する一番のものは毛だ。自分が生活密度が高い所に沢山落ちていた。

朝起きて直ぐ風呂。最近の流れ。今日は休日なので角田光代の小説を持ってゆっくり浸かった。本を読み終えるまで浸かるとなると、途中で風呂の温度が体温以下になることが何度もあった。思うに、日本の風呂に比較すると保温力が弱い気がする。基本的にシャワー文化のこの国。浴槽はあくまでもシャワーのための防水壁なのだろう。お湯をためて長風呂という機能は弱いのかもしれない。風呂の文化に根ざした風呂釜。シャワー文化に根ざした防水壁を持つが保温性の低い箱。

考えるに、日本には日本の特殊な文化、技術、歴史、言語等々ある。がそれが文化である。グローバル化という流れに合わせて盛んににその固有、言い換えれば、日本以外に通用しないものは「ガラパゴス化」と評価されるのはどうか。人が減る日本でこれからも儲け続けることを考えればグローバル化を目指せというのがグローバル化を主張する方々の肝のような気がしてならない。頭が悪いので間違っているかもしれないけど。日本の文化。日本しかできない、もっと、極地的に言えば日本のその地方しかできないということを持っていれば、世界、もしくは、日本の中で捨てられない存在になるのではないか。特に情報がインターネット等で自由自在に拾える社会では。グローバル化、または、都市化と称して均質化すればするほど、その国、その地方の存在感は埋没し滅するのではないか。そういう意味では、ガラパゴスでいいじゃない と思う。この ガラパゴスでいいじゃない は、 岡康道、小田嶋隆の著書名のパクリでもある。パクリでもいいじゃない。

2011年2月11日金曜日

落とし物は赤い色

うんこは予想通り赤ワイン色だった。観察した所、「ブツ」のなかにブツブツと粒のままの米がまばらに混じっていたので消化には悪そうだ。ということは、同じ食べた量であっても赤米+赤インディカ米はエネルギー効率が悪いということだろう。同じ量を燃やしたエネルギー/カロリーは一緒でも、人間の身体に入れば一部は消化できず排出されるということである。野性生活であればなんとも勿体ないことであるが、飽食の人間世界では有り難いことになる。価値は相対的である。相対性理論。アインシュタイン。である。

白菜とキャベツを夕飯の為に買った。スーパーのレジは見慣れない叔母さん。新人だった。そのため白菜の英語名わからず。恥ずかしながらカナダ生活2年の私もその英語名は知らず。レジに並ぶおばちゃんが助太刀して「それはホワイトキャベツよ」と言った。それは直感的に間違っていると思ったがおばちゃんは言い切る。私は無言。レジの叔母ちゃんはそれに従いレジ機でそれを確認するがもちろんない。でも、おばちゃんは畳み掛けるように「それはホワイトキャベツだって」と言明する。レジの叔母さんは探すのも面倒臭くなったのかキャベツとしてレジ打ちしていた。二人のおばさんのやり取りに圧倒されて呆然と眺めていた。帰宅後、辞書で調べると白菜は Chinese cabbage、napa、nappa cabbageと言うらしい。napa, nappa ってわかり易い。日本人が言い伝えたのだろうか。。。起源は何?

エジプトのムバラクが退任した。今朝からこちらのニュースはこれに終始した。例え、それがローカル局であっても。アメリカに力がさらに弱まったと言えるのではと思う。その一方でこれはベルリンの壁崩壊に匹敵するイスラム圏での出来事であると思うのだが。

2011年2月10日木曜日

朝粥

朝ふと水面を眺めると白鳥が一羽悠々と泳いでいた。大きいかったからオオハクチョウかと勝手に解釈。嫁さんの所で野生の白鳥を見て興奮したが、あまりの群の数と雪の上に大量に垂れ落とされた糞に少し引いた記憶がある。今日の白鳥はたった一羽で、周りには仲間が見られない。人間で言えば背筋が良いと例えられるかもしれないが、首をピンと伸ばして、俺は自由だぞという感じで前を見据えて前へ前へと流れるように泳いでいた。一瞬、カモメのジョナサンを思い出したが全然違うか。

朝粥。近くのスーパーでインディカ米のような縦長の赤い米を発見した。価格も雑穀並みに安かった。実家から送ってもらった赤米は少なく貴重なので有り難い。前回赤米を食べる前は、赤米をなめていたのだが、小豆のようなほんのりした甘さがあり気に入ったのだ。小豆のような豆独特のぞぶぞぶ感はなくさらりとしているのも気に入った。白米と赤インディカを半々、そして、少々の赤米を作って30分強多めの水で炊いてみた。出来たお粥は赤ワインのような色だが確かにお粥であった。少々の塩を加えて、そこに日本で買って来た菜飯の素少々、それにごまを加えて食べた。うまかったー。身体も暖まって、今日も一日のりきるぞ というような気になった。食べるは生きることだとしみじみ感じた。

明日か明後日に出るであろうウンコの色に興味がある。

2011年2月9日水曜日

火事?


朝寝ぼけ眼で窓から外をぼんやり眺めたら、遠景の丘陵の一点が赤々と燃えている。火事かと思って霜の降りた外気に躊躇しながらもベランダに出て確認する。

朝日がビルの窓辺に反射して赤々と輝いていたのであった。

2011年2月8日火曜日

うす橙色の景色

朝早く目覚め、いつものように朝風呂兼読書。一時間半程。その後、軽くヨーガしてみたが、右足大腿部の筋肉がどうも張っていて前屈が気持ちよく無い。それを感じて、右大腿部に負荷がかかるものは無理が懸からぬ程度に行う。その後、朝飯を食べ、歯磨き。歯を磨いてから水を飲む瞬間が私は好きだ。今日は水を二杯飲んだ。歯磨き後のハッカっぽい爽快感が水の本来の温度以上にすっとする感じが好きだ。

朝出勤のためアパートを出てみたら。大粒の雨。コートのフードを出して頭に掛けて歩く。雨粒が比較的大きく傘を持ちに帰ろうか悩んだけど、目に見える範囲で歩く人はほとんど傘を差しておらずそのまま歩き会社へ。途中雨は止んだ。地元の人の長年の経験は正しい。

普通に仕事して、普通に帰社。帰り、晴れた夕暮れの帰路は奇麗だった。悠々と羽ばたく(しかし、ウンコをいつ垂れるかわからない)カモメ。夕暮れに輝く遠くに見える雪山。凪いだ入り江で練習する漕艇(ボート)競技者。少し橙色に輝く景色がとても気持ちよかった。

2011年2月7日月曜日

もしもピアノが弾けたなら

ここのところ朝起きるのが辛い。今日は月曜日。できる限り床に入っていたい。家を通勤のために出発する時間から逆算して身なりを整える時間等を鑑みて最大限を布団で過ごしたい。目覚ましは通常の起床時間にセットしてあり、きちんとそして無情にも鳴り響く。が、さっと手だけが目覚ましに伸びて停止させ、上述のような思考回路を一瞬にして働かせて再度設定。というような朝である。身体が芯から疲れている感じである。または、たんなる怠惰か。わからない。


普通に仕事をした日中を経て、今晩はダウンタウンで行われるブルースのライブに行った。同僚がチケットを手配してくれた。出不精で面倒臭がりな私が能動的に夜でかけることは稀である。そういう点で、同僚には深く感謝する次第だ。アーティストはJon Cleary。アメリカのニューオリンズで20年程生活しながらプロとしてブルースを響かせている人。会場はHarpo's at Upstairs Cabaret。初めての場所で、行ってみたらへーここってこんなんだったんだとの感想。良く通りすぎている所であった。会場内部は狭からず、広からず。70−80名程度の会場か。ジャンルとその客層からか会場内も落ち着いて良い感じ。Jon Clearyはこれまた初めて知ったアーティストであったが、大変素晴らしかった。ハスキーでありながら甘い感じの歌声はそれ自身が素晴らしい楽器のようであった。そして、ピアノの演奏も大変痺れる感じでこれまた素晴らしい。私は奏者から距離にして5m弱の場所に座って鑑賞したが、ピアノを引く手がまるで蜘蛛、それもタランチュラのように見えた。手の指の動きが、規則正しく自由に動く蜘蛛の足のようだったのだ。ピアノ奏者の指をあまり見た事なかったが、時折叩くように引く指は関節まわりにと手の平および甲にしっかり筋肉がついていてメリハリのある手をしているように見えた。まるで、肉体労働をしているしっかりとした手といったところか。鍵盤を自由自在に操る手は蜘蛛のように鍵盤上を這うように動き、時々、手の甲を浮かし指を立ててそれが少し背伸びをした猫のようにも見えた。音楽に聞き入るだけでなく、その手の動きにも見入ってしまった。CDで聴くだけでは知り得ないこと。目から入る情報、そして、観客とアーティストが作る雰囲気、そしてもちろん素晴らしい演奏、曲と唄。ライブ感ってのはこれらが揃って共鳴する感じを言うのかななどと思うのであった。

もしもピアノが弾けたなら。。。とも思った。

最後に、重ね重ねチケットを手配してくれた同僚に感謝したい。良い経験でした。

Jon Cleary: http://www.joncleary.com/
Victoria Jazz Society: http://jazzvictoria.ca/

2011年2月6日日曜日

私は本が、活字が大好きです

外は曇り時々雨。相変わらず読書がメインの休日。

紙の上のことだけじゃだめじゃんと言われればその通り。ではあるが、本っていいもんだ。一生経験できないだろうことも、頭の上で経験できるから? さーわかりません。それでも、読んだ後にあーでもない、こーでもないとあれこれするのがいいのかな? 私は高校まで本を買ってまで読む人間ではなかった。ただ、それまで国語の教科書に載っている文章を読むのは好きだった。でも、国語のテストは出来悪かったけど。あと、教科書に載っている著者紹介も好きでした。なんでこんな人がこんな文章を書くのかなぁと想像するのも面白かった。そして、大学に入る前から好き勝手に文庫を買って読み出したのが今に至る。

昨日は角田光代「ロック母(講談社文庫)」を読んだ。久しぶりの小説(短編集)。小説ってやっぱいいですね。評論、哲学を読むのと違って、絵として頭に残る。そして、その絵を自分の中でアレンジしながら読了したあとあれこれ感じて考えて。本っていいもんだ。ま、そんなところです。日本に帰る時(未定)を夢見てアマゾンで本をぱちぱち選んで「欲しいものリスト」に入れるのは毎晩のこと。読みたい本とか知的欲求を刺激しそうな本が多過ぎる。暇な時間があるからそんなんだよよいわれればそれまでだが。暇な時間は本を読んでいたい。

エジプトは小康状態。でも西欧各国はエジプトの監視を強めている。日本は? 

相撲。昨日の朝日新聞にあった記事抜粋。「春日錦が現役時代から所属する春日野部屋は、稽古が厳しいことで知られる。八百長に対しても厳格で「前の師匠(元横綱栃ノ海)の代から『八百長とは絶対にかかわるな。もしかかわったら、廃業しろ』と指導されていた」という。」これって相撲協会の「昔は無かった」論をグラグラにするのでは。八百長の背景は昔からあったっていうことを示しているんじゃないの? 

2011年2月5日土曜日

くうねるあそぶ

だらだら土曜日。朝起きて、ぼーっとしながら朝風呂。朝風呂しながら本を数冊並べて読書。飽きたら次、飽きたら次と読む。汗がしたたるので単行本を読むのは気が引ける。そのため、文庫か新書にどうしても制限される。最近は思想書か哲学の読書が多い。これは全て、学生時代に読むべきものを読んでいなかったことに対する反発であろう。今更ながら知的教養に飢えている。はずかしいが。それでも、それに気づいただけまいいか。死ぬまで勉強とは良く言うがその通りだきっと。知識が入れば世界の見方はその分変わり、世界は広がるのだきっと。

昼、少し昼寝。これは休日だからできること。身体が少し疲れ気味で、毎晩早寝の状況でも身体は昼寝したいようだった。なんと心地良いものか。筆舌に表しがたい。

キャベツを丸丸一個、それにニンニクとソーセージ、トマトの水煮をいれてぐつぐつ煮る。夕食のおかず。包丁で切る作業、洗い物の作業をしたくないのでなるべく手のかからないものにしたい。でもなるべく野菜は欠かさず食べたいので、こんな料理が選択された。手は全然かかっていないが、結構美味かった。キャベツは生でも、煮ても茹でてもなんでもござれな野菜で優れものだ、ありがたい。

風呂、読書、寝る、食う。食う寝る遊ぶ三昧の土曜日である。が、便秘は続く。

グリンガと息子、そしてエジプト革命

嫁さんから新たな息子の絵が送られる。今回もアンパンマンキャラであるが、私は知らない奴だった。「グリンガ」という芋虫の化け物らしい。左は体節が繋がっていないので失敗ということで右に新たに書き足したらしい。客観的に自分の3−4歳と息子を比較すると、息子の方が断然進んでいる。少なくとも私は身体が繋がって無くても、それを反省して書き直すことはしなかったはずだ。


昨晩は、息子がスカイプをしたいというなんとも親孝行な申し出でテレビ電話。眼鏡姿の息子は不憫に思う。が、眼鏡がずれ落ちた時にそれを直す仕草は教えてもいないのに様になっていて眩しい。テレビ電話といってもお互いしゃべる時間よりも、息子が目の前で本を眺めたり、玩具で遊んでいるのを見ている時間がほとんど。それらの姿も時を追う毎に前進、工夫が見られ男親が居なくとも子は育つことを実感する。切ないようなありがたいような。

昨晩から石川康宏、内田樹「マルクスを読もう(かもがわ出版)」を読んでいる。その本は書簡形式。書簡の中にタイトルと関係無く我々がビクトリアに来る前に住んでいたA市にある県立T病院が、県立A病院と統廃合でT病院は廃止撤去される予定と見過ごせぬ記述があり愕然とする。そこは、我が息子も入院するなど大変お世話になった所である。県がWebページ上に掲載している記述を見ると、統廃合でいいことばかりだから皆さん納得してねという論調である。しかし、新設予定の病院のベッド数は730。一方でT病院、A病院はそれぞれ現在400、500のベッド数を有しており計900。新規病院では減っているのだ。救急医療に力を入れるとあるが、ベッド数は減っている。入院患者は一層早いサイクルで退院させられるだろう。T病院はA市北部にあり鉄道アクセスの良さから近隣の市町村の方々も利用していた。新設病院の予定地はA市の南部。今までT病院を利用していた人々からすれば明らかにアクセスが悪い。またA市北部を中心とした救急医療に貢献していたと思うのだが、南部への搬送となればそれだけ搬送時間は長くなる。市民、患者にとって良いことは無いようにしか見えない。県の資料をざらっと眺めると病院経営のことが何も記載されていない。裏を返せば、赤字だからというのがこの統廃合のドライブになっているのではないのか。住んでいない自分があれこれ言ってもしかたがないが、病院にコスト計算、市場原理を持って処理するのは余りにも危険ではないか。そんなんで、高齢化社会や少子化を訴えても全くの空論であると言わざるを得ない。お世話になった病院。そして、そこに近隣市から入院していた子供やそれを有り難がっていた親御さんを見ただけに熱くなる。が、この問題は現在の日本の公立病院に共通して存在する病気だ。

さて、エジプト「革命」を眺めている。イスラム圏に飛び火することはほぼ確実だろうし、エジプトは比較的イスラエルに近しい関係だったのでパレスチナはどう反応するのだろう。日本は石油輸入国、かつイスラム圏からの輸入が大部分を占める。今回のエジプトでの出来事はチュニジア革命そして、その背景にある「食料高騰」が発端だという。食料自給率の低い日本も長い目で見れば無関係とは言えない。今と未来の生活に関係することだ。日本の現在の時間的、地理的な立ち位置を認識するに非常に重要なニュースソースであるはずだ。それなのに、少なくとも日本のインターネットニュースを見ると報道が極めて薄い。カナダのニュースでは時間の半分がエジプト革命に注がれている。しっかりエジプトの近代史なども概略であるが示してもいる。この革命がどういう背景でどのような位置にあるのかを伝えようとするように。一段深い報道だ。相撲賭博、いいじゃんもう。相撲賭博報道は「そんなことは有り得ないこと」と正義感溢れる論調だけどあまりに白々しい。みんな「ありそうなこと」なんて知っていただろうに。とにかく、いまの報道事情は不味いと思う。

刺々しい日記になってしまった。息子の写真でも見て心を落ち着けようっと。

2011年2月3日木曜日

節分

今日は一日寒くも無く、雨もふらず。

こっちは3日。節分である。昨日触れた恵方巻き、豆まきはせず。代わりに納豆を食べただけ。豆が同類項としてあるだけ。納豆まきしたらネバネバしているんで投げ辛いし、べとついて遠くに飛ばすのも難しいだろう。

納豆を私の身体は欲していたみたいで美味しいなぁ納豆。臭いで駄目って人が多いが、私は好きです。テレビで納豆人気が上がって、偽装で下がったのは過去の事。それがあってか、関西に住んでいた時にお世話になっていた「なっとういち」を有していた旭松食品の納豆事業がミツカンに売却されたということを知る。寂しいものだ。随分前のニュースらしいけど寂しいなぁ。

身体が欲しいっていっている時に納豆を食べたら、そりゃ健康にいいのは間違い無いと思うんだけど。納豆というとご飯と一緒にと思いがちだけど酒の肴にもなるし、パン食でもおかずになると思えるのだけど、それは私だけか?

最近、便秘気味なんで食物繊維を接種して腸に刺激を与えているのだけど、全然出ない。食べた分、出るって比例の関係に早く戻ってほしい。昨日も蒟蒻一枚を食べたのになぁ。。。

2011年2月2日水曜日

節分。ってことは

新月。日本であれば節分の日。

先日からやや臭い感じのことを日記している。が、読み返して恥ずかしげもなく、そうだそうだと思えているのでまーいいか。

節分ってことを忘れていたのだけど、寿司を食べたくなった。酢の味。酢の物じゃだめ。寿司って脳が訴える。したがって、車で一走りして少し離れたスーパーへ。ここの寿司が美味いかどうかは比較の位置で全く意味を持たないのだけど、ここビクトリアであればとすれば、一番美味い寿司を買う事ができるスーパーである。それは、うちの奥さんと同意見。それだからこそ、運転したくもないけど車にのってそのスーパーへ。が、寿司コーナーが無くなっていた。寿司を置いていた冷蔵庫、寿司を作るカウンターも全て撤去。工事中なのかわからないけれど現時点の状況を見て暗い気持ちになった。結局意味なく豆腐を買って帰った。

寿司の話をしたのは恵方寿司ってことをキーワードにしてである。恵方寿司って歴史はバレンタインデーのチョコレートみたいなものらしいけど。関西に住んでいる時は、家族でやったりもした。由緒は知らず、ご利益もしらずにしたもんだ。でも楽しかった。恵方巻に関しては「街場の大阪論」の江弘毅が述べてくれている。興味があればどうぞ(http://www.140b.jp/blog2/)。

明日巻物でも作ろうかなぁ。でも一人で恵方寿司しても寂しいもんだということは容易に想像がつくもんなぁ。。。

2011年2月1日火曜日

続 せんせい

お客さんを朝一、ビクトリアからすれば北にあるシドニーまで送迎。お客さんは乗船して購入される装置の訓練を受ける。私は乗船しないので、船が離岩するまでの間、岸壁に付着したイソギンチャク、餌を漁って潜ったり上がったりしている鵜を見たり、船のボースン(甲板長)と色々喋ったり、船の中でいれたコーヒーを乗りもしないのに拝借したり。緊張感も無く、週末のような気分を味わう。ボースンと話したのは面白かった。けど割愛。元、海軍で働いていた人で。。。

今朝は冷えて、所により道路ですら氷が張っていた。緊張感を持って運転。

遡って、昨晩は早く床についたものの、夜中に目が覚めてしまう。風呂に湯をためて朝風呂。なんで手元にあるのか覚えが無いけれど、竹内薫「99.9%は仮説」を面白おかしく風呂で読了。字も大きくてページに比べて文字数は少ない。サイエンスをする人も、サイエンスをしない人も面白いと思う。サイエンスをしない人も読んで学べば違った目線で世の中を見られるようになると思う。サイエンスする人は科学史を学ぶことが少ない昨今、その重要性を少し感じられるのではないか。私は、大変尊敬する先生から「科学史を学べ。学ばなきゃ科学ができない。科学史を知らないで科学をするなんて恥ずかしいことだ」と教えられた。でも、その時にその言葉を理解できる素養はなかった。それがずっと心に引っかかっていた。それでも最近に成って漸く、先生の言葉への理解がなんとなく形づけられはじめ、そして、この本を読んでその曖昧な理解が確信へと近づき、自分なりに大方解釈ができたような気がした。あくまでも、そういう気になっているということだが。先生には、こんな入門書だけでなく(著者には失礼だけど)、科学哲学、科学史を作り出した偉人の原著を読みなさいと叱られそうである。学ぶことに限りはない。私の学びは人より浅い。歴史から学ぶ重要性、そして、学ぶことへの姿勢など生きる為に重要且つ根本的なことを教授して下さった先生に心から感謝したい。先生を思い出す時、「お天道様が見ているぞ」という言葉を何時も思い浮かべる。「先生だったらどういうだろうか?」っていう問いが大事な局面で何時も浮かぶのだ。

2011年1月31日月曜日

せんせい

日本から初対面のお客様。ホテルまでお出迎えし、会社へ。時差もあってすっきりしない朝のようだったけど、とても優しい雰囲気を感じて朝から学んでしまった。自分勝手な私は、すっきりしない朝であれば、それが見事に顔に現れる人間だからである。人に対して優しい雰囲気、言い換えれば感謝の気持ちを示すことはやっぱり大事だなと学んだのである。学ぶことは日々ゴごろごろと転がっている。それを身にすることは難しいけれど、ゴロゴロ転がっていることを感じられることが重要だと思う。ゴロゴロ転がっていると思えれば日々日常は非常に楽しい。生きていることに希望を感じられる。本を読んでいて、ラジオを聞いていて、「その著者、語り手は私に向かって言っているわけではないけれど、それを自分に言っていると思えることは、生きる力を高める」といっていた (私の誤解?)内田樹先生 (最近私にとって新たな師となった。といっても本を読んで思い込んでいるだけだけど) の言葉を思い出す。

大野更紗「困っている人」(http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html) 更新。大野さんも師である。師は周りに一杯いる。あの人、この人。。。

そういう意味で人に会うことも重要だけど、その人から感じられる能力も大事なのかななどと思った今日の出来事であった。お客様ありがとう。

2011年1月30日日曜日

らしい日曜日

昨晩早く寝た。深い眠りだったようですっきりと6時前に起床。朝風呂しながらラジオデイズ(www.radiodays.jp)でダウンロードした対談を聞きながらぼんやりとシャワーヘッドを一時間強ずっと眺めていた。対談内容を聞き漏らしたく無かったので集中したせいかシャワーヘッドをずっと目に入れていても違和感無くいたのだった。見続けていたのは対談を聞き終わって風呂から出るときにはっとした位だ。

すっきりした感覚で窓から外を眺めたら晴れ間が見える。しかし、風が強い。散歩へ。昨日断念した海沿いを延々と歩く。途中、烏が死んだ小鳥を啄んでいた。雑食であるから当然な光景ではある。食べなきゃ死ぬってことを漠然と考えた。海は穏やか。残念だけど海の向こうの山々には昨日同様に霧でぼんやりしていた。結構な数の人が朝早くから歩いていて、みんなこの季節に希有な晴れを逃したく無いという共通の欲求なのだろう。風が強いのでやはり共通に寒そうな顔をしていた。

途中、納豆と蕎麦が食べたいと思う。ダウンタウンまで足を伸ばす。10時前だったので街をぶらぶら歩く。こちらは朝早いせいで人気は疎ら。中華街へ最後に行って念願の蕎麦、納豆、それに加えて蒟蒻を買った。蒟蒻は正月実家で食べた醤油で炒めたのが美味かった記憶より蒟蒻が目に入ったら手にしていた。

帰宅したら身体が冷えきっていたので熱めの風呂に再度入る。内田樹の「こんな日本で良かったね(文春文庫)」を手にして身体をずっぽり浸かる。読み終えて出たら2時間半経っていた。

まだ、蕎麦も納豆も口にしていない。現在、夕飯のためキャベツ1個を半分に切ってそこにベーコンを並べて蒸し焼きを作っている。蕎麦、納豆は明日にしようかなぁ。。。

まーこんな感じの日曜日らしい日曜日である。

2011年1月29日土曜日

朝起きて暫くしてから散歩。海というか港に沿って歩いてみる。丁度、満潮で潮が満ちていてそれを岸壁から眺めていると吸い込まれそうな気がした。曇天で雨粒が少しだけ落ちていて、海の向こうの山並みの景色を見たかったのだけど少し霧がかかっており余りぱっとしなかった。

もっと海に沿って歩こうと思ったけれど、向かい側からどっとランニングをする集団が来て気後れしてUターン。その集団が去った後、後ろからまた集団が現れた。集団で走るのは他人の力を借りてトレーニングを継続させるよう背中を押す効果を狙った側面と、みんなで喋りながら走る楽しさを向上させる意味があるのだろう。しかし、過剰な人数で大集団で走ってこられると、向かい合う人間には圧力を与える。

海に面するコンドミニアムの庭に水仙だと思われる球根からニョキニョキと芽が出ていた。それを見て少し気持ちがほっこりした。

噂には聞いていたが亀山郁夫が新たに翻訳し直したドストエフスキー文学が面白いらしい。カラマーゾフの兄弟、罪と罰は挑戦したことがあるが翻訳された日本語のハードルが高かった。亀山郁夫自身、現代のリズムを意識した翻訳を心がけたと力説していたので読んでみたい。とpodcastを聞きながら思うのであった。

久しぶりにトレーニング室に行ってみると設備の充実度が増していた。なんと、ボートのエルゴメータまで設置されていた。知らぬ間に。久しぶりに20分軽く漕いで見た。昔の身体に深く刻まれた記憶で結構良いフォームでこぎ続けられた。股関節が柔らかくなったせいか、足を曲げた時に足裏に体重を乗せ易くなった気がする。今後はヨガ、散歩に加えてエルゴメータも取り入れようと思う。日々の楽しみが増えた。

カモメはカモメ

薄暗い厚い雲の元、柊の赤い実が眩しい。雨で少ししっとりした葉を落としたこんもりとした木の中で雀に似た小さい鳥が優しくも甲高く嬉しそうに鳴いていた。そんな通勤路。

カモメに糞攻撃をされた一昨日。それ以来、上空を飛ぶカモメに異常に敏感だ。詰まらぬ考え事で下向き加減の目線で歩いていてもカモメの気を感じてしまう。そんな時、カモメが飛びながら糞をするって凄いもんだと思うのだった。飛びながら。人間で言ったら歩いていながらウンコをすることだ。腹痛でどうしようもなくてもう冷や汗まみれで漏らすということは稀にあるだかもしれない。ここにはトイレに行きたいが間に合わない、痛みと恥ずかしさで冷や汗まみれという状況が存在する(はずだ)。カモメは飛びながら涼しい顔で恥ずかしさなんて微塵もない。当然と言えばそれまでだ。が、しかしだ。

人間は社会の中で生きており、社会の常識 (所謂、人様の目)から外れてしまうことへの躊躇があり、恐怖、恥など負の感情を得る。社会が無ければそれを感じられない。群で飛ぶ鳥はいるがあれは社会とは言わないのではないか。社会の無いカモメは涼しくウンコを垂れる。人の社会は束縛を与え、時に鬱陶しいが、それがあるからこそ一個人に「無茶」なことをさせないという側面もある。だから、大人は最善の注意を払ってウンコを漏らさない。社会があるから人は安心を得ている。あぁ人に生まれて良かった。社会からつま弾きにされた個人は孤独であり絶望を感じ暴挙に走ってしまう。だからこそ社会は硬直しておらず、多様な人により構成されて寛容で懐が深くなくてはならない。だから、最善の注意を払った'のに'漏らしてしまった人を全否定してはならない。そうすれば、その過ちから人は学び社会に還元される。そんな社会を作るための個人を育てるために社会は学校を作り、子供を学ばせる。学校で勉強する、させられる意味は立身出世のためではない。より良い社会を作るためにあるのだ。カモメがカモメでしかないのは社会が無いからである。と、カモメに教えられた。って思ったのは、その時ヘッドホンで宮台真司が出演している「学問のススメ」をポッドキャストで聞いていたからだ。

それにしてもカモメ。飛んでいる時にウンコする場合、人と同じで腹筋に力を入れるとかするだろうか。歩いている時、一時的に腹筋に力を入れると歩みが阻害される。カモメに腹筋があるのかは知らないが、飛行に支障を生じないのだろうか。カモメに聞いてみたい。

2011年1月28日金曜日

ドキンちゃんだって!

なんと言われようと「ドキンちゃん」。


息子の絵。親ばかだって? 

知らんわい。人がなんと言ったって「ドキンちゃん」だぜぃ! この絵を飽きずに眺めビールを飲む至極の独り飲み。うまいなぁ。うまい。うまい。うまいって。絵もビールも。

離れていて寂しいけど、こんな嬉しいことがあったらお祭り気分だって。雨の日の虹みたいなもんだよ。嬉しいねぇ。

2011年1月27日木曜日

霧と身体の第六感

霧の朝。

昨日、日中は比較的暖かかった。日暮れ近くから気温が下がって朝を迎えたら霧。霧の中の徒歩通勤も良いものだ。歩いて行くうちに外気に直接触れる顔がほんのりしっとりする。

出勤時、カモメが上空をこちらに向けて舞う。突然それを敏感に捉え、足は止まった。そしたら我が30cm前にウンコが落ちて来た。止まった理由はそれを予感していたからだ。今日の身体は最高水準の第六感的感度を持つ稀にみる高いコンディションにある状態なのか?

手のひらを見ると表皮が少し剥け始めた。季節変わりの信号だ。何時からか記憶は無いが、季節が変わると表皮が剥ける。それもじわじわと。痛くも痒くもない。見た目は酷く、お釣りを貰う時に気が引けるのは自意識過剰な過去の事。今は剥けるがまま。冬から春に季節はグラデーションに変化しているので不連続でないはずだ。剥け始めは冬の終わりへの一歩を示唆するのではないか。

身体の応答は敏感で、飛行機で旅をすると爪が乾燥で割れたり、時に緊張で下痢になったり。お酒を飲み過ぎたりした時は、ヨガの左に身体を捻るポーズが辛かったり。それぞれ原因と結果は見事に繋がり身体は素直に反応し、時に自由で一方で身体に異変、束縛を与えるのだ。

身体は最高水準の感度を持っていたはずだが、一日を総じてみれば普通なのであった。

霧のロンドン。と良く言ったものだが、それは産業革命以降の粉塵の光化学的反応の結果(光化学スモッグ)であったそうだ。今朝の霧は飽和水蒸気量の原則に従っているに違いない。産業革命以降のロンドンでは光化学スモッグで死者が出ていたらしい。。。目の前で苦しそうにしている人は見かけなかった。

どうでもいいが、橋本治の本を読んでいる。面白い。口語的で意識しないと流れるようにして読んでしまう。その時、上の空になってしまうと理解が進まない。書き手の技術のおかげで流れるようにして読んでしまうのは実は落とし穴。理解するには集中が必要で、そうでなければその論理を一読で解釈することができない。特に私のように地頭が悪い人間は。

2011年1月26日水曜日

季節はグラデーションのように

通勤途中で1カ所、キンモクセイに似た香りが優しく包む場所がある。そこは10mに満たない範囲で、朝しかその香りがしない。周りを見ても花が咲いているようには見えず不思議だ。だが、とても朝からいい気分になる。花の香りでないかもしれないが、春へ着実に歩んでいるように思える。

通勤路の傍らのアパートベランダの片隅で、日が照っているわけもないのに茶色と白の比較的ふっくらした猫が背筋を凛と伸ばして、でも顔は気だるそうに佇んでいた。通勤中の自転車ライダーや徒歩中の人間に「朝もはよからごくろうさん」とでも言いたげだった。そんな猫を観察していたがったがそうもいかず、いそいそと通り過ぎた。

帰社する時の明るさが目に見えて明るくなってきた。季節は着実に進んでいる。そして、一月が終わろうとしている。

2011年1月25日火曜日

何もないけど鳥インフルエンザに思う

仕事以外はなーんにもありませんでした。

朝普通に起きて、徒歩出勤。飛び交う野鳥を見ながら、日本の鳥インフルエンザをあれこれ考えたりしたが。仕事を普通にして、そして帰社。徒歩で帰宅し、夕飯を食べて今に至る。

鳥インフルエンザ。日本で断ち切る努力は支持するけれど、渡り鳥によって感染する限り、他国と連携して対処しない限り解決しないだろう。感染を発生させてしまった養鶏場はテロにあったようなものだろうなと思う。殺傷処分後にリカバリーできる公的補助はあるのだろうか。その辺りの報道があってもいいように思うのだけど。

2011年1月24日月曜日

一歩一歩

毎度毎度の雨模様。朝の会社への道は雨がしとしとぱらぱらと降って久しぶりに雨傘をさした。昨日、股関節を良く伸ばしたせいで歩く時に少しだけ違和感があった。違和感は上手く付き合えば次の新たな世界へ誘う。今日少し休んで違和感を取り除けば次のステージへ行けるだろう。

夕方、嫁さんから息子の絵が届く。アンパンマン。上手い下手ではなくて成長していることが感じられて素直に嬉しい。親ばか色眼鏡がかかっているかもしれないが、そんなことはどうでもいい。昨年末からあったなんとなく重苦しい空気は、この絵一枚ですっとんだ。



2011年1月23日日曜日

脈略無し

雨が降ったり止んだりの一日。

朝起きて一番。気分が重くなった。喜味こいしさんが亡くなった。いとし、こいしの漫才は好きだった。これでお二人が居なくなった。ああいう品があって、知的な漫才は風化されてしまうのかなぁ。。。

その後、再度布団に潜り込んでテレビを付けてみると都道府県別男子駅伝をやっていた。先週は女子駅伝だったが。男子駅伝をぼんやり見ながら、ユニフォームに個性が無いためか、混戦模様だとどこの都道府県なのかなどが一見して解り難い。どうせなら、背中に幟そこに旗印を付けて走ったらどうか。そこにはお国自慢を掲載してそれぞれの都道府県をPRする。各区間、掲載項目は自由。そうすればそれ相応の地方PRができるのではないか。一見してのどこかの区別が出来、地方PRができる一石二鳥。「餃子の栃木いいですねぇ。。。そう言えば日光東照宮派手ですよね。なんと干瓢が伝来して300年らしいですよ今年は」とか。一見してのどこかの区別と地方PRができる一石二鳥。ゴール地点に地方のゆるキャラが勢揃いしていたようだが、単体がそれぞれ地方にいれば力を発揮できるだろうが、ゴール地点に勢揃いして中途半端に披露しても地方PRになるとは思えない(ゆるキャラを日の目にした みうらじゅん がゆるキャラにスポットをあてた当時、地方の公務員は「ゆるキャラ」という括りに大概否定的で対応が冷たかったらしい。それに日の目が当たれば現在のように。。。)。幟。良い案だと思うがトップアスリートがそれを背中に走ってくれるかは知らないが。。。

その後、日本の時計文化に関するテレビ番組を見る。時計技術の進化は学ぶこと多かったが、江戸時代では日の出、日の入りが時間の中心にあって、日の出、日の入りから刻を決めている。その刻(時間)は夏と冬で異なることが面白かった。それを自動で調整して刻を刻む万年時計を発明した田中久重には大変興味が湧いた。田中氏はからくり人形をの弓曳童子を作った人でもある。

高橋秀実「からくり民主主義(新潮文庫)」読了。紋切り型の解答なんてない。マスコミ報道が全て真実ではない。等々、感じられて面白かった。気になる方はどうぞ読んで下さい。「痩せれば美人」「はい、泳げません」も読み易いし、苦笑させられます。こちらもおすすめ。

前方開脚が後少しで尻が床に付くところまできた。日々の努力の結果か。最近、妙に股関節周りが柔らかく、稼働域が広い。歩く時の足の動きがまるで摩擦の無い振り子のよう。股関節を支点にして脳が意図する以上に動く感じである。

「江」を見ていて織田信長の安土城にあった屏風の世界地図。ここに赤道が記されていた。大航海時代を経て、赤道つまり緯度0度は認識されていたのだろうか。それもあんなに正確にアフリカや南米大陸等々のどこを赤道が通過しているのか当時解っていたのだろうか。気になる。

と脈略なしの日曜日。記述を読み返してみて、カナダで生活している気配がまるで無い。あったとしたら、今日も雨がちだったことを確認しただけか。

2011年1月22日土曜日

自由な土曜日

予定は無い。自由な時間だ。ヨーガを心赴くままし、眠くなって一度昼寝(といっても二度寝に近いが)して、風呂に入って森達也の「世界が完全に思考停止する前に(角川文庫)」を読む。読み始めたら止まらなくなって、3時間弱風呂に浸かっていた。足の裏はフニャフニャになっていたが、頭の方はピリッとしたかなぁ。

晩飯。冷凍庫に余っていた何時のか解らないミンチ肉を発見。それで肉団子を作って白菜と鍋にしてみた。思いつきだったけどそこそこ美味かった。肉団子の前処理でもう少し味付けを考えたらもっと美味かっただろう。けど、満足だった。自分で作るご飯(おかず)は、構想する段階で自分の身体が欲しているもの、もしくは、好きな物、味覚を考慮している。したがって、大抵間違いなく美味いと思える。それは、身体が欲しているものを取ったからこそそう思えているのかもしれない。魯山人はその時に欲しているものを食べるということは、身体がそれを求めていることだと言っていた気がする。

本を読んで、ヨーガして、好きなものを食べてという楽しい土曜日だった。かなぁ。。。

三歩進んで二歩下がる

帰り道、死んだネズミを発見し、生きた茶色の野うさぎに遭遇した後、不意に時計を眺めて気づく。あ、こっちにきて3年目突入。時間の流れは早い。内面は毎日鈍牛のようで前進しているのか、停滞しているのかわからないが、時間は待ってくれずここまできてしまった。あらら とも もう とも付かない言葉が脳裏に浮かぶ。これからも 「三歩進んで二歩下がる」程度にとぼとぼと前に進んで行きたい。そうすりゃ前には進めるさ。

2年修了記念と称してささやかにビールで乾杯。今日の手作り料理はホーレン草にピクルス、ビーツ、ゆで卵をみじん切りを振り掛けた最近良くするしたサラダのみ。ビールは程々にして身体が怠いので9時には布団で寝た。こういうショボイ感じが今の自分の身の丈に合っている。

そして、こんな時間に起きて間寛平のアースマラソンゴールのニュースを見る。約2年1ヶ月を費やしたとある。私のここビクトリアに来た時期とほぼ同じ頃にスタートしていたのだな。凄いなと薄っぺらい言葉が浮かぶ。自分のゴールは何時なのだろうか、そして、地球は丸いんだななど考える。走る速度で世界一周して見えた景色はとても敏感に感じられたのだろうな。

41000キロ走破。毎日5kを約23年歩くか走ればその距離に到達する。ということは、多くの人々は一生でその位の距離を歩いて(走って)しまってているのだろう。知らぬ間に。

2011年1月20日木曜日

霧雨に近い小雨。傘もささずにとぼとぼと通勤。通勤にあてる30分の道のりは、一日の中であれこれ一番充実している時間だといっても過言でない。ビクトリアにきて一番好きな雰囲気である。外気に触れて、景色を眺めて、木々で季節を感じ、潮を見て月と時間を実感する。徒歩の速度は見て感じるには一番いいのだろう。なんとも豊な時間だ。年末年始から現代思想とか哲学など無縁であった本を読んできたお陰で、この単なる通勤のための短い道程で様々な事象をあれこれ考えている「ふり」になれており、ここの所は眉間にしわを寄せながら時々立ち止まっては思いに耽る。ということはないが、してみたい。

帰り道、近くの美容室のガラスの向こうから気を感じ、振り向く。そしたら、従業員の男性と思われる人が塵取りで集めたゴミをゴミ箱に身体を屈めながら捨てていた。頭頂部が私方向に向いており、眺めると禿げていた。頭頂部以外は20cm程のパーマ気味の金髪で覆われているのだが。カッパ。アルシンド。不意をつかれた。一瞬の出来事であったが、ガラス越しからの気は凄まじかった。故に私はその一瞬を逃さなかった。軌跡とも言えるが、身体が反応していた。それにしても、美容室従業員ということを考えるとその髪型でいいのかとの疑問も浮かぶ。夢が無い。しかし、現実を見せているとも言えるか。

夕飯を作ることが面倒で今日は隣のスーパーでサンドウィッチを買って食べる。本当は醤油ラーメンが無性に食べたかった。全く異なる選択。しかたがないので、\ネットで実家周辺の美味いとされるラーメン屋を探して、その写真を見て我慢。一度も行った事はないので何時かの機会に是非行ってみたい。

2011年1月19日水曜日

満月

満月。

かといって何も無い。

朝は冷えて全面に霜がはっていた。霜を良く観察すると、微小な刺が万遍無く表面に突起するようだ。密度の高いチクチクと言える。どのようにしてこのようになるのか気になる。仮説はいくつか思いつくが。それを調べて確かめる気にはならず。

満月。

といっても何も無い。でも、通勤時の風景など見ながら昨日との違い、時間を感じたりもしている。

白鵬の連勝が止まった。きせのさとに連敗。白鵬は「苦手意識」を示唆したようだが、それってある種の呪いではないか。

2011年1月18日火曜日

自分のことなんてわからない

日の入りの時間が着実に長くなっていると帰宅時に感じた。東空にはほぼ満月の月が地平線からそれ程高く無い角度に輝き、その周りには綿菓子のような断片的な雲が並んでいた。輝く月の周りには薄らと円状の輪が懸かっていた。

どうも睡眠が浅い。夢ばかり見る。そして、その夢はあまり良い夢では無く、その物語の頂点で起きる。それが断続的に続き1時間程度で起きてしまう。最近の学習で起きた後、再び眠りに着くということはできるが睡眠がとぎれとぎれなのはどうも身体に疲れが残る。嫌な感じだ。

夕飯は三枚肉をトマトとタマネギで煮てみた。その中にカレースパイスを加えてアクセント。身体がトマトの酸味を欲していた。また、サラダが食べたかったのでほうれん草、マッシュルーム、ピクルス、ゆで卵のざく切りを加えて、冷蔵庫に眠っていたドレッシングを少々加えて完成。どちらも、身体が欲していたので美味い。身体の言う事は正しいような気がする。直感って身体が感じることなのか。などと思う。頭で考えるとバイアスが懸かるので身体の言う事は意外と正しいかもしれない。睡眠はとぎれとぎれ。でも、食には敏感な身体。なんなんだよ。自分。わからない。

卯年でペット兎の流行に比例して野に放たれる兎が多くなっているらしい。卯年の自分は身染み入る報道である。兎。飼うの難しいだろうよ。。。

白鵬独走。。。

2011年1月17日月曜日

一生涯の満足とは

最近の日記を見るといかに家に閉じ籠っているかが良くわかる。平日は会社との往復以外は外に出ず、週末は散歩程度。ただし、雨が降っていなければという限定付きである。先日の土曜は車にのって寄り道をしたが。基本的に寝クラ、出不精な性格なので用が無ければこういう生活様式に落ち着いてしまう。特に雨の多い秋冬は。

読みたい本が幸いにして目の前にあるので、外に出なくても時間は浪費しない。ところで、残りの人生で何冊位読めるのだろうか。平均寿命まで全うできれば、残り40年程度。一週間に1冊として年間48冊。40年で1920冊。再読無しの条件付きで新しい本に出会えるのはこれしかないか。そう考えると一回一回の読書時間は貴重だ。

閉じこもり生活で言えたものでは無いが、人の出会いも、新しい経験も有限である。こういう性格ゆえに一回一回が大事だと真面目で真っ当なことを考えながら、ふと、死ぬまでに一度も触ることのない表面上の身体部位はあるのかとか、一生出てこない宿便ってあるのか、などどうでもいいことまで徒歩中にトボトボと考えたりもした。

Yahooで都道府県特集みたいなものが出ていたので見てしまった。静岡県人男性は「優柔不断でおっとり」だそうだ。自分にあてはまるかどうか。自分はどうでもいいこと、些細なことは、即断即決である。が、肝心な事に関しては優柔不断。流され易いことは否めない。裏県民性テストなるものもしたところ宮崎県人だそうだ。遠州弁検定なるものもしたが、落第だそうだ。こんなことをしている間に読める本の冊数は目減りしていくのだろう。

大野更紗「困っているひと」更新。www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html

先号は何度も途中で読むのを止めてしまい、読了なかなかできなかった。数日かかった。今回は1度で読了するも暗くなる。最近話題の草の根のタイガーマスク現象。現象というものは瞬間最大風速的に一過性のものとも言える。弱者を支えるシステムは行政に頼らざるを得ないと思う。医療費削減の流れで長期入院ができない(難い)こと、それが難病患者にも例外無く適応されていること。。。所属する自治体の財政で補助がこれほどまでに依存してしまうものなのか。これを読むまで全く知らなかった。健康でいるうちは他人事と考えがちだが、現実にこのような実態がある。難病は否応無く振られたサイコロで誰にも起こる可能性があることを考えれば、今のシステムが最善の選択かをより深く考える必要がありそうだ。

2011年1月16日日曜日

ゴールデングローブを見ながら

ゴールデングローブの授賞式をテレビでやっていた。テレビも映画も殆ど見ていない状況なのでノミネート作を全く知らない。だが、その雰囲気や受賞者のユーモア溢れるコメントを見聞するべくテレビを流した。きらきらと輝く人々、会場の雰囲気が鮮烈に感じられる画面。だけど、受賞することへの名誉とか、受賞できなかったことへの悔しさというのも感じられ飽きない。見ていて好きなのは、へそ曲がりだが、受賞発表直後の受賞出来なかった人の表情。人それぞれ。悔しさを押し殺して笑顔の人、その悔しさを素直に表している感じの人。どちらも人間的だ。それを垣間見、その心境を想像するのが好きだ。本当にへそ曲がりだ。

冷凍庫に随分前にcostcoで買ったニジマスの三枚おろしが残り物としてあったので解凍し、それをタマネギ、ネギを大量に盛り添えて、少々ニンニクを入れて、味噌仕立てでオーブンにてホイル焼き。ニジマスの臭みは薬味とも言える脇役によって無視でき、味噌が芳香で美味かった。そして、冷蔵庫に残っていた白菜とマグロの水煮(シーチキン)を出し醤油で炊いた。こちらは、実家でよく食べた代物。慣れ親しんだ味は美味い。美味い美味いと独り言をしながらビールを飲んだ。美味い肴でビールが進む。相乗効果。でも、程々に。今日の肴はここ数ヶ月自分で作った中で一番でなかったか。

シルベスタ•スタローンがプレゼンターとしてステージに立っていたが、ロボットのように直立硬直して首しか動きがなかった。人間的な柔らかさが無いのに驚いたのは私だけか。男性は黒のスーツに蝶ネクタイ姿がとても多い。ただ、見る限り微妙に形状が異なっていた。蝶ネクタイ一生のうちですることがあるだろうか。

暖かく、温かく

緯度の高いこちらの方が、暖かいと言われる我が実家よりも暖かいという状況である。

南半球のオーストラリア、ブラジルでは大雨だという。それぞれ、共通してペルー沖の表層海水温が平年よりも低いラニーニャが原因との記述を良く見るが、あくまでもそれは一つの要因であって大気海洋の気象、気候現象は複雑だろうと容易に推測できる。長期予報がの正確性が低いのはそれを示唆する。一方で、ラニーニャと聞き流せばそれまでだが、エルニーニョ/ラニーニャ現象自身のメカニズムすら難解である(現在までにわかっていることで概論的に説明することはできても)こと、そして、海が気象、気候に深く関与し、多大な影響を与えていることは既知だが、その詳細については解明されてはいない。

インターネットで日本のニュースを眺めている。内閣改造があったらしい。支持率が上がらないらしい。こういう時にマスコミが生き生きして見えるのは何故か。ニュースの視聴率が上がるから。新聞が売れるからか。政権や政権が交代した、内閣改造したからといってそんな簡単に大きく変化が起きるとは思えない。それは、今の政治が過去の政治を背負っているから。そういう意味で、内閣が替わっても大差ないと私は思う。

だけど、支持率。内閣の顔ぶれ見ただけで支持、不支持って一般国民が判断できるのだろうか。僕は内閣に入った一人一人のことなんて何も知らない。過去に何をしてきた人かも知らない。だから、その人達が仕事する前に支持、不支持、良い、駄目だなんてとても言えない。それよりも、頑張って下さい。と言って暫く黙って見ていたい。

政治に関して報道を見ると、内政も外交もあたかも正解があってそれに進めばいいように書かれているように思える。しかし、政治は気象、気候現象と一緒で大変複雑な代物で、時々刻々と変化する。そんなものに一つだけの答えなど無いのではないかと思う。政治とはその時点で考えられ得る最も正しそうなことを選択していくことではないのか。だから、これが正解だというような報道には疑心し、記事を全て読むことができない近頃の私である。報道が政治を歪めている、弱めている可能性は無いか。支持率よりもそのことが気になる。支持率が高い政治が長い目で見て良い事なのか。支持率が高かった首相が素晴らしい贈り物を後世に残しているのか。例としては、子ブッシュは911後に支持率が9割を超していたがー。

暇に任せて抽象的で大雑把なことをあれこれ書いてしまった。言いたい事は何だったんだ。書いたことを今になって猛省しているが、まぁいいか。

外を眺めれば虹。テレビをつければ相撲。白鵬21連勝に伸ばす。解説、元 千代大海、現 佐ノ山親方。リーゼントにスーツで怖い世界の人に見える。その横、元 栃東。玉ノ井親方。少し痩せた感じ。子分に見える。

2011年1月15日土曜日

迷い

用があって車で遠出。といっても片道30分。帰り、普通では通らない道を使う。どこに繋がるかは知らない道。といっても、ここは所詮島の小さな地域。そして、普通では片道30分の距離間である。でも、途中この先行き止まりがあったり、見た事がなかった景色も有り。心地良い緊張感と小さいながらも感動があって良かった。結局帰りは一時間半。そのうち20分位は食料買い出しだった。時間に余裕のある休日だけにこんなことができるわけであることを前提にするが、迷うことが楽しかった。全く方向感覚の無い迷いではなかったからとも言えるが、迷うというのもたまにはいいのかもしれない。それは、道路だけでは無く。

ルーチンの一日

 今日は仕事して、帰って、夕飯食べて、寝ました。終わり。というごくありふれた一日。

身体を動かすことが億劫になりがちな冬。新年に入って数日はさぼっていたヨガも今週に入ってからは起床後、それなりに時間をかけてしている。起床−出勤までの流れで自分にとって身体のキレを最善にもたらすパターンは、水をコップ一杯飲んだ後、読書しながらぬるめの風呂に長めに入り、歯を磨いて、ヨガして、軽く朝飯食べて、再度、歯を磨いて、歩いて出勤というもの。そうすると、座った直後から全知全能が発揮されて仕事が流れるように進み、一日中良い発想が溢れ出し、最善の方針決定を選択できるということは断じてない。だって、知と脳がスカスカなんだから。

しかし、椅子に座ってパソコンの電源を入れて、起動を待つまでの間、目の前の窓から見える空などみながら、あー今日もいい一日だったなと思えるのだ。って、朝の出勤間際で一日が終わってるがな。

開脚前屈をしていたら、股関節からカツカツカツともキンキンキンともいうような筋が延びる音がした。入門したての相撲取りが股割でブチって音がするってやつの手前の現象か。聞くにブチってやると暫く歩けないというからどこかの腱を切ってしまっているのだろう。そんなことはしたくはない。カツカツ音がした今日の私はイタ気持ちいい所で前屈をやめるのであった。それでも呼吸しながら前屈を続けていると段々重力に逆らわず前屈が深くなって行く。「伸びる」ってこういうことなんだなと実感できる瞬間である。遠い将来に股割しながらべたっと胸と床がつくというところまで行ってみたいと思っているのだが。

夜、テレビをつけたら相撲をやっていた。全然面白くない。素人目からしても取り組みがお粗末。どんといってばたん。しっかりせんかい。途中で腹立ってテレビを消した。あれじゃ客入らんわい。白鵬が強いのか、他が弱いのか。白鵬の連勝も輝かないではないか。

息子と嫁さんから豪雪だとの便り。雪かき、息子の雪遊びの知らせが入る。その写真付きテキストを見ながら寂しいような悔しいような。こう書くと、まるで自分が出稼ぎしているようだ。酒はぬるめの 燗がいい 肴はあぶったイカでいい。。。

2011年1月13日木曜日

熱燗、脳と身体

昨晩、「鉄板焼き」が日本食であることを知った。日本食レストランにて。

ご相伴に預かって日本酒の熱燗を頂く。ビール好きを自称しているが、熱燗は飲めるぞ。と正月、実家で密やかに思っていたのだが、昨晩も美味いなと率直に思ってしまった。米と日本人の歴史から言えば当然か。ビールの苦みと対極にあのほのかな甘さと辛さ。角が無いというべきか。単純に自分の胃が痛んでいるだけなのかもしれないが、熱燗の日本酒は暖かみのある記憶となった。って、胃が痛んでいるのに酒を飲んでいていいのか??? おつきあい程度ですけどね。

睡眠サイクルが乱れていたのだが、昨晩は朝3時前に目覚めるものの、ここで負けちゃいかんと深呼吸をした後、身体全体の力を抜いて、よだれを垂らすかと思う程、口元の力まで抜いたらいつの間にか寝られた。時差ボケと言い訳して眠れない日々を誤摩化す日々であったが、結局、起きてしまった後に、あれこれ考えすぎているのだ。「これは時差ボケて起きたのだ」と思い込み、そして、「あーあれがさー」「あーこれがさー」とか思い浮かんでは、何も結論が出ないのに、寝返りうちながら右往左往しているのが眠れぬ理由なのだ。

眠れない理由は、邪念が全てだったかもしれない。眠りに集中するというのではない、それこそ、「無」になるということが昨晩の結果かもしれない。頭で無になろうと積極的に働きかけても駄目で、布団の上で思うがままの姿勢になって、手足が繋がる関節の力みを抜いて、体重を設置部分均等に布団にべたっと凭れかけると意識が彼方に行った気がした。とすれば、「無」というのは「脳」で制御するのでは無く、身体で行うものか。否、身体の制御は、脳が前もって行うものであるから、身体のスイッチをオフにするようなことかもしれない脱力を脳が制御、達成することで初めて、脳が「無」になれるのか。脳と身体は繋がっている。繋がっているからこそ、脳に制御された身体が脳をさらに制御し、心身を揺り動かす、そして、沈めるのではないか。

2011年1月12日水曜日

所変われば

昨夕から朝にかけて雪だった。家付近では後半雨に変わっていたため、朝起きた時に窓から見えるのは何時もの濡れた街の風景。

午後、お客さんが来訪し、そのお出迎えに空港に行ったのだが、北進するにつれて雪景色が増す。道路脇には泥まじりでグチャグチャになった雪。そして、人、車通りの少ない道路には薄らと雪が被ったまま。運転しているのはノーマルタイアの2輪駆動車。嫌な予感がする。雪が残っていればスリップ。。。が、空港までの道程は車の通りが激しく路面に雪は残っていなかった。それでも、慎重に慎重を期した安全運転。

雪が積もるのは珍しい土地柄。南で雪が積もっていなくとも、車を20分も走らせば状況は全くことなるということを思い知らされたのであった。

2011年1月11日火曜日

紙だよ紙

 朝3時頃に目覚める。まだ時差ボケだ。眠ろうと意識すればするほど眠れない。しかたないので起きて朝風呂。

目覚めが極めて良いので朝風呂して読書。読みかけの新書を読破。読破といっても内容が頭に入っているかは謎。年末年始から本を15冊読んだだろうか。最初の頃読んだ本は忘却の彼方。自分の記憶なんて曖昧で脆弱だ。読んでは忘れる。日本で買って読んだ本も、読んでない本もリュックに一杯詰めて、肩が抜けるかと思いながらも持参した本。現在、一人なもんだから、部屋の床に山積みしてみた。そして、この家にある本も含めて積み重ねた。そうしたら、本の背表紙が私に向かい「読んでくれ、読んでくれ」「忘れただろ、再読してくれ」と訴えかけてくる。で、また読む。

考えるに、「紙」の本を目につくところに置いておくというのはこういうことなのではないだろうか。本が訴えかけてくる効果。これは、強迫観念ように思えるが、実際、本が何がしかのオーラを放っているのではないか。これは今流行の「電子書籍」では無い感覚ではないか。私はipadを使って電子書籍にある古典をありがたく読むけれど、それは、旅の時間潰しで有り難がる程度。荷物にならないし、暗い飛行機でも読めるから。でも、家ではあんまり読む気にならない。明るい部屋だし、本の背表紙が呼ぶのだ。「紙」の本の重さ、厚み、背表紙など実態があるから私に響くなにかがあるように思う。電子書籍が増えることは間違いないだろうけど、「紙」の本は不滅である。きっと。と真面目に思った。

2世紀に発明されたらしい「紙」、7世紀に発明されたらしい「印刷」。時代が急激に変化してもそれらの長い文化は惰性を持って生き残る。と確信的に。

と、真面目に考えたようでいて、

風呂で電子書籍は読めないし。とも思ったのだ。

となりでやっているNHKのドラマ。南野陽子が出ているがその容姿のオバさんっぷりに度肝を抜かれる。が、声はかわらないのですね。

2011年1月10日月曜日

外は白い雪の夕

雪散らつく一日。薄ら白みがかった。

仕事。そして、その通勤路。ヘッドフォンで吉本隆明のインタビューを聴く。喋りが掠れすぎて聞き辛いが大思想家の話を興味深く、聞き漏らさぬよう歩いていたら仕事場に着いていた。でも内容は一度聞いただけでは解らなかった。

帰り道、夕飯を何作ろうか考える。でも思いつかず。食べなくていいかな? と思っていたけど、どうもみそ汁が食べたいと思い立つ。が、具が思いつかず。スーパーに行ってなんとなく、白菜、とうもろこし、豆腐の組み合わせ。ほんのり甘く美味かった。

2011年1月9日日曜日

ごろごろ

お腹が緩過ぎ、油断ならない。

ごろ寝。コタツがあれば最高なのだが、ないので居間に布団を敷いてごろ寝。頭の回りに何冊か本を並べて読むも、どれも頭に入ってこない。笑える漫画か映画があればこの状況にぴったりだったかもしれない。

テレビを付けながら本中の文字を追い眺めていたらいつのまにか、箱根駅伝で大声援を受けながら自分が箱根の山を上っており、そして、なぜか綾小路きみまろが司会をしている歌謡ショーの観客席に座って笑っていた。夢だった。テレビで箱根駅伝もきみまろ歌謡ショーもやっていたようだ。

そして、今パソコンの横で「江」をやっている。坂本龍馬は「熱すぎて」断念したが、「江」は見続けられるだろうか。そこで思う、幕末と戦国時代以外に大河ドラマのネタはないのだろうか。

2011年1月6日木曜日

あー

独り言が多い。「あー」とか「がー」とか。鬱屈した何かを吐き出すように。

2011年1月5日水曜日

2011年クラゲのように

あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

神社での掲示等によると、今年、私の年齢は「八方塞がり」にあたるのだとか。「年男、卯年」なのに。

一回り前の24の時、何をしていたか? まだ学生をしていてモラトリアム。自分のことだけ考えていればよかった。そして、36になる今年。ありがたいことに現在では自分に嫁さんも子供もいる。年末年始、身近な人々と時間を共有できた。自分のことだけを考えていればいいっていうことはできない。それは、あまりにも我が侭だ。

歳とともにガチガチに凝り固まっていっているように思う今日この頃。それじゃ身動きがとれなくなるとわかっていながら。年末、家族3人で行った水族館のクラゲのように、フーワフーワとしていたい。フーワフーワして、右往左往して、浮き沈みしながら、どうにか家族と共にフーワフーワと浮き続けたい。




田んぼに沈む夕日。みかん色に燃えるようで奇麗だった。正月に沈む太陽を眺め、幸か不幸か日はまた昇ることをボンヤリ考えた。


フーワフーワと流れに身を任せているようにみせながら、でも時に自分で微々なる流れを作って軌道修正しているクラゲのような2011年になればいい。

と、日本に一時帰国して思うのであった。重ね重ね、本年も宜しくお願い致します。

2010年12月20日月曜日

眠気

寒いという天気予報であった。寒いが、想像していた程でもなかった。

昨晩は風呂で寝てしまい、そのまま布団へ。疲れていることをしているつもりはないが、身体はどうも疲れているらしい。最近、癖のように風呂に入ると猛烈な眠気が襲う。風呂で寝るのは良く無いとわかっているので注意しているのだが、昨晩はそういうことになってしまった。

かといって、不思議なのは眠りが浅いこと。疲れているのならば、深い眠りになるのだと思うのだけどそういうわけでもない。

今日も風呂で猛烈な眠気を感じるので、眠る前に上がった。そしたら、眠気が覚めている。風呂の温々加減が自律神経の働きにピンポイントで作用しているのだろうか。

そう言えば、布団で本を読んでいる時に、その内容に興味津々で入り込んでいるのに眠気が。自分にとって気分がいいことになると途端に眠気が出るということか。

否、今日、仕事中も眠かった。否、仕事がしていることが気分がいいってことか? 否。。。

2010年12月19日日曜日

動いている

起きる時間を気にする必要のない日曜日。目覚ましもかけず、目が覚めた時間に起きる。そしたら朝8時半だった。

朝飯は雑炊。雑炊に入れる卵がなんと贅沢かつ、雑炊を華やかにするということを最近、雑炊を作り続けている日々で感じる。だって、卵あるかないかで雑炊の見栄えも、味も全然違う。卵は「らん」なのだ。誕生を頂いているのだ。有り難く頂かねばならないのだ。鶏さんありがとうだ。

これといってすることはないので、自由時間。本を読む。ベッドで寝っ転がりながら。興味深い本を読んでいるのに眠くなって昼寝。贅沢。昼寝は眠りが浅いせいか、夢を沢山見た。

起きた後、外に青空が見えているのでダウンタウンへ歩いていってみた。人出はクリスマスシーズンで多かった。ただ、外の空気を感じたかった。だから、これといって何をしたわけでもない。晴れて冷え込んで歩いている時、頭が寒かった。帽子は必須だ。

家から、海を挟んで向こうの山が見える。真っ白に雪が積もっていた。それを見ながら、季節をぼーっと感じた。冬だ。そして、冬至を迎えたら春まっしぐらだと。

時間は止まらない。地球はぐるぐる回り、季節は一瞬たりとも止まらない。昨日の景色、今日の景色。全然違う。自分の心持ちも一瞬たりとも同じことはないのだなぁ。その時の心持ちは、その瞬間に思い感じていることと、過去の自分を積分して、脳に投影されているのではないか。その時に感じた直感というのは的を得ているのではないかとぼんやり考えた。

2010年12月18日土曜日

この心持ちを破るべく

最近の曇天のような心持ち。

それを、打破するべく、髪を刈り込んだ。バリカンでばりばり。そして、長さ3mmに設定するためのアダプターを取る衝動にかられる。

やっちゃへ。やってみたら3mmで刈り込んだ時とあまり変化がない。曇天打破出来ず。

そこで、剃るか。でも。躊躇。

だからこそ、曇天を打破できないのだ。こんなんじゃ、駄目だ。

頭に石けんを塗り。カミソリでモミアゲをじょり。まだ大丈夫。修正は効く。そして、じょり。斜めにそり落としたら、髪の毛3mmのスタートレックのスポック船長が鏡の前に現れた。

「あ、後戻できない」と呟きながら、一人でカミソリ持ちながら笑い転げた。変質者のようだ。

そして、もうやっちまえと思って全部剃り落した。慣れ親しんだ髭剃りでは忘れていた、爽快感。ジョリジョリという感覚も、髭よりも密度の濃い髪の毛では手が痺れるようだ。石けんを洗い流し髪の毛、もとい、頭皮をタオルで拭き取ると坊さんが現れた。

これでわかったことだけど、頭皮は極めて温度に敏感だということ。35年以上頭髪に守られてデリケートな皮膚は超高感度な温度センサーとなるのだった。現在部屋で暖房を付けているが、温度フロント(高い低いの境界/前線)を意図も簡単に見分けられる。また、料理をして居る時に上層の空気がコンロで暖められるその過程、その温度の時間勾配を感じられるのだ。

そして、今日になってみると、頭皮にすでに髪の毛が薄ら浮かんで来た。なでればジョリジョリ感が増した。そして、微々ではあるが延びた頭髪によってか、一日で鈍感さを増したためかその温度センサの感度は低下したように思える。

曇天のような心持ちを、剃髪で打ち破ったかはわからないけれど、『「ある髪」を剃り落すことはなんとも贅沢だ』とは思えた。

2010年12月17日金曜日

冬のなにもない日

久しぶりに晴れ。それに伴い、朝の寒さは厳しかった。

歩きの会社への往路、景色をじろしろ見ながら行く。先週の大雨で水かさが増して泥濁りが続く入り江。寒そうにしている通勤中の人々。冬枯れの木々。冬枯れとは言うが、葉を落としじっと構えている姿を眺めると、生きているんだな。となんとなく思った。その時点、微分で見るとなんとも悲しい感じだけど、いつか来る春に備えてしたたかに準備しているのだと。ありきたりなことだけど思えた。そんなことを思うと人間も木々も同じだなと思えた。

昨晩、胃の調子が悪いので雑炊を作った。冷凍庫に残っていた何時ぞのものかわからない市販品の切り餅を突っ込んでみた。不思議な事にあっという間に溶けてしまい、煮るうちに鍋底が焦げる原因を作っていた。家で作った餅はそこそこ煮立てても解けることはなかった気がするのだが。餅のつき方に違いがあるのか?

ハンバートハンバートの歌で「虎」を聴く。なんともどうにもならない人間臭さというか、自分のどうにもならない部分を感じてしみじみ。知らなかったけど、アセロラ体操とかいうCMの唄を提供していたんだな。

2010年12月15日水曜日

あっ







と言う間に今年があと半月になってしまった。今年の総括は大晦日にするとして、今年の月日の過ぎ行く速度の速さといったら例えるのも難しい。

現時点までを思い浮かべる。最近巷では言われる『数値的(具体的)にどうした」ってことは殆ど無い。只只、日々の出来事を丁寧に処理でき、日々の出来事を楽しめたのではないかと思う。少々、主観的に美化しているかもしれないが。

数値的にどう? ってことを問われ、その時点での結果を評価されることが多いけど、未来を語る時にはこの瞬間(まで)の過程が大事なような気がする。その過程を評価して時々刻々と修正しながら未来に向かっていくのがいいのではないか。結果よりも過程。そして、その過程を評価して修正することこそ大事な気がする。それができるには自分を客観的に批評することが大事だと思われる。それには、やっぱり教養だろうな。こればかりは、日々の蓄積であろう。

夕飯は親子丼の「親子」と「モヤシ、白菜、タマネギ、豆腐の醤油煮」を作る。「親子」は親子丼の上に載る卵でとじたもの。現在、脂っこいものを身体が欲していない。両者とも全く油を使わず。「親子」の鶏肉も皮がはぎ取られた最も安いものを使用。両者とも美味かった。他者が食べたらどうかと思うけど、自分の身体が欲しそうなものを食べると美味いと感じるようだ。身体は正直だ。

夕飯の一部材料を買いに隣のスーパーに行った時、月の周りにハロ(月の周りを囲む円周状の光の帯)が見て取れた。奇麗だった。雨がちで家に籠ることが多いけれど、外に出れば色んな変化が感じられるのだな と思うのだった。

2010年12月12日日曜日

晴耕雨読

雨。晴耕雨読。

といっても、ずっと本を読んでいるのは気持ちが悪いので、起きがけと、ご飯の前にヨガ擬き。基本的にウェイトトレーニングのような負荷はないのだけど、呼吸に注意しながらの伸びるのがヨガ(擬き)である。しかし、昨日したヨガ擬きによると思われる「心地良い」筋肉痛が残存するのだった。それは、痛い訳ではない、凝った感じと例えるべきか。

そこで、今日はゆったりと、だらりとした「アーサナ擬き」をしてみる。身体に正直、素直に対応すると気持ちいいのだなこれが。身体に素直にすると、身体は喜び、それは、身体の弛緩につながって、頭に冷静な思考を齎すような気がする。 つまり、身体に正直にすれば、良い判断がし易く、生活力(生き延びる:生きる活力)が増すのではないか。

これらは、昨日の「私の身体は頭がいい」を読んだことに感化されているのだと思うのだが、文武両道って一理有るなという気がする。それは、文武を高めることは、身も心も最善の選択をする機会を与える確率を高めるから。両者に秀でることは望ましいが、両者を平等に切磋琢磨するという行為が重要な気がする。これって難しく思う必要も無く、礼儀を知って、野山駆け巡って、色んな人と分け隔てなくコミュニケーションする(会話する)事と解釈できるような気もする。

ヨガ擬きの時間は読書。そして、背景に音楽を流す。その間、ホルスト、「惑星〜木星」を聞き思い出す。以前から、昔、時代劇のオープニングで流れていた音楽に似ていることが引っかかっていた。それは小学生の頃、家でレタスを包む、選別する、梱包する時に手伝いというか、その場に居た時に、流していた(誰も聞いていないのだけど)テレビの時代劇であることは認識していた。「江戸を斬る」と決めつけていたが、今日調べてみると、「大江戸捜査網」だった。Youtubeでそのオープニングを見てみて納得。平原綾香の「ジュピター」ではわからないが、その原曲を聞いて頂いたら解って頂けるのではないかと思うのだけど。

晩飯に白菜とタマネギをざく切りにして入れ、そこに豆腐をさいの目にして加えて出し醤油でコトコトと似て、最後に卵を加えた料理を作る。美味かった。醤油。やっぱり、身体に染み付いた味だ。美味い。同時に飲んだビールが相乗効果で美味かったことは言うまでもない。

2010年12月11日土曜日

船の続きと身体のこと

昨日の投稿で焦点がボケるので書かなかったのだけど、船で食べた昼食が凄く美味しかった。メニューがあって、そこから自由に選択できた。私はサーモンのサンドウィッチとスープを頼んだ。それをオフィサーが給仕してくれて、まるでレストラン。味もとても良かったし言う事無し。他にカレーとか、サーモンを混ぜたオムレツなどあったけど、それらを食べているチームメンバーも美味い美味いと言っていた。

少なくともこの味と、食堂の雰囲気を総合的に判断するとベストかもしれない。米国の船は何れもブッフェ形式で食べ放題だったけど、総じて脂っこくて、塩辛い味が私には馴染めなかった。日本は千差万別だけど、大学の船に乗っていた時は給仕などあり得なかったし、学校給食のようだった。が、その時はガツガツ美味い美味いと食べていたけれど。

ご飯もそして一緒に乗船した人間も素晴らしく、且つ、実験も結果的に上手くいったのでとても良い印象、経験になったと言える。とても良い勉強になった。

今日は終止雨。寝坊して起きて、久しぶりにゆっくり時間をかけてヨガ擬き。日本から買って来た本は一杯あるので、その内一冊、内田樹の「私の身体は頭がいい」を選択。午後はそれを読むことに終止。途中挫折しかかるものの、横文字を辞書を引きながら読む。読み終わったら日が暮れていた。1回読んだだけじゃ理解しきれない本だったが、納得する所は多かった。自分も経験ある『居つき』「足裏が床にはりついて身動きならない状態を差す。より、一般的には、心理的なストレスが原因で身体能力が極度に低下することを意味する(文中より)」に関しては合点した。本を読み疑似経験をする、思考実験をする、ヨガ擬きをして自分の身体と向き合うということは、「何事にも動じず判断できる」ようになりたいと思う自分の願望の裏返しかもしれない。少なからず、この本が示す『居付き』を逃れ「生き延びる力」を得るための鍛錬になっていることを願いたい。

帰国後、自炊は殆どしていなかったが、身体が酸味を欲していた。トマト風味の野菜中心のスープを作り今日の夕食とした。身体に染み入る上手さだった。身体は正直だ。風邪気味だった身体が偏った食事に嫌気を差していたのだろう。

去る月曜日に大野更紗さんの「困っている人 第7回 わたし、シバかれる: http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html」が更新されている。必読。

2010年12月10日金曜日

虹にみせられ 人にあこがれ

水曜日に船に乗って、挨拶して、船内の注意事項を聞くミーティングまで参加したのだけど、結局、下船。航海の準備が遅れてのこと。仕方なし。

そして、木曜日に乗船。といっても、船は、私が下船した後、海に出て作業を開始していたので救命艇を出して私を岸壁まで迎えに来たのだった。わざわざ。

朝から大雨の天気だった。しかし、救命艇が迎えにくる前に雨は中断し、虹。虹の横に見えるのは乗った観測船。虹が出たからには良い事しか無い。とこの時確信した。

そして、乗船した所はビクトリア空港に隣接する場所なので飛行機が虹の輪を通るのだ。なんと。




船に乗る理由は、実験。実験は最初混迷を極めたものの、友人に頭が上がらない程に助けられて成功した。

実験終了後、大雨がまた降っていたのだけど、また救命艇に乗って下船する時にには雨がやんで晴れていた。

確信の通り、人に助けられ、実験は成功し良かった、良かった。



私のようにただ一つの実験をするだけの暇人に比べ、友人は本航海の主要技術者。忙しいに決まっているのに、私の実験に快く助言してくれたのだ。それも、嫌な顔一つせず。そんな、懐の深い人間にちょっとでも近づきたいと思う仕事だった。これだから人との関わりが密接な航海に魅力を感じる。

2010年12月8日水曜日

明日は一日海の上

明日は仕事で乗船。その準備。忘れ物がないよう入念にチェックしたはずだが、どこか心配。久しぶりの海外研究船での作業だし、不安はあるが、それを超えたところに経験があるのだ。今は寝るべし。だが、目がシャキッとしているのだなこれが。

2010年12月6日月曜日

日本に帰って本を一杯持って来た。仕事、その他事情もあって帰ったわけであるが、帰って来たら何だかこちらが主目的だったかのようだ。

何か思う時がある時というのは無性に本が読みたくなるのが自分の性質のようだ。思い返せば、本を全く読まなかった高校まで。そりゃもう何も思うことなど無く、純粋に馬鹿だった。大学に入って以降は、一世代前の学生から見れば幼稚な本ばかり、と言われそうだがそれなりに本を読んだものだった。

そして今、読んでいる。暇さえあれば。

適当に選んだ本にも関わらず、今自分が必要としている何かに引っかかる本ばかりなのが驚く。今何か必要なものを本の中から意識的に取捨選択していることはあるが。

それにしても何か思う時に選んだ本というのは、得てしてそういうものであるということは経験的に合致するのだ。

現在外気温1℃。寒いぞ。

2010年12月5日日曜日

事情あって

本来は2週間だった日本行きが、事情があって約1ヶ月まで伸びた。そして、今日家に戻った。本来は家族でだったのだが、事情があって一人。

カナダ入国は相変わらずで手間取った。前回同様、別室へ。長く待たされて、詰問されて、それでもどうにか切り抜けた。綱渡りとまではいかないものの、心拍数は毎回10%程度上がるこの手続き。

2週間と考えていたので、植えてあるシソも、冷蔵庫の中身もあんまり力を入れて世話、整理していなかったせいか、シソは枯れ、冷蔵庫の中にあったチーズには青カビが生え、残った野菜ジュースは見事に発酵しガスが発生していた。

日本に居た後半は実家に家族と居候していた。その時は空気が何時もどおっと動いてたような気がするが、一人で帰った部屋は空気が止まっているようだ。

マックを開いたらデスクトップ画面が珊瑚で戯れる魚だった。そう言えば、1ヶ月前に気分転換と息子が帰って来た時を考えて、魚好きの息子を想像して変更していたのだった。

2010年11月9日火曜日

なおった

朝。目が覚めたのは6時16分。

あと二回寝ると日本へ。という今になって睡眠周期が元に戻ったらしい。っじゃ、日本に帰ってからまた時差ボケに悩まされるということか。7月に帰った時は、寝ぼけてパンツ一丁で廊下に飛び出してオートロックで部屋に入れず。というなんともな事件を起こしているだけに、今回は慎重に時差ボケに対処せねば。と思う。

が、この話を時差ボケと関連付けているのはオカしい。それは見当違いだ。変なだけだろう。と話した数だけ異論反論オブジェクションを受けるのはナゼだ。自分の体のことは自分が一番知っているというのは世の中の鉄則である。が、自分の心理に関しては。。。怪しい。指摘の通りかもしれないな。

ゆっくり熟睡できたんで頭の回転は朝から全開。ってことは無く、そこそこだった。不思議だ。

朝通勤の時、風が極めて強く、途中の木の橋で吹っ飛ばされそうになった。台風中継のレポーターのように。坊主頭には冷たい風が厳しく、フードを被って通勤。良く見たら、前の女の人もフードを被っていた。ツーペア。前の人は黒。私は赤。歩くスピードがほぼ一緒で距離が詰まらぬまま、そのツーペアは10分程揃いも揃って同じ方向を歩くのだった。

カモミールティーのティーバッグを牛乳に入れてチンして、そこにガラムマサラをふりかけてかき混ぜると、なんだかチャイっぽいのができた。狙ってやってみたが、これが意外とヒット。美味い。朝も飲んで、夜も飲んでしまった。暖かい飲み物が美味い季節になってきた。

2010年11月8日月曜日

ついてる ついてない

朝起きて首周り、肩周りが非常に重く、そのせいか頭がずしんずしんする。何かの呪いに取り憑かれたかと思う程。首のストレッチ、頭痛を和らげると言われるツボというツボを押してみる。馬鹿にするなかれ、和らいだ。何だか首、肩が暖かくなってきているのを感じる。信じる者は救われる。悪霊退散。

鏡で見る限り、自分の頭は何時も右方向に5度程度傾いている。歪な頭で重量が非対称で右側が少し重いために右方向に首が傾いているのか。歪んでいることは確か。時々、今日の朝のような症状が出る。整体に行った事はないが行ってみるべきかもしれない。

朝飯用に雑穀米にウコンを入れて炊く。ウコン、しゃれた感じで言えばターメリック。そう、今朝はターメリックライス。そこに卵をかけてチンして食べようと思って冷蔵庫を開ける。卵のパックを取り出したら滑って落として3個中、2個の卵の殻われる。中身は辛うじて出ていないので、指でつまんで卵を取り出そうとしたら、ざっくり割れて卵流失。朝から気分悪し。結果、卵無しターメリック雑穀ご飯。

徒歩通勤。歩き始めたら雨ぽつりぽつり。で、リュックサックに雨除けカバーを付けたら雨止む。そんなもんだ。益々気分悪し。

気分が悪くても仕事はせねば。大人の対応。

夏時間が終わって1時間遅くなったため5時になったら結構暗い。当然だ。先週までは6時なんだから。暗い気持ちで家に帰り、暗い部屋へ行く途中、廊下がいやにガス臭い。ガス漏れ? 朝からツイていないのでウチか? と心配になる。が、ウチからはガス臭せず。ウチではない。が、あの廊下の臭いは何だったんだ。ガスじゃなかったのか。ひとまず帰ってから数時間経過しても爆発は起きていないし、誰もガス臭だと騒いでいないので勘違いだと思われる。安心。

そういや、大学の時、アパートのガス配管が老化してヒビが入ってガス漏れ。私は悪く無い。アパートの管理不足だ。その後、ガス屋が配管に接着剤を流してヒビを埋める作業。本来、通風して一日かけて接着剤を乾燥させるそうだが、3時間程度通風して「大丈夫」って言葉を残してガス屋帰る。そしたら、直ぐにガス漏れ再発生。いずれもガス爆発は起こらなかったことは幸いだった。ことを思い出した。

今話題のポプラ社。2000万円自分だったら有り難く頂きます。というのはどうでも良くて、ポプラ社のWebマガジンで隔週月曜日更新の「困っている人(http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/index.html)」。壮絶。でも文体がジメジメしていなくてどんどん読み進めてしまう。ぼんやりして、なんとなく。。。な自分が健康ということに恐縮せざるを得ない。が、2週間後の更新が待ち遠しい。

2010年11月7日日曜日

タ行にまつわるエトセトラ

起きた。今日も。深夜4時。だと思ったら、夏時間が終わって3時だった。

寝たくても寝れないので起きたまま。雨がしとしとしていた。

が、朝になったら止んでいた。青空も見える。こんな時に外に行かなきゃ、いつ行くんだ。ってことで外へ。散歩。ぐるぐる。

道ばたに落ち葉が一杯。通勤路は黄色い葉っぱばっかりだけど、赤い葉っぱも一杯あった。ダウンタウン周辺。

海沿いの遊歩道で犬に一杯あう。プードルがでかいことを再認識。その後、なんかわからない種類のでかい犬が首にパンク風のトゲトゲ首輪を付けていた。それだけで、こっちは警戒するが、舌ベロだしてはーはーしながらこっちに向かってくる。首輪はあるが、鎖は無し。犬が苦手な私のとっては重大事だ。少し、緊張してこわばった。が、それを犬に見抜かれるとろくな事が無いことは知っているので、至って平静を装う。トゲトゲの首輪を買う飼い主を疑うが、飼い主は普通の女の子だった。言う事を効かないその犬に恫喝していたけど。太い声で。

夕飯でタマネギを食べようと思って半分に切ってみたら黒ずんで腐っている。ふざけんな。4割程度の確率で出会う悲劇。

その後、サラダを食べようと思って葉っぱの入った樹脂容器を取ろうとしたら、横にあった卵のケースが地面にドン。あーっと思ったら、中に入った卵が二つ割れていた。

ついてない。

タマネギ、卵。タ行。向かってこられた犬も。トゲトゲの首輪をした犬であり、タ行じゃん。タにまつわるエトセトラに関して極めて面倒な日だった。

2010年11月6日土曜日

妄想トリップ。贅沢と無駄の境界線

昨晩深夜に目覚めてそのまま起きる。本を読もうにもボーッとして頭に入らない。カレーに生姜、ニンニク、スパイスを効かせたせいか、体がポッポしている。何時も冷え性の足が妙に熱く、眠れない。体に良いと思って作ったのに、寝れないんじゃ本末転倒というものだ。

寝れないのにすることなく空を眺める。曇天だし真っ暗。眼下に広がるのは黄色みがかった照明だ。晴れてても新月だったのでどっちもどっちか。

新月は体の中の不純物が一番排出される時らしい。私の体にはドロドロした不純物が一杯詰まっていることは承知している。そのためか、朝一、いきなりデトックスタイム。

洋式で用を足す。便座に座った尻のハマり具合で、どうも痩せたらしい ことを敏感に感じ取った。便座からの尻の落ち込み具合が深い。体重計に乗ってみると体重はさほど変化なし。乾涸びていないようだ。が、体は締まったのだろう。鏡を見てもそんな感じはする。草食系の食事と寝不足が原因か。でも昨日のカレーには鶏肉の胸肉を使ったぞ。それとも、新月の力で体からドロドロしたものが全て抜けたからか。この際、どっちでもいい。

頭は重いにも関わらず、体は軽いし、股関節周りの動きがなめらか。どこか心技体がばらばら。頭以外は新月の力か。もうそんなことはどうでもいい。

睡眠の周期は日本仕様がまだ残っている。どうせ木曜にはこっちを経って、金曜からは日本であるので、この仕様を潔く受け止めておく方が長い目で見れば正解かもしれない。

なんかこう部屋の空気が淀んでいるような気がして、昼間、開けられる窓を全て全開にして換気。寒いんでフリースにウインドブレーカー、ズボンはジャージの上にさらに長ズボンを。youtubeで冬山登山を見ていたら、なんだかその気になれた。部屋に居ながら、感覚は部屋の外。そしたら寒いのも何だか悪く無くなってきて、眠くなって、窓を閉めて寝た。冬山だったら寝たら死ぬようだけど、寒くなった部屋で布団で温々するのは格別であった。1時間半後に起きられた。良かった死ななくて。

冷凍庫にアイスのエクレアが残っていたので食べる。嫁さんがイマイチと言っていたものだが、同意。寝不足で疲れ気味な体でもイマイチ。じゃ、元気一杯の時に食べたら不味いのかもしれない。まだ一個残っているが、もう暫く冷凍庫でお休み頂くしかないようだ。

突然あなごを食べたくなる。そういや、この前実家で寿司を頂いたが、あなごは無かった気がする。あなご、あなご、あなごさん。に繋がってサザエさんを見た。本当。見たら、日曜の夜を迎えた小学校の頃の自分ような気分になってきて寂しくなる。こういうのは刷り込みというのか、それとも虎馬というのか。トラウマ。高校卒業するまで虎馬と思っていたし、意味すら知らなかった。

全く脈略の無い休日設計。贅沢な時間の過ごし方だ。人から見れば、時間の無駄使いともいうかもしれないが、そんなことは知らない。

2010年11月5日金曜日

かれーなるにーさん

カレーを作った。食べたかったんで。

それもルー、脂をほとんど使わないやつ。スパイスは使うけど、小麦粉は使わない。油は最初鍋にこびり付かせないことを目的に少々。肉は鳥の胸。脂身無し。しか売ってなかったから。

肉は、タマネギ、ニンニク、ショウガ、カレーのスパイスの合わせ物を絡ませて暫く放っておいた。その後、それらをタマネギスライスと炒めて、トマトと更にスパイスを加えて煮込む。

煮込んでたら、焦げ臭い匂いがして火を止めた。底が焦げてるがな。。。

でも、焦げオブラート内の中身は美味い。自画自讃。

でも、焦げてるがな。

底にあったタマネギが。水を入れずに(野菜の水気を頼りに)作ったからだろう。

焦げ。。。急いでその鍋を洗うまったく太刀打ちできず。焦げが残ってはこの鍋を今後使うに支障を来すので、水と洗剤の混合物に浸けるも駄目。さて、どうすべか。

そこでインターネットで調べてみると、重曹(ベーキングパウダーも同類項)を水に混ぜて煮立てるといいとのこと。あまり期待せずやってみると、焦げ剥がれる。でも、完全にとはいかないので、木べらで鍋底をかき混ぜてみると、あらなんと、べりべりと。剥がれるのだ。凄いぞ、重曹。凄いぞ沸き立つ二酸化炭素。温暖化で悪者の二酸化炭素も凄いじゃないか。湯気がモクモク。換気扇を走らせる。二酸化炭素は換気扇を通って外の彼方へ。温暖化に貢献しているなぁ、なんんて思わず、沸き立つ重曹入りの鍋から出る焦げ臭い湯気がいち早くこの部屋外に出る事を望むのであった。

ま、何はともあれ、焦げ付きには重曹。おすすめです。

2010年11月3日水曜日

自然と技術と現実と           

朝薄暗い中散歩。

昨日のグチャグチャの歩道の呪いか、靴底の土踏まずあたりにどっさりグチャグチャの葉っぱがべったり付いていた。乾燥して玄関付近でベリっと剥がれ、一瞬、犬のうんこかと一歩引いたが、指でおそるおそる確認したところ葉っぱだけだった。

今日は朝から晴れ間が見られなかなか気分が良い。薄暗い時には薄紫がかった空が、時々刻々と変化して橙色まで行く流れを見るだけでも散歩の価値あり。これこそ七変化というような色と空気の変化。良しやるぞと意気込むと思いきや、まったりし、たそがれ、気分は現実の遠い彼方に飛んでいた。

薄暗かったせいか、うちの側の海辺なのに動物の匂い濃く。空には白頭鷲、足下にはイタチ、そして、夫婦と思われるカワウソ2匹が芝生から海に飛び込んだりして、中々面白かった。カワウソなのに海を泳いでいるからカワウソなのか? その他、何時ものようにカモメ、カナダ雁、烏なども。人気の少ないこの時間には活発に動物は動き回っているようだ。早朝からご苦労様だ。

朝、夕は自炊。昼は面倒だし、仕事を昼もやっつけて早く帰りたいので食べない。朝はまだ残っているトマトポタージュにクラッカーなど。夕飯は白菜、豆腐の煮物とみそ汁、雑穀ご飯。一人だとゆっくりご飯を食べるの気にならないので比較的軽め。食べながら「うまいじゃん」とかなんとか独り言を言って自己満足に浸る。自問自答の修行のようだ。

その分、時間はあるので映画を見たりしている。ここのところ加瀬亮にはまっている。調べてみれば同級生ではないか。どおりで馬が合うと思った。ってどこかで飲んで話し込んだように書くが、当然そんなことはない。どこかこう奥深そうな感じのする人は興味がわく。自分が薄っぺらなだけに、そういう雰囲気に憧れるのか。なれっこないんだけど。

先日、スカイプで息子と会話。私の子供時代の夢の技術、テレビ電話である。技術の発展に感謝だ。しかし、現実は極めて残酷だ。ペットボトルで水飲みながら話したら、息子に「みずのんでるじゃん」って言われた。その意図は不明だが、のっけから出ばなを挫かれた。水じゃだめか? 息子よ。次回は大人の奥深い雰囲気を演出すべくワインかウイスキーでも飲みながら話してみっか。そんなことしたら、「ぶどうじゅうすのんでんじゃん」とか 「むぎちゃのんでんじゃん」とか言われるんだろうなぁ。

そんな挫かれた心を見せない大人の対応で息子と会話するも、5分程度で息子は視界から消えるのである。枕を濡らし、眠れない夜は続くのだ。

2010年11月2日火曜日

徒歩でとほほ

何だか上方向の視野が広い。景色が違う。

と思ったのは、今朝の通勤路。日本に帰ったり、お客が来て車で仕事に行ったりで徒歩通勤をここ1ヶ月していなかった。この1ヶ月の間に木々の葉は落ち、すっかすか。茂った葉っぱが全て落ち、歩道で雨に濡れてグチャグチャになっていた。

そこで辺りに生えている草木も確認すると、少し前まであんなに隆盛を極めて生き生きしていたのが茶褐色もしくは黒ずんで枯れていたりして重苦しい。冬じゃん。

というのが今朝の感想。それでも今朝は青空も見えていたりして少しは気が晴れたのだが、歩いている途中に東の方からどっと霧が現れて、あっという間にそれに包まれて最初は面白がっていたけど、結局気分は重くなった。

自転車通勤の皆様も冬っぽい格好で、暗めの色のウインドブレーカーで浮かぬ顔をしているように思う。皆、もっと派手目の色合いのを着て、皆で協力して元気出していこー。 と思うが、それは大きなお世話というものか。

久しぶりの徒歩通勤だったので、景色を色々見ながら歩いていたが、空を飛ぶ鳥の数が多いように思えた。白鳥らしいのも飛んでいたような気がした。

いつの間にか冬まっしぐらである。昨年も経験したことだと思われるが、何がどうなってという詳細は忘れていた。太陽が降り注ぐ場所に行きたいが、そんな時間も金もない。が、来週、日本に行くじゃん。冬バレでもなんでもいいので、お天道様を拝みたい。

2010年11月1日月曜日

草食系/僧職系

気分がショボショボなので、ブログの背景を明るくしてみた。へんな柄がついているのは気に食わないが、しかたない。気分転換にはなる。これでブログ更新頻度が向上するということはないだろう。

映画「南極料理人」を観る。長期の観測航海を思い出した。が、その密閉感、人との密度はその比ではないだろう。内容?面白かった。

途中出て来たオニギリを作っているところ、食べているところを見たら、無性に昆布の佃煮が食べたくなった。映画には出て来ていないのだけど、昆布の佃煮入りのオニギリが好きなためだと思われる。そこで、佃煮が無いか、台所の棚を丹念に調べあげたのだけど残念ながら無かった。

昆布はあるので炊いてみてもいいなと思っていたのに、台所に立ったらトマトのポタージュを作っていた。なぜだ、この論理の飛躍。論理は飛躍したが、その手際の良さは天才かと酔いしれた。

このポタージュは、明日の朝食用だ。色味のパセリがないが、代わりに青海苔でもふりかけて楽しもうと思っているところだ。

しかし、相変わらず食欲をそそるのは野菜、海藻。いつの間に自分が僧職系では無くて、草食系になったのか疑問である。今後、豆とか豆腐で肉、魚料理の疑似/精進料理を作ったりし始めたら正しく僧職系である。そんな料理は面倒なので手を出すはずは無いと思われるが、秋の夜長だ。手を出しかねない。注意せねば。

朝からぱっとしない天気。雨。曇り。たまに晴れ。こんな天気がここのこの季節の普通の天気と心得ているものの気分は重くなる。朝、8時位まで暗いし、まだ夜じゃんとか何とか行って布団に入って二度寝したくなることしばしば。この日の出と時間の関係は、来週、夏時間が終わって少しはマシになるけど、天気は来年の春まで待つしかない。

ここんとこ不完全な睡眠のおかげで、生活のリズムが乱れている。内臓が疲れているのか食欲に欠ける。自炊しているけれど、どうせ一人じゃん と思うとなるべく手間をかけないもの中心になり、且つ、内臓の疲れを自覚しているのでお腹に優しい野菜中心のものとなる。最近はお粥を作って食べたりもしている。イモ粥にしてみたり、スーパーでうっているワイルドライスとかいう所謂雑穀をいれたりしたりして、食物繊維等にも気を配るなど、手間を掛けないわりには、健康面の配慮をしてはいる。

野菜中心であると、胃腸に優しいのだけど、反面、パンチが無くて、心と体の内部から沸々と湧くものが無いような気もする。この重い天気に打ち勝つには、肉、魚を取り入れるべきのような気がしないでもない。厚切り肉を食べる、脂っぽいサーモンを食べるって事自体が相当エネルギーを使う行為で、それができりゃ元気さ とも思える。が、現在の私ときたら、無性にたくあんが食べたいと思う始末でなんだかショボショボである。今食べているお粥は水多めでシャバシャバだ。

日本に帰国した時のこと。京都に行った後、神戸。仕事。飲み会、仕事。が続いた。中々体を動かせないので、できるだけ歩くことに心がけた。その間、ホテルから駅に向かう道の薬屋かなんかの前で、毎朝ほうきで掃除をしているおじさんにあった。白衣を来ていたので、そこの人なんだと思う。神戸のど真ん中なので人通りは多いなか、せっせとほうき掃除しており、且つ、それをしながら おはようございます と声を掛けていた。皆、忙しいのか、誰もそれに返答する人はいないのだけど、それでも毎日していた。それを見ていると何だかいい気持ちになった。こういう人は小学校、中学校で登校している時には良く見かけた光景だったが。

徒歩していたら気づいたのだけど、三宮-新神戸間の一角に天然温泉浴場が複数あることに気づいた。そこを通るのは朝か深夜だったので一度も行かなかったけど。六甲山の向こうには有馬温泉も在るのだから不思議は無い。が、神戸で仕事している時には気づかずにいた。

温泉行って風呂に入って、旅館で出るような朝飯を食べたい。たくあん付きの。やっぱり、今の自分はしょぼしょぼかもしれない。

日本に帰るまでにドロドロしたカツカレーとギトギトした豚骨ラーメン食べたいと言える位の気分に戻るのだろうか。

2010年10月31日日曜日

寝れない西田敏行

10月も終わりではないかい。こんなに日々が過ぎ去って行くというのに夜眠れず、目が覚め、朝10時くらいから頭がぼーっとしており、何とも勿体ない。

この睡眠問題に関して、時差ボケだとか、自律神経の問題だとか色々と説明を付けようと思っていたが、その問題の根本に横たわる原因がわかってしまった。それはベッドだ。きっと。

朝、寝不足で頭あがいたいような、ぼーっとしたなんとも気持ちが悪い状態で、畳んであった低反発の布団に体を預けてみたら、とっても気持ちいいがな。目をつぶればいつでも寝れそうである。そこで、寝室から居間に布団を敷いて横たわって見る。とっても気もちが良く、目を瞑ったらあっという間に睡魔に襲われ仮眠。あまり寝ると夜の睡眠に支障を来すので1時間半程で起きたけど。

いつも出張でホテルで寝れない。眠りが浅いということは薄々気づいていたが、これもすべて慣れないベッドのせいだということになりそうだ。

あと、この家は家族で住むには広くはないと思われるが、一人では余りに広過ぎる。これも落ち着いて寝れない原因のように思われる。できれば、便所に布団をひいて扉を閉めて寝たい位だ。

こっちに戻って2週間目に突入するというのに睡眠問題は解決していない状況を今日は是非とも打破したい。が、また再来週日本に行くのだなこれが。

昨晩、することがないので、デジカメの写真をスライドショーにして見ていた。今年撮影したものでは無く、昨年、一昨年の写真を。そしたら前住んでいたアパートのこと、その近くの公園のこと、近くにあったたこ焼きやのこと、そして、息子が入院したこと。などを思い出して、汚染地ではなく、(オ)センチ(メンタル)になって涙が流れているではないか。まるで卒業式のようではないか。でも、卒業式で寝たことはあっても泣いた事はないぞ。

最初は色々走馬灯のように過去の情景を思い浮かべて泣いていたが、次第に思うことも尽きて、涙も止まりかけた際に、悲しい曲をバックで流したりしながら、何時まで泣けるか試してしまった。以外にも、持久力を持って泣ける能力を持っているようだ。しかし、今日同じ事をしても泣けなかった。何か心理的な鍵ががちゃっと昨晩はハマったようだ。

前回泣いたのは、おくりびとを見た時であり、ナウシカを見ても泣けた。加齢まるで、西田敏行のようになってきているのではないか。と危惧するが、上述のように何か心理的な鍵ががちゃっと昨晩はハマらないとだめのようでもある。心って不思議だ。

2010年10月30日土曜日

徒然と

雲燃える。

日の出とともに太陽に雲が真っ赤く染まって、且つ空は薄い水色に橙色が混ざった感じで素晴らしかった。相変わらず睡眠は浅く、朝早く目覚めてしまうのだが、これを見れたのはそのお陰でもありラッキーだった。

そんな中、せっかくなので散歩。朝の寒さは結構厳しかった。が歩いてしまえば体も暖かくなるので気にしない。土曜の朝で人出は少ないと思いきや、それなりに散歩を楽しんでいる人がいた。

海には大量のアオサが打ち上げられ、そのアオサにまみれた砂浜でカモメがカニをぱくついていた。カモメのくちばしにかかれば、カニの甲羅はいとも簡単に割れてしまうようで、甲羅の中の美味しい所だけを食べて後はペッとばかりに放置し飛び去って行った。

朝、洗濯をしたり、朝風呂して本を読んだりして時間を過ごした。宮田珠己の本を読んでいたら東南アジアに行きたくなった。それを読む限り、東南アジアには遊園地的な仏教寺院やへんてこな庭園、そしてそこにまたへんてこなコンクリートの造形物があって中々楽しそう。その文体も相変わらず人を食った感じで笑いをこらえる必要もないので、風呂で一人ゲラゲラと笑っていた。

バングラディシュに渡り、現地の生地、職人を使って、デザインした鞄を作り、それを日本で販売している山口絵里子さんの書き物を読んだ。途上国を経済的に支援する一手段として、そのようなビジネスを作り上げた。つまり、お金を与える支援ではなく、作り出すというやり方でバングラディシュに還元させているのだ。自分より6歳若い山口さん。ただただ、凄いエネルギーと信念だなぁと思うし、その源泉はどこから湧くのだろうか。それは夢か?


山口さんがされているマザーハウス(www.mother-house.jp)

2010年10月29日金曜日

小石も積もればトイレも詰まる

するべきものをしたら、トイレが詰まった。これはトイレの構造上の問題なのか。それとも、私の、そして、出たものの問題なのか。をゆっくり考えようと思ったが、詰まったのであるからして、水は流れず、そして、便器にあふれんばかりに水が溜まり冷や汗をかいた。そんなこと考える前に、目の前の問題を対処せねば、この難局は益々混迷を深めることは間違いない。即断即決。即実行。処置の詳細はプライベートなことなので割愛する。

しかし、ナゼ詰まったのか。何となく思い当たる節はある。今日のは石のように固かった。それは、した時の感触で十二分に察知していた。たぶん、これが原因だと思う。が、翻って、ナゼ、今日に限って石のように固かったのかは謎だ。体に不足無く水も飲んでいるし。自分の体のことだし、35年も付き合ってきたこの体にしてもわからぬ。なんともミステリアス。しかしながら、例え石ころのようなものであったとしても、それを、滞り無く、素早く、水に流してくれるのが、水洗便所の果たすべきサービス、そして、責務のように思われる。が、この便所ときたらなんだ、サービスが不徹底だし、後処理をお客様/私にさせるなんてなんたることか。大人に恥をかかせやがって。

というように、一人で生活していると誰からの手助けも受けられず、自己責任度は高まり、且つ、便器ですら独り言の対象となるのであった。




さて、日本に帰った時のことを書くと言いながら、全然書いていないけれど、お祭り後、京都に行った。もちろん仕事で。紅葉は全く無く、木々青々。そして、なんと言っても暑かった。京都市内はバスで移動したが、紅葉無くても観光客はわんさか。外国人もちらほら。中米のオトコの人と、タイ人カップルにバスの乗り方を聞かれて対応。タイ人曰く、「わたしらにとっちゃこれでも涼しいんだけどね」とのこと。比較対象をどこに置くかで、随分と見方も変わるというものである。

バスは便数が多いのだけど、みんな混雑しているから次、というような考えをしないのか、どっとわんさか乗ってくる。そして、観光名所近くのバス停になると人がどっと降りて行く。みんな行く所は一緒のようで途中からは人疎ら。タイ人らも日本人観光客がどっと降りた清水寺近くのバス停で降車していった。

バスから降りて仕事場所まで歩いたのだけど、路地を歩く時にそこをビュンビュン走る車にクラクションを散々ならされたりしてオノノイタ。たった2年弱こっちに住んでいるだけなのに、歩行者優先が染み付いていて、日本でありがちな「車優先」の文化を忘れつつあった。そんなに急いで何処へ行く。不景気だという言葉は聞くが、車の急ぎ具合から行ったら、みんな忙しそうに見える。忙しいけど、お金にならないということか。

仕事なのでしかたがないけど、寺、神社巡りできず。それでも二日目の朝はホテルから祇園を通って、東山から北に北上し、仕事場へ。八坂神社や知恩院の前を通ることができた。前を通っただけなのであるけど、少しは満たされた。哲学の道じゃなく、完全に街の中の歩道沿いをただひたすら歩く1時間であったけど、思慮深く、日本の現実過去未来、そして人生哲学を考えることができた。というのは嘘で、何も考えずにぼーっと歩いていたら、何度も車にクラクションを鳴らされ、朝の人ごみに恐れをなし、心の休まる事は無く、肉体でなく精神的に疲れた。

そして、仕事を終え神戸へ移動した。本当なら、個人的にお気に入りな東寺と三十三間堂を見たかったのだけど願い叶わず。神戸に帰ってそれらのWebページを見て行った気になろうとしたが虚しさが募るだけだった。しかしながら、東寺のWebページは美しいので一見の価値有り。興味があればどうぞ。 www.toji.or.jp

立体曼荼羅、見たかったなぁ。。。

2010年10月25日月曜日

しとしと

雨がしとしと降っている。気温は日本より10度程度低く、中々体に答える。起きたら寒気がしたので、迷わず暖房を付け、適当にご飯を食べたあとに、ビタミンcを補給。大人なので、先手を打って対処した。思えば、小学校時代、寒くて仕方ないのに、担任の先生が半袖半ズボンを奨励していたことをおもいだす。子供は風の子。なんて、動いている時には、そんな格好して寒さ感じず動ける阿呆になれるってだけで、動かなきゃ寒くて仕方なかった。こっちは鳥肌たてている目の前で長袖長ズボンで、かつチョッキなんか着ている先生は胡散臭くて仕方なかった。そんな格好を強要されて風邪をひく子も多かったのではないか?と今更ながら思う。

お客さんが来たので、それの送迎をする。お客さんの泊まっているホテルに行ったら、埼玉の高校性が修学旅行でいた。自分の高校は修学旅行はなかったが、想像するに、先生方は大変だろう。この何をしでかすかわからない学生を、しかも海外のホテルで制御させなければならないのだ。見ていた範囲では、先生方が英語に堪能という風にも見えず。。。修学旅行生は制服姿で静かにぶらぶらしていたけど。それにしても、海外の修学旅行か。それもカナダなんて。うらやましいような、うらやましくないような。だって、こんな雨がちな天気の季節に態々来るなんてとも思うのだ。学生が静かそうに見えたのは、こんな雨で寒い天気によるのではないか。先生方もわざと、この季節にカナダにこさせて学生の暴走を外堀から埋めているのではないか。などと思いながらぼーっとその姿を見ていたのだった。。

2010年10月24日日曜日

残響

眠い。眠過ぎる。ナゼだ。日本で心赴くまま、否、古き良き付き合いを尊重して夜な夜な街に繰り出したからか。いずれにせよ、眠い。寝ても、直ぐに目が覚め、そして寝て。この繰り返しで、空っぽのはずの頭が重い。

それでも一人で帰って来たので、することはせねば。まず、起きて。ぼーっと。このぼーっとが長いこと長いこと。その後、明日来るお客様のために車を洗車。洗車機でばっと洗うのだけど、洗ってみたら全然汚れが落ちておらず。こっちは洗車機は水圧の高いシャワーと泡で洗うだけで、日本のグルグルまわるぞうきんのお化けのようなものではないので、汚れが落ちないようだ。それでも前よりは奇麗になっているはずだと納得させる。が、心の奥底で納得できず。その後、掃除機をかけて車内も清掃。2ドルで5分間機能するということだけど、2ドルなのに、2ドルコインが入らず、両替。出ばなをくじかれす。そして、5分というのに4分30秒程度で止まった。四捨五入で5分ということか。

さて、日本帰国した時の事。

帰国して次の日から二日間お祭り。本来お祭りを皆と率先して率いて行く年代であるものの、二十歳前に家を出てから、何もお祭りに貢献しておらず、大変後ろめたい。そんなんで、なるべく外に出ず。しかし、お酒の力も手伝って、2日目だけは外に出た。色んな人にあって、色んな事を話したような気がするが、お酒の力は偉大で何を話したのか良く覚えていない。が、たぶん、後ろめたい気が強いので、まずは丁重な挨拶をしていたと。。。思う。ちょっと現場を踏んだら、その笛や太鼓の音が頭にこびり付いた。そしたら、案の定、次のは二日酔い。食欲はあるものの、どうも胃の辺りが重かった。そんな体調なのに、笛と太鼓の音は頭で響き続けた。二日酔いの頭を締め付けるようだった。

睡眠障害

これは時差ボケというのか知らない。昨日、日本からの移動の際、昼間の新幹線から眠かった。そして、バスも眠かった。そして、そして、飛行機でも眠かった。いずれの場所でも寝た。30分寝ては、目を覚ますというようなものを繰り返した。どうにも眠かった。余りに眠いので、上から出ているエアコンに睡眠導入剤が混入されているのかと思うくらい。なので、エアコンの送風口を閉めてみたが、全く効果無くそれを繰り返した。家に帰ってからも眠くて昼寝。夜は一度目がパッチリしたものの、眠くなって寝た。これにはビールのお陰というのもあったけど。そして今3時。さて、この後寝るべきか。起きているべきか。この間、うつろうつろと寝ているので夢ばかり見る。でも、起きてからそれを覚えていない。その程度の夢。今の所、悪夢は見ていないようだ。

なんだか時差ボケと2週間の疲れがどっと出ているような気がする。何時までも若く思うなよあんた。という声が天から聞こえるようだ。

飛行機で隣に座った女の子は若かった。初めての海外旅行でどきどきしている感じがびしびし出ていた。そして、彼女はバンクーバーに到着した際、「ここまでの移動でもう疲れました」と言っていた。なので、若くても長旅は疲れるようだ。ということで、若くても長旅は疲れるのだ。この眠気は年齢でなく、長旅だからと結論づけてしまおう。



2010年10月23日土曜日

くま?

長い間、心身の病に倒れてブログが更新できず申し訳ない。というのは真っ赤な嘘で、暇を持て余しながらも何も書く衝動にかられず更新をしていないのでありました。この約1ヶ月の間何があったか。それを振り返れば、色んなことがありました。

まずは、友達というか後輩がこっちに来て、思うがままに遊び連れ回したこと。本人の希望もそこそこに。その友達は乗り物好きなので、水上飛行機観光、しょぼしょぼフェリー移動(ダウンタウン周辺)、本物フェリー移動(バンクーバー−ビクトリアなど)を入れてみましたが、そこは私の性格、全て思いつき。先輩風を微妙に吹かせながら、上から目線で思いつきに任せて行動する毎日でした。友達は本心から満足してもらえたのか? でも満足満足と言ってくれていたし、自分一人じゃ絶対しないことを、友達が来ていることをドリブンとしてできたし、私は満足。そんな中、ウィスラーまで足を伸ばしたのですが、熊が見られると評判のロープウェーからは熊が見られずがっかりした後で、友達と自転車乗って走り始めたら、10分後に我々の目の前を黒熊が全力で走り横切りました。熊が見られるとは聞いていましたが、まさか全力で走りさる熊に会うとは予想もしておらず、我々目が点。どちらかというと、熊の敏捷性とどこでも出るんだ感を感じてしまい、自転車で散策する意欲を削がれたのでした。なんであんなに速いんだ熊!という位。ちょっとした軽トラが青信号でスタートダッシュするような感じのスピード感。友達とは、その姿が熊と認識したくない利己的な脳の性質が出たようで、熊とその恐怖を認識したくないのか、「熊?」「熊」という会話を介してようやく、あれが軽トラでなくて熊であることを理解したのでした。その後も、なんだか道に大きなうんこが点々と落ちていて、どうも熊の気配は多いようで、ヘルメットを被って散策しているにもかかわらず、たいそう身の危険を感じたのでした。それでも地元の人は普通に歩いているし、走っているのを見たので考えすぎなのでしょうけど。所々に、ここは熊が住む場所という看板があって、看板には熊にあったら目を見ながら、冷静に後ずさりなんてことが書いてあったけど、軽トラのように走って来た熊にあったら、それも真横からこられたら意味が無いように思えましたが。大変良い勉強になりました。

その後、日本出張があったので、友達と我々家族で日本へ。友達は我々家族の滞在中の奉仕への感謝なのか、先輩風をびしびし感じたためか、成田から実家まで車で送迎してくれたのでした。送迎中、どうでも良い話をできたのですが、これは今までの成田エクスプレス+各駅こだま新幹線では味わうことができない楽しみで良かった。後部座席で息子はぐっすり寝てくれるし。実家についてみたら、前夜祭と称してお祭りが始まっており、その様子をぼんやり眺めて、とんぼ帰りで友達は東京に帰って行ったのでした。友達、高速で一度眠くなった時、眠気を醒すと言ってソフトクリームを食べていたけど、普通、眠い所にブドウ糖が入ると益々眠くなるというのは世の常のような気がしたけど、本人の意思でそうしているので黙っていましたが。それでも無事2時間程度で、その友人は東京の家に着いた模様。良かった良かった。

この友達を何故か、息子は「(嵐の)相葉くん」と勘違いして、「相葉くん」と読んでいた。ナゼ?謎だ。息子のフィルターを通せば、友人は相葉くんになるらしい。友達もなんだか相葉くんを否定しながらも、ニコニコしていたし、グッジョブ息子。

色々書こうと思ったけど、長くなるので今日はこれで。日本帰国編は明日以降。たぶん。

真っ赤な嘘はあるのに、真っ青な嘘はないのか?そんなことはどうでもいいけど、真っ青な嘘っていうのは。。。想像すると恐ろしい。

2010年9月19日日曜日

雨がち

最近、ずっと雨がちな天気。ついこの前まであんなに晴れていたのに。雨は強く降るわけではないけれど、どうも暗い。そんな天気に負けるかという意気込みか、通勤路には色鮮やかなウインドブレーカーを来て自転車で突っ走る人、歩く人、走る人様々。自分もこの天気に負けるかと気合いを入れるものの、昨年同様、この天気には慣れず気分はそれ程乗らない。雨は嫌いではないが、長く続くのは心身ともにシンドイ。

久しぶりにトレッキングシューズを履いて散歩したら、泥濘で足を滑らす。全くトレッキングシューズの役目を成さず。そして、足の裏が疲れた。池を歩くと鴨がいた。プランクトンがどっと繁茂して濁りながらも緑の水をスイスイ泳ぎながら、バクバクと何かを食べていた。我々が近くを歩いても逃げるそぶりも見せず必死に。それを見たからか、息子が「お腹が空いて力がでない」と言った。長靴をはいてズカズカ歩けばお腹も空くであろう。しゃべくりが達者になったと改めて感じるが、力が出ないといって、頭を垂れて力なくふさぎ込むその動作に驚く。どこで学ぶのだろうか。

2010年9月12日日曜日

あぁめんどう

面倒くさい病でした。

面倒くさいと思えば、何もかも面倒くさく、このブログも更新しないわけです。日々、面白いことなどないわけで、「はい、今日は何も有りませんでした」という平凡な日々を送っていますので、毎日、公開するような事も無く、逆に、無いのに頑張って書いて後悔することもあったような。。。

どうも周りで風邪が流行っているようで、うちも例外ではありません。息子は鼻を垂らしながら遊んでいます。そして、私も咳と鼻水に悩まされています。天気は雨が多くなり、そして、私の手の皮が剥け始めました。これは、季節代わりの知らせとしては、素晴らしいセンサなので、夏から秋にどっと時間が流れているのだいうことでしょう。

そして、今日。上の奥歯の詰め物が抜けました。そんなことは想像もしていなかったので、この金属の塊は食べていた肉に混入していたのだと勘違いしたのもつかの間、舌で上の歯を触ってみたら。。。20年以上も知らなかった窪みを敏感な舌が感じたのでした。ショックです。抜けたら、また埋めるしかありません。歯医者にいかねば。。。

でも、ご飯を食べてもそれほど痛みも無く、なので、歯医者に行く必要性があるのか。。。と面倒臭くなるのです。きっと、放っておけば、虫歯が進行するのでしょう。面倒くさがっている場合ではありません。

詰め物が抜ける。万物、エントロピー増大の法則で無秩序に走り続けているというわけで、詰め物という人工物だけでなく、自分の体も無秩序な方向に走っていることは事実でしょう。そうか、自分は歳を取りながら日々無秩序、死に向かっているのだな。と思うと、色々面倒くさがっている場合ではなさそうです。

できることはいろいろした方がいい。

でも面倒。と思うのは勿体ないけど、これが自分か。と思ったりもして慰めること多々なのです。